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2024年3月21日木曜日

旅立ちの時

 旅立ちの時

 当ゼミの修了生,博士研究員の銀迪さんは,4月1日から同志社大学商学部助教に就任します。思えば,大学院受験の相談を受けて,出張ついでに銀さんと池袋の喫茶店で会ったのは2015年夏のことでした。それから約9年間,色々なことがありました。とくに後期課程に進んでからは,私は,春も夏も秋も冬も,銀さんの論文が完成するだろうか,仕事が見つかるだろうかという緊張と不安を抱えていましたが,本人にはその数倍の重圧がかかっていたことでしょう。よく耐えてがんばったと思います。博士論文と,単著論文1本,共著論文2本を公刊して,ついに独り立ちする時を迎えました。

 おめでとうございます。

銀迪(2022)「高成長期の中国鉄鋼業における二極構造の形成」博士(経済学)学位論文。

銀迪(2022)「中国の鉄鋼産業政策:設備大型化・企業巨大化・生産集中化の促進とその帰結」『産業学会研究年報』37,133-153。

川端望・銀迪(2021)「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての産業政策」『アジア経営研究』27,35-48。

川端望・銀迪(2021)「現代中国鉄鋼業の生産システム: その独自性と存立根拠」『社会科学』51(1),1-31。



2023年2月9日木曜日

ベトナムにおける直接投資プロジェクト認可の分権化に関する問題:Au Thi Tam Minh氏の論文から学ぶ

  一般論として,途上国かつ社会主義国において,地方分権化を進めることは積極的意味を持つことが多い。しかし,対象が大規模FDIプロジェクトの認可であって,また分権化の方法がぎこちなく適切でない場合には,話が違ってくる。ベトナム鉄鋼業における外資誘致について,私はずっとそう思っていた。技術的に合理性のないプロジェクトに認可を与え,プロジェクトは全く進まず建設予定地は更地のままということが少なくなかったからだ。そして初の大型銑鋼一貫企業フォルモサ・ハティン・スチールをめぐっては,高炉操業開始前に魚の大量死事件が発生した。

 ホーチミン国家政治・行政学院のAu Thi Tam Minh氏がESCAPの雑誌に発表したこの論文は,フォルモサ・プロジェクトの誘致と海洋汚染事件をめぐり,行政の機構と運営のどこにどう問題があったかについて,ヒアリングを重ね,何とか具体的に示そうとしている。フォルモサの具体的事例については,どうしても秘密の壁に阻まれて一般論にとどまるところはあるが,中央と地方,部署と部署をめぐる政府間関係の問題については,かなり具体的に解明できている。こういう論文が欲しかったので,たいへん参考になる。

「 FDI管理の分権化の有益な効果にもかかわらず,それがFDIプロジェクトの管理を緩くし,その結果,2016年の環境災害につながったのではないかという懸念は存在する。おそらく,地方当局は慎重な検討なしにFDIプロジェクト誘致を追求した。Hung Nghiep Formosa Ha Tinh Steelプロジェクトの許認可プロセスを振り返ると,広範囲な影響と高い環境リスクを伴うこのような大規模プロジェクトが、大雑把な報告しかなかったにもかかわらず,いとも簡単に承認されたことは驚くべきことである。」(p. 93)

Au Thi Tam Minh, Challenges in implementing decentralization of foreign direct investment management in Viet Nam – case study of the Hung Nghiep Formosa Ha Tinh Steel project in Ha Tinh province, Asia-Pacific Sustainable Development Journal, 2019, vol. 26, issue 2, 83-105.

