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2026年2月18日水曜日

なぜ,「純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?」を書いたのか

 「純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?」一応,完結し,ブログに掲載しました。この連載は,直接には,最近になって「結局金が貨幣だ」という見解がアナリストの間に出現したことに触発されたものです。金価格高騰=インフレーション=ドル減価という等式です。しかし,これは正しくありません。管理通貨制と変動相場制,具体的には金兌換が停止され,価格標準が肯定されなくなった世界では,インフレーションとは別に,金価格は単独で高騰できるし,またしているからです。金価格高騰は,確かに一部はインフレーション=ドル減価によるものですが,多くは中央銀行の金購入と金ETFを通した投機によります。そして,その背景にあるのは,インフレーションよりも,むしろ世界秩序の帝国主義化により,ドル国債の流動性と,ドル預金での決済システムが不全になる危険です。

 またこの連載は,師・村岡俊三とそのまた師・岡橋保の貨幣論との対話でもありました。岡橋氏が,金価格は価格標準の変動(インフレ,デフレ)によっても変動するが,金に対する需給によっても変動すると指摘したことを私は支持します。岡橋氏は,金に対する通貨の購買力低下は不等価交換によっても起こり得るのであり,金価格高騰がすべてインフレーションではないことを,ニクソン・ショックの際に解き明かしました。また,村岡氏が,新産金が流通に入る交換過程に注目したことで,金兌換停止のもとでは金価格は単独で高騰しうることを明らかにしたことを,私は支持します。村岡氏はこうして,1970年代以降,金価格がインフレ率を超えて高騰したメカニズムを明らかにしました。

 しかしながら,村岡氏が,金がこうして流通に入る過程で価値尺度機能を果たし,蓄蔵貨幣になるとしたことには,保留をつけざるを得ません。消極的には金を価値尺度財と見なすことは可能ですが,金は積極的な価値尺度機能を停止しているし,流通に入れないために蓄蔵貨幣のプール機能を果たせないのです。村岡氏は,金価格が単独で高騰しうる理由を金生産性の低下=金価値の増大にのみ帰着させたために,金価格がそれ以外の要因によっても変動しうることを見ませんでした。これは,今日の中央銀行の金購入や金ETFによる投機的需要の発生を踏まえれば,不十分であったと言わざるを得ないのです。

 現時点において,金は,もっとも貨幣に近い資産として需要されながら,すでに貨幣の機能を果しえません。だからと言って,金は貨幣論上,どうでもよくなったのではありません。本来は金が貨幣であったが,資本主義発展が金の流通を排除し,その代わりに価値尺度の不在による通貨システムの不安定という矛盾を抱え込んだのです。この弁証法的関係を明らかにしてこそ,今日の金市場と,その背後にある世界の政治経済学は理解できます。そのためにマルクス経済学はなお有効なのだと私は考えています。多くの方にとっては呆れるほど突飛でしょうが,私は,イデオロギー的立場を固守するためではなく,現実に切り込んで,現実の経済における今後の見通しを示すツールとして,マルクス経済学が「使える」ことを示したかったのです。またそのために,はるかにさかのぼって,師や,師の師の見解の現代的意義を尊重するとともに,その限界を乗り越える道を示したかったのです。

<参考>

岡橋保『金の価格理論:価格標準の研究』日本評論新社,1956年。
岡橋保『増訂 金投機の経済学』時潮社,1973年。
村岡俊三『資本輸出入と国際金融』白桃書房,1998年。

純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?
(1)問題の所在
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post.html

(2):金価格高騰=インフレーション論について
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_4.html

(3):金需要の動向について
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_6.html

(4):中央銀行の金購入について
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_11.html

(5):金ETFについて
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/etf.html

(6・完):必要とされながら不在の商品貨幣
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_16.html

2026年2月16日月曜日

純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?(6・完):必要とされながら不在の商品貨幣

  (1)から(5)までで,現在の金価格の変動に関する考察を終えたが,ここで「結局金が貨幣なのか」という問題について,理論的に考察しておきたい。

 これまでの考察から明らかなように,現時点で金は流通手段としても支払い手段としても貨幣ではなく,貨幣として流通していない。しかし貨幣に最も近い商品であることからその価値保蔵機能は信頼されている。中央銀行の金購入や,金ETF購入の増加とその投機化はこの金の屈折した性格から説明できる。

 しかし,最後にもう一度,金が貨幣であるかどうかを理論的に問い直そう。問題は次のように設定される。管理通貨制と変動相場制の下で,金は流通手段としても支払い手段としても貨幣ではない。それでは,価値尺度,蓄蔵貨幣,世界貨幣としてもまったく貨幣ではないと言えるのか。これはスコラのようであるが,理論的には大事なことなので,考えてみよう。考察しやすくするために,金が今なお貨幣だという立場を想定し,これが正しいかどうかを考えるというスタイルを採ろう。

 金が今なお貨幣だとすれば,それは価値尺度,蓄蔵貨幣としてである。これらの片方でも打倒すれば,そのようなものとして世界のどこでも通用する世界貨幣だということになろう。これを貨幣の生成プロセスに即してみよう。金は鉱山で採掘され精錬され,金地金となる。金本位制であれば地金が直接商品と交換されるか,あるいは鋳造業者に持ち込まれて金貨となるだろう。しかし,今日では,何らかの通貨建て買い取られる,さらに具体的に言えば預金貨幣ないし中央銀行券と交換される。代金を払って地金を入手したものの手中で,金地金は蓄蔵貨幣となる。このように考えるしかないであろう(※1)。

 では,この時,価値尺度機能はどのように果たされているか。金本位制のもとで価格標準(1グラム=Xドル)が公定されていれば,金は価格標準を通して,自らの重量をもってあらゆる商品の価値を測る価値尺度となる。ところがいったん価格標準が設定されると,市場ではむしろ金にも価格があるとみなされるようになる。管理通貨制と変動相場制の下では,公定価格標準は存在しないため,いよいよもって金は一般商品と同様に価格を持つものとみなされる。具体的には,新産金が流通に入る際,供給側では金の生産費と産金業者の要求利潤率に規定され,需要側では金需要の在り方によって規定されて価格がつく。そして何らかの通貨建ての預金貨幣ないし中央銀行券と交換されるのである。交換されたのちは蓄蔵貨幣となり,貨幣としては流通しない。つまり一般商品との交換には入らない。だから,金がいまなお価値尺度であるとすれば,新産金として販売された際の価格設定を通して,間接的に一般商品との交換関係を結ぶことで,価値尺度機能を果たしていると考えるよりないのである(※2)。

 しかし,この二つの規定はいかにも危ういものである。まず,蓄蔵貨幣の属性を果たしているかどうか考えよう。価値保蔵機能については,確かに今日でも金が果たすことはできる。しかし,貨幣流通におけるプール機能は果たすことができない。蓄蔵貨幣プールの重要な役割は,商品流通界が追加貨幣を必要とする際にその供給源となり,逆に不要な貨幣が排出された際にこれを受け入れることである。今日,この機能を果たしているのは銀行が創造する預金貨幣である。企業が借り入れを行う際に預金貨幣は創造され,返済の際に消滅する。生成し,消滅する預金貨幣は,流通外で蓄蔵されない。しかし,プールの機能は果たしている。預金貨幣の流通を裏付けるのは中央銀行預金貨幣の支払い決済システムである。金は,中央銀行保有の金ですら,ここで何の役割もはたしていない(※3)。流通に入れない金は,蓄蔵貨幣のプール機能を果たしえない。

 価値尺度機能も危うい。というのは,市場で新産金に価格がついているからであり,この価格は金の投下労働価値,すなわちある金を生産するのに必要な社会的平均的投下労働量の対象化と言える水準に落ち着きそうにないからである。新産金価格は,商品としての金の特殊な需要に規定されてしまう。前回まで述べた通り,宝飾品需要,工業製品需要,中央銀行の準備金としての需要,そしてETFを含む資産としての需要である。そして,資産としての需要による投機化か今日の金価格を特徴づける。そして,こうした金価格変動は,物価全般とは全く独立に起こり得るのである。もちろんどんな時も,結果としては,金の一定重量が全商品と相対的価値関係に入っているということはできるし,そこでの交換が等価交換から乖離すれば,逆方向に戻る力が生み出されるとは言える。その意味で価値法則は作用している。しかし,金が様々な商品と交換関係に入り,商品間の相対的関係を,価値通りの交換や生産価格による交換となるように規制しているとは言えないのである。金は価値法則を規制する能動性を失ってしまっている。この原因は,価値尺度機能のカギである公定価格標準が停止しているからにほかならない。

 誤解がないように別の表現で言えば,「金が価値尺度か」という問いには,問題の設定の仕方によってはYesと言えるかもしれない。長い目で見て,金を基準として,諸商品の労働価値の相対関係を考えることはできる,という意味においてならばである。しかし,金重量が,一般商品との交換を通して能動的に,諸商品の労働価値の相対関係を規制している,という意味においてはNoである。これらの意味においては金の価値尺度機能は停止している。金価格の水準は一つの商品価格として決まるものになってしまっており,事実上の価格標準から乖離する。地政学的考慮を反映した中央銀行の需要や金ETFを通した投機に需要が左右されて乖離するのである。

 しかしこれは,資本主義経済において,価値を持つ商品貨幣が不要になったことを意味するわけではない。逆である。貨幣としての金は必要とされながら不在であり,市場参加者は代用貨幣を用いるしかない。だからドルの信認低下は,行き場のない逃避需要を生み出す。すでに貨幣として流通しえないが,貨幣に最も類似した資産として金が選好される。価格標準は必要とされながら不在であり,市場参加者の目の前には変動する金価格しかない。だから金によって価値保蔵を図っても,それは変転する金価格のもとで,不完全にしか達せられない。ありきたりな言葉で締めくくるのは気が引けるが,これらは資本主義発展に伴う矛盾なのである。

