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2026年8月14日金曜日

川端望著書・論文・書評リスト(Ka-Bata仮ホームページ)

大学公式サイトのダウンが長引きそうなので,著書・論文・書評についての仮業績リストを以下に掲げます。公式サイトで公開していたPDFは,当方のGoogleサイトからダウンロードできるようにしました。

単著・編著

川端望『東アジア鉄鋼業の構造とダイナミズム』ミネルヴァ書房,2005年11月,300+ⅶ頁(博士論文を兼ねる)。ISBN: 9784623045181 (Amazon)   

大野健一・川端望編)『ベトナムの工業化戦略――グローバル化時代の途上国産業支援』日本評論社,2003年3月,235+ⅵ頁。ISBN: 9784535552920 (Amazon)  

雑誌・単行書分担執筆論文

川端望「発展途上国鉄鋼業における技術・生産システム間競争:ベトナムにおける共英製鋼の事業展開から考える」『産業学会研究年報』第40号,産業学会,2025年3月,37-55頁。査読有https://doi.org/10.11444/sisj.2025.37

川端望「通貨供給システムとしての金融システム ―信用貨幣論の徹底による考察―」研究年報『経済学』第81巻,東北大学大学院経済学研究科,2025年3月,23-52頁。査読有https://doi.org/10.50974/0002003359

川端望「ベトナム鉄鋼業の発展初期における日系中堅電炉企業の役割 -ビナ・キョウエイ・スチール社成立過程の研究-」『アジア経営研究』第30-1号,アジア経営学会,2024年8月,77-92頁。査読有 https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.30.1_77

Nozomu Kawabata, Evaluating the Technology Path of Japanese Steelmakers in Green Steel Competition, The Japanese Political Economy, 49(2/3), November 2023, 231-252 (Peer Reviewed) https://doi.org/10.1080/2329194X.2023.2258162 (Open access)  日本語原稿「グリーンスチール競争における日本鉄鋼メーカーの技術経路」 (2024/9/12誤記修正)

唐嫘夢依・川端望「中国におけるネット小説ビジネス:プラットフォームとユーザー生成コンテンツ(UGC)の視点から」研究年報『経済学』第79巻第1号,東北大学大学院経済学研究科,2023年3月,1-17頁。 査読有https://doi.org/10.50974/00137113 

川端望「活動単位としてのタイミング・コントローラー成立の諸条件:スパイラル鋼管の事例から」『社会科学』第52巻第3号,同志社大学人文科学研究所,2022年11月,1-22頁。査読有 http://doi.org/10.14988/00029339

折橋伸哉・川端望・遠藤憲子・佐藤千洋「製造業:30年の構造変化と産業政策の課題」(東北大学大学院経済学研究科地域産業復興調査研究プロジェクト編『東日本大震災からの産業再生と地域経済・社会の展望』南北社,2022年,102-121頁)。ISBN: ‎ 978-4903159263 (Amazon)

川端望・銀迪「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策―調整プロセスとしての産業政策―」『アジア経営研究』第27号,アジア経営学会,2021年8月,35-48頁。査読有https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.27.0_35 

川端望・銀迪「現代中国鉄鋼業の生産システム: その独自性と存立根拠」『社会科学』第51巻第1号, 同志社大学人文科学研究所,2021年,1-31頁。査読有http://doi.org/10.14988/00028349

Nozomu Kawabata, Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry Under International Economic Integration, in Hiromi Shioji, Dev Raj Adhikari, Fumio  Yoshino & Takabumi Hayashi eds., Management for Sustainable and Inclusive Development in a Transforming Asia, Springer, December, 2020 online, 2021 published, pp. 255-271.  (Peer Reviewed) https://doi.org/10.1007/978-981-15-8195-3_15 (Springer) (English) 

川端望「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」『粉体技術』第12巻第10号,日本粉体技術工業協会,2020年10月,15-19頁。ダウンロード (発行元許諾により掲載)