ジャーナルのページ(ダウンロード可能)
https://www.unescap.org/publications/asia-pacific-sustainable-development-journal-vol-26-no-2-december-2019

直リンク
https://www.unescap.org/sites/default/files/Paper%204_0.pdf

2022年12月6日火曜日

博士論文 銀迪「高成長期の中国鉄鋼業における二極構造の形成」の公表によせて

  当ゼミの修了生である銀迪さん(東北大学経済学研究科博士研究員)の博士論文「高成長期の中国鉄鋼業における二極構造の形成」が東北大学機関リポジトリTOURで全文公開されました。

 この論文は,2001-2015年の高成長期における中国鉄鋼業の構造を,需要構造,技術選択と生産システム編成,企業構造,産業の構造,産業政策の諸側面から明らかにしたものです。

 中国は世界最大の製鉄国ですが,この時期の鋼材需要の中核は,小ロット指向の中低級品,典型的には鉄筋用棒鋼などの建設用鋼材でした。自動車用鋼板などの高級鋼材需要も増えましたが,そのシェアの拡大はゆるやかなものでした。

 鉄鋼企業は,この需要構造を背景にして技術・生産システムを編成しました。その結果,宝武集団に代表される,大型高炉一貫システムを基礎とした大型高炉一貫企業も多数形成されました。この15年間のうちに業界団体非加盟の小型企業から最大級の高炉一貫企業にまで駆け上った例もあります。しかし,民営の業界団体非会員の小型企業(高炉一貫企業,電炉企業,単純圧延企業)も多数成長しました。産業全体としては,国有・民営が混合する大型高炉一貫企業と,非会員小型企業が併存する構造となりました。そして,実は大型高炉一貫企業も,内部には大型高炉一貫システムと中小型高炉一貫システムの双方を保有していたのです。

 中国政府は鉄鋼業の高度化をめざし,設備巨大化・企業大型化・産業集中化を促進する産業政策を実施しましたが,その作用は功罪半ばするものとなりました。大型設備による沿海鋼鉄基地の形成や,旧式設備淘汰による環境改善には寄与しました。その一方,中低級品需要にこたえる民営小型企業の投資を排除しようとしたことは市場ニーズに逆行する行為でした。結果として,このニーズは,規制を逃れて投資を進めた民営企業によってカバーされたのです。

 中低級品の一部では,群生する小型民営企業に加えて,大型高炉企業までも,中小型高炉一貫システムを用いて競争しました。この激しい設備投資競争は過剰能力の形成に向かい,結果として中国鉄鋼業の高成長期を終わらせることになったのです。

 銀さんの論文は,この時期の中国鉄鋼業の技術や産業組織を理解するために,まず最初に読んでおくべきものになったと思います。

 また,この論文は徹底したケース・スタディですが,実は「生産システムー企業ー産業」という産業の三層構造分析と,「目的合理性ー執行強度ー結果」と言う産業政策の二軸三局面分析という理論的方法論に基づいています。

 前者の方法により,世界最大の製鉄国である中国が,生産システムの次元では中小型高炉一貫システムに依拠しており,また,そうでありながら企業レベルでは巨大企業の形成が進んでいるという複雑な構造を持っていることを明らかにしました。このことは,企業自身による市場適応という側面と,政府の企業巨大化・産業集中化政策の結果と言う二側面を持っていました。

 また後者の方法により,中国政府の産業政策について,政策目的通りの成果を上げたこと(沿海鋼鉄基地の形成,旧式小型設備淘汰による環境保全),政策目的を達成できなかったこと(合併・買収による産業集中度の向上),政策目的から外れた企業行動によって,かえって望ましい結果に至ったこと(民営企業の多数参入による建設用鋼材の供給)を区別して評価することを可能にしました。

 指導教員としては手前味噌ですが,本稿は,私自身の鉄鋼業研究ではこれまでなしえなかった,産業研究の理論的深化に踏み出していると思います。

銀迪「高成長期の中国鉄鋼業における二極構造の形成」2022年10月6日学位授与。博士(経済学)

2022年6月4日土曜日

『産業学会研究年報』第37号が発行されました

 『産業学会研究年報』第37号が完成しました。編集委員長になって4冊目です。招待論文2本,査読付き投稿論文10本,書評8本を掲載できました。

■招待論文
"日本繊維産地の構造変化と主体的行為―衣服製造産地を例に―" (奥山雅之)
"グローバル化/ファスト化に翻弄される繊維産地と域内縫製業の苦闘"(岩佐和幸)

■査読付き投稿論文
"CASE時代の欧州自動車産業の「脱炭素」戦略―欧州「EVシフト」をどう見るか?―" (細矢浩志)
"2020年コロナ禍下での日欧の自動車リサイクル制度改革の論点―日本とポーランドを事例に―" (外川健一)

