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2023年12月19日火曜日

日本製鉄によるUSスチール買収の狙いと課題:過去からの声,未来への声

 日本製鉄はUSスチール(USS)買収を発表した。来年4月にUSSの株主総会が承認することが前提だ。買収総額は141億2600万ドル(2兆100億円)。USスチールの12/15株価に対して40%のプレミアムを支払う。借入金は日本の金融機関より。買収により日鉄のD/Eレシオは0.5から0.9となる。日鉄のグローバル粗鋼生産能力は6600万トンから8600万トンとなり,目標の1億トンに接近する。このうち日本国内が4700万トン(55%),海外が3900万トン(45%)となる。

 USSスチールの粗鋼生産能力はアメリカ1580万トン,チェコ450万トンで計2030万トン。うちアメリカの子会社Big River Steelの電炉は,資料によって違いがあるが日鉄の計算だと330万トンで,他は高炉・転炉法と思われる。電炉は2024年にはさらに300万トン追加予定。つまり,1年後にはUSSの粗鋼生産能力は2330万トンとなり,うち630万トン(27%)が電炉となる。なお,アメリカ全体では,粗鋼生産のうち60%以上は既に電炉になっている。

 ここから私のコメントだが,日本製鉄の狙いは,グローバル粗鋼生産能力とグローバルシェアの拡大である。日本製鉄は,2010年代半ばまでは,製鉄ー製鋼ー圧延ー加工のうち川下の圧延ー加工工程のみを海外に配置してきたが,2019年にインドのエッサールを,アルセロール・ミッタルと共同で買収して以来,製鉄や製鋼工程からの一貫企業を買収する方式に打って出た。今回の買収もその延長線上である。今回の買収が完了すれば,「日本」製鉄という名の企業の生産能力のうち45%は海外にあることになる。

 USS買収により,日本製鉄は立地としては先進国と新興国,製品グレードとしては高級品市場と汎用品市場,技術としては高炉・転炉法と電炉法の全方位にわたるグローバル買収を敢行することになった。しかし,むやみに全方位に手を広げているわけではないだろう。現時点と将来とで,異なる目標を二重に持っていると思われる。現時点では高級品大量生産に競争力を持つ高炉一貫製鉄所を手中に収めて市場を確保するとともに,将来に向かっては電炉法を拡大して,先進国・東南アジアでは2050年,インドでは2070年のカーボンニュートラル達成という環境規制に対応していこうという戦略なのだと思われる。

 とくに,USSの場合,高炉は過去から現在,電炉は現在から未来を代表していることは明らかである。USSがアメリカ国内に持つ高炉一貫製鉄所はもはやGaryとMon Valleyの2か所に過ぎないし,まともに一貫生産を行っているのはGaryだけである。Mon Valleyは以前に紹介したように,かつては3つの一貫製鉄所と1つの圧延所であった。輸入品や電炉との競争に耐えられず,設備の多くが閉鎖されてしまい,残った設備を河川輸送でつないで,一貫生産の形を整えているに過ぎないのだ。Mon Valleyは過去を代表している。

 一方,USSは2019年に買収したBig River Steelに電炉ーコンパクト・ストリップ・ミルー冷延ミルー電磁鋼板設備,亜鉛めっき設備を持ち,電磁鋼板や,GMに納入する自動車用鋼板まで製造している。原料はスクラップ,銑鉄,直接還元のホット・ブリケット・アイアン(HBI)の3種混合のようだ。既に電炉による高級鋼生産は拡大しつつあるのだ。未来はこちらにある。

 日本製鉄も瀬戸内製鉄所広畑地区で電炉鋼から電磁鋼板を製造しているが,高炉・転炉法に比べると技術の確立度は弱い。高炉・転炉技術はもはやUSSに対して供与する側であろうが,大型電炉操業と電炉鋼からの高級鋼製造については,むしろUSSからノウハウを吸収しようという構えであろう。

 ただし,現在は高炉・転炉,将来は電炉というのであれば,両者の間に移行戦略が必要となる。いつまで高炉・転炉を用いるのか,高炉・転炉から電炉への切り替えを経営的に,また地域経済や労働者の利害を踏まえて円滑に行えるのか。高炉での部分的水素還元はどの程度実用に耐えるのか。高級スクラップが不足したら,直接還元鉄はどこから手に入れるのか。100%水素直接還元に投資する決断はいつになったら行うのか。その立地はどうするのか。どちらの新技術も,日本政府から開発補助金を得ている以上,1号機は国内に建てるべきという道義的制約はかかるはずだが,海外の方が採算がよさそうになった時に,どうするのか(川端,2023を参照)。

 日本製鉄は,他の拠点でもそうであるように,USスチールにおいても,過去から現在を代表する製鉄所と,現在から未来を代表する製鉄所を同時に抱えることになる。日本製鉄の運命を決めるのは,過去からの声か,未来への声か。カーボンニュートラルを目指す鉄鋼業の新時代において,同社はまだ数々の課題に立ち向かわなければならない。その行動の社会的効果に,私たちは期待することもできるが,同時に注意深く監視もしていかねばならないだろう。

日本製鉄株式会社「U.S.Steelの買収について」2023年12月18日。

Gary製鉄所空撮(Googleマップ)

Mon Valley製鉄所を構成する4工場空撮

クレアトン工場空撮(Googleマップ)
エドガー・トムソン工場空撮(Googleマップ)
アーヴィン工場空撮(Googleマップ)
フェアレス工場空撮(Googleマップ)

Big River Steel空撮(Googleマップ1)位置がズレて駐車場になっているが,写真掲載多数。工場は右下。

Big River Steel空撮(Googleマップ2)製鉄所の位置。

参考:製鉄所に刻まれたアメリカ鉄鋼業衰退の歩み(2018/10/6)

川端(2023)「グリーンスチール競争における日本鉄鋼メーカーの技術経路」(日本語原稿)

元論文 Nozomu Kawabata(2023). Evaluating the Technology Path of Japanese Steelmakers in Green Steel Competition, The Japanese Political Economy, 49(2/3), 231-252 

 

2023年11月25日土曜日

UAEにおける水素直接還元法のパイロット・プロジェクト:日本への示唆

 UAEのエミレーツ・スチールは,アブダビ・フューチャー・エナジー・カンパニーPJSC(マスダール社)とともに,水素直接還元鉄のパイロット・プロジェクトを推進している。

