8月11日午前11時前(日本時間8月12日午前0時前),アメリカペンシルバニア州にあるUSスチールモンバレー製鉄所のクレアトン工場コークス炉で爆発事故が発生した。8月12日午後6時41分の報道では,2名が死亡,10名が負傷しており,1名が行方不明となっている(※1)。これ以上の被害が出ないことを祈る。
爆発についてUSスチールは,コークス炉団(battery)13と14のreversing roomで生じたと発表した(※2)。reversing roomとは,コークス炉に供給される燃焼ガスおよび空気の流れ方向を一定間隔で切り替えるための弁および関連配管を収容する区画である。石炭に均一に熱を加えるためにこのような弁が必要とされる。日本語ではroomという表現を使わずに機械そのものを「変更弁」,「ガス切替弁」などというらしい。
爆発の原因はなお不明であり,確かなことを言うには調査結果を待たねばならない。しかし,コークス炉自体の老朽化と関係があるのではないか,と疑ってみる必要がある。コークス炉が老朽化すると,構造上のゆがみから予期せぬ隙間が生じて可燃性のガスが漏れだすことや,換気装置が十分に性能を発揮しないことがありうる。もともと高温の環境であるところで熱の遮断が不十分になったりすることや,電気系統から火花が飛び散ることも考えられる。なので,ここでは公開情報に基づいて,事故の背景としてのクレアトン工場のコークス炉老朽化の度合いを確認しておこう。
クレアトン工場には,最盛期の1948年には22の炉団があり,800万トン/年の生産能力があった。2021年には10の炉団があり,生産能力は430万トンであった(※3)。もっとも新しいC炉団は2012年に新設されたものであるが,それ以外は1970-80年代に設置または再建されたものである。その後,4つの炉団が閉鎖されて,現在残っているのは6炉団である(※4)。
今回事故を起こした13および14炉団は,1979年と1989年に再建(rebuild)され,2010-2020年に耐火物の大規模な修理がなされたものである(※5)。つまり耐火物の経過年数は5-15年であるが,炉体の経過年数は36-46年に及んでいる。
クレアトン工場は安全・環境問題を継続的に抱えている。2025年6月にも,押出過程での粉塵排出によって民事制裁金91万8500ドルを課されている(※6)。炉内で石炭を蒸し焼きにしてできたコークスは,片方から押し出されてもう片方に待機している貨車に落ちる。このとき,カバーをつけていれば粉塵が軽減できるが,USスチールはつけていなかったとのことだ。さかのぼると(※7),2025年2月には火災を起こして2名が病院に搬送された。2024年2月にも押出過程での粉塵排出によって200万ドルの罰金を科された。2018年12月24日のクリスマスイブには火災を発生させた。
また,クレアトン工場では,押し出されたコークスを消火する方法が,消火塔で水をかける湿式である(※8)。略してCWQという。正常に操業している時の映像・画像でもスチームがただよっているのは,消火塔から出ているものだ。しかし,このとき粉塵が発生するし,スチームを大気に放出してしまっているので,熱回収ができない。より現代化されたコークスではCDQと呼ばれる乾式消火を行う。チャンバー内にコークスを入れて密閉し,ガスで冷却して熱を回収・再利用するのだ。
アメリカでは,鉄鋼業衰退とともにコークス炉も閉鎖されて来た。クレアトン工場はUSスチールがアメリカ国内に持つ唯一のコークス工場である(※9)。しかし,USスチールは,最後の拠点であるクレアトン工場の設備も最新鋭の状態に保つことができていないのである。このことが今回の事故の直接または間接の原因となっているかどうかは,まだわからない。しかし,その可能性を疑うべき理由はある。そう思わせるほどにクレアトン工場は老朽化している。
日本製鉄がUSスチールを買収して獲得したのは,このようなコークス工場である。日本製鉄はクレアトン工場を含む高炉一貫方式のモンバレー製鉄所を維持し,刷新していくと約束したが,これは容易ならざる課題である。その上,石炭を用いて製鉄を行う高炉一貫方式は地球温暖化の一つの深刻な原因であって,今後コークスをできる限り使用しない製鉄法が求められている。このことが日本製鉄にさらなる複雑な課題を課しているのである。
※1 Raquel Ciampi and Caitlyn Scott, Officials: 2 dead, 10 injured after explosions at US Steel Clairton Coke plant, WTAE Pittsburgh, August 11, 2025.
https://www.wtae.com/article/us-steel-clairton-plant-explosion/65654312
※2 同上。
※3 United Stats Steel Corporation, MON VALLEY WORKS Clairton Plant Welcomes ACCCI –Fall 2021 MESH, American Coke and Coal Chemicals Institute.
https://accci.org/wp-content/uploads/2021/11/RHOADS-Presentation.pdf
※4 ALLEGHENY COUNTY HEALTH DEPARTMENT AIR QUALITY PROGRAM, In the Matter of: United States Steel Corporation Clairton Plant 400 State Street Clairton, PA 15025 Violation No. 250601 Violations of Article XXI (“Air Pollution Control”) at property: United States Steel Corporation Mon Valley Works 400 State Street Clairton, PA 15025, June 2025.
https://www.alleghenycounty.us/files/assets/county/v/1/government/health/documents/air-quality/enforcement/actions/2025-actions/us-steel-2024-pec-signed.pdf
※5 ※3に同じ。
※6 ※4に同じ。
※7 Mike Darnay, A look at past incidents reported at U.S. Steel's Clairton Coke Works, CBS News(KDKA News), August 12, 2025.
https://www.cbsnews.com/pittsburgh/news/clairton-coke-works-explosion-us-steel-past-incidents/
※8 United States Steel Corporation, Mon Valley Works Clairton Plant Operations and Environmental Report 2019.
https://www.ussteel.com/documents/40705/71641/U.%2BS.%2BSteel%2BClairton%2BPlant%2B2019%2BReport.pdf/85d6a51b-ca26-f924-5bab-50f9b892c95c?t=1605294761747
※9 LOCATIONS. U. S. STEEL'S FOOTPRINT, United States Steel Corporation.
https://www.ussteel.com/about-us/locations
※インターネットリソースは2025年8月12日に最終確認した。