マシュー・C・クレイン&マイケル・ペティス(小坂恵理訳)『貿易戦争は階級闘争である:格差と対立の隠された構造』みすず書房,2021年。本書を理論的に導くのはJ・M・ケインズ『雇用,利子および貨幣の一般理論』とともにJ・A・ホブスン『帝国主義論』,とくに後者である。私が勝手に言っているのではない。本書冒頭にはホブスン(訳書表記はホブソン)からの引用が掲げられ,序文ではホブスンの洞察力が称えられている。
なぜホブスンか。著者は,中国とドイツを例に(日本も念頭に置いて),経常収支黒字が継続することの秘密を,I-Sバランスの用語を用いて,ただし通常のマクロ経済学とは異なる仕方で用いて解き明かしているのだ。
本書の論理を,多少の解釈を加えて強引に要約すると以下のようになる。
継続的な貯蓄余剰は,個人がせっせと節約して預金した結果としては説明できない。分配の不平等により,その国の消費が抑圧された結果と見るべきである。
継続的な経常収支黒字は,商品貿易それ自体からでは理解できない。まず過剰貯蓄が対外投資される。ホブスンの言う「資本の過剰」である。それによって不健全な投資プロジェクトが海外で実行されることで超過需要が生まれ,それによって自国の輸出超過が生じる。資本輸出が商品輸出を支えるのであって,逆ではないのだ。
したがって構造的不均衡をなくすためには,中国,ドイツ,日本など経常収支黒字国での賃金抑圧をはじめとする不平等な分配を改善して国内の消費を高め,過剰貯蓄を解消することが不可欠である。これもホブスンが強調したことにほかならない。
本書の主張は極めて明快であり,説得力は強力だ。とりわけ,「まず商品が輸出され,その黒字が海外投資される」のではなく,「まず国内に投資先のない資本が海外投資され,そこで生み出された購買力が商品輸出をもたらす」という視点は,マクロバランスに基づく世界経済分析を刷新するものだと思う。
むろん検討すべき点はある。経常収支黒字国側の対外投資の能動的役割を強調し過ぎると,アメリカを代表とする経常収支赤字国の側において,不健全なプロジェクトへの投資を組織する金融機関と企業の役割を過小評価することになるかもしれない。理論的に言えば,投資をファイナンスするのは,投資先を求めてさ迷う貯蓄だけではない。信用創造を通した借り入れによる通貨膨張によってもファイナンスされるはずだ。さらに言えば,著者は「投資が同額の貯蓄を生み出す」と見る見地と「現存する貯蓄が投資の量を制約する」という見地の間で迷っているようにも見える。
しかし,これらの問題点すら読者の思考を刺激してくれる美点である。これらの理論的諸問題が現状分析にとって持つ重要性に気づかせてくれること自体が,本書の功績なのだ。残されたパズルを解くのは後に続く研究が負うべき使命である。
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