 エミレーツ・スチールは中東最大規模の鉄鋼メーカーであり,製鉄は直接還元法,製鋼は電炉法で行い,多様な建設用条鋼・鋼管類を製造している。生産能力は直接還元鉄が420万トン,鋼材が350万トンである。

 今回のプロジェクトは,水素直接還元の実証を行うもので,水素製造のための電解層はすでに設置中とのこと。

 エミレーツ・スチールのプロジェクトは,2031年までに世界最大の水素製造国になろうとするUAEの方針と軌を一にするものだ。

 またエミレーツ・スチールは,年間80万トンのCO2を回収し,油田に圧入するCCSプロジェクトも推進している。

 ちなみに,JFEスチールはエミレーツ・スチール,伊藤忠商事,アブダビ・ポーツ・グループとともに,直接還元鉄サプライチェーンの構築を進めている。つまりは,エミレーツ・スチールが生産した還元鉄を日本に輸入し,低炭素鉄源として利用しようというものである。おそらく電気炉に投入するのであろう。

 これは確かにwin-winの関係をもたらす取引である。そして,日本でも脱炭素に向けて高級鋼製造の電炉化が推進されていることも示されている。だが,次世代製鉄技術,とくに水素直接還元法の開発と実用化において,日本が後れを取っていることもまた明らかである。

Theodore Reed Martin, Masdar and Emirates Steel Arkan to develop green hydrogen project, Energy Global, 23 November, 2023.

Emirates Steel to use green hydrogen in steelmaking, South East Asia Iron and Steel Institute News Room, 23 November, 2023.

「低炭素還元鉄のサプライチェーン確立に向けた協業体制の構築について」JFEスチール株式会社,2023年7月18日。


2023年10月20日金曜日

Devlin, A., & Yang, A. (2022). Regional supply chains for decarbonising steel: Energy efficiency and green premium mitigationを読む:日本鉄鋼業に難問を突き付けるシミュレーション

 Devlin, A., & Yang, A. (2022). Regional supply chains for decarbonising steel: Energy efficiency and green premium mitigation. Energy Conversion and Management, 254, 115268.
https://doi.org/10.1016/j.enconman.2022.115268


 これは日本鉄鋼業に難問を突き付ける論文である。オープンアクセスなので,誰でも読める。

 本研究は,西オーストラリアのピルバラ地域において製造されるグリーン水素を,日本とオーストラリアのパートナーシップの下,両国のどちらかで水素直接還元製鉄・電炉製鋼(H2DRI-EAF法)に利用するとして,どの工程をどちらに立地した場合に,エネルギー消費と鉄鋼製造コストがどうなるかをシミュレーションしたものである。輸送やエネルギー転換の際に,水素を液化水素にするか,アンモニアにするかについても比較している。時点は2030年と2050年である。使用する鉄鉱石についてはどれも同じ条件である。

 研究結果を立地についてだけ紹介する。パターンは以下の3つである。

SC1:太陽光発電,水の電気分解による水素製造をピルバラで行ない,液化水素またはアンモニアとして日本に輸出。日本で水素製鉄と電炉製鋼を行う。

SC2:太陽光発電,水の電気分解による水素製造,水素製鉄までピルバラで行い,海綿鉄(HBI),液化水素またはアンモニアを日本に輸出。日本で電炉製鋼を行う。

SC3:太陽光発電,水の電気分解による水素製造,水素製鉄,電炉製鋼をピルバラで行い,鉄鋼半製品を日本に輸出する。

図解はFig.1にある

https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0196890422000644-gr1_lrg.jpg

注1:日本で製鉄・製鋼を行う場合も,ピルバラで製造された水素や,そこから燃料電池で製造された電力を用いると想定。

注2:海上輸送においても,燃料電池を船用動力とし,動力源としてピルバラで製造された水素をもちいる。

 その結果は以下のFig. 3のとおりである。

https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0196890422000644-gr3_lrg.jpg

 2030年でも2050年でも,また液化水素を用いてもアンモニアを用いてもSC1よりSC2,SC2よりSC3の方がエネルギー消費が小さく,鉄鋼製造コストも低い。つまり,ピルバラにグリーン水素製造から製鉄,製鋼まで集中立地した方が効果的だというのである。ただし,従来の化石燃料ベース,つまり石炭・コークスで鉄鉱石を還元する高炉・転炉法と比較すると,省エネにはなっているが,コストは高い。ピルバラでのグリーン水素製造を起点としたグリーンスチール生産のためには,一定のカーボンプライシングが必要である。ただし,2050年のSC3では,カーボンプライシングがなくとも高炉・転炉法と競争できるようになると予測されている。

 ここから私見である。本論文の通りであれば,このシミュレーションの前提に立つ限りにおいて,適度にカーボンプライシングがかけられた場合,オーストラリアから鉄鉱石と原料炭を輸入し,日本の製鉄所で製鉄,製鋼を行うという従来の日本鉄鋼業の方式は成り立ちがたいということになってくる。これは日本に立地するという意味での日本鉄鋼業にとっては,深刻な将来像と言わねばならない。もちろん,日本でピルバラよりも安価にグリーン水素が製造されれば,このシミュレーションと異なる将来像も描けるが,これまでのところ,その見通しはたっていない。

 このシミュレーションが妥当であるとした場合に,日本の鉄鋼企業や,水素製鉄のサプライチェーンに関わる諸企業(エネルギー企業,商社,海運業,そして,鉄鋼業の新規参入候補)の選択肢はどのようになるかを考える必要がある。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0196890422000644?via%3Dihub

グリーンスチール競争における日本鉄鋼メーカーの技術経路(英語論文の日本語原稿を公開)

 論文「グリーンスチール競争における日本鉄鋼メーカーの技術経路」をThe Japanese Political Economy誌に発表いたしました。日本語原稿を以下で公開していますので、ご利用ください。

https://www2.econ.tohoku.ac.jp/~kawabata/paper/GreensteelAMJapanese.pdf


要旨

本稿は,日本の鉄鋼メーカーが環境に配慮した鉄鋼生産,すなわちグリーンスチールを追求するために選択した技術経路を検証した。この経路は、国際エネルギー機関(IEA),日本政府,公的機関,経済団体,鉄鋼メーカーの文書を分析することによって特定される。分析結果は,高炉・塩基性酸素転炉(BF-BOF)技術を利用する日本の銑鋼一貫メーカーは,グリーンスチールのための技術開発と設備投資で遅れをとっていることを示している。これらの企業は,自社の固定資本の価値や,高級鉄鋼メーカーとしての評判を維持するために,CO2排出量の多い高炉技術に固執してきた。その結果,CO2排出量の少ない電気炉(EAF)方式への移行が遅れ,またゼロエミッションが期待できる水素直接還元法の開発で遅れを取っている。しかし,パリ協定や日本政府によるカーボンニュートラル宣言によって,こうした姿勢の見直しが迫られている。このケースは,環境の政治経済学の理論や,大企業の新技術に対する保守的なアプローチに関する理論が,グリーンテクノロジーの出現の時代にも通用することを物語っている。