※1 村岡俊三『資本輸出入と国際金融』白桃書房,1998年,松本朗「金価値と金価格の動向とその理論についての考察―最近のドイツにおける研究動向を参考にして―」『立命館経済学』61(6),2013年(http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/61617.pdf)。
※2 村岡,前掲書,119-127頁。
※3 金準備を裏付けとして中央銀行預金貨幣や中央銀行券が発券されるのだと主張する人がいるかもしれない。そうではない。金兌換停止のもとでは,中央銀行預金貨幣は最終支払い手段であって,物的資産の裏付けなしに発行され得る。世界には自己資本を持たない中央銀行が存在するが,その理由はここにある。対内的には自国通貨の通貨価値,対外的には基軸通貨の通貨価値が維持されていれば,そこに問題はない。ここで通貨価値とは,第一には信用貨幣の商品貨幣に対する代表価値であり,また第二には信用貨幣と商品の交換比率である。金兌換が停止されただけでこれらが維持不可能になるわけではない。川端望「通貨供給システムとしての金融システム:信用貨幣論の徹底による考察」研究年報『経済学』81,2025年(https://doi.org/10.50974/0002003359)。


2026年2月14日土曜日

純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?(5):金ETFについて

 さて,中央銀行と並んで金価格を動かすもう一つの需要である金ETFについて見なければならない。

 ここで取り扱う金ETFとは,金を裏付けにした上場投資信託のことであり,上場されている株式と同じように取引ができる。だから,ETFを購入するというのは,厳密に言えば擬制資本である証券を購入しているのであって,金を直接購入しているわけではない。しかし,ETFは金地金を保有しているので,取引が公正である限り実物の金によって裏付けられていると言える。地金に比べれば,ETFの取引コストははるかに低い。とくに小口の個人投資家によっては,少額でも金に対する確実な持ち分を得られるETFは,購入しやすく魅力的な金融商品である。もちろん,ETFにも独自のコストがかかる。ETFの1口が代表する金重量は,信託報酬が差し引かれることによって少しずつ目減りしていく。しかし,地金取扱いのコストに比べればはるかに低い負担だ。

 金ETFが初めて上場されたのは2004年のことであった。以後,物量ベースで見た金ETFの金保有量は,長期的には大きく伸びて,2026年2月6日には4114.4トンに達した(※1)。その間に保有量の増減はあったが,特徴的なことは,2023年から2024年にかけての一時期を除き,金ETFの金保有量が伸びた時には金価格も上がり,逆なら逆であったことだ。金ETFの所在地は北米が約半分であり,残り半分のうち大半はヨーロッパが占めている。しかし近年はアジアが拡大しており,495トンを占めている。

 金は単なる金属であるから,収益のフローを生み出さない。金ETFには株式のような配当もないし,債券と異なって利子も得られない。したがい,静態的にとらえるならば,金ETFの価格は収益の資本還元ではなく,むしろ金の内在的価値を反映したものである。金ETFで資産運用するということは,価値保蔵を目的とするか,純然たる金の価格変動に賭けて利益を狙うということになる。

 ここで重要なことは,ETFによって大から小零細までの個人投資家による金需要が広範に現実化したことである。その背景には,まず株式とは別な理由での,金価格上昇の長期的見通しがある。それは2000年代の終わりには世界金融危機というリスクであり,それ以後に始まった各国中央銀行による金購入の底堅さであり,コロナ以後のインフレーションであり,2010年代後半以後の地政学的リスクであり,2020年代におけるその加速である。そして,中国やインドからの投資家の市場流入によって,投資家の数そのものも増大した。

 さて,投資家の金購入の動機は,それが小口になればなるほどインフレヘッジが中心になる。大投資家と異なって金価格の大規模変動に賭けることなどできないし,中央銀行のようにドルでの決済不能のリスクにおびえる立場ではないからだ。しかし,こうしたささやかな動機による購入は,いったん上がり始めた金価格をさらに押し上げることになる。なぜならば,インフレヘッジ程度の低い収益性しか期待していない小零細投資家群は,それ以外の大規模投資家に比べると,高い金価格でも購入できるからである。低収益しか期待しない投資家が増えるほど価格は上がるというのが,証券市場の逆説なのである(※2)。こうして金価格は,内在的価値からはるかに乖離して高騰した。内在的価値の指標は新産金生産コストであるが,2020年までは1000ドル/トロイオンス前後で安定していたが,2025年には1500ドル/トロイオンスを超えた(※3)。一方,金のスポット価格は2020年初には1500ドル/トロイオンス前後であったものが,2026年2月前半は5000ドル/トロイオンス前後で上下を繰り返している(※4)。この上昇率がアメリカのインフレ率をはるかに超えていることも言うまでもない。これは投機的な価格であり,何らかのきっかけがあれば下落することもある。現に上昇傾向の中でも,しばしば下落しているのだ。

 まとめよう。金ETFの取引には,内在的価値に関連した根拠があるにはある。中央銀行による価値保蔵のための継続的な準備資産積み上げを背景としており,また投資家によるインフレヘッジの動機に導かれているからだ。しかし,この背景と動機に基づくETF購入は,結果として金価格を内在的価値から乖離して高騰させる。だから,金ETF取引は,架空性の高い価格の変動を当てにした,金投機と化しているのである。内在的価値に根拠を持ちながら投機と化すことが,金ETF取引の逆説である。

 この項の最後で,何度も繰り返してきたことを再度強調しよう。金価格高騰をもっぱらインフレーションの反映であるとか,高騰した金価格がインフレーションを起こすなどと言ってはならない。それは客観的には,金投機の架空性を覆い隠す言説だからである。インフレヘッジを動機に金ETFを購入することはもっともである。しかし,投機に参与し,これに巻き込まれることなしに金ETFを購入することはできないのである。

※1 この段落の数値はGold ETFs, holdings and flows, World Gold Council, February 9, 2026による。
https://www.gold.org/goldhub/data/gold-etfs-holdings-and-flows

※2 これは株式時価総額が企業の解散価値から乖離して上昇する理由でもある。伊藤光雄「擬制資本の形成と運動 -債券と株式-」研究年報『経済学』44(3),1982。
https://doi.org/10.50974/0002005133

※3 Production Costs, World Gold Council, January 13, 2026.
https://www.gold.org/goldhub/data/aisc-gold

※4 Gold Spot Pries, World Gold Council, February 13, 2026.
https://www.gold.org/goldhub/data/gold-prices


2026年2月11日水曜日

純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?(4):中央銀行の金購入について

  近年の金需要のうち,まず需要に継続性がある中央銀行の金購入から見ていこう。

 World Gold Councilの統計では,中央銀行の金購入は2010年からプラスになったが,そのボリュームは2022年に1000トンを突破し,3年間1000トン超えを維持した。2025年は多少減退したが,863トンである(※1)。Brooking Institutionの最新レポートによる中央銀行金保有残高も同様の傾向である(※2)。

 この金購入は,その時々の価格上昇とは連動していない。金価格が上記的な上昇に転じたのは2000年前後,急騰したのは2008年の世界金融危機から2012年まで,2019年から2020年まで,そして2024年初からである。とはいえ,長期的に見て中央銀行がネットで連続購入する時代になったことは,需要の底支えになっているとみるべきだ。

 中央銀行の金保有額の重みを世界GDP比で見ると,2000年以後上昇し,2024年末には2.5%に達している(※3)。金保有の多くは先進諸国中央銀行によるものであるが,重量で見たその保有量は横ばいで,過去15年ほどの増加はもっぱら新興国中央銀行によるものである。外貨準備に占める金の割合は金額で見るよりないが,ユーロ地域では62%,アメリカでは75%,ロシアでは32%,中国では6%,日本では6%である。暫定的な推計では世界全体では約4分の1と見られている。

 近年の金購入の動機と傾向については,シンクタンクOfficial Monetary and Financial Institutions Forum(OMFIF)のレポートが参考になる(※4)。OMFIFによると,中央銀行の80%は,いまなお安全性と流動性のためにドルに投資している。また調査回答者の92%は,米国債市場はなお十分な流動性を保っていると回答している。しかし,中央銀行の58%は,来る1-2年の間に多様化を計画している。ドルへの投資をくじく要因は,アメリカの政治環境,地政学,アメリカの財政政策である。一方,ほぼ全ての中央銀行が、準備資産の中核あるいは増加傾向にある構成要素として金を挙げている。このレポートを作成したワーキンググループの議論の中では,外貨準備運用担当者は,配分決定が主に地政学的考慮によって駆動されており,財務的リターンは補助的な役割しか果たしていないと報告している。なお,ETFを保有しようとする中央銀行は少数派である。

 つまり,新興国中央銀行が,地政学的な理由から準備資産としての金の保有を増やそうと地金の形態で毎年購入していることが,金価格の底支えになっているわけだ。

 これを裏返すと,相対的にドルの信認が下がっているということである。ドル建て準備資産は当座預金や紙幣のまま持たれることは少ないので,より具体的には,価値保蔵資産としてのアメリカ国債の信認が下がっているわけである。

 一部のアナリストは,ドル国債信認低下=金価格高騰=インフレーションと見ている。繰り返し述べてきたように,これは部分的に正しいが,部分的にしか正しくない。インフレは金価格を高騰させる。しかし,インフレ以外の要因も金価格を高騰させる。そして金価格高騰はインフレを起こさない。インフレとは別に,地政学上の理由によってドル国債信認低下=金価格高騰が起こっていると見なければならない。金が今では流通手段や支払い手段ではなく,しかし価値保蔵手段ではあるために,このようなことが起きるのである。

 では,中央銀行の金購入が増えた2022年以後に先鋭化した地政学的要因とは何か。それはロシアのウクライナ侵略であり,これに対して各国が経済制裁を行ったことである。また,金価格の高騰が生じた2024年以後に先鋭化した地政学的要因とは何か。それは国際政治が,複数の大国が,互いに武力の行使を辞さないものに変転しつつあることである。中国一国が台湾への武力侵攻を放棄しないだけではない。ロシア一国がウクライナを攻撃するだけでもない。アメリカ一国がベネズエラを攻撃し,デンマークを脅迫するだけでもない。複数の大国が武力行使をためらわないために,相互作用が破滅的な結果をもたらしかねないことである。これは新興国にとって,国際通商システムや決済システムへのアクセスに障壁が生じることを意味する。これら諸国の通貨当局は,平和裏にドル国債をドル建預金に転換できないリスクや,ドル建預金で国際決済ができなくなるリスクを考慮せざるを得ないのだ。インフレーションのリスクだけではなく,国際政治による通商・決済の途絶リスクが高まりつつある。中央銀行の購入による金価格底支えの意味はそこにある。

※1 World Gold Council, Gold Demand Trends: Q4 and Full Year 2025, January 29, 2026.
https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-full-year-2025

※2 Gian Maria Milesi-Ferretti, How important are central bank holdings of gold?, Brookings Institution.
https://www.brookings.edu/articles/how-important-are-central-bank-holdings-of-gold/