"地理的分断克服に向けたトヨタ・グループでの委託開発の取り組み―トヨタ車体研究所の事例研究―" (佐伯靖雄)
"オーラル・ヒストリー手法によるトヨタ自動車と天津汽車の国産乗用車合弁事業の経緯"(垣谷幸介)
"ボーイングの技術競争力と連邦政府の認証制度"(山崎文徳)
"中国の鉄鋼産業政策―設備大型化・企業巨大化・生産集中化の促進とその帰結―"(銀迪)
"日系塗料2社の住宅・建築用海外事業の比較研究  ―寡占反応説は成立するか?―"(竹下伸一)
"金属3Dプリンタビジネスの現状と課題―サービスビューローの役割に関する検討―" (原田優花子・小竹暢隆)
"デザイン経営に向けた感性を起点としたマッチング―ものづくり中小企業におけるデザイン人材とのマッチング実践事例からの考察―"(三好純矢・近藤信一)
"市場構造の変化を踏まえた事業展開のあり方について―写真館を事例に―"(大平哲男)

■書評
北嶋守『ヘルスケア産業クラスター形成の日本的特質』同友館,2020年12月。(杉浦勝章)
明石芳彦『基本から学ぶ地域探究論』ミネルヴァ書房,2021年6月。(中山健一郎)
金容度『日本の企業間取引』有斐閣,2021年3月。(田中彰)
松原宏・鎌倉夏来『工場の経済地理学 改訂新版』原書房,2020年11月。(山﨑朗)
藤本典嗣・朴美善『東アジア・北米諸国の地域経済:中枢管理機能・工業の立地と政策』中央経済社,2021年4月。(田村大樹)
折橋伸哉編著『自動車産業のパラダイムシフトと地域』創成社,2021年1月。(佐伯靖雄)
石川幸一・馬田啓一・清水一史(編著)『岐路に立つアジア経済:米中対立とコロナ禍への対応』文眞堂,2021年10月。(小林哲也)
佐藤寛, アジアコンビニ研究会 編『コンビニからアジアを覗く』日本評論社,2021年6月(孫飛舟)

■追悼文
"高橋哲雄元産業学会会長を悼む"(山﨑朗)
"高橋哲雄先生を偲んで"(宮田由紀夫)
"大西勝明元産業学会会長を悼む"(山﨑朗)
"大西勝明先生を偲んで"(小林世治)

最新号の無償公開は1年後です。1-36号はJ-Stageで無償公開されています。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/sisj/-char/ja




2021年9月20日月曜日

川端望・銀迪「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての産業政策」の公表に寄せて

 銀迪さんとの共著「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての産業政策」が掲載された『アジア経営研究』第27号が発行されました。このテーマで科研費の申請をしたのが2016年の秋ですから,論文にするまで5年を要したことになります。今回は,現実の事態が紆余曲折を伴って進行していくときに,それを学問的に把握することの難しさに突き当たり,結果として現実の方が一段落ついたところでまとめることができました。現時点(2021年9月)では,この研究対象に関して最も詳しい事例研究であり,より広く中国の産業政策のあり方にも一石を投じている論文であると自負しています。

 J-Stageに登載されるまで少し時間がかかるため,編集委員会の許可をいただき,大学サイトでPDFを公開いたしました(追記:J-Stageに公開されましたのでJ-Stageにリンクしました)。

こちらからご利用ください

  なお,本稿はRIETIプロジェクト「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第Ⅴ期)」の成果であり,RIETI Discussion Paper Series, 20-J-038の完成形です。





2024/7/30 リンクをJ-Stageにつけかえ。


2021年6月15日火曜日

『産業学会研究年報』第36号刊行

 『産業学会研究年報』第36号,発行されました。今号は,査読制度改革後の最初の号です。「招待論文」「投稿論文」のそれぞれの性格を明確にしました。また書評選考プロセスを改革し,NDL-ONLINEを用いて会員著作を見逃さないようにしました。論文10本,書評15本が掲載されています。