 正式の英語版は以下でダウンロードできます(オープンアクセス)

Nozomu Kawabata, Evaluating the Technology path of Japanese Steelmakers in Green Steel Competition, The Japanese Political Economy.
https://doi.org/10.1080/2329194X.2023.2258162



2023年9月28日木曜日

Evaluating the Technology Path of Japanese Steelmakers in Green Steel Competition (Open access)

 My new paper "Evaluating the Technology Path of Japanese Steelmakers in Green Steel Competition" was published on "The Japanese Political Economy" website.
https://doi.org/10.1080/2329194X.2023.2258162

 On October 19, Japan time, the paper became open access.

 新論文「グリーンスチール競争における日本鉄鋼メーカーの技術経路」オンライン版がJapanese Political Economy誌のサイトで発行されました。

 日本時間10月19日より,この論文はオープンアクセスになりました。

 日本語原稿は以下からダウンロードできます。

川端望「グリーンスチール競争における日本鉄鋼メーカーの技術経路」

28/09/2023投稿
20/10/2023修正



2023年4月21日金曜日

Vaclav Smil, Still the Iron Age: Iron and Steel in the Modern World, Butterworth-Heinemann, 2016.を読んで--「今もなお鉄の時代」

 Vaclav Smil, Still the Iron Age: Iron and Steel in the Modern World, Butterworth-Heinemann, 2016.

 流し読みながら、ようやく通読できた。スミル氏は,食料,エネルギー,環境問題の専門家として知られており,その著作はいくつか日本語にも訳されている。しかし,氏の知識は恐ろしいほど範囲が広い。鉄鋼にも及んでいるというだけでなく、鉄鋼の歴史,技術,経済,社会のいずれの側面にも及んでいる。昔読んだもので言うと中澤護人『鋼の時代』(岩波新書,1964年)を思い出させる。本書は,残念ながら私にはとても書けそうにない,鉄鋼についての総合的な理解を得るために不可欠の著作である。

 代替素材が出現し,また先進諸国では経済・社会の非物質化(Dematerialization)が進行しているとはいえ,著者はタイトルにある通り『今もなお鉄の時代』であり,それは容易には終わりそうにないと考えている。

「今後半世紀を見通しても,我々の最良の工学的,科学的,経済的理解にもとづく結論は以下のようになるに違いない。我々の文明が鉄鋼(steel)なしにたちゆくという現実的可能性はない。この金属に対するグローバルな依存の規模はあまりにも大きく,急速に極小化することができない。われわれはアルミニウムの33倍,あらゆるプラスチックの合計の約6倍の鉄鋼を使っているのである」(終章より)。

 そして著者は、新製鉄技術が高炉に取って代わることのハードルも高いと考えている。それは、技術とは、開発されるだけでは完成したことにはならず、経済的な大規模生産を実現しなければならないものだからである。

「いずれにせよ,たとえ成功裏に実証されたとしても,すべての新製鉄技術は,手ごわい目標に立ち向かい,実証実験からパイロットプラントへ,そして大規模生産へという決定的な移行を遂げねばならないだろう。現代的な高炉における熱的・化学的効率と,その大規模な作業量,高い生産性,すぐれた寿命の長さは,同様のパフォーマンスを示す大規模な還元技術を考案することを極めて困難にしているのである。」(同上)

 著者は、鉄鋼技術の科学的研究や研究室での開発の歴史だけではなく、実際に社会で生産に用いられてきた歴史を踏まえてこのように述べている。これが本書を重要な社会的意義を持つものにしている。

 技術が市場とコストという経済的テストに合格しなければならないという命題は深刻である。経済的合理性を考慮しながら、地球温暖化防止のポイント・オブ・ノーリターンに間に合うように、鉄鋼技術を脱炭素化することは可能だろうか。これが読後に残される問題である。


出版社直販
https://www.sciencedirect.com/.../9780.../still-the-iron-age

Amazon
https://www.amazon.co.jp/Still-Iron-Age.../dp/B01B4KO21C

2023年4月14日金曜日

神戸製鋼所がオマーンでの直接還元鉄製造事業を本格的に検討

  神戸製鋼所と三井物産は,オマーン国ドゥクム特別経済地区において直接還元鉄製造事業の本格的検討を加速すると発表した。生産能力は年間500万トン。神戸製鋼所の子会社であるMIDREX社の技術を用いる。このニュースは,日本鉄鋼業の将来を照らすものかもしれない。

 日本の鉄鋼メーカーでは,企業再編の結果,かつての高炉6社は3社に統合されているが,日本製鉄とJFEスチールの規模が圧倒的に大きく,神戸製鋼所は生産量で両社に大きく引き離されている。

2022年暦年粗鋼生産量

日本製鉄 4946万トン(世界第4位)
JFEスチール 2685万トン(世界第13位)
神戸製鋼所 628万トン (世界上位50位ランク外)

※日本製鉄には山陽特殊鋼,オバコ,AM/NSインディアの40%,ウジミナスの31.4%を含む。
※日本製鉄,JFEスチールはWorld steel in figures, 2022より。神戸製鋼所は財務諸表より推定。

 ところが,ここに来て,高炉技術を主要テクノロジーとする日本製鉄とJFEスチールに対して,子会社にMIDREXを持つ神戸製鋼所が,直接還元法による巻き返しを強めている。それは,CO2排出ゼロにまで到達し得るテクノロジー・パスに載っているからだ。

 神戸製鋼所は日本国内では高炉一貫企業であるが,子会社として直接還元法のエンジニアリング企業であるMIDERX社を保有している。MIDREXプロセスによる直接還元鉄の製造は,鉄鉱石の還元に天然ガスを用いているため,高炉による銑鉄の製造よりもCO2排出を20-40%抑制できる。しかも,還元反応の一部は水素還元であり,この水素還元の割合を高めることで,設備の根幹部分を維持したままでCO2排出ゼロに向かっていくことが可能である。つまり直接還元法のテクノロジー・パスは,低炭素製鉄からニア・ゼロエミッション・スチールへと連続している。神戸製鋼所は,すでにスウェーデンの製鉄ベンチャーH2グリーンスチールから,水素100%をめざす直接還元設備を受注しており,さらにMIDREX社の水素100%を目指す直接還元設備もティッセンクルップ社に採用された。これらが計画通りに稼働すれば,ニア・ゼロエミッションスチールへの前進が加速する。