※3 この段落の終わりまで同上レポートによる。なお,アメリカの場合,金の現物は財務省が保有しており,FRBはそれに対するGold Stockを保有している。この経過は,重見吉徳「【マーケットを語らず Vol.211】米国政府の保有ゴールド含み益とBITCOIN法:その①」フィデリティ証券,2025年8月21日を参照。
https://www.fidelity.co.jp/page/strategist/vol211-the-fed-gold-revaluation-and-bitcoin-act

※4 この段落の記述は,OMFIF Global Public Investor Working Group, Redefining resilience  in reserve management How global public investors are navigating  uncertain time, 2025による
https://www.omfif.org/redefining-resilience-in-reserve-management/

※2026年2月13日。最終段落が2024年以後の地政学的リスクだけを論じていたところに,2022年以後に関する記述を追加。


2026年2月6日金曜日

純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?(3):金需要の動向について

 金価格は1月末から2月初めにかけ,暴騰したかと思えば暴落している。このことは,前回までに論じたことの傍証となっている。つまり,金価格上昇がもっぱらインフレーションの表現だという見解は誤りなのである。数日以内でインフレとデフレが逆転するはずもないし,そもそも管理通貨制のもとでは不況による価格下落はあっても厳密な意味でのデフレは起きないのであり,したがい,金が暴落してもデフレのせいではないのである。

 さて,それでは,資産としての金需要をどう考えればよいか。ここからはある程度実証的に論じる必要がある。公開情報しか取れない立場では限界があるが,できるだけやってみよう。

 金について比較的信頼できる統計は,World Gold Council(WGC)のものである(※1)。1月30日に発表されたばかりのGold Demand Trends Full year and Q4 2025によると,2025年の金需要は5002トンに達し,前年比1%増加した。1年前の2024年の金需要は4962トンであった。

 需要の内訳は以下のようになる。1トン未満は四捨五入している。

2025年
・宝飾品製作需要1638トン,総需要に対するシェア32%,前年需要量比16%減
・技術需要323トン,シェア7%,前年比1%減
・投資需要2175トン,シェア44%,前年比73%増
・中央銀行その他の機関の需要863トン,シェア17%,前年比37%減
・店頭取引その他3トン,シェアほぼ0%,前年比で1%未満に
・合計5002トン

2024年
・宝飾品製作需要2026トン,シェア41%
・技術需要326トン,シェア7%
・投資需要1185トン,シェア24%
・中央銀行その他の機関の需要1092トン,シェア22%
・店頭取引その他331トン,シェア7%
・合計4961トン

 WGCのいう宝飾品製作と技術の需要が,前回まで述べた商品としての需要,投資需要と中央銀行の需要が資産としての需要に相当する。

 投資需要の内訳は,以下のようになる。

2025年
・地金(延べ棒と鋳貨)1374トン,シェア28%,前年比30%増
・上場投資信託(ETF)および類似商品801トン,シェア16% ,前年は3トン売り越し

2024年
・地金(延べ棒と鋳貨)1188トン,シェア24%
・上場投資信託(ETF)および類似商品マイナス2.9トン

 さて,ここで注目すべき点は二つである。

 第一に,中央銀行が買い手となっていることである。WGCによれば,2010年以来連続して買い手となっている(※2)。中央銀行は通常はETFを購入しないので,地金の購入である。

 第二に,投資需要が極めて大きく,まだ拡大していることである。そしてまだ地金の水準には及ばないものの,2025年にETFを通した金保有が急拡大していることである。

 以下,この2種類の需要について検討していこう。

※1 World Gold Council, Gold Demand Trends: Q4 and Full Year 2025, January 29, 2026.
https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-full-year-2025

※2 Gold Demand Trends Full year and Q4 2019, January 30, 2020.
https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-full-year-2019


2026年2月4日水曜日

純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?(2):金価格高騰=インフレーション論について

  さて,まず問題とすべきは,最近になってアナリストの一部が主張するように,金価格の高騰をもっぱらインフレーションによって説明できるかである。今回は,この点を主に理論的に考察する。

 前回述べた基本的観点をもう少しかみくだくと,金価格を規定する要因は四つあると思われる。

 第一に,管理通貨制と変動相場制の下では,金の生産費(金の投下労働価値)が変化すると,それによって産金業者の金売却価格も変動するといこうとである。これは金1グラム=Xドルと価格標準が固定されている金本位制とは異なる現象である。

 第二に,一般商品としての金に対する需要によって価格が変動する。主に工業用および宝飾用としての需要によるものである。

 第三に,財政赤字を通した外生的な代用貨幣(預金貨幣または中央銀行券)の供給によって事実上の価格標準が切り下がり,厳密な意味でのインフレーションとなることで金価格が上昇する(※1)。これについては上昇だけがあり得て,下落は起こりえない。なぜなら代用貨幣が不足すれば,単に物価が実質的に下落して不況となるのであり,価格標準切り上げとしてのデフレーションは起こらないからである(※2)。

 第四に,資産としての金の需要により,金の投下労働価値から乖離して金価格が上下する。

 コロナ禍での巨額の財政赤字を背景にして,ポストコロナ期には先進諸国でインフレーションが生じたことは確かである。上記の第3要因,つまり厳密な意味でのインフレーションによる金価格上昇も起こっているとみてよいだろう。しかし,それだけでは十分な説明要因とはなりえない。というのは,最近の金価格高騰はポストコロナのインフレーションがいくらかおさまってきた2024年以後に起こっているからである。また,それ以前の高騰も,リーマンショック後,物価が下落気味になっていた2009-11年頃に起こっている。加えて,傾向的には上昇している金価格であるが,この2月初めに見られたように,時に下落することもある。前述のように管理通貨制のもとでは厳密な意味でのデフレーションは起こりえないので,金価格がこれを反映することはない。

 金価格が上がったからインフレなのだと,逆の説明をするのも間違いである。これは金本位制と管理通貨制を混同するあやまりである。

 金本位制のもとでは,公定価格標準としての金価格を切り上げれば,物価全体も上昇する。例えば以下のようになる。=は投下労働価値に沿って等価交換されることを意味する。

1)出発点
投下労働価値量X=金1g=100ドル=商品100個
商品1個=1ドル

2)金本位制のもとでの公定価格標準の切り下げ
投下労働価値量X=金1g=200ドル=商品100個
商品1個=2ドル

 しかし金貨流通や兌換が停止され,公定価格標準が廃止された管理通貨制のもとでは,金価格は他の商品と同じように独立して上昇しうるし,下落しうる。金価格が上がれば,金で測った物価はむしろ下落する。しかし,金に対して通貨が下落しているから,通貨で測った物価は一定なのである(※3)。なお,ここで金価格の上昇が金生産費の高騰(金の労働価値の増加)によるのか,単に需要超過によるのかで本質的な意味は異なるが,現象としては同じである。例えば以下のようになる。×は,不等価交換が行われることを表す。

1)出発点
投下労働価値量X=金1g=100ドル=商品100個
商品1個=1ドル

3)管理通貨制のもとでの金生産費の2倍化
投下労働価値量2X=金1g=200ドル=商品200個
商品1個=1ドル

4)管理通貨制のもとでの需給関係による金価格2倍化
投下労働価値量X=金1g × 200ドル=商品200個=投下労働価値量2X
商品1個=1ドル

 3)でも4)でも,金価格のみが上昇するのであり,通貨ドルで測った物価が上がるわけではない。たしかに通貨の金に対する購買力は下がっているが,だからといって物価全般が上昇するわけではなく,インフレーションになるわけではない。金価格が上がっていることを,それに相応するインフレーションが起こっている証拠と見なすのは,まちがいなのである。

 確かにポストコロナでインフレーションは起こっている。しかし,金価格の2000年以来の傾向的上昇や2024年以来の急騰をすべてインフレで説明することは,情勢論としては行き過ぎであり,理論的にはむしろ間違いと言わねばならないのである。

 とすると,金価格の高騰の相当部分は第1,第2,第4要因に求めねばならない。第1要因の金生産費の上昇は,2000年代半ば以後,確かに生じている(※4)。しかし,短期間に急激に起こるものではない。第2要因の商品としての需要も,急騰しているとは考えにくい。銀の場合は工業需要が急増しているが,金についてはその証拠はない。すると,第4の,資産としての需要の増加が最も説明力のある要因であろう。

 この資産需要は何によるものか,それは商品に対する純然たる投機なのか,それとも貨幣に関わることがらなのか。これが,次の問題である。

※1 ここで厳密な意味でのインフレーションとは,価格標準の切り下げによる全般的・名目的物価上昇のことである。厳密な意味でのデフレーションは,その逆である。特定商品の需要超過により物価が上昇することは,日常用語ではインフレーションであるが厳密な意味では一時的または実質的物価上昇である。

※2 岡橋保『金の価格理論:価格標準の研究』日本評論新社,1956年,216-221頁。同『増訂 金投機の経済学』時潮社,1973年,88-89頁。川端望「物価変動分類論:インフレ,デフレ,遊休,バブルと金融・財政政策」TERG Discussion Paper, 492,2025年,6-7頁(https://doi.org/10.50974/0002002920)。 当たり前であるが,「不況だから物価が下がる」ことはある。物価の持続的下落をみな「デフレ」と呼ぶ日常用語にしたがうとしても「不況だからデフレになる」のである。逆に,不況と無関係に,通貨不足から物価下落期待が生じ,そして実際に物価下落が起こり,それゆえに不況になる「デフレだから不況になる」ということはあり得ない。あるとすれば,単に「不況で物価が下がっていて,いよいよそれがひどくなりそうだから不況になる」だけである。通貨と商品の量的関係を抜きに,「期待で物価は決まる」とする理論は誤りである。

※3 金本位制の場合と管理通貨制の場合の相違については,村岡俊三『資本輸出入と国際金融』白桃書房,1998年,121-127頁を参照。金本位制の場合から出発して,管理通貨制度になるとそれがどう変わるのかを説明することが大事なのであって,金を理論から追放して事足れりとするのは誤りなのである。

※4 松本朗「金価値と金価格の動向とその理論についての考察―最近のドイツにおける研究動向を参考にして―」『立命館経済学』61(6),2013年,350-351頁(http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/61617.pdf)。