 編集委員長になってから3冊目を無事に発行出来て一安心です。なお,昨年発行の第35号はJ-Stageで公開されました。
■ 招待論文
□ ふくしま医療機器クラスターの現状と課題,今後の動向(石橋毅)
■ 投稿論文
□ 日本における介護ロボットの普及課題-ビジネス・エコシステムの視点に基づいて-(北嶋守)
□ 医療機器におけるAM技術の普及-中小製造業を事例にして一(藤坂浩司)
□ テスラの事業戦略研究・序説(佐伯靖雄)
□ カーエレクトロニクス部品の国内需要に関する試算-産業連関表におけるデバイス製品からの推計-(太田志乃)
口 自動車部品ビジネスにおけるトップ・セールスの有効性について-人脈による企業間関係構築の媒介性と速度感の視点からの考察-(宮川正洋)
□ 日本の法人向け自動車販売における企業間関係(岸田淳)
□ 周辺地域における航空機部品受注と次世代航空機への対応一秋田県を事例として一(山本匡毅)
□ ファーストリテイリングのSDGsに向けての未来戦略(畑中艶子)
□ デザイン経営における感性のマッチング-岩手県内中小企業における実験的取組みに基づく実証研究からの考察-(三好純矢・近藤信一)
■書評
塩地洋・田中彰編著『東アジア優位産業:多元化する国際生産ネットワーク』中央経済社,2020年3月(赤羽淳)
前田啓一・塩地洋・上田曜子編著『ASEANにおける日系企業のダイナックス』晃洋書房,2020年10月(肥塚浩)
明石芳彦『進化するアメリカ産業と地域の盛衰』御茶の水書房,2019年3月(川端望)
公文溥・糸久正人編著『アフリカの日本企業:日本的経営生産システムの移転可能性』時潮社,2019年3月(小林哲也)
中島裕喜『日本の電子部品産業』名古屋大学出版会、2019年2月(佐伯靖雄)
山﨑朗編著『地域産業のイノベーション・システム:集積と連携が生む都市の経済』学芸出版社,2019年2月(松原宏)
奧山雅之『地域中小製造業のサービス・イノベーション : 「製品+サービス」のマネジメント』ミネルヴァ書房,2020年5月(山﨑朗)
加藤秀雄・奧山雅之『繊維・アパレルの構造変化と地域産業 : 海外⽣産と国内産地の行方』文眞堂,2020年8月(杉田宗聴)
赤松裕二『フルート製造の変遷 : 楽器産業の製品戦略』大阪公立大学共同出版会,2019年11月(中道一心)
久保隆行『都市・地域のグローバル競争戦略-日本各地の国際競争力を評価し競争戦略を構想するために-』時事通信社、2019年1月(杉浦勝章)
李澤建『新興国企業の成長戦略: 中国自動車産業が語る"持たざる者"の強み』晃洋書房,2019年11月(上山邦雄)
石鋭『改革開放と小売業の創発:移行期中国の流通再編』京都大学学術出版会,2020年3月(田中彰)
十名直喜『人生のロマンと挑戦 : 「働・学・研」協同の理念と生き方』社会評論社,2020年2月(熊坂敏彦)
中瀬哲史・田口直樹編著『環境統合型生産システムと地域創生』文眞堂,2019年3月(中山健一郎)
日野道啓『環境物品交渉・貿易の経済分析 : 国際貿易の活用による環境効果の検証』文眞堂,2019年12月(堀井伸浩)

2020年12月22日火曜日

ベトナム鉄鋼業論が英語の論集に収録されました:Hiromi Shioji, Dev Raj Adhikari, Fumio Yoshino & Takabumi Hayashi eds., Management for Sustainable and Inclusive Development in a Transforming Asia, Springer, 2020

  分担執筆した英語の本が出版されました。Google Scholarからのプロフィール自動更新情報で気づいたのですが,どうやら12/5にアップされたようです。紙版1冊をもらえるかどうかわからないので,とりあえず図書館所蔵用を注文します。