 対して従来の主流技術である高炉技術は,鉄鉱石の還元に固体コークスを必要とするため,100%水素還元にすることはできない。つまり,ニア・ゼロエミッションに向けたテクノロジー・パスが直接還元法より低い水準で行きどまりになってしまう。そのため,日本製鉄やJFEスチールは,水素還元の適用拡大に加えてCCUS(CO2回収・貯留・活用)の開発を進めているが,いずれもまだ実用段階ではない。とりあえず,すでに利用可能な電炉法の適用を拡大しているところである。長らく技術的に最先端にいた日本の高炉企業は,次世代技術の必要性が明らかになるとともに,すでにその地位から滑り落ちつつあるのである。

 このように先端的地位に躍り出た神戸製鋼所/MIDREXであるが,従来は,エンジニアリング企業としての取り組みのみを進めてきた。今回,神戸製鋼所が海外での直接還元鉄事業に乗り出すことは,鉄鋼メーカーとしてのニア・ゼロエミッションへの新たな一歩なのである。

 ただし,新事業の立地がオマーンであって日本ではないことにも留意しなければならない。MIDERXプロセスは立地を選ぶ。さしあたり天然ガスが豊富な場所が有利であり,やがては再生可能エネルギー発電によってグリーン水素(製造過程で)を製造できる場所が有利になる。天然ガスにせよグリーン水素にせよ輸送費が高くつくからだ。そうすると,いまのところ天然ガスもなければ大規模再エネ発電所も少ない日本では不利である。だからオマーンなのである。

 神戸製鋼所/MIDREXの挑戦が平たんな道を進むとは限らない。直接還元法は高炉法ほど成熟した技術ではなく,原燃料の性質による安定操業への制約が高炉法より強いと見られているからである。しかし,それでもこのニュースは未来を示唆している可能性がある。最大2社が従来技術に依拠したままであり,3位企業の方が次世代技術を実用化しつつあるという企業間競争の要因と,安価な水素供給のめどが立たねば次世代製鉄所の立地に不利であるという立地要因により,日本鉄鋼業は変貌を迫られつつあるのだ。

神戸製鋼所プレスリリース,2023年4月10日。

「神戸製鋼と三井物産、鉄鋼原料製造を検討 世界最大規模」『日本経済新聞』2023年4月10日。


2023年1月26日木曜日

アセアンにおける高炉一貫製鉄所建設とカーボン・ニュートラル

 『日本経済新聞』の報道によれば,フィリピンの鉄鋼・鉄筋加工メーカースチールアジアが,中国宝武鋼鉄集団と連携し,生産能力300万トンの高炉一貫製鉄所を建設することで合意した。投資額は1080億ペソ(約2600億円)。2000人の雇用創出効果があるとされる。おそらく元情報は1月23日付のINQUIRER.NETであろう。同紙は今月7日からこのプロジェクトについて報じていた。マルコス大統領が中国訪問の際に成立させた14の合意のうちのひとつであるとのこと。実現すれば,フィリピン発の高炉一貫製鉄所となる。


 さて,アセアン諸国では高炉一貫製鉄所建設が相次いでいる。1000立方メートル以下のミニ高炉は除くとしても,すでにベトナムのフォルモサ・ハティン・スチール(台湾資本),ホア・ファット・ズンクワット(地場),インドネシアのクラカタウPOSCO(地場・韓国資本),クラカタウ・スチール(地場),徳信製鉄(中国資本)が稼働し,さらにマレーシアではアライアンス・スチール(中国資本)が稼働し,現在は小規模なイースタン・スチール(中国資本)が設備大型化を狙い,文安鋼鉄(中国資本)とライオン・グループ(地場)が高炉建設を計画している(もっとも,この会社は何度も計画しては挫折している)。これに今回のフィリピンでのスチールアジア(地場・中国資本)が加わる。日本企業はフォルモサと徳信にマイナー出資している。

 従来であれば,鉄鋼需要の増加に対応して鉄鋼生産力の増強が画期を迎えたこと,外資誘致が能力建設を加速していること,すべて実現すれば能力過剰となることに注目するところである。しかし,現状ではそれ以外にもう一つ,重要な課題を落とすことはできない。それは,高炉一貫製鉄所を建設すれば大規模なCO2排出源になるということである。


 もちろん,高炉による銑鉄生産量が大きい中国,インド,日本,ロシアなどの方がCO2排出量ははるかに大きい。それを踏まえた上で,なおアセアンはアセアンで,鉄鋼生産の急増エリアとして独自の問題をなすとみなければならない。アセアン主要6か国は2030年までのCO2排出削減目標は提示しているし,カーボンニュートラルもタイ,ベトナム,マレーシアは2050年,インドネシアは2060年に達成すると意欲的である(杉本・小林・劉,2021)。しかし,その目標を,製造業最大のCO2排出源である鉄鋼業にどのように課し,生産能力や生産技術の構成をどのように導くかは,ほとんど具体化されていないようである(ベトナムについては来月関係機関にヒアリングしたい)。現状では,鉄鋼需要に応じて高炉建設が集中している。とくに中国メーカーは,自国での生産能力増強が規制されている分,アセアンへの進出を拡大している。


 こうした動きが,温暖化対策にどれほど足かせとなるだろうか。ドイツのシンクタンクAgora Energiewendeは世界鉄鋼業のCO2排出量を2019年の30億トンから2030年までに17億トンまで減少させるシナリオと政策を構想している。シナリオの構成要素が報告書では読み取りづらいものの,アセアンとインドにおける石炭ベースの製鋼能力建設(高炉・転炉法のことだろう)計画1億7600万トン(アセアン8900万トン,インド8700万トン)のうち5000万トンを直接還元鉄とすることが必要なようである。このままでは,それは到底実現しそうにない。しかし,2050年や2060年にカーボンニュートラルを実現するのであれば,短くて20年,長ければ50年は稼働する可能性がある高炉一貫製鉄所を,2020年代後半に建設することはリスクとなる。


 鉄鋼生産力増強の必要性と,気候変動による産業・生活への脅威の高まりの双方をどう直視するか。アセアンにおける気候変動対策の強化を,先進諸国や鉄鋼大国の責任を考慮しながらどうファイナンスし,どのようなスキームで実行していくか。アセアン諸国鉄鋼業は,産業発展を持続可能とするために,新たな問題と格闘しなければならない。


「フィリピン鉄鋼大手、中国宝武と製鉄所 2600億円投資」『日本経済新聞』2023年1月25日。


Alden M. Monzon,SteelAsia, BaoSteel forge deal to build P108-B facility, INQUIRER NET, January 23, 2023.