2026年2月3日火曜日

純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?(1):問題の所在

 2024年以降,金価格の高騰が著しい。また,2026年1月末から2月初めにかけては暴騰と暴落を示すなど,値動きも激しい。この理由は,直接的なマーケット心理としては,安全資産を求めてのリスクヘッジまたは逃避行動とされている。それにしても,主要国の物価上昇率をはるかに超える値上がり率である。また株式についても,先進国の市場はコロナ突入直後のショックから立ち直った後は,おおむね好調に推移しており,むしろ株価と金価格の同時上昇が不思議がられるという状況である。ちなみに銀とプラチナも似たような傾向を示している。

 過去1年間の金価格高騰は何を意味するのか。リスクヘッジまたは安全資産への逃避とは何なのか。このことに対する見方は,大きく見て二つに分かれるようである。

 ひとつは,単に商品としての金が極度に選好されて投機が激しくなっているという見方である。この背後には,金は単なる商品の一つであり,その希少性,耐久性,分割・結合の容易性,あるいは過去に貨幣商品であったことの記憶から,極端に関心を集めているに過ぎないのであって,そこに貨幣論上の意味は何もないという見方がある。1970年代以来,常識として定着してきた金廃貨説の立場と言ってもよい。

 しかし,あまりに金が選好されることについて,別の見方も浮上している。それは,金価格の高騰は各国通貨の信用失墜の裏返しであり,結局のところ金が貨幣である,あるいは貨幣として復権しつつある。という見方である。このような見方は,1971年8月の金ドル交換停止,そして1973年の変動相場制移行後,衰退する一方であったが,ここにきて復活している。それも研究者の間にではなく,アナリストの間で広がっているのである。金価格高騰とは,ドルの金に対する購買力暴落の裏返し,通貨に対する信認の崩壊,インフレーションの表現またはその予兆だというのである。

 しかし,私は,いずれに対しても与することはできない。金の位置はアンビバレントだからである。金のような価値を持つ商品が貨幣であることは,資本主義にとって必要であるとともに制約である。だから資本主義は,ひとたびは金を貨幣としながら,金の実際の流通を回避できる代用貨幣のシステムを構築してきた(川端望「通貨供給システムとしての金融システム」研究年報『経済学』第81巻,東北大学大学院経済学研究科,2025年3月)。そのことによって資本主義は発展し,しかし,その代償としてインフレやバブルという,自己の基盤を掘り崩す問題をも発生させてきたのである。

 今この瞬間,金は貨幣として流通していない。しかし,あらゆる商品の中で相対的に貨幣に最も近いものとみなされている。この両面をともに重視する見地から,金価格高騰について考えていきたい。しかし,途中で行き詰まって止めるかもしれないことをご容赦いただきたい。何しろ,明日にはどんなショックがマーケットを襲うともしれず,言うべきこともどんどん変わっていくのかもしれないのである。

 ともあれ,金価格に対する基本的観点は,以下のようなものである。古いと馬鹿にするなかれ。時代が一回りしてみると,古い理論が実は正しかったということもあるのだ。

「金の市場価格には価格標準の逆数と,一定金量を代表する代用貨幣の支配金量の逆数を示す二つがある。前者の価格標準の切下げを反映する金の市場価格の騰貴は,兌換の停止された銀行券が流通必要金量をこえて濫発されて価格標準が事実上切り下げられても,あるいは平価の法律上の切下げや,金の買い上げ価格の引上げ,為替相場の引上げなど,価格標準を直接切り下げる方法によってもおこる。これにたいして,後者の金の市場価格の騰貴は,価格標準の切下げとはなんの関係もなしにおこる。金との自由な兌換が禁止されているときには,いろいろな事情から金選好がおこり,銀行券の代表金量にすこしの変更もないにもかかわらず,一定量の金がそれ以上の金量を代表する銀行券と交換されるという不等金量の交換があらわれる」(岡橋保『増訂 金投機の経済学』時潮社,1973年,47頁)。



2025年9月9日火曜日

マルクス経済学における世界経済論の出立:原田三郎論文の電子化公開に寄せて

 この夏,東北大学機関リポジトリTOURの遡及入力によって,古典的存在ともいえる著作が電子化されてDOI(デジタルオブジェクト識別子)が付き,ダウンロード可能となった。私にとっての古典と言えば,例えば以下の論文である。

原田三郎(1953)「いわゆる 「資本論のプラン」 と世界經濟論の方法」研究年報『経済学』27,24-51。
https://doi.org/10.50974/0002004563

原田三郎 (1957)「世界経済論の方法における根本問題―松井教授の批判に答える―」研究年報『経済学』43,29-63。
https://doi.org/10.50974/0002004651

 原田三郎教授(1914-2005)は,東北大学経済学部の経済政策論担当教授として,1977年まで勤務された。後に,岩手大学学長を務められた。私は『東北大学百年史』作成のための座談会を開催した際に,一度だけお目にかかった。

 この二つの論文は,マルクス経済学で世界経済論または国際経済論をどのように論じるかについての,戦後直後の模索の過程を表現している。またそれは,原田教授が宇野弘蔵氏による三段階論の提起と格闘され,一度はそれをおおむねうけいれながら,ついに別の道を選ばれた過程をも記している。

 今日,ほとんどの人は問題にすることはないが,よく考えてみれば,マルクス経済学には次のような理論問題がある。「マルクス経済学では国際経済や世界経済を,国民経済を単位とした関係論として論じるのか,全一体として論じるのか」という問題であり,また「マルクス経済学では国際経済論であれ世界経済論であれ,近代経済学と同じく一般理論として論じられるのか(理論的な教科書も書けるのか),それとも歴史的段階や局面としてしか論じられないのか」ということである。この問題を鋭く提起されたのは,宇野弘蔵氏である。そして,宇野氏その人は,前者に「国民経済を単位とした関係論」と回答され,後者に「歴史的段階としてしか論じられない」と回答されたと理解できる。宇野氏の後継者の純粋資本主義派の方々もおおむね同様と思われる。また宇野氏の後継者の世界資本主義派の方々や,海外であればイマヌエル・ウォーラーステイン氏であれば,前者に「全一体としての世界経済論(世界システム論)」と回答し,後者に「歴史的段階や局面としてしか論じられない」と回答するだろう。原田教授は宇野氏の提起を受けてこの問題に戦後直後から格闘され,前者に「全一体としての世界経済論」と回答され,後者に「一般理論として論じられる」と回答されたのである。この回答を引き継がれたのが私の師の一人,村岡俊三氏であった。また前者に「国民経済を単位とした関係論」と,後者に「一般理論として論じられる」と回答されたのが木下悦二氏であった。村岡氏や木下氏,また国際価値論研究に従事した研究者は,マルクス経済学の世界経済論や国際経済論の構築に努力された。

 原田教授が「世界経済論の出発点としての帝国主義の成立」『国際経済』2, 1-14,1951年(この号はJ-Stageに登載されているのだが,なぜか26ページ以降しか収録されていない)と,上記の研究年報『経済学』所収の二つの論文で最初から強調されているのは,マルクス経済学において論じるべきは「国際経済論」でなく「世界経済論」だということである。ただし,1953年論文までは宇野弘蔵氏の段階論の問題意識を半ば受け入れ,世界経済論は段階論として論じるべきものとされていた。例えば以下の文章は難解だが,そういうことを言っているのである。

「われわれが科學的経済學の一分科として世界経済論を研究する場合、「ブルジョア社會の内的編成」=「資本論」に對しては、国家論と全く同様、段階論規定によって媒介されるのであり、従って、「資本論」がすでに明かな形でもっている本源的蓄積についての段階論規定、「資本論」がただ含蓄されただけのものとしてもっている産業資本主義ないし資本主義一般についての段階論規定の再把握,さらに「資本論」が現にはもっていないが當然にもつべきであったし、また現に「金融資本論」ないし「帝国主義論」としてもたれているところの、帝国主義的資本主義についての段階論規定,に基づいて、これら諸段階に特有な世界経済に關する諸規定を打出すことでなければならない(原田,1953,pp. 45-46)。」

 その後の思索を経て,原田氏は1957年論文では宇野氏と別れ,世界経済論は一般理論として獲得可能と見るようになった。例えば以下の文章も難解であるが,そういう意味なのである。

「すでに前節で明らかにしたように、「国家」以降の後半の「体系」のもっこのような歴夊的性格は、あらゆる時代のあらゆるブルジョア社会に、歴史的に必然的な側面にかかわるものであって、まさしく、一般的理論体系のうちに獲得されうるし、獲得されなければならないものである(原田,1957,p. 63)。」

 かくて,マルクス経済学において,世界経済論を一般理論として獲得することの可能性は開かれた。この先に,国際価値論,国際分業と貿易論,国民的生産性格差論,賃金と物価の国際的相違論,対外直接投資論,外国為替論などが展開される。それらの一般論としての展開とともに,帝国主義論の適用範囲,戦後経済体制論などが段階の理論として具体化される。

 私を含むかつての村岡ゼミの院生は,少なくとも1980年代までは上記3本の論文を必読文献として,なぜ世界経済論なのか,なぜそれは段階論でなく一般理論として獲得できるのかについて,原田氏の理論的変遷のうちに学び取ろうとした。それから,国際価値論,国民的生産性格差論,国際分業と貿易論(比較生産費説のマルクス的理解),賃金の国民的相違論,対外直接投資論,国際労働移動論,外国為替論などの,より具体的な理論を学んでいった。もう遠い昔の話である。これらの勉強は空理空論ではなく,私が及ばずながら世界経済に対する自分の見方を構築していくうえでの根本的発想として,大いに役立つことになった。

「原田三郎教授近影・(退官記念号)刊行のことば・原田教授略歴および著作目録」38(4), 1977年。

https://hdl.handle.net/10097/0002004939

「【記念座談会】私の経済学修業 ―原田三郎教授を囲んで―」研究年報『経済学』38(4), 153-173, 1977年。
https://hdl.handle.net/10097/0002004938


2025年4月3日木曜日

自由・無差別・多角の終わりとしてのトランプ関税

  日本メディアでは,トランプの差別的関税率が日本にとってどうなのかを重点的に取り上げている。確かに差別的関税率は特定の国の産業に打撃を与える効果はあるし,またそれでも可能なアメリカへの輸出については輸出国の変化や輸出品目の変化を促し,輸出国の相対的な地位を変動させる。その中でどのような相対位置を占めるかは,日本を含む各国にとって重要な問題だ。しかし,それが最大の問題なのではない。より深刻なのは,アメリカそのものを含む世界経済への打撃と,戦後世界の通商ルールの転換だ。