川端望「日本钢铁产业去产能中的政府角色」『中国投資』2020年第7号,中国投資雑誌社,2020年4月,24-26頁。

川端望「中国経済の『曖昧な制度』と日本経済の『曖昧な制度』 ―日本産業論・企業論からの一視点―」『中国経済経営研究』第1巻第1号,中国経済経営学会,2017年3月,26-32頁。https://doi.org/10.50865/jcems.1.1_26

川端望「ベトナム鉄鋼業における民間企業の勃興 ―ホア・ファット・グループとホア・セン・グループの事例研究―」『アジア経営研究』第22号,アジア経営学会編集・和泉出版発行,2016年8月,79-92頁。査読有https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.22.0_79

川端望「東北地域発イノベーションによる次世代自動車開発」(東北大学大学院経済学研究科地域産業復興調査研究プロジェクト編『震災復興は東北をどう変えたか:震災前の構造的問題,震災から5年目の課題,これからの東北の新たな可能性』南北社,2016年,122-133頁)。ISBN: 9784903159188 (Amazon)

川端望「市場経済移行下のベトナム鉄鋼業―その達成と課題」『赤門マネジメント・レビュー』第14巻第9号,グローバル・ビジネス・リサーチ・センター,2015年9月,451-494頁。査読有   https://doi.org/10.14955/amr.140901

川端望(張艶訳)「大連軟件和信息技術服務業中“人才回流”的作用――站在日本的角度看其全新的意義」(大連軟件和服務外包発展研究院編『大連軟件和信息技術服務業発展報告(2014)』東北財経大学出版社,2014年,127-133頁) ISBN: 9787565417115 日本語版 

川端望・趙洋「中国鉄鋼業における省エネルギーとCO2排出削減対策」『アジア経済』第55巻第1号,日本貿易振興機構アジア経済研究所,2014年3月,97-127頁。査読有http://hdl.handle.net/2344/00006928

川端望・千葉啓之助「自動車部品産業集積の質的発展に向けて ―地場部品メーカー参入と成長への課題―」(東北大学大学院経済学研究科地域産業復興調査研究プロジェクト編『震災復興政策の検証と新産業創出への提言:広域的かつ多様な課題を見据えながら「新たな地域モデル」を目指す』河北新報出版センター,2014年,207-234頁。原稿PDF ISBN: 9784873413198

竹下裕美・川端望「東北地方における自動車部品調達の構造:現地調達の進展・制約条件・展望」『赤門マネジメント・レビュー』第12巻第10号,グローバル・ビジネス・リサーチ・センター,2013年10月,669-698頁。査読有 https://doi.org/10.14955/amr.121001  

張艶・川端望「大連市におけるソフトウェア企業の事業創造と変革 -4社の事例分析から-」『産業学会研究年報』第28号,2013年3月,73-85頁。査読有https://doi.org/10.11444/sisj.2013.73 

玉井由樹・川端望・李宏舟・張艶「大連市ソフトウェア・情報サービス企業に対するアンケート調査からの一考察」『愛知淑徳大学論集 ビジネス学部・ビジネス研究科篇』第9号,愛知淑徳大学,2013年3月,81-104頁。

Nozomu Kawabata, “A Comparative Analysis of Integrated Iron and Steel Companies in East Asia,” The Keizai Gaku, Annual Report of the Economic Society, Tohoku University, Vol.73, No.s. 1/2, The Economic Society, Tohoku University, October 2012, pp.23-42 (English). (Peer Reviewed) https://doi.org/10.50974/0002003037 日本語訳「東アジアにおける銑鋼一貫企業の比較分析」全文  簡体字中文「东亚钢铁联合企业的比较分析」 

張艶・川端望「大連市におけるソフトウェア・情報サービス産業の形成」『アジア経営研究』No.18,アジア経営学会編集・唯学書房発売,2012年8月,35-46頁。査読有 https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.18.0_35  英語訳のページ

川端望「東日本大震災における情報・通信システムの被害とその教訓:分散型バックアップ・独立型電源・通信方法の複々線化」(東北大学大学院経済学研究科地域産業復興調査研究プロジェクト編『東日本大震災からの地域経済復興への提言:被災地の大学として何を学び,伝え,創るのか』河北新報出版センター,2012年,178-200頁)。原稿PDF  ISBN: 9784873412702