Jean Mangaluz,PH expects up to $2 billion in China investments to revive steel industry,INQUIRER NET, Jan.7, 2023.


杉本慎弥・小林俊也・劉泰宏「ASEAN におけるカーボンニュートラルの現状」『NRI パブリックマネジメントレビュー』221, 2-10,2021.


Global Steel at a Crossroads:Why the global steel sector needs to invest in climate-neutral technologies in the 2020s, Agora Industry, Nov. 2021.


『[参考和訳]岐路に立つ世界鉄鋼業:世界の鉄鋼セクターが2020年代にカーボンニュートラル技術に投資すべき理由』自然エネルギー財団,2021年12月。


2022年8月28日日曜日

JFEスチールが西日本製鉄所倉敷地区で高炉1基を停止し大型電炉を増設するという報道に接して

 JFEスチールが西日本製鉄所倉敷地区の高炉1基を2028年前後に停止し,あわせて大型電炉を建設するという報道。日本製鉄に3年遅れを取ったが,ついに決断したか。事実だとよいが(9/1 JFEスチールはカーボンニュートラル戦略説明会を開催し,この報道が事実であることを裏付けた。)

 NHKは正確に報じているが,時事通信社の配信に依拠したメディアは「高炉を電炉に転換」と書いている。これはやや筆が滑ったところがあり,正確には電炉と同次元で対応するのは転炉である。高炉は鉄鉱石から銑鉄(溶銑)をつくり,その溶銑をつかって転炉で粗鋼をつくる。電炉はスクラップや銑鉄・還元鉄などから粗鋼をつくる。転炉は溶銑の持つ熱を利用するので,高炉が隣接していないと効率的に操業できない。

 だから,この報道が正しいとすれば,その意味するところは,高炉を1基減らし,対応する転炉の能力も縮小し,それで減る分の粗鋼生産を電炉でカバーするということだろう。

 鉄鋼業は製造業最大のCO2排出源であり,その原因は酸化鉄である鉄鉱石をコークスと微粉炭,つまりは炭素を用いて還元するからである。この問題を根本的に解決するのは,炭素でなく水素で還元する次世代製鉄法である。それにはやや劣るが有効な方法として,排出されるCO2をCCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)で貯蔵または再利用することも構想されている。しかし,いずれにせよ実用化にはまだ時間が必要だ。さしあたり,既存技術である電炉法の適用範囲を拡大すればCO2排出は抑制できる。電炉法では主原料として鉄スクラップを使うので,高炉が不要になるからだ。当面,これでしのぐしかない。

 電炉法で高級品を製造するのは,多品種・少量生産で,二次精錬などの多数の工程をかけてやれば可能である。あとは価格とコストの見合いである。特殊鋼電炉メーカーはそのような生産方式で成り立っている。しかし問題は,現代社会は,大量生産品の鋼材にも高級化を求めているということだ。その最たるものは自動車のボディである。

 高級化は仕様の多様化でもあり,鉄鋼メーカーに入る受注は小ロット化する。高炉メーカーはこれを何とか大ロットにまとめ上げて効率性を維持しつつ,高級品を製造する技術開発を進めてきた。そのため,高級化した大量生産品の知識・ノウハウは,高炉・転炉法での製造技術として高炉メーカーに蓄積され,また学界での研究もおこなわれている。

 高級化した大量生産品の製造を電炉法に切り替えようとすると,以下のことが課題となる。

1.電炉自体の大型化。これは世界ではすでに実績があり,さほど困難ではない。
2.高品質なスクラップまたは直接還元鉄の調達。少量なら問題なくとも,大量にとなると容易ではない。
3.高級品の知識・ノウハウの高炉・転炉法から電炉法への置き換え。これも長年高炉・転炉法に固着していたため容易ではない。メーカーのR&Dだけでなく,学界や大学での研究の重点を含めて転換が必要だ。
4.電力業の脱炭素化。電炉とは電気炉の略称で,その名の通り電力を大量消費する。なのでEVと同じで,温暖化防止には発電でのCO2排出を抑えねばならない。鉄鋼メーカーがCO2排出の少ない電力を選択して購入したり,電力業に直接・間接に関与したりする動きも広がるだろう。例えば,太陽光発電の普及により,昼間電力が余り気味になるという現象が生じているので,長年,夜間操業を強いられてきた電炉メーカーは,今後昼間操業に転換し,太陽光発電業者から集中的に電気を買うことが考えられる。

 今回の決断はJFEスチールのものだが,これらの転換を担うのは,何も既存高炉メーカーや既存電炉メーカーに限られない。次世代技術や業際的ビジネスモデルをひっさげたスタートアップやアライアンスを含めて,様々な担い手に機会を開くことが必要だ。

「JFEスチール 高炉1基を休止し「電炉」建設を検討 脱炭素加速へ」NHK NEWS WEB,2022年8月27日。

「JFE、高炉1基を電炉に転換 岡山の製鉄所、27年にも」時事通信社,2022年8月26日。

JFEスチール カーボンニュートラル戦略説明会 [2022年9月1日],JFEスチール株式会社。


<参考>

「日本製鉄広畑製鉄所の製鋼工程が電炉法に切り替わることについて」Ka-Bataブログ,2019年11月19日。

川端望「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」『粉体技術』第12巻第10号,日本粉体技術工業協会,2020年10月,15-19頁。

「脱炭素時代に日本鉄鋼業はどう変わるか(『Value One』No.73,株式会社メタルワン,20201年7月15日掲載原稿)」Ka-Bataブログ,2021年7月16日。


