さて,中央銀行と並んで金価格を動かすもう一つの需要である金ETFについて見なければならない。
ここで取り扱う金ETFとは,金を裏付けにした上場投資信託のことであり,上場されている株式と同じように取引ができる。だから,ETFを購入するというのは,厳密に言えば擬制資本である証券を購入しているのであって,金を直接購入しているわけではない。しかし,ETFは金地金を保有しているので,取引が公正である限り実物の金によって裏付けられていると言える。地金に比べれば,ETFの取引コストははるかに低い。とくに小口の個人投資家によっては,少額でも金に対する確実な持ち分を得られるETFは,購入しやすく魅力的な金融商品である。もちろん,ETFにも独自のコストがかかる。ETFの1口が代表する金重量は,信託報酬が差し引かれることによって少しずつ目減りしていく。しかし,地金取扱いのコストに比べればはるかに低い負担だ。
金ETFが初めて上場されたのは2004年のことであった。以後,物量ベースで見た金ETFの金保有量は,長期的には大きく伸びて,2026年2月6日には4114.4トンに達した(※1)。その間に保有量の増減はあったが,特徴的なことは,2023年から2024年にかけての一時期を除き,金ETFの金保有量が伸びた時には金価格も上がり,逆なら逆であったことだ。金ETFの所在地は北米が約半分であり,残り半分のうち大半はヨーロッパが占めている。しかし近年はアジアが拡大しており,495トンを占めている。
金は単なる金属であるから,収益のフローを生み出さない。金ETFには株式のような配当もないし,債券と異なって利子も得られない。したがい,静態的にとらえるならば,金ETFの価格は収益の資本還元ではなく,むしろ金の内在的価値を反映したものである。金ETFで資産運用するということは,価値保蔵を目的とするか,純然たる金の価格変動に賭けて利益を狙うということになる。
ここで重要なことは,ETFによって大から小零細までの個人投資家による金需要が広範に現実化したことである。その背景には,まず株式とは別な理由での,金価格上昇の長期的見通しがある。それは2000年代の終わりには世界金融危機というリスクであり,それ以後に始まった各国中央銀行による金購入の底堅さであり,コロナ以後のインフレーションであり,2010年代後半以後の地政学的リスクであり,2020年代におけるその加速である。そして,中国やインドからの投資家の市場流入によって,投資家の数そのものも増大した。
さて,投資家の金購入の動機は,それが小口になればなるほどインフレヘッジが中心になる。大投資家と異なって金価格の大規模変動に賭けることなどできないし,中央銀行のようにドルでの決済不能のリスクにおびえる立場ではないからだ。しかし,こうしたささやかな動機による購入は,いったん上がり始めた金価格をさらに押し上げることになる。なぜならば,インフレヘッジ程度の低い収益性しか期待していない小零細投資家群は,それ以外の大規模投資家に比べると,高い金価格でも購入できるからである。低収益しか期待しない投資家が増えるほど価格は上がるというのが,証券市場の逆説なのである(※2)。こうして金価格は,内在的価値からはるかに乖離して高騰した。内在的価値の指標は新産金生産コストであるが,2020年までは1000ドル/トロイオンス前後で安定していたが,2025年には1500ドル/トロイオンスを超えた(※3)。一方,金のスポット価格は2020年初には1500ドル/トロイオンス前後であったものが,2026年2月前半は5000ドル/トロイオンス前後で上下を繰り返している(※4)。この上昇率がアメリカのインフレ率をはるかに超えていることも言うまでもない。これは投機的な価格であり,何らかのきっかけがあれば下落することもある。現に上昇傾向の中でも,しばしば下落しているのだ。
まとめよう。金ETFの取引には,内在的価値に関連した根拠があるにはある。中央銀行による価値保蔵のための継続的な準備資産積み上げを背景としており,また投資家によるインフレヘッジの動機に導かれているからだ。しかし,この背景と動機に基づくETF購入は,結果として金価格を内在的価値から乖離して高騰させる。だから,金ETF取引は,架空性の高い価格の変動を当てにした,金投機と化しているのである。内在的価値に根拠を持ちながら投機と化すことが,金ETF取引の逆説である。
この項の最後で,何度も繰り返してきたことを再度強調しよう。金価格高騰をもっぱらインフレーションの反映であるとか,高騰した金価格がインフレーションを起こすなどと言ってはならない。それは客観的には,金投機の架空性を覆い隠す言説だからである。インフレヘッジを動機に金ETFを購入することはもっともである。しかし,投機に参与し,これに巻き込まれることなしに金ETFを購入することはできないのである。
※1 この段落の数値はGold ETFs, holdings and flows, World Gold Council, February 9, 2026による。
https://www.gold.org/goldhub/data/gold-etfs-holdings-and-flows
※2 これは株式時価総額が企業の解散価値から乖離して上昇する理由でもある。伊藤光雄「擬制資本の形成と運動 -債券と株式-」研究年報『経済学』44(3),1982。
https://doi.org/10.50974/0002005133
※3 Production Costs, World Gold Council, January 13, 2026.
https://www.gold.org/goldhub/data/aisc-gold
※4 Gold Spot Pries, World Gold Council, February 13, 2026.
https://www.gold.org/goldhub/data/gold-prices
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