川端望・折橋伸哉「東日本大震災における自動車産業・鉄鋼業の被災と復旧」(東北大学大学院経済学研究科地域産業復興調査研究プロジェクト編『東日本大震災からの地域経済復興への提言:被災地の大学として何を学び,伝え,創るのか』河北新報出版センター,2012年,150-177頁)。ISBN: 9784873412702 (Amazon)

川端望「東アジアの銑鋼一貫企業:高級鋼材生産システムの構築をめぐる競争」『ふぇらむ』Vol.15 No.3,日本鉄鋼協会,2010年3月,124-133頁。

川端望「タイの鉄鋼業:地場熱延企業の挑戦と階層的企業間分業の形成」(佐藤創編『アジア諸国の鉄鋼業:発展と変容』日本貿易振興機構アジア経済研究所,2008年,251-296頁)。査読有 http://doi.org/10.20561/00042530

張興和・明日香壽川・川端望・大村泉・川原業三・高橋禮二郎「中国山西省におけるコークス乾式消火設備(CDQ)設置によるCDMプロジェクトの設計」『鉄と鋼』Vol.94, No.9,日本鉄鋼協会,2008年9月,369-375頁。査読有https://doi.org/10.2355/tetsutohagane.94.369

川端望「東アジア鉄鋼企業の比較分析」『アジア経営研究』No.14,アジア経営学会編集・愛智出版発売,2008年6月,61-74頁。査読有 紹介 https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.14.0_61,簡体字中国語版 川端望「东亚钢铁企业的比较分析」全文 繁体字中国語版 川端望「東亞鋼鐵企業的比較分析」全文 (米彦香・趙洋・王保林訳。高千惠繁体字校閲)

川端望「東アジア鉄鋼企業の生産システムと投資行動」『金属』Vol.77 No. 11,アグネ技術センター,2007年11月,4-8頁。

川端望「ベトナムの鉄鋼業 ―新局面と政策転換―」(佐藤創編著『アジアにおける鉄鋼業の発展と変容』日本貿易振興機構アジア経済研究所,2007年,173-207頁)。 ダウンロードページ(アジ研サイト)

川端望「日本高炉メーカーの高級鋼戦略:その堅実さと保守性」『産業学会研究年報』第21号,産業学会,2006年3月,35-47頁。査読有https://doi.org/10.11444/sisj1986.2006.35

川端望「日本鉄鋼業の一貫管理とプロセス・リンケージ――タイにおける合弁企業の事例を中心に」(坂本清編著『日本企業の生産システム革新』ミネルヴァ書房,2005年,225-251頁)。ISBN: 9784623041244 (Amazon) 紹介

川端望「鉄鋼産業における企業間関係のダイナミズム――2大グループ化と国際提携の意義」(植草益・大川三千男・冨浦梓編『日本の産業システム2 素材産業の新展開』NTT出版,2004年,234-272頁)。ISBN: 978-4757121010 (Amazon) 紹介

川端望「国立大学法人の管理運営制度と教員の地位」『全大教時報』第27巻第6号,全国大学高専教職員組合,2004年2月,65-76頁。全文 本論文への補足

Nozomu Kawabata, “CÔNG NGHIỆP THÉP: SỰ LỰA CHỌN THỰC TỄ CHO MỘT NGÀNH CÔNG NGHIỆP THAY THỆ NHẬP KHẨU,” tác gia’ CƠ QUAN HỢP TÁC QUỐC TỂ NHẬT BẢN (JICA) vā ĐẠI HỌC KINH TẾ QUỐC DÂN(NEU), CHÍNH SÁCH CÔNG NGHIỆP VÀ THƯƠNG MẠI CỦA VIỆT NAM TROUNG BÔI CẢNH HỘI NHẬP, TẬP I, HÀ NỘI, NXB THỐNG KÊ, 2003. (『ベトナムの工業化戦略』第6章「鉄鋼業」のベトナム語訳)