 トランプ関税は全般的高関税だ。自国産業を保護することで経済を活性化させるというのは,1930年のスムート・ホーリー法の思想だ。この大恐慌下での高関税はアメリカ経済を回復させなかったし,世界経済ブロック化の流れを強めた。

 トランプ関税は相互関税でもある。相互関税は「相手がやっていることをやり返す」という相互主義に基づいている。レーガン政権はこの手法で日本などを攻撃したが,アメリカの貿易赤字を縮小させることにはまったく役立たなかった(そもそも貿易赤字が悪いことで貿易黒字がよいことだというのは,外貨準備が枯渇する危険のある途上国には言えても,先進国では成り立たない決めつけだ)。

 そしてトランプ関税は差別的関税でもある。相手によって税率が異なることが,例外でなく原則になっているからだ。これは国際関係を悪化させ,敵愾心をあおるには適しているが,報復合戦を誘発することで世界経済を縮小のスパイラルに導く。

 これらを歴史的に見れば,トランプ関税は,世界大恐慌とブロック経済,そしてそれらが背景となった第二次世界大戦の教訓として戦後に確立された自由・無差別・多角という通商思想を否定するものだ。世界の通商体制は新たな局面に入りつつある。自由な貿易・投資が望ましいというイデオロギーが広範囲に共有されていたポスト冷戦期から,より分断された時代へと。


2024年8月23日金曜日

「中国がくしゃみをすると,世界に嵐が起こる」,それが鉄鋼業

 「中国の鉄鋼過剰、世界揺るがす-業界全体が窮地に陥る恐れ」という記事がブルームバーグから配信されている。なぜ中国という一国の過剰生産が世界を揺るがすからというと,規模がバカでかいからである。

 中国は世界の鉄鋼生産の半分を占める超製鉄大国だ。2024年の生産量は不況が続くとしても10-11億トンになると予想できる。

 そして,2024年の中国からの鉄鋼輸出は1億トンを超える可能性がある。これは,前回,貿易摩擦を激しくした2015年の1億1200万トンと同水準だ。

 ただ,10億トン生産して1億トン輸出するというのは,10%の輸出比率にすぎない。過剰能力を抱えて輸出ドライブをかけると言っても,内需9億トンの方が需要の中心だ。日本鉄鋼業の輸出比率が40.6%に達することを考えれば,その低さは明らかである。おそらく中国の鉄鋼企業からしてみれば,輸出が主力市場にしているという感覚はないだろう。

 しかし,絶対量で1億トンの輸出というのは,大きい。日本の昨年の鉄鋼輸出3242万トンと比べても3倍以上である。輸出品が向かってくる輸入国の鉄鋼業からすれば脅威だ。もっとも,鉄鋼を消費する建設産業や機械工業からすれば大助かりであろう。

 このように,中国鉄鋼業は全体が途方もなく巨大であるために,さほど輸出ドライブをかけず,低い輸出比率であっても,巨大な輸出量となって世界に影響を与える。昔,「アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひく」という言葉があったが,鉄鋼業においては「中国がくしゃみをすると,世界に嵐が起こる」のだ。

2023年7月30日日曜日

泉弘志「国際価値の理論と国際産業連関表による各国剰余価値率の計測」『経済』2023年8月号,110-132を読んで

 泉弘志「国際価値の理論と国際産業連関表による各国剰余価値率の計測」『経済』2023年8月号,110-132を読んで。

 泉氏はマルクス経済学の言う剰余価値率を実証的に計測しようと,長年研究を続けて来られた研究者である。本稿は,国際貿易を導入した上で,剰余価値率の国際比較を行う理論の提示と実証を試みたものである。個人的にはたいへんなじみ深い領域であり,勉強になった。泉論文で書かれていることの理論的側面を,注記で多少のコメントを加えながら要約すると以下のようになる。

 マルクスによれば剰余価値率は「不払い労働/支払い労働」または「剰余価値/労働力価値」である。いま複雑労働と単純労働の還元問題を捨象すれば,一社会内では物理的労働量でとらえた前者と,労働価値でとらえた後者は一致する。しかし,複数国民経済の間で貿易が行われるという前提で,実際に計測を行おうとすると難しい問題が生じる。

 それは,異なる国の間での労働量をどのように扱うかである。世界経済の一次モデルでは,労働力は移動しないと仮定する(※1)。移動しないことにより,国民経済間の労働生産性が均衡化せず,格差が存在し続けることが説明できる。では,国民経済間に労働生産性格差がある場合,先進国の1労働日と途上国の1労働日は等質等量と扱うべきなのか否か。これが問題である。

 もし全世界の労働を等質として扱うと,何が起こるか。労働時間で計算した労働量ベースで計算した剰余価値率と価値価格(※2)で計算した剰余価値率は大きくずれてしまうのである。

 先進国の労働者が消費する賃金財は,途上国からの多くを輸入している。それらの生産は先進国よりも労働集約的に行われている。このため,労働者による輸入賃金財の消費が増えることにより,全世界等質の労働量ベースで見た支払い労働が大きくなる(※3)。このことが大量に行われると,先進国の剰余価値率は低下する。実証を試みるとマイナスにすらなるそうである。

 しかし,国際価値論を踏まえて価値ベースで考えると異なる。労働力が国内移動はするが国際移動はせず,各国間の労働生産性に格差があるのだから,全世界の労働を等質に考えるのは適当ではない。むしろ,国民経済全体の平均的労働生産性が格差を持ったままで貿易が行われることを説明すべきである。つまり,A国1労働日=B国2労働日=C国5労働日などという関係を前提して貿易が行われる。この関係を国民的労働生産性格差と言う。そして,この格差が労働の国際交換比率でもある。もちろん,このとき各産業部門での労働の社会的平均的生産性も国ごとに違うままである。

 上記のようにA国の国民的労働生産性がB国の2倍であるとき,ある産業α部門での生産性格差が2倍,つまりA国1労働日=B国2労働日ならば,α部門では両国での生産物の価値価格は等しい(※4)。日常用語で言えば競争力は同等である。もし,先端産業のβ部門では生産性格差が2倍より大きく,例えばA国1労働日=B国5労働日であれば,β部門ではA国の生産物の方が価値価格が低い。つまりは製品が安く,国際競争力がある。ローテクのγ部門では逆に生産性格差が2倍未満であれば,たとえ絶対的生産性はA国の方が高くともB国の生産物の方が価値価格が低い(※5)。

 このように観た場合,先進国労働者の消費する輸入賃金財は,国産品よりも労働時間は多く費やされているが,価値価格はむしろ小さい。したがい,全世界等質の労働量で支払い労働を見た場合のように剰余価値率の分母が大きくなることは起こらず,むしろ労働力価値とともに分母が小さくなることすらありうる。したがい,先進国の剰余価値率が低下するということも起こらないのである。推計してみると,国民的生産性の高い国ほど剰余価値率が高く,また平均賃金が極度に低い国の剰余価値率も高いという結果になる。

 読解に誤りがないとすれば,泉論文が言いたいことは,以上のようなことである。

 さらに進んで言えば,全世界等質の労働ベースによる先進諸国の剰余価値率がマイナスだという推計が妥当ならば,先進国労働者は途上国労働者を価値論レベルで搾取しているという含意をもたらす。国際価値ベースによる,先進国や特別に低賃金な国の剰余価値率が高いという推計が妥当ならば含意は全く異なり,先進国の労働者も途上国の労働者も搾取されているということになる。労働を全世界等質を考えるのは適当ではない以上,前者の考え方は適当ではなく,後者のように考えるべきだ。泉氏が意識しているのはこのようなことである(※6)。

 私は泉氏の分析にほとんど賛成である。貿易を含めた場合の剰余価値率は,全世界等質の労働ベースではなく,国際価値論を前提にして,価値ベースで理解すべきである。このことを両説対比の上で明らかにした本稿には重要な意義があると思う。

 ただ,この力作にも,注記について気になる点がある。泉氏は,国際価値論に関する諸文献を文献リストに列挙し,それらを参照したことを明示されているが,国民的生産性格差説の説明のところで,依拠された先行研究を特定して注記されていない。そのため,この分野になじんでいない読者が読むと,あたかも国民的生産性格差説が泉氏の独創であるかのように見えてしまうだろう。泉氏が文献リストにより,誠実に参照指示をされようとしたことは理解できる。ただ,客観的には上記の誤読の余地はあると思う。国民的生産性格差説は戦後の国際価値論研究の中で種々の模索の末に確立された学説であり,他方では過去も現在もこの説に依拠しない国際価値論も存在する(※7)。泉氏には,自らが他の説でなく国民的生産性格差説の研究蓄積に依拠していることを明記し,それに該当する文献はリストの中のどれであるかを指示して欲しかったと思う。


※1 資本が移動すると仮定するかしないかは論者によって異なり,泉氏は移動しないとしているが本稿の論旨にはどちらでも影響はない。なお,マルクス経済学で国際労働移動が基本的にはないというモデルを立てる場合は,部分的な労働移動は国際価値論ではなく相対的過剰人口論で扱う。

※2 価値価格とは,労働価値どおりの価格という意味である。

※3 たとえば,労働者は,より労働集約的につくられたシャツを着るようになるからである。

※4 専門家はご存知の通り,3国以上あると計算は極度に複雑になるし,価値価格と生産価格と市場価値でも話は異なって来るが,いまはそれは脇に置く。

※5 泉氏はこの語を用いないが,これが比較生産費説のマルクス的国際価値論による説明である。泉氏の説明は,金貨幣による価値表現を省略しているが,それ以外は以下と一致する。村岡俊三『グローバリゼーションをマルクスの目で読み解く』新日本出版社,2010年。

※6 この記事で最初にこの話をしなかったのは,この記事を読む方に,実践的価値判断から経済理論の正否を裁断するのではなく,あくまで理論的妥当性によって判断して欲しかったからである。
 念のため付記するが,泉論文もこの記事も,あくまで国際価値論(世界経済における労働価値の修正)のレベルでこうだという話をしているのであり,現実の世界経済に対する判断は,もっとたくさんの理論的,個別的条件を踏まえた上で,行なうべきことは当然である。