2021年12月28日火曜日

日本の高炉メーカーは,イノベーターのジレンマにはまりつつあるのか? 高炉における水素利用と水素直接還元製鉄の選択について考えるべきこと

 鉄鋼業をカーボン・ニュートラル化するためには,鉄鉱石を炭素で還元する製造法を改めねばならない。これは,世界の鉄鋼業が等しく直面している難題である。現存技術でこれに貢献できるのは,すでに鉄鋼となって存在している鉄スクラップを電気炉で溶解精錬するスクラップ・電炉法である。もちろん発電でCO2を出さないことが必要であり,発電を再生可能エネルギーで行ったうえで電炉で精錬するということになるだろう。今後,世界の鉄鋼業で電炉法のシェアが高まることは確実である。しかし,それだけで世界の需要をまかないきれるわけではない。どうしても,鉄鉱石を製錬する製造法の脱カーボン化が必要である。いまのところ,その最終的な解決は,炭素でなく水素で鉄鉱石を還元することと想定されている。

 この,水素製鉄に向けての技術選択について,日本とヨーロッパで異なる経路が生じつつある。本稿では,このことの意味を考えてみたい。

 日本鉄鋼連盟や日本製鉄,JFEスチールのゼロカーボン・スチール構想では,最終目標は水素直接還元製鉄とされている。しかし,両者も日本鉄鋼連盟も,その実用化には時間がかかると考えて,当面は高炉での水素利用,カーボンリサイクル高炉,高炉+CCS/CCU(CO2貯留・有効利用)の開発に注力している。これに対して,自然エネルギー財団の「鉄鋼業の脱炭素化に向けて 欧州の最新動向に学ぶ」(2021年12月14日公開)によれば,ヨーロッパでは,まず天然ガスで還元する大型の直接還元製鉄炉(製鋼は電気炉)を2025-2030年に立ち上げ,これを水素還元に切り替えていくというプロジェクトが次々と立ち上がっている。ヨーロッパメーカーは,早々に製鉄法を直接還元法に切り替えようというのである。

 製鉄法が高炉法と直接還元法に分かれると,製鋼法もまた分かれる。高炉法では製造される銑鉄が溶融状態なので,精錬には,酸素を吹き付けるだけで脱炭できる転炉を用いるのが効率的である。一方,直接還元炉で製造されるのは固体としての還元鉄であるため,精錬には加熱・溶解が必要なため酸素転炉が使えず,電炉を使うことになる。高炉は転炉と,直接還元炉は電炉とセットなのである。

 高炉・転炉法は現状では非常にエネルギー効率が良い製造技術であり,それ故高炉・転炉法の技術を蓄積している日本の高炉メーカーは,現在に至るまで競争力を維持できている。しかし,もし水素還元が早期に確立すると,直接還元・電炉法の方がCO2削減効果が大きくなる可能性がある。なぜなら,高炉法では,炉内の装入物の荷重を支え,還元ガスや溶けて降下する鉄の通路を確保するために固体のコークスが不可欠であり,これを,気体である水素に完全に置き換えることができないからである。一方,直接還元炉は還元をガスによって行うことができるので,この制約がない。

 日本の高炉メーカーは,現存する高炉・転炉による一貫製鉄所の設備と,国内に蓄積されている高炉・転炉法の技術・ノウハウを活用する方が,技術的にも手を付けやすく,また当面は低コストであるために,次世代技術の第一弾として高炉での水素利用を選択しているのだと思われる。対してヨーロッパメーカーは,高炉・転炉法のレガシーが強力でないがために,当初より水素直接還元製鉄を目指していると解釈できる。

 もし高炉の水素利用を早期に確立できるならば,当面は日本メーカーが優位に立つかもしれない。高炉・転炉を座礁資産にせずに,長く使うことも可能になるだろう。しかし,技術発展の経路が高炉・転炉法にロックインされると,水素直接還元製鉄技術の最終的確立,CO2排出規制への対応において,ヨーロッパメーカーに遅れを取るかもしれない。

 水素直接還元製鉄は,しばらくの間,エネルギー効率においては高炉・転炉法に追い付かず,したがって通常の意味での生産コストは高いだろう。しかし,CO2排出規制への適応性が高いために,カーボン・プライシングのレベルによっては不利は相殺されるかもしれない。CO2排出の社会的費用を含んだ生産コストでは,水素直接還元製鉄が,早々に優位に立つかもしれない。

 かつて製鋼技術が平炉から純酸素転炉に置き換わる際に,アメリカ高炉メーカーは,すでに巨額の設備投資を行っていた平炉法の維持・改善に固執して転炉導入に後れを取り,そのことがコスト高・競争力喪失につながった。鉄鋼業の脱カーボン化において,日本メーカーは同じ轍を踏まずに済むだろうか。脱カーボン製鉄技術の選択については,エンジニアリングの側面だけでなく,経済の側面からもよく検討する必要があるだろう。

 これをやや一般化して言うならば,既存大企業は,保有する現存の設備・技術を自ら陳腐化させるカニバライゼーションをためらい,従来技術の延長線上にある持続的イノベーションで環境規制に対応しようとする。その分だけ,市場における挑戦者企業よりも新技術採用で後れを取る危険がある。一方,挑戦者企業はレガシーの重みがないために,果敢に新技術に挑戦する。新技術は,しばらくの間は,従来の市場における基準ではパフォーマンスが劣る。しかし,環境規制への適合性が高いために,まず規制や世論による環境基準が高い市場の一部で支持される。その支持を足場にして,挑戦者企業は生産を拡大して生産性とコストを改善する。並行して,技術それ自体も洗練されていく。そして,ついには新技術が従来技術にとってかわり,挑戦者企業が既存大企業にとって代わるかもしれない。クレイトン・クリステンセンの言う「イノベーターのジレンマ」は,カーボン・ニュートラルをめざす環境技術においても生じ得るのである。

 本件は,まだデータによって裏付けられる話ではなく,あり得る可能性についての問題提起と注意喚起にとどまる。しかし,関係者がそれぞれの立場から検討すべき論点であることは,間違いないと思う。拙論への賛否を問わず,生産的な討論が起こることを切望する。

2022/4/16 語句修正。


2021年9月14日火曜日

高炉・転炉を新設すると座礁資産になりかねないか

 アメリカに拠点を置くNPO,Global Energy Monitorのレポート。このNPOは何と世界中の製鉄所の動向をトラッキングするデータベースを構築している。そして,6月に発表されたレポートによれば,温室効果ガスの低排出製鉄技術が予測されるペースで商業規模に達した場合,鉄鋼業界は大規模な座礁資産(Stranded asset)を抱え込むことになるという。つまり,環境規制の下で資産価値の大幅低下が生じるのである。レポート作成時点で計画または建設中の高炉・転炉法による生産能力は,インドで少なく見積もって300万トン(※),中国では4367万5000トン。それらが座礁資産となることによるリスクはインド30-45億ドル,中国437-655億ドルである。当然,他の国においても,高炉・転炉法による一貫製鉄所に投資しようとする限り,このリスクは存在する。

 確かに,高炉・転炉への投資のタイミングが遅ければ遅いほど,また低排出製鉄技術の実用化が早まれば早まるほど,このリスクは高くなる。このレポートが両者について時期をどう想定しているのか精査する必要があるが,この視点自体はきわめて重要であり,鉄鋼業関係者が今後常に意識しなければならないことである。

※この他,高炉,転炉,電炉,平炉などが混在しているプロジェクトが2600万トン確認されているので,実際には高炉・転炉法の建設はもっと多く計画されている可能性が高い。

Caitlin Swalec and Christine Shearer, Pedal To The Metal: No Time To Delay Decarbonizing The Global Steel Sector, Global Energy Monitor, June 2021.


