信金中央金庫 地域・中小企業研究所から発行された峯岸(2021)は,この1年間の新型コロナ対策をマクロ経済政策として評価する上で,貴重な分析を提供してくれている。このレポートを基礎に,コロナ対策の家計と企業への影響を整理してみた。なお,峯岸(2021)が主に使用した日銀『資金循環統計』から部門別資金収支の推移を表すグラフを貼り付けておく。このグラフが全体状況を最も集約的に表現しているからだ。
1.一般政府は赤字国債発行で財源を賄ったコロナ対策により,大幅に債務を増加させた。日銀や政府の資金供給・財政支出はマクロ的には相当な影響力を持っていた。
2.家計は,全体としてみれば資産を増加させている。その主要因は預金増である。雇用者報酬は減少したが,これを上回る消費減+経常移転(給付金等)+社会給付(雇用保険給付,生活保護等)+税・社会負担の減があったからだ。峯岸(2021, pp. 6-8)はこの関係をはっきりと示している。
しかし,失業者は29万人増加,休業者は80万人増加し,とくに非正規労働者,低所得者の状態は悪化している(総務省「労働力調査」)。零細自営業者,フリーランスも業種により苦境に直面している。よって,家計内部に格差が進行している恐れがある。
3.企業は,休廃業は増加しているものの倒産は増えておらず,現時点で全体としては大規模資金ショートは起こしていない。そして,意外にも金融資産を増加させた。なぜそうなったのかについて,峯岸(2021, pp. 12-15)の記述を再構成すると,次のように言えると思う。
企業利益は縮小したが,赤字により内部留保積み上げがマイナスになることはなかった。一方,設備投資や運転資金への投下は縮小したので,投資のために負債を増やす必要はなかった。にもかかわらず,企業は金融支援を活用して,世界金融危機時に比べても借入金を大幅に増やした。一方,世界金融危機時と異なり,借り入れを上回る返済に追われてはいない。そのため,調達した資金の多くは手持ち現預金として積み上げられている。一部は金融資産購入に充てられているが,過去数年と比べて大きくはない。大企業では,M&Aを含む関係会社株式購入が従来の趨勢の延長線上で生じている。
4.以上からコロナ対策の影響を総括しよう。低利・無利子融資等の金融支援,給付金などの財政支援は確かに家計・企業を救済する作用を持った。しかし,家計と企業に貯蓄(主要部分が現預金)を積み上げる一方で,真に苦境に陥っている家計を救済できていないので,十分に効果的で公正とは言えない。そして企業は,金融・財政支援を受けて「投資をためらい,現預金を積み上げ,一定のM&Aを行う」という,アベノミクス期の延長線上での動きをしつつあるのだ。
峯岸直輝(2021)「日本の経済主体別にみた資金需給と金融資産・負債の動向」『内外経済・金融動向』No. 2021-2,信金中央金庫地域・中小企業研究所,1-23。