Nozomu Kawabata, “The Current Vietnamese Steel Industry and Its Challenges”, in Study on the Economic Development Policy in The Transition toward a Market-Oriented Economy in The Socialist Republic of Viet Nam (Phase 3), Final Report Vol. 2 Trade and Industry, Japan International Cooperation Agency and Ministry of Planning and Investment, The Socialist Republic of Viet Nam, March 2001, pp.139-193.English version(PDF)

川端望「ヴィエトナム鉄鋼業の現状と課題」(ヴィエトナム社会主義共和国計画投資省・日本国際協力事業団『ヴィエトナム国市場経済化支援計画策定調査第3フェーズ最終報告書第2巻貿易産業』2001年3月,139-193頁)(英語版も同時出版)日本語版全文(PDF) (上記英語版と同じ内容)

日越共同研究貿易産業部会日本側メンバー(大野健一・木村福成・川端の共通見解を大野が執筆)「鉄鋼業・貿易政策に関する日本側見解の要約」(ヴィエトナム社会主義共和国計画投資省・日本国際協力事業団『ヴィエトナム国市場経済化支援計画策定調査第3フェーズ最終報告書第2巻貿易産業』2001年3月,117-122頁)(英語版も同時出版)日本語版 (No.9)

Nozomu Kawabata and Keiji Ujikawa, Technology and Management of the W. Metallurgical Industry Group Co. Ltd., in X. Zhang and Reijiro Takahashi eds., Environmental Problems in Chinese Iron-Steelmaking Industries and Effective Technology Transfer: China-Japan International Academic Symposium: March 6, 2000, Tohoku University, Sendai, Japan, Tohoku University Press, 2000, pp.14-24.  ISBN: 9784925085304

Reijiro Takahashi, Xinghe Zhang, Izumi Omura, Nozomu Kawabata, Hisashi Sinohara, and Toyoaki Ito, Present States and Measure for Environmental Pollution from Ironmaking Industries in Shanxi Province in China, in X. Zhang and Reijiro Takahashi eds., Environmental Problems in Chinese Iron-Steelmaking Industries and Effective Technology Transfer: China-Japan International Academic Symposium : March 6, 2000, Tohoku University, Sendai, Japan, Tohoku University Press, 2000, pp.1-5. ISBN: 9784925085304

川端望「成熟・キャッチアップ・制度的調整 -鉄鋼業のグローバル競争-」(大阪市立大学経済研究所 森澤恵子・植田浩史編『グローバル競争とローカライゼーション』東京大学出版会,2000年,131-160頁)ISBN: 9784130401708 (Amazon)  

川端望「高炉メーカーの生産システムと競争戦略」(坂本清編著『日本企業の生産システム』中央経済社,1998年,69-111頁)。 ISBN: 9784502348457  (Amazon) 紹介

川端望「東アジア鉄鋼業の企業類型と貿易構造(Ⅱ)」『季刊経済研究』第20巻第3号,大阪市立大学経済研究会,47-74頁,1997年12月 。 PDF

川端望「USX社の労使関係とコーポレート・ガバナンス」(日本経営学会編『現代経営学の課題〔経営学論集 第67集〕』千倉書房,1997年,221-227頁)。https://doi.org/10.24472/abjaba.67.0_221

川端望「東アジア鉄鋼業の企業類型と貿易構造(Ⅰ)」『季刊経済研究』第20巻第2号,大阪市立大学経済研究会,1-34頁,1997年9月。PDF

川端望「第3章 堺の産業経済への新しい視点」の「はじめに」,1節,2節(1),2節(2)-(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ),2節(3),2節(4)(重森暁監修・堺まちづくり研究会編『「堺まちづくり白書」 もっとええまち・堺へ -地域自立のネットワークをめざして-』堺まちづくり研究会,1997年,66-76,81-86頁)。

川端望「経営戦略および経営政策について」(工業集積研究会「『東大阪の中小製造業に関する実態調査』の集計結果について」の一部)『季刊経済研究』第19巻第2号,大阪市立大学経済研究会,61-66頁,1996年9月。 PDF

