「純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?」一応,完結し,ブログに掲載しました。この連載は,直接には,最近になって「結局金が貨幣だ」という見解がアナリストの間に出現したことに触発されたものです。金価格高騰=インフレーション=ドル減価という等式です。しかし,これは正しくありません。管理通貨制と変動相場制,具体的には金兌換が停止され,価格標準が肯定されなくなった世界では,インフレーションとは別に,金価格は単独で高騰できるし,またしているからです。金価格高騰は,確かに一部はインフレーション=ドル減価によるものですが,多くは中央銀行の金購入と金ETFを通した投機によります。そして,その背景にあるのは,インフレーションよりも,むしろ世界秩序の帝国主義化により,ドル国債の流動性と,ドル預金での決済システムが不全になる危険です。
またこの連載は,師・村岡俊三とそのまた師・岡橋保の貨幣論との対話でもありました。岡橋氏が,金価格は価格標準の変動(インフレ,デフレ)によっても変動するが,金に対する需給によっても変動すると指摘したことを私は支持します。岡橋氏は,金に対する通貨の購買力低下は不等価交換によっても起こり得るのであり,金価格高騰がすべてインフレーションではないことを,ニクソン・ショックの際に解き明かしました。また,村岡氏が,新産金が流通に入る交換過程に注目したことで,金兌換停止のもとでは金価格は単独で高騰しうることを明らかにしたことを,私は支持します。村岡氏はこうして,1970年代以降,金価格がインフレ率を超えて高騰したメカニズムを明らかにしました。
しかしながら,村岡氏が,金がこうして流通に入る過程で価値尺度機能を果たし,蓄蔵貨幣になるとしたことには,保留をつけざるを得ません。消極的には金を価値尺度財と見なすことは可能ですが,金は積極的な価値尺度機能を停止しているし,流通に入れないために蓄蔵貨幣のプール機能を果たせないのです。村岡氏は,金価格が単独で高騰しうる理由を金生産性の低下=金価値の増大にのみ帰着させたために,金価格がそれ以外の要因によっても変動しうることを見ませんでした。これは,今日の中央銀行の金購入や金ETFによる投機的需要の発生を踏まえれば,不十分であったと言わざるを得ないのです。
現時点において,金は,もっとも貨幣に近い資産として需要されながら,すでに貨幣の機能を果しえません。だからと言って,金は貨幣論上,どうでもよくなったのではありません。本来は金が貨幣であったが,資本主義発展が金の流通を排除し,その代わりに価値尺度の不在による通貨システムの不安定という矛盾を抱え込んだのです。この弁証法的関係を明らかにしてこそ,今日の金市場と,その背後にある世界の政治経済学は理解できます。そのためにマルクス経済学はなお有効なのだと私は考えています。多くの方にとっては呆れるほど突飛でしょうが,私は,イデオロギー的立場を固守するためではなく,現実に切り込んで,現実の経済における今後の見通しを示すツールとして,マルクス経済学が「使える」ことを示したかったのです。またそのために,はるかにさかのぼって,師や,師の師の見解の現代的意義を尊重するとともに,その限界を乗り越える道を示したかったのです。
<参考>
岡橋保『金の価格理論:価格標準の研究』日本評論新社,1956年。
岡橋保『増訂 金投機の経済学』時潮社,1973年。
村岡俊三『資本輸出入と国際金融』白桃書房,1998年。
純然たる金投機なのか,それとも,結局金が貨幣なのか?
(1)問題の所在
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post.html
(2):金価格高騰=インフレーション論について
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_4.html
(3):金需要の動向について
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_6.html
(4):中央銀行の金購入について
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_11.html
(5):金ETFについて
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/etf.html
(6・完):必要とされながら不在の商品貨幣
https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_16.html


