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2023年1月26日木曜日

アセアンにおける高炉一貫製鉄所建設とカーボン・ニュートラル

 『日本経済新聞』の報道によれば,フィリピンの鉄鋼・鉄筋加工メーカースチールアジアが,中国宝武鋼鉄集団と連携し,生産能力300万トンの高炉一貫製鉄所を建設することで合意した。投資額は1080億ペソ(約2600億円)。2000人の雇用創出効果があるとされる。おそらく元情報は1月23日付のINQUIRER.NETであろう。同紙は今月7日からこのプロジェクトについて報じていた。マルコス大統領が中国訪問の際に成立させた14の合意のうちのひとつであるとのこと。実現すれば,フィリピン発の高炉一貫製鉄所となる。


 さて,アセアン諸国では高炉一貫製鉄所建設が相次いでいる。1000立方メートル以下のミニ高炉は除くとしても,すでにベトナムのフォルモサ・ハティン・スチール(台湾資本),ホア・ファット・ズンクワット(地場),インドネシアのクラカタウPOSCO(地場・韓国資本),クラカタウ・スチール(地場),徳信製鉄(中国資本)が稼働し,さらにマレーシアではアライアンス・スチール(中国資本)が稼働し,現在は小規模なイースタン・スチール(中国資本)が設備大型化を狙い,文安鋼鉄(中国資本)とライオン・グループ(地場)が高炉建設を計画している(もっとも,この会社は何度も計画しては挫折している)。これに今回のフィリピンでのスチールアジア(地場・中国資本)が加わる。日本企業はフォルモサと徳信にマイナー出資している。

 従来であれば,鉄鋼需要の増加に対応して鉄鋼生産力の増強が画期を迎えたこと,外資誘致が能力建設を加速していること,すべて実現すれば能力過剰となることに注目するところである。しかし,現状ではそれ以外にもう一つ,重要な課題を落とすことはできない。それは,高炉一貫製鉄所を建設すれば大規模なCO2排出源になるということである。


 もちろん,高炉による銑鉄生産量が大きい中国,インド,日本,ロシアなどの方がCO2排出量ははるかに大きい。それを踏まえた上で,なおアセアンはアセアンで,鉄鋼生産の急増エリアとして独自の問題をなすとみなければならない。アセアン主要6か国は2030年までのCO2排出削減目標は提示しているし,カーボンニュートラルもタイ,ベトナム,マレーシアは2050年,インドネシアは2060年に達成すると意欲的である(杉本・小林・劉,2021)。しかし,その目標を,製造業最大のCO2排出源である鉄鋼業にどのように課し,生産能力や生産技術の構成をどのように導くかは,ほとんど具体化されていないようである(ベトナムについては来月関係機関にヒアリングしたい)。現状では,鉄鋼需要に応じて高炉建設が集中している。とくに中国メーカーは,自国での生産能力増強が規制されている分,アセアンへの進出を拡大している。


 こうした動きが,温暖化対策にどれほど足かせとなるだろうか。ドイツのシンクタンクAgora Energiewendeは世界鉄鋼業のCO2排出量を2019年の30億トンから2030年までに17億トンまで減少させるシナリオと政策を構想している。シナリオの構成要素が報告書では読み取りづらいものの,アセアンとインドにおける石炭ベースの製鋼能力建設(高炉・転炉法のことだろう)計画1億7600万トン(アセアン8900万トン,インド8700万トン)のうち5000万トンを直接還元鉄とすることが必要なようである。このままでは,それは到底実現しそうにない。しかし,2050年や2060年にカーボンニュートラルを実現するのであれば,短くて20年,長ければ50年は稼働する可能性がある高炉一貫製鉄所を,2020年代後半に建設することはリスクとなる。


 鉄鋼生産力増強の必要性と,気候変動による産業・生活への脅威の高まりの双方をどう直視するか。アセアンにおける気候変動対策の強化を,先進諸国や鉄鋼大国の責任を考慮しながらどうファイナンスし,どのようなスキームで実行していくか。アセアン諸国鉄鋼業は,産業発展を持続可能とするために,新たな問題と格闘しなければならない。


「フィリピン鉄鋼大手、中国宝武と製鉄所 2600億円投資」『日本経済新聞』2023年1月25日。


Alden M. Monzon,SteelAsia, BaoSteel forge deal to build P108-B facility, INQUIRER NET, January 23, 2023.


Jean Mangaluz,PH expects up to $2 billion in China investments to revive steel industry,INQUIRER NET, Jan.7, 2023.