川端望「戦後アメリカ鉄鋼業における成長の一国的構造 -リストラクチャリングの諸前提に関する研究(1)-」『証券研究年報』第10号,大阪市立大学証券研究センター,51-80頁,1995年12月。  PDF (発行元より許可を受け掲載)

川端望「日本鉄鋼業の生産システムをめぐる諸問題 -先行研究の整理と課題設定-」研究年報『経済学』第57巻第4号,東北大学経済学会,81-91頁,1995年12月。 https://doi.org/10.50974/0002005690

川端望「日米合弁鉄鋼企業の生産プロセス」『季刊経済研究』第18巻第3号,大阪市立大学経済研究会,89-116頁,1995年12月。PDF

川端望「日本高炉メーカーにおける製品開発 -競争・生産システムとの関わりで-」(大阪市立大学経済研究所 明石芳彦・植田浩史編『日本企業の研究開発システム -戦略と競争-』,東京大学出版会,1995年,113-145頁)。  ISBN: 9784130401456 (Amazon)

Nozomu Kawabata, "Technology, Management, and Industrial Relations of U.S. Integrated Steel Companies: The Process of Restructuring", Osaka City University Economic Review Vol. 30 No. 1・2, The Faculty of Economics and The Institute for Economic Research, Osaka City University, pp.53-79, January 1995.  Full Paper (発行元許諾により掲載)

川端望「アメリカ鉄鋼業のリストラクチャリング(2) -1970年代後半~80年代初頭の多角化と労使関係-」『季刊経済研究』第16巻第4号,大阪市立大学経済研究会,1-24頁,1994年3月。 PDF

川端望「戦後日本鉄鋼業における技術・経済・経営 -先行業績の「技術の経済学」的検討-」『季刊経済研究』第16巻第2号,大阪市立大学経済研究会,1-21頁,1993年9月。 PDF

川端望「アメリカ鉄鋼業のリストラクチャリング -衰退と転換のプロセス-」(金田重喜編著『苦悩するアメリカの産業 -その栄光と没落・リストラの模索-』創風社,1993年,109-139頁)。 ISBN: 9784915659522  PDF(出版社許諾により掲載)

川端望「アメリカ鉄鋼業のリストラクチャリング(1) -銑鋼一貫メーカーを中心に-」『季刊経済研究』第15巻第2号,大阪市立大学経済研究会,1-25頁,1992年9月。 PDF

川端望「アメリカ鉄鋼業界のダンピング批判と「資本不足」論 -1970年代後半から80年代初頭にかけて-」研究年報『経済学』第53巻第2号,東北大学経済学会,151-172頁,1991年11月。 査読有https://doi.org/10.50974/0002005480

川端望「戦後アメリカ鉄鋼業の蓄積様式 -国際競争力と管理価格-」研究年報『経済学』第52巻第4号,東北大学経済学会,97-116頁,1991年2月。査読有 https://doi.org/10.50974/0002005461

川端望「バーリ&ミーンズ『近代株式会社と私有財産』批判の方法的視点 -「所有と支配」論争との関わりで-」研究年報『経済学』第52巻第1号,東北大学経済学会,83-104頁,1990年7月。査読有https://doi.org/10.50974/0002005438


書評

川端望「藤本隆宏編『工場史-「ポスト冷戦期」の日本製造業―』」『社会経済史学』第91巻第3 号,社会経済史学会,120-124頁,2025年11月。

川端望「金容度『日本経営論』(博英社,2023年3月)」『産業学会研究年報』第39号,産業学会,238-239頁,2024年3月。https://doi.org/10.11444/sisj.2024.235 

川端望「明石芳彦『進化するアメリカ産業と地域の盛衰』(御茶の水書房,2019年3月)」『産業学会研究年報』第36号,産業学会,180-181頁,2021年3月。https://doi.org/10.11444/sisj.2021.177 

川端望「塩地洋・田中彰編著『東アジア優位産業――多元化する国際生産ネットワーク』」『経営史学』第55巻第3号,経営史学会,74-75頁,2020年12月。https://doi.org/10.5029/bhsj.55.3_28 

