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2025年1月22日水曜日

映画『敵』は老人だけの話でも男性だけの話でもなく,誰にでも起こることを描いている

 映画『敵』を見た。一見,現実が崩壊して妄想と混濁していくような話であるが,実は冒頭の整った暮らしからすべて主人公・儀助の夢と妄想であり,したがい何も混濁していないと解釈したい。妻に先立たれた男性退職教授が整った食事を作れるわ,部屋がこぎれいで本がそこらじゅうちらかってないし埃っぽくもないわ,元教え子が何かと世話を焼きに来てくれるわ,自宅で食事を共にする美しい元教え子がワインを飲み過ぎるは,行きつけのバーにはオーナーの姪のフランス文学専攻の可愛げな女子学生がいて自分に興味を持つわで,現役男性教授である一観客の単なるひがみでないとすれば,前半部の,一応現実とされているかのようなパートが,そもそも儀助のインナーワールドだったように思える。

 一見すると現実が崩壊して妄想と混濁していくようであるが,むしろ妄想が身勝手で甘美過ぎるが故に,他者ないし現実という外部からの裏切りを受けて崩壊すると見た方がいい。しかし,いかなる他者や現実も,人間は自らの意識と肉体を通してしか知覚できない。だから,崩壊する際にやってくる他者は,儀助にとっては北から来る「敵」やら死んだはずの妻やらという,かえって非現実の色彩を帯びてしまう。

 人は老いるから回想や夢や妄想に生きるのではない。最初からそうなのだ。この映画は老人だけのものではなく,年齢にかかわらない世界を描いている。また表現は男性目線とも言えるが,本質的には性にかかわらない世界を描いている。誰にでも起こりうることなのだ。誰にも起こり得ることであるが故に,夢と妄想の世界は観客にも了解可能である。ある程度秩序だっていて,感慨深いし,見ようによっては美しく,最悪でも哀れではある。だから観客を不安にさせると同時に,慰めにもなるのだと思う。

『敵』。筒井康隆原作,吉田大八脚本・監督。長塚京三,瀧内公美,河合優実ほか出演
公式サイト
https://happinet-phantom.com/teki/



2024年8月19日月曜日

何年かに一度読みたくなる長谷正人『悪循環の現象学:「行為の意図せざる結果」をめぐって』

 長谷正人『悪循環の現象学:「行為の意図せざる結果」をめぐって』ハーベスト社,1991年。本書は妙に私の心に刺さり,何年かに1度読み返したくなる。今日,たぶん4度目くらいの読了をした。社会科学に対する割り切れなさと,結局は「透明人間」の視点での研究者になってしまったことへの後ろめたさ,そして「うまくやらねばならないと考えるほどおかしくなる」日々からの憂鬱に押されてのことなのかもしれない。 

 「行為の意図せざる結果」に関する理論は,経済学と経営学にもないわけではない。経済政策論では中西洋『日本における社会政策・労働問題研究:資本主義国家と労資関係 増補版』東京大学出版会,1982年であり,経営学では沼上幹『行為の経営学:経営学における意図せざる結果の探究』白桃書房,2000年である。これらも読んではいるのだが,その理解度には全く自信がない。長谷著は読者にやさしい本で,一応何が書いてあるかはわかるので,何度もそればかり読んでいるともいえる。

 「行為の意図せざる結果」を,長谷著のように問題行為→偽解決→問題行為という自己言及性のパラドックスとして強く把握するか,そこまで強い意味を込めずに集合行為の結果として生まれる行為者の目的とは異なる有意な結果とみるかで,事態の重みはだいぶ変わってくる。私は見様見真似で,鎌倉のオーバーツーリズム解決法を扱った学生の卒論指導で前者の観点を(精緻な混雑予報によって観光客が出向くのを控えると混雑しなくなる「自己破壊的予言」),中国の鉄鋼産業政策を扱った院生の投稿論文指導で後者の観点を(設備投資規制を民営企業がかいくぐって新規参入した結果,需要が満たされたという「結果オーライ(だが政策が優れていたわけではない)」)用いたことがある。いや本来,「行為の意図せざる結果」とはその程度の話ではなく,近代社会において社会科学者は何をどう語り得るかに関わる問題なのだが,なかなか歯の立たないことでもある。

Amazonの本書ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4938551144/



クリーブランド・クリフス社の一部の製鉄所は,「邪悪な日本」の投資がなければ存在または存続できなかった

 クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOの発言が報じられている。 「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし、日本はもっと悪い。日本は中国に対してダンピング(不当廉売)や過剰生産の方法を教えた」 「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年...