Jordan, K. H., Jaramillo, P., Karplus, V. J., Adams, P. J., & Muller, N. Z. (2025). The Role of Hydrogen in Decarbonizing US Iron and Steel Production. Environmental Science & Technology.
https://doi.org/10.1021/acs.est.4c05756
アメリカ化学会のジャーナルに載った論文「アメリカ鉄鋼業の脱炭素化における水素の役割」。この論文は,アメリカ経済全体でのCO2排出量ネットゼロ目標を念頭に置き,種々の条件下で鉄鋼業が2050年にネットゼロを達成しようとする場合の技術構成を検討する。その結果として,多くの研究や業界のテクノロジーマップで脱炭素の切り札と考えられている水素直接還元法(H2DRI)が,比較的限られた条件の下でしか大きな役割を果たさないことを示している。
全文を読んでみたが,数々のシナリオでの技術構成の違いから見て,次のような選択が作用しているようだ。
まず,全体としてスクラップ・電炉法(Scrap-EAF)が最大シェアを占めることは変わりない。さすがはすでに電炉比率7割のアメリカである。スクラップ供給制約がない場合はScrap-EAF法が2050年には100%になるとまでされている。他国では量的にも質的にも困難であるが,アメリカではこれに近いことも考えられるかもしれない。
次に,高炉・転炉法(BF-BOF)法を脱炭素化する手立てとして最も低コストなのは炭素回収(CC)だと分析している。コスト最適なシナリオでは,2050年の製鋼はScrap-EAFとBF+CC-BOFがほとんどを占める。CCとその発展形である, バイオマス発電と結合した二酸化炭素回収(BECCS),大気からの二酸化炭素直接回収(DAC)が実用化すれば低コストになるというのがこの論文のポイントである。そしてこの条件はアメリカ以外では異なっているかもしれないとも指摘している。なお,日本等で開発中の高炉への水素吹込は考慮されていない。
第三に,本稿では中央計画の観点から,水素をコスト効率の良い他のセクターに割り当てる結果になっている。限られた水素を,鉄鋼業だけでなく,他の産業でも活用することを視野に入れると,鉄鋼業での水素利用は不利という結果になるのである。「他の用途を考えると鉄鋼業で水素を使うのは適切とは言えないのでは」という疑問は,本学の冶金研究者からも発せられたことがあるが,本稿はアメリカについてそれを裏付ける結果となっている。
第四に,本稿ではアメリカで開発中の溶融酸化物電解法(MOE。鉄鉱石を直接電気分解して製鋼する)が2040年ころには実用化されると想定している。そしてH2DRI法の強力なライバルと扱われている。
CCの使用が制限された場合には,BF-BOF法は使えなくなる。そうするとH2DRIが拡大しそうなものだが,本稿では上記第3と第4の条件が入っているので,そうもいかない。H2DRIが大きな役割を果たすのは,CCが使えず,MOEが実用化されない場合に限られてしまうのである。
この結論では,MOEの実用化想定が楽観的過ぎるように思える。しかし,それ以外はアメリカの条件を的確に反映している可能性がある。つまり,1)スクラップの入手可能性が高い,2)電力料金が安い,3)CCSの実行可能性,端的にCO2を安く埋め立てられるということである。他国の場合はどうなるかが気になるところである。
なお,トランプ政権のように地球温暖化対策には極度に否定的な政権が続けば,そもそも2050年までのカーボンニュートラル規制が課せられなくなる可能性がある。これが本稿のすべてのシナリオにとって最大のかく乱要因だろう。