川端望「土屋勉男・井上隆一郎・赤羽淳 著『あるもの探しのイノベーション戦略:効率的な経営資源の組み合わせで成長する』(白桃書房,2019年10月)」『産業学会研究年報』第35号,産業学会,153-154頁,2020年3月。 https://doi.org/10.11444/sisj.2020.151

川端望「今井健一・丁可編『中国 産業高度化の潮流』(アジア経済研究所,2008年12月)」『産業学会研究年報』第25号,産業学会,111-113頁,2010年3月。https://doi.org/10.11444/sisj.2010.107

·       Nozomu Kawabata, “Anthony P. D'Costa, The Global Restructuring of the Steel Industry: Innovations, Institutions, and Industrial Change, London and New York, Routledge, 1999, 228+XX pp”. 『アジア経済』第41巻第6号,日本貿易振興会アジア経済研究所,2000年6月。http://hdl.handle.net/2344/0002000283

川端望「肥塚浩著『現代の半導体企業』」『立命館経営学』第36巻第2号,立命館大学経営学会,121-127頁,1997年7月。 全文

川端望「十名直喜『日本型鉄鋼システム -危機のメカニズムと変革の視座-』『鉄鋼生産システム -資源,技術,技能の日本型諸相-』」『産業学会研究年報』第12号,103-105頁,1997年3月。 https://doi.org/10.11444/sisj1986.1997.97

川端望「萩原伸次郎『アメリカ経済政策史 戦後「ケインズ連合」の興亡』」『書斎の窓』第457号,60-63頁,有斐閣,1996年9月。 全文


パーパス経営とバーリ&ミーンズ『現代株式会社と私有財産』

  若林直樹「企業のパーパスを再考する」日本経済新聞8月10日,経済教室欄を拝見した。経済的目的と社会的目的の「二重目的」の調整という課題が正面から指摘されているところが面白かったので,この点について思っていることを書く。

 「パーパス経営」というのは現代的な表現形であり,若林先生が紹介されているように,おそらく経営者が実践しやすいように問題が設定され,ツールも整備されているのだと思われる。ただ,問題の根源はバーリ&ミーンズ『現代株式会社と私有財産』(原書1932年,森杲訳,北海道大学図書刊行会,2014年)から変わっていないのではないか。

 私の解釈では,バーリとミーンズが世界大恐慌下で考えたのは以下のことであった。

ーー
 現代社会では,経済活動を統治する基本原理は所有権である。しかし,株式会社を所有権だけで統御することはできない。株主の比例的な持分に厳密に従っていては効率的な経営ができない。現にもう持分比例は無視せざるを得なくなっている。では,大株主や専門的経営者といった「支配者」の利害に従えばよいだろうか。現実にはそうなっている。しかし,それでは多数の株主の利害を無視するので所有権による統治ではなくなる。つまり「所有」権に厳密に沿った統治は現実的でないし,「支配」の利害に沿った統治はもはや所有権の無視である。だから,株式会社制度が生き残るためには,「所有」と「支配の利害」に沿うこと自体をやめて,会社が公共利益を追求するテクノクラシーになるしかない。
ーー

 株式会社は矛盾した存在である。一方において,株式会社は資本として利潤を追求せずにいられない。商品と貨幣と資本のシステムが一度出来上がってしまうと,そうせずには生産ができず,社会が成り立たないからである。他方において,株式会社が巨大化すると個人では出資し切れなくなり,また経営が複雑化すると出資者なら経営できるとは限らなくなり,さらに長期存続すると経営は個人の寿命や健康に依拠できなくなった。私的所有権で統御できなくなったのである。バーリ&ミーンズの思考には,この矛盾が率直に表現されていたのだ。

 この時期のバーリとミーンズは,「支配者」が自己利益を追求する株式会社の在り方に,深刻な危機感を抱いていたのであり,株式会社の発展を喜んでいたのではない。バーリ&ミーンズは「支配者」が自己利益を追求していることを知っていた。だから,株式会社が中立的になるべきだというのは,規範的帰結ではあっても現実的展望ではなかった。しかし,株式会社が中立的になったと決めつけているわけではなかった。後続研究が『現代株式会社と私有財産』をそのように読んだのは誤読であり,そうした誤読の上に賞賛したり非難したりしたのは単なるひとりよがりである。