2021年8月10日火曜日

2021年7月16日金曜日

脱炭素時代に日本鉄鋼業はどう変わるか(『Value One』No.73,株式会社メタルワン,2021年7月15日掲載原稿)

  メタルワン社の広報誌『Value One』No.73,2021年7月に寄稿した原稿を,許諾を得て公開します。

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脱炭素時代に日本鉄鋼業はどう変わるか

 2020年から2021年にかけて,日本の地球温暖化・気候変動に対する取り組みは新段階に突入した。すなわち,日本政府は2050年カーボンニュートラルを宣言し,温室効果ガス(GHG)排出を2030年度に2013年度比46%削減するという目標を設定したのである。地球温暖化対策推進法も改正され,「我が国における2050年までの脱炭素社会の実現」が明記された。これらの目標は,パリ協定に基づく取り組みに立ち遅れた日本がキャッチアップを図るものであるが,鉄鋼業にとっては,これまでよりレベルの高い脱炭素の方策を迫られることを意味している。

 すでに高炉メーカー3社は2050年カーボンニュートラル達成を方針化しており,コミットメントを明確にしている。問題は,カーボンニュートラルやゼロカーボンを達成するための様々な技術が様々な段階にあり,かつ全体としてまだ見通しがついていないことである。当面どのような既存技術を用い,中長期にはどの技術をどのようなペースで開発し,どのように組み合わせて実機化するかの戦略的な選択が求められている。

 現在,革新的高炉用原料であるフェロコークス,部分的水素還元とも言うべき革新的高炉技術COURSE50が開発中であるが,直接のCO2排出削減効果は10%にとどまる。そのため,さらなる超革新技術の開発も求められており,水素還元比率を向上させるSuper COURSE50,さらに石炭を用いない水素直接還元製鉄が構想されている。しかし,COURSE50でさえ実機化されるのは2030年とされており,次々世代技術の開発にはいっそう時間がかかる上,不確実性も伴う。開発を進めるとともに既存技術も活用するのが現実的な方法であって,CO2排出原単位の低い電炉法の適用を拡大することが不可避である。日本製鉄が大型電炉での高級鋼製造を目指すと明言したことは,柔軟な技術ミックスへの第一歩となろう。

 カーボンニュートラル,そしてゼロカーボン実現をめざして変化するのは製鉄技術だけではない。再生可能エネルギーによる電力のゼロエミッション化はもちろん,廉価な水素の大量製造,CCS/CCU(二酸化炭素回収・貯留・利用)の実用化など関連技術の発展,それとの結合が必要である。したがって,鉄鋼事業と他の事業との連結性にも変化が生じる。すでにヨーロッパで鉄鋼メーカーと電力会社との提携が始まっているように,業種を超えたプロジェクトが有効となるだろう。

 制度設計に由来する課題も発生する。一方において,鉄鋼業はカーボンプライシングや排出キャップの設定という政策課題に向き合わねばならない。また,製造プロセスからのCO2排出が残る間は,カーボンニュートラルのためにオフセットへの取り組みが必要となる。他方において,鉄鋼業の立場からは,水素還元という未踏の領域に挑むための公的支援,またエコプロダクトや海外へのエコソリューションの貢献を排出削減にカウントする手法と制度が求められるだろう。

 事業が変化し,事業と事業の連結性が変化し,制度が事業を必要とする。地球温暖化防止への取り組みが,鉄鋼業の姿と境界線を変えていくだろう。そこに,商社の貢献すべき空間も生まれる。温暖化防止が人類的課題となった時代の経営理念を探ること。GHG排出削減と事業発展が両立するビジネスモデルを構想し,鉄鋼業と関連産業の融合を図ること。GHG削減の貢献が制度と市場で評価されるような,ファイナンスや取引の仕組みを作ること。やるべきことは多い。カーボンニュートラルに貢献しながら付加価値を生み出していくための,事業創造が求められるのである。



2020年12月12日土曜日

2050年に鉄鋼生産工程でのCO2発生ゼロを目指すという日本製鉄の方針について

 『日本経済新聞』2020年12月11日付によれば,日本製鉄橋本英二社長は「政府が掲げる50年のゼロ目標に合わせて,鉄をつくる過程で発生しているCO2ゼロを目指す」と述べたとのこと。

 待たれていた方針だ。日本の鉄鋼業界の温暖化対策は,京都議定書の削減目標を達成したところまでは見事であったが,その後はベースライン比何百万トン削減という形での,国際社会への貢献度があいまいな目標しか立ててこなかった。2018年には日本鉄鋼連盟がゼロカーボンスチールを目指す温暖化対策ビジョンを作成して一歩踏み込んだが,そこでも世界鉄鋼業がゼロカーボンを達成するのは2100年とされていた。この達成時点を2050年に前倒しすることで,「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに,1.5℃に抑える努力を追求する」というパリ協定の目標に見合った削減シナリオとなる。

 また報道が正確だとすれば,今回日鉄は,「電炉活用を進める」と公言したことになる。すでに日鉄は,瀬戸内製鉄所広畑地区への電炉導入を決めて布石を打っていたのだが,(報道が正確であれば)ついに公然と電炉の温暖化対策上の意義を認めた格好になる。これはJFEスチールや神戸製鋼所,また日本鉄鋼連盟にも影響を与えるだろう。これまで日本鉄鋼連盟は,「電炉の方がCO2排出原単位が小さい」という話題が出るたびに徹底して反発してきた。その背後に高炉メーカー会員の意向があったことは容易に推定できる。このかたくなさも変化すると期待できる。