Kawabata, N. (2020). Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry Under International Economic Integration, in Hiromi Shioji, Dev Raj Adhikari, Fumio  Yoshino & Takabumi Hayashi eds., Management for Sustainable and Inclusive Development in a Transforming Asia, Springer, 255-271.(国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展)

https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-981-15-8195-3_15

 この論文の最初のバージョンは,2018年にベトナム鉄鋼業に関する評価の輪郭を思いついた時に,とにかく実務者,政策担当者,研究者に速報しようと日本語,英語両方でDPにして配信したものでした。その後,IFEAMA(東アジア経営学会国際連合)の大会で報告し,報告論文からピックアップしての出版にエントリーして採択されました。

 執筆を決めた時に念頭に置いたのは,実務家や政策担当者の状況でした。つまり,ベトナム鉄鋼業はアジアの産業の中で地位を急速に向上させているのに,この産業の発展史や各セクター(国有,民営,外資)に関する評価が提示されていなかったことです。その原因は簡単で,継続的に調査・研究している人が私以外にほとんどいないからでした。なので,まずはベースとなるものを私が書いて提示するのが社会的責任であろうと思ったわけです。これで,ベトナム鉄鋼業への評価がおかしな方向にすっとんでいく危険は回避できたし,この産業に関する仕事に携わろうとする人に,まず最初に読んでもらいたい論文になったと自負しています。

 しかし,とりあえず関係者に理解してほしい要点だけを詰め込んだものであり,実証分析は十分とは言えません。次の課題は,もっと解像度の高く詳細な研究書を一人で書き上げることです。


2020年10月10日土曜日

経済産業研究所(RIET)DP「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策」を公表しました

  銀迪さんとの共著による,中国鉄鋼業の過剰能力策削減政策研究。ようやく経済産業研究所のディスカッション・ペーパーになりました。2017年度の科研費から研究を初めて3年半,学会報告から2年,原稿を書き始めてから1年半。とにかく,人様の目に触れて政策論議に乗っけられるところまでは来ました。でもまだ終わりではありません。さらに改稿し,字数制限の範囲に納めて雑誌に投稿します。とにかく,書くには書いています。

川端望・銀迪(2020)「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての評価」RIETI Discussion Paper Series, 20-J-038, 1-30,9月。

2021年9月21日追記。本稿の完成版は査読付き論文として『アジア経営研究』に掲載されました。発行元許諾を得て公開しています。

川端望・銀迪「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策―調整プロセスとしての産業政策―」『アジア経営研究』第27号,アジア経営学会,2021年8月,35-48頁。






2020年5月24日日曜日

大企業を救済するために無差別資本注入を行うことに反対する

 政府系金融機関による劣後ローンや優先株で大企業を救済する案について,私は基本的な観点を述べておきたい。
 経営者に責任のない災害による経営危機であるから,劣後ローンでの支援まではありうると思う。また,公共交通機関である航空会社など特定分野の企業については,オペレーション維持のための救済はありうるだろう。ただし,程度の差があれ公的規制が入るのは当然だ。
 一方,大企業への無差別資本注入は賛成できない。資本注入とは,出資先企業の存続にコミットすることだからだ。
 産業や企業は永遠のものではない。このコロナ危機を経て,産業構造は当然に変化するだろうし,変化すべきとさえ言える。インフラ維持と弱者救済はするとしても,どのような大企業が生き残るかは,市場で決めねばならない。大事なことは,将来の新産業構造を担う企業を興隆させることであり,現存する大企業をまるごと守ることではない。両者は異なるものだ。近い将来のビジネスの担い手は,まだ創業していないかもしれず,今は中小零細企業かもしれない。それらが伸びる可能性を摘まないためには,既存大企業に資本注入して政府がその存続にコミットしたりすべきではない。優先株として資本注入しながら何も発言しない無責任経営はもっと悪い。日銀のETF購入と類似の誤りである。
 労働者,自営業主,市民は人間であるからその存在そのものが守られねばならない。自営原理が浸透している日本の中小零細企業にも救済の余地がある。しかし,大企業は人ではなく,人に奉仕すべき組織である。守られるべきは既存企業ではなく,明日果たされるべき企業の役割だ。守るべきは人間であり,生き延びた人間に選ばれてこそ企業は生きるべきである。