 パーパス経営は,「まずもって利潤がなければ会社は存続できないだろう」という立場と「利益自体が組織の目的じゃないだろう。何のために経営してるんだ」という立場の間を振動する。決して,どちらかに収束することはできないだろう。株式会社が資本である限り前者を捨てられず,社会的存在になった限り後者を問われざるを得ないだろう。バーリ&ミーンズが「所有」と「支配」のジレンマと格闘したように,矛盾する「二重目的」という課題を正面から取り上げることが,経営学に求められる。

2026年8月8日土曜日

Ka-Bata公式サイト一時停止について

 東北大学経済学研究科のサイトに問題が生じ、ほとんどのページが一時閉鎖中です。私の公式サイトにもアクセスいただけません。無償公開できる論文や報告書はできる限りresearchmapからリンクするか添付しましたので,とりあえずこちらからご覧ください。

https://researchmap.jp/read0020587

(この投稿は公式サイトが復旧次第削除する予定です)

2026年8月3日月曜日

円安,インフレ,17分野投資,消費税:財政政策をめぐる現局面の整理

1.コロナ禍を境目に,日本は物価停滞局面から物価上昇局面に転換した。

2.輸入品は,そもそもの生産国での食料・エネルギー価格上昇に加えて,円安による上昇が起こっている。これは当然,輸入品に限定した価格上昇であり,日本に住む人の購買力減退を意味する,実質的物価上昇である。原油の投機的上昇のように,短期に元に戻ることもあるが,定着して元に戻らないこともある。いわゆるコスト・プッシュインフレだが,これは厳密な意味でのインフレではない。

3.一方コロナ対策後の景気回復を期に,財政拡張が物価上昇に結び付くようになった。これは,未稼働設備を動かし,失業を減らし,不完全就業者をフル稼働させる限りにおいては,需要が回復した財・サービスから一時的に,また定着すれば実質的に価格が上昇することである。これも厳密な意味でのインフレではない。

4.しかし,需給ギャップが解消されてもなお物価は上昇するようになった。ホームメイドの名目的・全般的物価上昇である。つまり,財政赤字により,社会全体として,一定量の財・サービスにたいして,これを流通させる通貨量が外生的に増加したことによる物価上昇である。私の見解ではこれこそが厳密な意味でのインフレーションである。貨幣的インフレと呼ぶ。比ゆ的には貨幣の空回りと言ってもよい。

5.上記4の意味で「インフレは貨幣的現象」と言うことができる。しかし,2,3のような物価上昇は厳密なインフレとは異なるし,貨幣的現象でもない。交換比率の悪化や需給関係の変化であり,それが生産費用に定着したものであって,実物的現象である。

6.貨幣的インフレ部分だけを取り出せば「悪性のインフレ」と言うほどではないのは確かである。しかし,国民生活からすれば2の「輸入品による物価上昇」+3の「好況による物価上昇」+4の「貨幣的インフレ」の三つが作用しているのだから,その苦痛は大きい。その意味では次第に「悪性の持続的物価上昇」になっていることは確かだ。

7.もし供給能力向上がないままに財政赤字による需要創出が続くと,実質的には需要は生まれず,貨幣の空回りで貨幣的インフレが加速する。これはかなり重大な事態である。

8.ましてイランをはじめとする国際紛争の激化により原燃料価格や食料品価格が実質的に上昇すれば,「輸入品による物価上昇」がひどくなるのでなおさらである。ただし,円安による購買力低下が景気自体を低迷させれば,「好況による物価上昇」要因はなくなる。

9.為替介入で円安を防止することは,投機的動きの抑止以上のものにはならないだろう。

10.高市政権は,財政支出を17分野などの投資と供給力向上双方に結び付け,需要と供給が一度に増えて経済が成長することをめざしている。成長による税収増で財政赤字の拡大も食い止めるという想定である。これにより,国内では「貨幣的インフレ」部分が消える。「好況による物価上昇」は,物価に劣らず賃金も上がればそれでよいと考えているのだろう。円安に対する為替介入も行ってはいるが,これは対処療法であり,解決策が今のところない。インフレなき景気拡大さえ実現すれば,「輸入品による物価上昇」は別に構わないという態度なのかもしれない。