 もっとも,これは必然だったと言える。そうしなければ目標が達成できないからだ。鉄鋼連盟が公表している,2100年ゼロカーボンスチールの方針は,ある程度の電炉法比率拡大を想定していた。もっとも主要な達成手段はそこにはおかず,現在開発中の部分的水素還元製鉄COURSE50を実用化した上に,さらにその先の超革新的製鉄技術,端的には完全な水素製鉄法,加えてCCSまたはCCU(二酸化炭素回収・貯留,再利用),さらに系統電源のゼロエミッション化をすべて達成することで目標を達成するとしていた。しかし,2050年に排出ゼロを実現しようとすれば,これらの次々世代技術開発は必要である一方で,そこにすべてをかけるわけにはいかないだろう。また,次々世代技術がすべて実用化されて2100年に達成では遅すぎる。10月公表の拙稿(※)で指摘したように,まず2050年に向かっては,現存する技術であるスクラップ・電炉法の適用比率をもっと拡大していくことが必要だろう。

 ただし,日鉄の方針にはより詳しく見るべき点もある。排出ゼロとするのはどの範囲なのかということだ。世界全体としての日鉄の連結あるいは持ち分法対象企業すべてなのか,それとも日本国の排出に計上される分,つまり日本国内の生産拠点についてなのか。前者であることを期待するが,後者だとすると,960万トンの還元鉄一貫システムを持つインドでの合弁事業AM/NSインディアなどは対象外ということになる。

 この点は注意が必要だ。現在,日本製鉄は粗鋼生産の量的拡張は国際M&Aで進める方針を取っている。旧エッサール・スチールをアルセロール・ミタルと共同で買収して再編したAM/NSインディアはその主力であるが,今後も同様の買収があるかもしれない。裏返すと,国内では粗鋼生産能力を拡張することはもはやなく,すでにコロナ禍以前から呉製鉄所閉鎖などの大規模な設備調整に入っている。生産設備が縮小すればCO2排出も縮小する。もしゼロカーボンの方針を国内拠点だけに適用すると,生産拠点の国内から新興国へのシフトを加速させる要因になるし,地球全体としてのCO2排出削減効果をそぐ作用も持つ。ゼロカーボンの方針を全世界の拠点に適用するか,あるいは国内でのスクラップ・電炉法へのシフトを円滑に進めれば,こうした副作用は起こらない。

 日本製鉄の立地戦略と環境戦略を総合して,今後も注視していく必要がある。

「日鉄、50年に排出ゼロ 水素利用や電炉導入」『日本経済新聞』2020年12月11日。

※川端望「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」『粉体技術』第12巻第10号,日本粉体技術工業協会,2020年10月,15-19頁。


2019年11月19日火曜日

日本製鉄広畑製鉄所の製鋼工程が電炉法に切り替わることについて

 製鉄所の再編・統合に隠れてあまり注目されていないが,日本製鉄は11月1日に,広畑製鉄所の製鋼工程を冷鉄源溶解法から電炉法に置き換えることを,第2四半期決算説明の一部として発表した。
 鉄鋼業界は,1980年代の円高不況期に過剰設備の削減に乗り出したが,この時,新日鉄(当時)の計画には広畑製鉄所の高炉休止が含まれていた。バブルを経て多少の延期はあったものの高炉は1993年に休止し,同年に製鋼工程は転炉法から冷鉄源溶解法に転換した。
 1996年に見学した際の記録によってまとめると,冷鉄源溶解法とは,型銑(固体・常温の銑鉄)とスクラップを加熱し,溶解炉で溶解して溶銑(融けた高温の銑鉄)と類似の鉄源を確保する方法であった。最初に前回のため湯100トンを残しておき,そこにスクラップや,大分製鉄所から運んできた型銑などの冷鉄源を投入する。その比率は当時は半々であった。これに上下から酸素・冷却LPG・窒素・粉炭を吹き込んで溶解し,出銑して取鍋にあける。以後は,高炉・転炉法と同じで,取鍋内で脱硫処理を行った後,脱炭炉(転炉)で脱炭・精錬し,さらに二次精錬を行ってから連続鋳造機に送り,鋳造してスラブにする。スラブが圧延やメッキを施されて各種の鋼板類になる。
 このプロセスならば高炉・転炉法と類似の品質の鉄源を確保できる。こうして,広畑製鉄所では圧延工程で電磁鋼板やブリキ,電気亜鉛めっき鋼板を含む高級鋼板を製造してきたのである。もっとも,半分以上は他の製鉄所から来るスラブを圧延していた。
 しかし,通常の高炉・転炉法よりコストも時間もかかる。高炉・転炉法では高炉から出銑された溶銑(融けた高温の鉄)が転炉に装入されるのに対して,冷鉄源溶解法では,大分製鉄所でいったん冷えて固まった銑鉄を広畑まで運び,もう一度加熱・溶解しているからである。
 広畑の製鋼工程は新日鉄時代から日本製鉄の長年の悩みの種であったため,今回,これを電炉法に切り替えるのは画期的な変革となり得る。ただ,公表資料には「高炉由来の高品位原料を活かし」とも書いてあるので,電炉法への切り替え後も,鉄源として型銑に依存する比率は高いのかもしれない。そうすると,いくらか画期性はそがれることになる。
 この上は,できる限りスクラップ比率を高めて欲しい。それが今回の措置の意義を高めるからだ。スクラップを主要鉄源にできればCO2排出原単位が画期的に低下するし,製銑工程を必要としないために製鉄所をコンパクトにできる。そして,冷鉄源溶解法が品質のために犠牲にしてきたコスト競争力を回復させられる。スクラップ・電炉法によって,差別化競争力の源泉である高級鋼板を製造できるのであれば,広畑製鉄所はコスト的にお荷物状態だった中型製鉄所から,未来型のコンパクト製鉄所に転換する。そして日本製鉄の未来には,地球温暖化の危機の時代に生き残るための一筋の光が差し込むことになるだろう。

「2019年度第2四半期決算説明会」日本製鉄株式会社,2019年11月1日。

2020年12月12日追記。その後の日本製鉄の温暖化対策。

信用貨幣は商品経済から説明されるべきか,国家から説明されるべきか:マルクス派とMMT

 「『MMT』はどうして多くの経済学者に嫌われるのか 「政府」の存在を大前提とする理論の革新性」東洋経済ONLINE,2024年3月25日。 https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/daa72c2f544a4ff93a2bf502fcd87...