杉本慎弥・小林俊也・劉泰宏「ASEAN におけるカーボンニュートラルの現状」『NRI パブリックマネジメントレビュー』221, 2-10,2021.


Global Steel at a Crossroads:Why the global steel sector needs to invest in climate-neutral technologies in the 2020s, Agora Industry, Nov. 2021.


『[参考和訳]岐路に立つ世界鉄鋼業:世界の鉄鋼セクターが2020年代にカーボンニュートラル技術に投資すべき理由』自然エネルギー財団,2021年12月。


2022年8月15日月曜日

安達宏昭『大東亜共栄圏 帝国日本のアジア支配構想』中央公論新社,2022年を読んで

  著者にいただいた安達宏昭『大東亜共栄圏 帝国日本のアジア支配構想』を読了した。以下,今回気づかされた点を列挙する。

*泥縄。「大東亜共栄圏」の語が初めて登場したのは,日独伊三国同盟の交渉の過程で,日本の勢力圏を認めさせるためであった。ところがこの勢力圏としての大東亜共栄圏は対米開戦のために実行不可能となった。逆に,より切実でそれなりに具体的な排他的自給圏としての大東亜共栄圏が浮上したのは,対米開戦後,実際に東南アジアを占領してからであった。そんなことで間に合うわけがない。

 大東亜共栄圏が,結果として東南アジアからの資源収奪に終わったことは,原朗「『大東亜共栄圏』の経済的実態」『土地制度史学』第71号,1976年(現在は原朗『日本戦時経済研究』東京大学出版会,2013年)などから理解はしていた。今回,本書からは,大東亜共栄圏が,そもそも経済的に可能だという見通しをもって計画的に試みられたものではなかったことを知ることができた。

*食糧不足という要因。フィリピンでの綿花増産や鉱山復旧については,治安の悪化,ゲリラの抵抗によって困難となったのに対して,北支での銑鉄,アルミナ増産などの経済開発挫折の最大要因は,食糧不足による労働力確保難であった。私は,大陸での小型高炉による銑鉄増産がなぜ挫折したのかについて知りたいと思っていたのだが,食糧不足が基本要因であることを初めて認識した。

*重光葵の外交路線が意味するもの。重光は,大東亜共栄圏から,日本を頂点とする階層秩序である排他的自給圏であるという外観を,なんとか薄めようと努力した。それは,国際経済秩序についての戦後構想を示し,日本の戦争と外交に国際的な正統性を獲得するためであった。重光は大東亜共同宣言を大西洋憲章に対置できるように努力したが,果たせなかった。

 著者からいただいたメールには,重光についての記述に力を入れたとのことなので,その点について,やや話を広げた感慨を述べる。

 本書に先立って,先日加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』朝日出版社,2016年をようやく読んだ。そこで認識を新たにしたのは,大日本帝国がリットン調査団報告以後,対米交渉に至るまで,諸外国から繰り返し「より開放的な国際秩序への復帰」を呼びかけられていながら,これを拒絶してしまったということだった。

 私も経済学者の端くれなので,自由な通商体制によって排他的行動を抑制するという経済思想を,その経済的望ましさによって評価しがちである。しかし,むしろ国際政治の面から,この思想の正統性,他者に対する包容力,説得性を含めて理解することが,デカップリングの可能性が話題となる今日,重要ではないだろうか。つまり,開かれた,多くの諸国を包括する通商体制は,国際秩序から離れて自国中心の秩序をつくろうとする国家に対する批判と説得の論理として,歴史的に重要な局面で用いられてきたということだ。

 当時,日本は開かれた通商に戻れという呼びかけをついに振り切って,国際連盟を脱退し,日独伊三国同盟を結び,対米開戦に踏み出してしまった。しかし,開戦してから泥縄で構築しようとした大東亜共栄圏について,本書が注目した重光は,何とかその閉鎖性を緩和し,国際的な正統性をもたせようとした。それは英米が,領土不拡大・民族自決・自由な貿易をうたった大西洋憲章を提示していたからである。手遅れで,到底無理な試みではあったが,重光はこれに対抗する構想を提示せざるを得なかった。開戦してから慌てて言い訳をするくらいならば,リットン調査団と国際連盟脱退の時点,あるいは三国同盟締結交渉の時点,せめて日米交渉の時点で,もっと国際的に正当性を確保する道を選ぶべきだったのに,と思わざるを得ない。