※7 泉氏が列挙されている国際価値論の諸文献も,みな国民的生産性格差説を採っているのではない。例えば,名和統一『国際価値論研究』日本評論社,1949年は基軸産業が労働の国際交換比率を決めるという見解であった。日本では名和説を出発点に種々の研究と論争が行われ,整合性の高いモデルとして国民的生産性格差説が生まれた。木下悦二『資本主義と外国貿易』有斐閣,1978年や村岡俊三『世界経済論』有斐閣,1988年はこれに依拠している。一方,中川信義『世界価値論研究序説』御茶の水書房,2014年は産業部門ごとに世界レベルで社会的平均的労働が確立するが,部門間交換比率は問題にもしないという特異なものである。
 なお,これらの学説の相違については,佐藤秀夫『国際分業=外国貿易の基本論理』創風社,1994年で整理されている。

2023年3月14日火曜日

シリコンバレーバンク(SVB)の破綻:インフレと信用不安のジレンマ

  アメリカのシリコンバレーバンク(SVB)が経営破綻し,連邦預金保険公社(FDIC)の管理下に置かれることになった。総資産は2090億ドルであり,2008年以来の大型銀行破綻である(※1)。

 SVBは,スタートアップの成長を見込み,貸し出しを拡大しようとして預金を盛んに集めていたようである。13 日まで判明している限り,少なくとも一部の顧客との契約では,他の金融機関と取引しないことを条件としていた(※2)。ところが預金を集めたはいいが,貸し出し先を見つけられず,資金を不動産担保債券(MBS)で運用していたところ,金利上昇で債券価格が下落した(※3)。同時に,金利上昇で顧客のスタートアップも資金が潤沢でなくなり,預金を引き出す動きが出る。SVBは流動性を確保しなければならなくなった。MBSの含み損の表面化を避けるために短期国債を売却したが,やはり売却損が表面化。これを埋め合わせようと増資を発表したが,このニュースが株価暴落,預金の取り付けを招き,破綻に至ったとのことである。

 預金保険は,本来1口座あたり25万ドルまでしか保護しない。しかし,財務省・FRB・FDICは12日に,同行および同じく破綻したシグネチャーバンクの預金を,本来の預金保険の上限を超えて全額保護するとの内容を含む共同声明を発表した(※4)。信用不安が拡大するのを防ぐためであろう。考えられる限り最も素早い措置であるが,うまくいくという保証はない。

 この出来事は,かねてから予想されていたアメリカ金融政策のジレンマを現出させたと言える(※5)。連邦準備制度理事会(FRB)はインフレーション退治のために,不況になることも厭わず金利を引き上げる姿勢を示してきた。FRBが望んでいたのは,実物セクターの需要減,失業率の上昇,賃金上昇の停止である。しかし,それが実現しないうちにSVBが破綻し,金融セクターへの不安が広まっている。金融セクターでの破綻の連鎖が起これば,金融システムが崩壊し,FRBが最も望まない状態が現出することになる。しかし,本来実物セクターと金融セクターは密接に連携しており,不況を実物セクターのみにとどめるのは容易ではない。FRBは,金利を引き上げれば信用不安が高まり,引き上げを止めればインフレが続くというジレンマに直面している。

 さらに,IMF等によって指摘されているように(※6),金利引き上げは新興国が抱えるドル建て債務を重くしている。信用不安が国際的に連鎖すれば新興国に打撃を与え,その損失がまた,新興国に投資する先進国に打ち戻されることになりかねない。預金全額保護措置が当面は功を奏するかもしれないが,世界的な金融危機に対する警戒は,むしろ高めねばならないだろう。


※1 Natalie Sherman & James Clayton, Silicon Valley Bank: Regulators take over as failure raises fears, BBC News, March 12, 2023.

※2 Rohan Goswami, Silicon Valley Bank signed exclusive banking deals with some clients, leaving them unable to diversify, CNBC, March 12, 2023.

※3 アメリカで資産運用会社を経営するTak(qRealtyPnw)さんのTweet,20223月10-11日。

※4 Joint Statement by the Department of the Treasury, Federal Reserve, and FDIC, March 12, 2023.

※5 「金融危機のリスクと政策的ジレンマに直面する世界経済」Ka-Bataブログ,2022年10月20日。

※6 International Monetary Fund, World Economic Outlook: Countering the Cost-of-Living Crisis, October 2022.


2022年12月25日日曜日

ドル高・金利引き上げがもたらす,新興国外貨建て対外債務の危機

 UNCTADの第13回債務管理会議のレポート。多くの国が,パンデミック,地政学的不安定性,気候変動による債務負担に苦しんでおり,そこにアメリカの金利引き上げが追い打ちをかけている。欧米諸国がインフレ退治に集中することが,世界の反対側で公共政策を困難に陥れていることに注意しなければならない。

「国際通貨基金(IMF)の推計によれば,新興国の債務の70%,低所得国の債務の85%が外貨建てである。
 途上国政府は現地通貨で支出し,外貨で借り入れを行うため,この構造では,公共予算が大規模かつ予期せぬ通貨安に大きくさらされることになる。
 2022年11月末までに,少なくとも88カ国が今年になって対米ドル安を経験した。このうち31カ国では,下落率が10%を超えている。
 アフリカのほとんどの国で,このような減価は,アフリカ大陸の公衆衛生支出に相当するほどに債務返済の必要性を増額させると,Grynspan氏は述べた。」

 資本主義は,金と言う世界通貨の現送をなくすことによって,国際金融の規模を拡大した。しかし,そのことにより,国際貿易や貸借や資産保全を特定国通貨建てで行わざるを得ないという矛盾を抱え込んだ。アメリカが自国のインフレを抑制するために金利を引き上げると,途上国の対外債務が増大するのは,この矛盾の表れだ。理想的な国際金融システムがすぐに実現するとも思えないが,現にあるシステムが円滑で平坦で公平なグローバリゼーションをもたらすものではないことは知っておく必要がある。

World leaders call for stronger multilateral solutions to debt crisis, UNCTAD, December 5, 2022.


2022年11月1日火曜日

2つのブロックへの世界の分裂は,経済をどれほど落ち込ませるか:IMFの警告

 IMF, Regional Economic Outlook for Asia and Pacific, October 2022(アジア太平洋地域経済見通し,2022年10月), Chapter 3 Asia and the Growing Risk of Geoeconomic Fragmentation(アジアと,地経学的分断のリスク)を読んだ。

  IMFは国際貿易の分断に関するシナリオ分析を行っている。各国は2022年3月2日の国連総会におけるロシアのウクライナ侵略非難決議への態度をもとにロシア,反対国(ベラルーシ,北朝鮮など5か国),賛成国(141か国),棄権国(バングラデシュ,中国,カザフスタン,南アフリカ,ベトナムなど35か国)に分類される。分断ラインは2種類で,一つは「ロシア・デカップリング」,つまりロシアだけが賛成国との貿易を制限される場合,もう一つは「2つのブロックへの分裂」つまり賛成国と,ロシア・反対国・棄権国との貿易が制限される場合である。貿易制限の対象は,「ハイテク・エネルギー」の場合と,他のセクターでの非関税障壁が冷戦時代並みになったばあいに場合の2種類が想定される。

 結果は下記の図の通りであり,「ロシア・デカップリング」だけならば世界とアジアへの影響はほとんどない。しかし「2つのブロックへの分裂」では,対象が「ハイテク・エネルギー」だけであっても世界のGDPは1.2%,アジア・太平洋諸国のGDPは1.5%落ち込む。さらに他セクターの「冷戦時代並みの非関税障壁」が加わると,GDPの落ち込みは世界全体で1.5%,アジア・太平洋諸国では3.3%に達する。


出所:IMF, Regional Economic Outlook for Asia and Pacific, October 2022, p. 50.


 以下は3章の結論部の最初の部分の訳である。

「近年,貿易政策の不確実性が高まり,各国がこれまで以上に貿易制限を強化し(特にハイテクやエネルギー分野),国家安全保障上の懸念から対内直接投資に新たな制限が設けられるなど,断片化の兆しは以前から見られていた。ロシアのウクライナ戦争は地政学的緊張をさらに高め,貿易や金融の流れが経済的というよりむしろ地政学的な要因でますます左右されるようになるリスクを前面に押し出している。本章の分析は,このような分断化の傾向が続けば,特に世界がはっきりとしたブロックに分断されるという最も激しい分断化のシナリオの場合,大きな経済的損失が-世界に,そしてとりわけアジアに-生じる可能性を強調している。さらなる分断化による悪影響を回避し,貿易が成長の原動力として機能し続けることを保証するためには,共同による解決策が必要である。」

 残念ながら,現在,この解決のための共同にとっての政治的障壁は上がる一方である。事態の改善は容易ではない。しかし,まず世界経済の分裂がもたらすであろう被害を直視することが重要だ。このIMF報告書は貴重な貢献をなしたと思う。


Overviewと全文ダウンロードページ

IMF, Regional Economic Outlook for Asia and Pacific, October 2022.


IMFスタッフによる日本語ブログのページ

ディエゴ・セルデイロ,シッダート・コタリ「アジア、そして世界は、経済の分断によるリスクの高まりに直面している」IMFブログ,2022年10月27日。


2022年10月24日月曜日

アメリカの金利引き上げが度を過ぎれば世界の脅威に:ドル高円安の背後で進行している本当の危機

日本では円安を嘆く声が広がっている。目の前の苦痛を嘆くのは当然だが,その背後でより深刻な事態が進行していることを看過してはならない。ここでは,以下のことを述べたい。

1.ドル高円安の原因は日米の金利差それ自体ではない
2.ドル高円安には日本側の要因とアメリカ側の要因がある
3.アメリカ側の問題こそ,世界経済の危機を再び招きかねない真の脅威である


1.ドル高円安の原因は日米の金利差それ自体ではない

 日米の金利差がドル高円安の要因だとよく言われるが,これは不正確である。なぜならば,海外事業への投資と異なり,金融商品への投資は極めて高速にポートフォリオが入れ換えられて,調整されるからである。金利差への適応は短期間で終了し,何か月も続くことはあり得ない。そして,通貨の間には為替リスクがあり,各国金融市場への評価の違いがある以上,金利裁定が終わり,ポートフォリオが入れ換えられた後も金利差は残るのである。入れ換えが終われば,そこから先は金利差があっても為替相場は動かない。

 だから,現にドル高円安が起こっているのは,金利差それ自体ではなく,今後の金利差に関する持続的予想のためである。つまり,投資家たちの「今後も日米の金利差は開くだろう」との予想が続いているために,ドル高円安が継続しているのである。


