『日本経済新聞』の報道によれば,フィリピンの鉄鋼・鉄筋加工メーカースチールアジアが,中国宝武鋼鉄集団と連携し,生産能力300万トンの高炉一貫製鉄所を建設することで合意した。投資額は1080億ペソ(約2600億円)。2000人の雇用創出効果があるとされる。おそらく元情報は1月23日付のINQUIRER.NETであろう。同紙は今月7日からこのプロジェクトについて報じていた。マルコス大統領が中国訪問の際に成立させた14の合意のうちのひとつであるとのこと。実現すれば,フィリピン発の高炉一貫製鉄所となる。
さて,アセアン諸国では高炉一貫製鉄所建設が相次いでいる。1000立方メートル以下のミニ高炉は除くとしても,すでにベトナムのフォルモサ・ハティン・スチール(台湾資本),ホア・ファット・ズンクワット(地場),インドネシアのクラカタウPOSCO(地場・韓国資本),クラカタウ・スチール(地場),徳信製鉄(中国資本)が稼働し,さらにマレーシアではアライアンス・スチール(中国資本)が稼働し,現在は小規模なイースタン・スチール(中国資本)が設備大型化を狙い,文安鋼鉄(中国資本)とライオン・グループ(地場)が高炉建設を計画している(もっとも,この会社は何度も計画しては挫折している)。これに今回のフィリピンでのスチールアジア(地場・中国資本)が加わる。日本企業はフォルモサと徳信にマイナー出資している。
従来であれば,鉄鋼需要の増加に対応して鉄鋼生産力の増強が画期を迎えたこと,外資誘致が能力建設を加速していること,すべて実現すれば能力過剰となることに注目するところである。しかし,現状ではそれ以外にもう一つ,重要な課題を落とすことはできない。それは,高炉一貫製鉄所を建設すれば大規模なCO2排出源になるということである。
もちろん,高炉による銑鉄生産量が大きい中国,インド,日本,ロシアなどの方がCO2排出量ははるかに大きい。それを踏まえた上で,なおアセアンはアセアンで,鉄鋼生産の急増エリアとして独自の問題をなすとみなければならない。アセアン主要6か国は2030年までのCO2排出削減目標は提示しているし,カーボンニュートラルもタイ,ベトナム,マレーシアは2050年,インドネシアは2060年に達成すると意欲的である(杉本・小林・劉,2021)。しかし,その目標を,製造業最大のCO2排出源である鉄鋼業にどのように課し,生産能力や生産技術の構成をどのように導くかは,ほとんど具体化されていないようである(ベトナムについては来月関係機関にヒアリングしたい)。現状では,鉄鋼需要に応じて高炉建設が集中している。とくに中国メーカーは,自国での生産能力増強が規制されている分,アセアンへの進出を拡大している。
こうした動きが,温暖化対策にどれほど足かせとなるだろうか。ドイツのシンクタンクAgora Energiewendeは世界鉄鋼業のCO2排出量を2019年の30億トンから2030年までに17億トンまで減少させるシナリオと政策を構想している。シナリオの構成要素が報告書では読み取りづらいものの,アセアンとインドにおける石炭ベースの製鋼能力建設(高炉・転炉法のことだろう)計画1億7600万トン(アセアン8900万トン,インド8700万トン)のうち5000万トンを直接還元鉄とすることが必要なようである。このままでは,それは到底実現しそうにない。しかし,2050年や2060年にカーボンニュートラルを実現するのであれば,短くて20年,長ければ50年は稼働する可能性がある高炉一貫製鉄所を,2020年代後半に建設することはリスクとなる。
鉄鋼生産力増強の必要性と,気候変動による産業・生活への脅威の高まりの双方をどう直視するか。アセアンにおける気候変動対策の強化を,先進諸国や鉄鋼大国の責任を考慮しながらどうファイナンスし,どのようなスキームで実行していくか。アセアン諸国鉄鋼業は,産業発展を持続可能とするために,新たな問題と格闘しなければならない。
「フィリピン鉄鋼大手、中国宝武と製鉄所 2600億円投資」『日本経済新聞』2023年1月25日。
杉本慎弥・小林俊也・劉泰宏「ASEAN におけるカーボンニュートラルの現状」『NRI パブリックマネジメントレビュー』221, 2-10,2021.
『[参考和訳]岐路に立つ世界鉄鋼業:世界の鉄鋼セクターが2020年代にカーボンニュートラル技術に投資すべき理由』自然エネルギー財団,2021年12月。