 当時も,そして遺憾ながら21世紀の今も戦争は政治の延長であり,政治はあからさまな軍事力を含む力関係に規定されている。パワーのない正統性は無力であり,戦争で敗北した国家は,基本秩序(憲法)を転換させられるかもしれない。しかし,正統性を伴わない力は支持を得ることができず,国家はその行使によって国際秩序の中で安定した地位を獲得することができない。その意味では,長い目で見てやはり弱体である。

 開かれた通商体制は,戦争によって踏みにじられるかもしれない。しかし,どの国家も,開かれた通商体制の中で生きるという建前をかなぐり捨てることは難しい。戦争とは軍事力の衝突であると同時に,戦後の開かれた秩序を提示し,それへの支持を獲得する政治的競争でもある。このダイナミズムがかつてどのように作用したかを知ることは,21世紀の目前の問題にとって重要な示唆を与える可能性があるように思われる。


2022年8月28日:9段落目に一文追加。

安達宏昭『大東亜共栄圏 帝国日本のアジア支配構想』中央公論新社,2022年。




2021年9月26日日曜日

関係者はぜひ活用を:渡邉真理子 ・加茂具樹・川島富士雄・川瀬剛志「中国のCPTPP参加意思表明の背景に関する考察」

 これほどまでにどんぴしゃりのタイミングで,政策関係者に大いに役に立つペーパーが出ることは滅多にないだろう。誰もが知りたいことがちゃんと書かれている。例えばこのあたり。

「中国が正式にCPTPP 加入申請をするのであれば、次のように考えている可能性がある。つまり、①国有企業章については、現行の適用除外、例外および留保、とりわけ地方政府所有国有企業留保を活用すれば大きな支障がない、あるいは CPTPP 加入交渉時により幅広い国別留保を獲得することが可能であると考えている。②電子商取引章についても CPTPP 全体に適用される安全保障例外の活用を考えている。以上 2 点については、このように楽観的に考えている可能性が高い一方、③労働章の規律を受け入れる準備があるのか大いに疑問が残る。」(30ページ)

 私もこの研究プロジェクトの隅っこに一応いるので,著者の先生方が以前からこの話をしているのをちらちら横目で見ておりました。ただ拍手です。

渡邉真理子 ・加茂具樹・川島富士雄・川瀬剛志「中国のCPTPP参加意思表明の背景に関する考察」RIETI Policy Discussion Paper Series 21-P-016,(独)経済産業研究所,2021年9月。




2021年1月25日月曜日

次年度の学部ゼミテキストは遠藤環・伊藤亜聖・大泉啓一郎・後藤健太編『現代アジア経済論:「アジアの世紀」を学ぶ』有斐閣ブックス,2018年

 次年度の学部ゼミ最初のテキストは遠藤環・伊藤亜聖・大泉啓一郎・後藤健太編『現代アジア経済論:「アジアの世紀」を学ぶ』有斐閣ブックス,2018年とした。今年度は後藤先生の『アジア経済とは何か』と塩地洋・田中彰両先生編著の『東アジア優位産業』を読んだので,その流れに沿っての選書である。前年度にちゃんと勉強したはずの新4年生は新3年生をきちんとサポートせよ,という建前も成り立つ。

 今年度の反省点としては,「アジア」を論じるはずが,学生の思考が「日本とそれ以外」という風に向かってしまいがちだということだ。そして,「日本は高付加価値で高品質の分野に集中し……」という永遠の回転木馬に流れてしまう。いや,実際にそういうことが起こっている産業ではいいのだが,よくわからない,調べてないけど,こう言っておけばいいんだろ的になると問題である。

 その点,本書は「アジア化するアジア」「生産するアジア」「移動するアジア」「都市化するアジア」「老いていくアジア」といったように,「アジア」そのものが切り口になっていることを特徴としている。次年度は「他のアジア諸国に対する日本」でなく「アジア」を考えるために,本書の構成と切り口を活用させていただきたい。もちろんそれは,「アジア」の経済・社会がどこでも同じだという意味ではないし,本書もそんなことは書いていない。「アジア」は現実においてダイナミックな経済・社会変容の場であり,その変容を捉えるための思考の単位であろう。



大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年を読んで

 大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年。構成は「Ⅰ 山川イズム 日本におけるマルクス主義創成の苦闘」「Ⅱ 向坂逸郎の理論と実践 その功罪」である。  本書は失礼ながら完成度が高い本とは言いにくい。出版社の校閲機能が弱いのであろうが,校正ミス,とくに脱...