2.ドル高円安には日本側の要因とアメリカ側の要因がある

 上記の予想は,日本側の要因とアメリカ側の要因が総合されて成り立っている。日本側については,「日銀は今後も金利を引き上げずに,低位に維持しようとするだろう」という予想が成立している。他方,アメリカ側については「FRBはインフレ対策のために今後も金利を引き上げ続けるだろう」という予想が成立している。ドル高円安を招く要因は,日本側とアメリカ側,それぞれにある。


3.アメリカ側の問題こそ,世界経済の危機を再び招きかねない真の脅威である

 このうち日本側の要因の背後にある問題は,低成長の持続であり,コロナ後の経済回復が弱く,賃金が上がらず,金融引き締めが適さない状況であることである。そのため,その解決は日銀の金融政策ではなく,政府による国民生活救済策,それに必要な所得再分配,そして供給サイド強化策である。このことは,すでに述べた(※1)。

 ここで問題にしたいのはアメリカ側の要因である。アメリカのFRBが自国のインフレ対策を行うこと自体はもっともである。しかし,FRBは,明らかに不況という代償を省みずに金利を引き上げ続けている。これは身勝手と言わざるを得ない。アメリカは世界の金融センターであって,ドルは基軸通貨だからである。アメリカが,不況という代償を払うほどの金利引き上げを行なってインフレ鎮静化を実現する時,ドルで国際取引を行っている他国はどうなるのか?とくに途上国の対外債務はどうなるのか?ここにこそ真の問題がある。

 幸か不幸か,これまでのところドルは途上国よりも先進国通貨に対して切り上がっている。これは上述した日本独自の低血圧的状況と,ウクライナ戦争をきっかけとしたヨーロッパ経済の急減速によるものだ。しかし途上国通貨に対しても切り上がっていることには変わりはない。「あまりにも多くの低所得国が過剰債務に陥っているか、陥りかけている。ソブリン債危機が相次ぐことを回避するためには、最も影響を受けている者を守るために主要20か国・地域(G20)共通枠組みを通じた秩序ある債務再編における進展が急務だ。直に時間がなくなるかもしれない」(IMF経済顧問兼調査局長ピエール・オリヴィエ・グランシャ)(※2)。

 危機はどこから発火するかわからない。イギリスの国債市場不安に見られるように,先進諸国が発火点になることもあり得る。問題は,どこから発火しようと金融グローバリゼーションのために燃え広がることである。念のため,その際に予想される最悪の行為を想定しておかねばならない。それは,危機がアメリカ以外のどこかで生じたときに,FRBが,アメリカとは関係ない話だとして金利引き上げを続行し,政府も事態を見過ごすことである。これこそ,世界を金融危機に陥れる行為である。国際機関と各国は,FRBとアメリカ政府が,「アメリカのインフレのこと以外は考えなくてよい」という,自己中心的見解で行動しないように,監視,助言,批判を行うべきだろう。アメリカに警戒の目を向けるべき時である。

※1 「欧米と日本ではインフレ対策はどちらが難しいか。日本にはどのようなインフレ対策が必要か」Ka-Bataブログ,2022年9月28日。

※2 ピエール・オリヴィエ・グランシャ「世界経済の雲行きが悪化し始めた今、政策当局者にはしっかりした舵取りが求められる」IMFブログ,2022年10月11日。


2022年10月20日木曜日

金融危機のリスクと政策的ジレンマに直面する世界経済

 IMF「国際金融安定性報告書」(2022年10月版)要旨より(日本語公式テキスト。明らかな誤字のみ修正)。

「国際金融環境は今年,著しく引き締まり,これを受けマクロ経済のファンダメンタルズが弱い新興市場国やフロンティア市場国の多くで資本流出が見られる。経済・地政学的な不確実性が高まる中,投資家のリスク選好度は9月に大幅に低下した。状況はここ数週間で悪化しており,システミックリスクの主要な指標となるドルの調達コストやカウンターパーティの信用スプレッドなどが上昇した。金融環境が無秩序に引き締まるリスクがあり,長年にわたり積み重なった脆弱性により変動がさらに高まる恐れがある。」

IMF「世界経済見通し」(2022年10月版)第1章より(DeepL翻訳を推敲した拙訳)。

「ウクライナ戦争は,いくつかの新興市場や途上国のソブリン・スプレッドの拡大を促した。この拡大は,パンデミックによる記録的な債務に起因する。インフレが高止まりすれば,先進国のさらなる政策引き締めが,新興国や途上国の借入コストに圧力をかける可能性がある。一部の大規模な新興国経済は,良好なポジションにある。しかし,ソブリン・スプレッドがさらに拡大した場合,あるいは現在の水準が長期にわたって続く場合,多くの脆弱な新興国や途上国,特にエネルギーや食料価格のショックで最も大きな打撃を受けた国にとって,債務の持続可能性が危険にさらされる可能性がある。(中略)資本流出の急増は,多額の対外資金需要を抱える新興市場経済や途上国経済にも苦境をもたらすかもしれない。これらの経済圏で債務危機が拡大すれば,世界の成長に大きな打撃を与え,世界的な景気後退を引き起こす可能性がある。さらにドル高が進めば,債務危機の可能性はさらに高まる。新興国や途上国の通貨安は,多額のドル建て純債務を抱える国々のバランスシートの脆弱性を誘発し,金融の安定に直接的なリスクをもたらすかもしれない。」

 コメントする。

 2020-2021年のコロナ・パンデミックにおいて,突如として経済活動の停止に直面した各国は,そろって金融を緩和し,国債を発行して財政を拡大した。アジア経済危機や世界金融危機にそれなりに学んだ国際機関と諸国の中央銀行・政府が,経済危機下において流動性を供給し,弱者を保護しなければならないという政策規範を持つようになっていたからだ。そして,不幸中の幸いというべきか,世界信用恐慌を防ぐことには成功した。

 しかし,金融緩和と財政拡張は,実体経済が停滞した分だけ,株式や国債への資金集中をもたらした。金融商品は,停滞した実体経済の実力以上に買われたと言わざるを得ない。各国政府は,足並みをそろえて株式バブルと国債バブルを起こし,それによってなんとか世界経済の崩壊を防いだのだとも言える。

 その代償は,経済回復とともに進行するインフレーションだった。そこに終わらないパンデミック,熱波や干ばつ,そしてロシアのウクライナ侵略を起点とした通商分断が追い打ちをかけている。世界の金融センターであるアメリカとEUは,自国・地域のインフレ沈静化を何より優先し,金利を継続的に引き上げている。またイギリスのような混乱はあるものの,財政を全体として引き締めている。しかし,自国・地域のことだけを考えた引き締め政策が,途上国経済や,先進諸国を含めて世界に存在している金融的に脆弱な分野・人々を直撃することになる。問題は各国のインフレだけではない。ディマンド・プルインフレより不況が問題な中国や日本にしても,自国の不況だけが問題なのではない。リスクは世界規模で存在する。

 2022年現在,パンデミックの最悪期と異なり,需要は回復し,経済活動は再開されている。他方,パンデミック期に撒布されたマネーは,行き先を求めている。多少なりとも盛り上がった活動にマネーが集中してブームを引き起こせば,それが引き締めによって崩壊したときの衝撃もまた大きい。どこかでの局地的なショックが,世界的な株式・国債バブルの崩壊と金融危機を引き起こしかねない。

 危険は広く存在している。しかし,どの地域のどの分野にもっとも脆弱なポイントがあるのか。どこの小さな崩壊が大きな崩壊につながる恐れがあるのか。イギリスの見当はずれの財政政策に対する債券市場の反応か。中国の不動産不況が予想以上に深いものであることか,またもアメリカの住宅市場の停滞か,どこかの株式市場の暴落か,どこかの途上国で生じる民間もしくは政府の外貨建て債務のデフォルトか,それはあまりに予想しがたい。燃料はばらまかれているのだが,どこに偏っており,加熱したときにどこに火が点くかはわからないのである。

 そして問題なのは,金融危機に火が付きかけた時に,マクロ経済政策がどう対処すべきかだ。繰り返すが,アジア経済危機以来の教訓は,金融危機時に引き締めを行ってはならないということであり,それはもっともなことだ。しかし,現在,日本を除く先進諸国はディマンド・プルの貨幣的インフレに直面しており,中国を除く途上国も同じである。金融危機が生じれば流動性を無制限に供給し,弱者を救済する以外にまともな道はないが,それではインフレに火をくべることになる。さりとて,現在のようにインフレ抑制優先の引き締めを危機が発生した際にも続ければ,危機は加速する。これは,アジア金融危機やリーマンショックの時にはなかったジレンマである。世界経済はリスクの高まりと政策的ジレンマに直面しつつある。


IMF「国際金融安定性報告書 高インフレ環境の舵取り」2022年10月。

IMF「世界経済見通し 生活費危機への対処」2022年10月。


2022年10月13日木曜日

IMF, World Economic Outlook2022年10月:インフレ,戦争,パンデミックに苦しむ世界経済。低体温の日本経済

 IMF「世界経済見通し」(World Economic Outlook)最新版が公表された。副題は「生活費危機への対処」(COUNTERING THE COST-OF-LIVING CRISIS)。

 GDP成長率見通しはウクライナ戦争前と比べて大きく下方修正されており,見通しは暗い。「物価は数年ぶりの高水準を上回っている。生活費の危機や、大半の地域で見られる金融環境の引き締まり、ロシアのウクライナ侵攻、長引く新型コロナウイルスのパンデミックがすべて、経済見通しに重くのしかかっている」(日本語版要約ページ)。おおむね2022年よりも2023年の方が成長率が低くなると予想され,また予想の下方修正度も高い。特異欧米先進国への打撃が大きい。新興国は成長率で見ると相対的に打撃は小さいが,高い物価上昇率が低所得層にダメージを与えている。

 この中で日本は低位安定状態を保つと予想されており,意外にも2023年の成長率は先進国で最高となっている。物価上昇率も,日本で暮らす当人には深刻だが,他国ははるかに高い上昇率を示している。私の理解では、日本はコロナ後の回復が弱々しいのだが、それ故に今のところ需要超過インフレや貨幣的インフレに火が点いておらず、コストプッシュインフレだけが起こっている低体温な状態だ。