2020年1月24日金曜日

2019年の中国鉄鋼業の状況と,能力置換プロジェクト公告・登録の停止通知について

 1月22日,国家発展改革委員会は「鋼鉄行業2019年運行情況」を公表した。それによると,2019年の中国銑鉄生産は8億937万トン(前年比5.3%増),粗鋼生産は9億9634万トン(同8.3%増),鋼材生産は12億477万トン(同9.8%増)であった。鋼材は重複計算を含むので,実際は10億トン程度であろう。鋼材輸出は6429万3000トン(前年比7.3%減),輸入は1230万4000トン(同6.5%減)であった。
 粗鋼の方が銑鉄より前年比の増加率が高い。これは,製鋼工程での原料における銑鉄比率が低まり,鉄スクラップ比率が高まったことを意味する。鋼材生産の伸び,輸出の減少,輸入の減少から内需の増減を計算すると,単純計算で1億390万6000トンの内需拡大があったことになる。米中貿易摩擦やそれと関連した景気の減速にもかかわらず,鉄鋼生産は好調であり,貿易摩擦激化につながる輸出増は起こらなかったのだ。
 ただし,企業間競争が激しいことも読み取れる。鋼鉄工業協会会員企業の売り上げは10.1%伸びたが,利潤は30.9%も減少し,売上高利潤率は4.43%と,前年比で2.63パーセントポイント下降した。
 翌23日,国家発展改革委員会弁公庁と工業和信息化部弁公庁は,「関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知」(発改電〔2020〕19号)を公表した。この通知は,1)鉄鋼生産能力置換方策の公告とプロジェクト登録の暫定的停止,2)現在の鉄鋼生産能力置換プロジェクトの自主検査を指示している。産業発展司によるその解説では,a)粗鋼生産が記録的な水準に達し,需給不均衡を引き起こす可能性があること,b)一部の能力が集中的に投資されるために需給バランスが崩れるリスクが高くなること,c)能力移転の科学的論証が不十分であり,地域の産業構造や環境の許容量や省エネ・汚染物質排出削減の観点から見て,構造調整の所定の結果を達成するのが難しいことを指摘している。
 この通知は重要な意味を持つ。中国政府は鉄鋼業の過剰能力を抑制するために,2016-2018年の3年間に,旧式・小型設備を中心に粗鋼生産能力を閉鎖させた。そしてそれと同時に「能力置換」政策を実施した。これは,閉鎖する設備と新設する設備を共に明示し,後者の製銑・製鋼能力が前者と同等か下回る場合にのみ設備投資を認めるというものであった。政策が文字通りに運用されれば,製銑・製鋼能力は中国全体として増えることなく,現代化されるはずであった。しかし,これまでも政策運用上のエラーや例外的措置によって,減量置換の原則を潜り抜けてしまった能力が存在すると推定されていた。私は,2016-2018年の能力削減実績が,政府によれば1.55億トンであるのに,同じ政府の公式統計を時系列で見ると1億トンにしかならないことの原因の一部は,ここにあったと推定してきた。そして今,能力置換が想定通りの効果を上げないおそれがあることを,政府自身が認めるに至ったのである。

国家発展和改革委員会「鋼鉄行業2019年運行情況」2020年1月22日。
https://www.ndrc.gov.cn/fggz/cyfz/zcyfz/202001/t20200122_1219726.html
国家発展改革委員会弁公庁・工業和信息化部弁公庁「関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知」発改電〔2020〕19号,2020年1月23日。
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202001/t20200123_1219768.html
国家発展改革委員会産業発展司「深化供给側結構性改革 促進鋼鉄行業高質量発展——《関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知》解読」2020年1月23日。
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/jd/jd/202001/t20200123_1219770.html


※川端望(2019)「中国鉄鋼業の生産能力と能力削減実績の推計―公式発表の解釈と補正―」TERG Discussion Paper, 414, pp.1-8, November。
http://hdl.handle.net/10097/00126428


大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年を読んで

 大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年。構成は「Ⅰ 山川イズム 日本におけるマルクス主義創成の苦闘」「Ⅱ 向坂逸郎の理論と実践 その功罪」である。  本書は失礼ながら完成度が高い本とは言いにくい。出版社の校閲機能が弱いのであろうが,校正ミス,とくに脱...