国際通貨基金(IMF)日本語ページ

※欧米と日本のインフレの性質およびインフレ対策の違いについての拙論は以下をご覧ください

「欧米と日本ではインフレ対策はどちらが難しいか。日本にはどのようなインフレ対策が必要か」Ka-Bataブログ,2022年9月28日。



2022年4月27日水曜日

砲火の背後で企業は政治的選択を迫られ,貿易と投資が縮小していく

 ロイターによれば,中国のドローン大手DJIは,ロシア・ウクライナ事業を一時停止したと発表した。「危害を与えるため当社のドローンが使われることを好まない。戦闘に使われることがないようこれらの国で販売を一時停止する」とのこと。しかし,高口康太氏の記事からすると,その背景には,DJIが提供するドローン検知サービス「エアロスコープ」をロシア軍が使っているのに,なぜかウクライナ側が使えず,ウクライナのフェドロフ副首相がDJIに抗議したという経緯があるようだ。

 DJIの選択肢は,ドローンが両軍によって等しく軍事用に用いられるようにするか,疑われたようにロシアに味方するか,中国政府の姿勢に反してウクライナに味方するか,取引を停止するかであった。最初の一つを選べば戦争のエスカレートを担うことになる。真ん中の二つは政治的に立場を選ぶことであり,前者を選べば多くの国の市場で,後者を選べば中国国内で会社の立場を危うくする。最後の一つは選択を避けて事業を縮小することであった。ここで言いたいことはDJIに政治的にどうこうしろということではない。経済的に,後の方の3つが,いずれも取引を縮小するものであったことに注意を促したいのだ。

 この戦争が決着するにしても,どの国とも政治的立場を気にせず自由に取引できるという環境は戻らないであろう。立場を選ぶか,それが嫌なら撤退するかを迫られる時代となる。こうした立場に追い込まれるのは中国企業だけとは限らない。どの国の企業であれ,取引をすることが対立する諸陣営のどれかにつくことを意味してしまい,いちいち選択を迫られることになりかねないのである。

 企業が経営を守るために選択することは,よほど人道に反しない限りはやむを得ない。あるいは,人道のために利益を捨てることもあるだろう。繰り返すが,ここでは企業がどうすべきかを言いたいのではない。多くの企業の選択を通して,世界全体として貿易と投資が制約され,産業と生活に打撃を与えるだろうということを強調したいのである。砲火の背後でそうしたプロセスが進行していることに注意しなければならない。


「中国ドローン大手DJI、ロシア・ウクライナ事業を一時停止」2022年4月27日。

高口康太「海外展開が困難に? 中国企業が抱える大きな難題」WEDGE REPORT,2022年4月20日。



2022年3月16日水曜日

再論:コルレス契約が制限されない限り,SWIFT排除だけでは国際決済からの排除にはならないことに注意すべき

 ロイターの記事「情報BOX:ロシア、SWIFT代替手段に限界 決済コスト上昇不可避」(2022年3月8日)は,SWIFTから排除されたロシアの銀行が使う代替手段には限りがあると指摘している。確かにその通りだろうが,逆に言うと代替手段がないわけではないことには注意を要する。今後も,ロシアの政府・銀行は様々な抜け道を探るだろう。だから代替手段について研究しておくことは制裁の効果を見極めるうえで有意義である。

 記者が気づいているのかどうかわからないが,この記事が最後に紹介している手段が,実は最もオーソドックスである。

「ロシアの銀行にとってより適切な代替手段は、ロシア製品を輸入した業者から代金を受け取り、ロシアの輸出業者に支払いを行う海外の取引銀行との間で、電話やファックス、メッセージングアプリを使った特別の送受信システムを構築することだ。」

 これは特別なことではない。「メッセージングアプリ」を「テレックス」にでも置き換えれば,単に「昔に戻る」だけのことである。

 以前にも書いたように,SWIFTは国際決済システムそのものではない。通貨が国ごとに異なっており,金や貴金属の現送での支払いがもはや行われていない世界では,世界通貨が存在しないからである。なので,国際決済は,必ず特定の通貨で,特定国の中央銀行の預金システムを介して行わねばならない。だから,各国の銀行は決済を行う国の銀行とコルレス契約を結び,共通の中央銀行に預金を持つコルレス銀行同士で決済してもらうのである。SWIFTは,ICTとメッセージ標準化により,これを効率化するシステムであって,それ以上でもそれ以下でもない。これはICTが未熟だからではなく,世界が諸国に分かれて別の通貨を用いているという制度の問題である。

 この記事が紹介している方法は,コルレス契約を使った決済を,SWIFTをつかわずにやるだけのことである。恐ろしく面倒で,コストがかかるから小口取引が排除され,時間がかかり,不正確になるだろう。しかし,原理的に不可能ではない。

 もちろん,現実にはSWIFTからの排除だけでなくロシアの銀行との対外送金業務自体が制限されているので,決済ははなはだしく制約される。しかし,SWIFTからの排除自体が国際決済をただちに不可能にするものではないことは,この記事からも読み取っておく必要がある。

「情報BOX:ロシア、SWIFT代替手段に限界 決済コスト上昇不可避」REUTERS,2022年3月8日。


2022年3月9日水曜日

The End of Post-Cold War Globalization: Shaking by U.S.-China Conflict, Blow by Russian Invasion and Western Economic Sanctions

As Ian Bremmer says on March 4  (Ian Bremmer, Putin may win the battle for Ukraine, but he has already lost the war, GZERO World with Ian Bremmer, March 4, 2022), Putin's invasion of Ukraine is riddled with miscalculations. The Russian army is weak, Ukrainian resistance is stubborn, the West is tightly united, and Russian civil life suffers. "Putin's likely 'victory' on the battlefield guarantees that he will never achieve his core political objective and the one reason he chose to invade Ukraine in the first place: to make Russia great again." I would like to see Russia withdraw militarily, but even if that does not happen, I think that Russia's power will be weakened politically through this war.

 But if Putin's regime and Russia's political power are weakened politically, what will be the economic consequences? The changes brought about by sanctions against Russia will be irreversible, and the effects will be felt throughout the global economy. As Bremer puts it, "The rapid and forced decoupling of the Russian economy from the global trading and financial system will head toward severe economic stagnation (i.e., double-digit recession and inflation), impoverishing both ordinary Russians and oligarchs alike." The problem is that it is unlikely to be just during this war. Unless Putin's regime falls and a Western-friendly government is immediately installed in Russia, this decoupling will continue to some extent even after the war comes to some conclusion. Russia may try to return to the global economic system. Still, it will consider the global economic system dominated by the U.S. and the EU. Moreover, it will try to build another economic bloc with countries with the same awareness of the problem, i.e., China and its friendly countries.

 Of course, this is not a reversion to the Cold War economy. The Russian economy does not carry the same weight in the world as the Soviet economy did in the past. Nor is Russia or China a planned economy, nor do they intend to build an economy that is closed to the outside world. Nevertheless, the war of aggression against Ukraine and the sanctions to Russia will result in a more fragmented world economy than we have seen so far. I don't want that to happen, but as an economist, I predict it.

 The world economy may well be at the end of post-Cold War globalization. While some may argue that globalization is economically inevitable, a distinction must be made between globalization in general and "Post-Cold War globalization" in particular. We must not close our eyes to the difference between the two. However, since the term "globalization" itself is ambiguous, I will limit my discussion here to economic globalization, i.e., the actual progress of trade and investment liberalization based on policy guarantees.

 Economic globalization in the post-Cold War era means the following. After the end of the Cold War and the collapse of the Soviet Union and Eastern European planned economies, the economic development strategies of most countries in the world had to be based on trade and investment liberalization with certain political reservations. This period, which lasted for about 30 years, does not mean that the universal truths of market fundamentalism and economics of freedom of trade and investment have finally been realized. Even after the collapse of the Soviet and Eastern European regimes, various regimes continued to exist in world politics. China and Vietnam continued to advocate socialism politically, although their economic reality is capitalism with strong state intervention. Some countries had broken away from socialism but still favored authoritarian rule, such as Russia. So while Branko Milanovic said that "Capitalism Alone" remained in the world, there was not single free, democratic market economy like a textbook, but rather a competition between "liberal meritocratic capitalism" and "political capitalism." There are two kinds of capitalism, no matter how small the estimate. And it is possible to think of much more varied capitalism, and they are being discussed.

 Economic globalization in the post-Cold War period was not automatically realized because economics was right. Nor was it because a single regime covered the world with agreement on the details of the political regime and the market economy. Globalization, in general, is a kind of abstraction. In reality, post-Cold War globalization has promoted trade and investment liberalization for the past 30 years while maintaining a political consensus that dares to put aside political and diplomatic differences. There was a widespread political agreement to pursue the economic interests of both sides, with "market economy" and "trade and investment liberalization" as somehow common terms. Of course, there were various interpretations of the terms "market economy" and "trade and investment liberalization." But an agreement to remain committed to those terms was crucial. Some might say there was no agreement, only compromise, but either is acceptable here.

 This agreement or compromise was already crumbling due to the U.S.-China confrontation. It became impossible to put aside differences in political and foreign policy for free trade of semiconductors for 5G base stations and smartphones. It became difficult to choose the location of semiconductor factories based solely on economic calculations. And now, a rapid collapse is coming. The U.S., EU countries and Japan can no longer tolerate the Russian central bank managing foreign currency reservations, Russian banks conducting international payments through SWIFT, and Russian aircraft flying over Europe.

 Even in this phase, it is possible to defend the benefits of globalization in general from the standpoint of economics, or rather economics alone. For example, the "second unbundling" promoted by ICTs, which Richard Baldwin describes in "The Great Convergence: Information Technology and the New Globalization" or the benefits of the international division of labor between processes, continues to exist. So it is possible to ask public opinion and policymakers to respect economic rationality. However, it is no longer possible to persuade them to put aside political and diplomatic differences solely based on mutual benefits from economic rationality, as has been the case for the past 30 years. It became gradually more difficult at the time of the U.S.-China decoupling and is unthinkable now in the face of the Russian invasion of Ukraine. Just as considering economic interests objectively, it has become challenging to promote globalization if one looks at current international politics objectively.

  Post-Cold War globalization is coming to an end. The era in which liberalization of trade and investment can be promoted with the involvement of almost all countries of the world, leaving political and diplomatic conflicts aside, is coming to an end. I do not want it to happen, but I think it will be a high probability.


クリーブランド・クリフス社の一部の製鉄所は,「邪悪な日本」の投資がなければ存在または存続できなかった

 クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOの発言が報じられている。 「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし、日本はもっと悪い。日本は中国に対してダンピング(不当廉売)や過剰生産の方法を教えた」 「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年...