11.ただ高市政権はこれに加えて消費税の一時減税を実行しようとしているので,それによって本当に財政赤字は拡大しないのか,言い換えると通貨供給量を一方的に増大させて「貨幣的インフレ」を悪化させないのか,と問われることになる。

12.だから当面の問題は,「財政支出を17分野などの投資需要拡大と供給力向上双方に結び付け,インフレなき成長を実現する」と言うストーリーが信頼されるかどうか,「そこに消費税減税を加えても,インフレを悪化させないシナリオは成り立つのか」,というところにある。

13.この問題への理解に応じて,まず債券市場を通した長期金利が反応する。財政赤字が拡大して貨幣的インフレが加速すると債券市場にみなされると,長期国債価格は下落し=長期金利は上昇する。これは日本政府の課税能力への不信であるから円安圧力にもなる。すると,かえって景気をくじき,スタグフレーションの様相を呈してしまうおそれがある。また投資主導の景気はそれなりに実現するが貨幣的インフレも加速する,ということもありうる。

14.政権のシナリオに対する代替的方向を野党が出せるかどうかが問われる。政権に批判的な立場も一つだけではなく,様々にありうるが,整合性がある立場は二つである。一つは,財政支出を控えて厳密な意味のインフレーションを防止せよという立場である。この場合,17分野の投資拡大と消費税減税のどちらを控えるのか,両方控えるのかと言う問いへの答えによって,下位分類が生まれる。もう一つは,国民生活支援は財政赤字拡大ではなく再分配強化によって行うという立場である。この場合,累進性強化を通した富裕層への所得税増税や資産課税をどのように,どの程度行えるかが問題となる。

2026年6月11日木曜日

資本主義経済の一般理論(原理論)における銀行:宇野弘蔵説の批判的継承について

  宇野弘蔵『経済原論』岩波文庫版,再読記念ノート。

 マルクス『資本論』における金融論において有名な問題の一つは,一般理論(宇野派における原理論)において,「貨幣資本家は,なぜ自ら持つ貨幣を産業資本として投下せず,機能資本家に貸し付けるのか」である。貨幣を持っていて,それを産業資本として前貸しすれば利潤を得られるという条件下では,機能資本家に貸し付けて,自分は利子を得るだけで満足するという行動はあり得ないのではないか,ということである(※)。宇野弘蔵氏はこの疑問をマルクス『資本論』の利子生み資本論における貨幣資本家と機能資本家という規定に投げかけた。そして,この資本家類型の規定を排し,遊休貨幣資本を預金として集中し,他の資本に一定の起源をもって貸し付ける銀行の存在を前提に,利子生み(宇野氏の用語では利子付き)資本を説明すべきことを主張した。

※ 日常用語で言えば,「カネがあるなら自分で起業すればいいのであって,貸し付けて利子をとるだけで満足するなんてアホとちゃうか」ということである。

 ここで断りを入れておくと,マルクスの利子生み資本では,利子とは,資本という商品,つまり「投下すれば平均利潤を生む商品」を一時的に利用する対価である。宇野氏の場合は,社会的な資金の使用に対する対価であり,資本の商品化と言う規定は,ここではまだ入らない。それは,株式会社とともに成立するものとされている。

 宇野氏のこの問題提起は,マルクス経済学界に強い影響を与えた。しかし,正しく影響したかどうかについては,私は疑いを持っている。宇野氏の問題提起について,私自身の意見を箇条書き風に述べると,以下のようになる。なお,これは資本主義の一般理論(原理論)の次元でのことである。したがい,正貨が流通している状態から出発する。


宇野説の貢献

1.銀行は資金を所有していないことを明確にした。
2.銀行の,遊休資金の社会的動員という機能を明確にした。
3.銀行において成立するのは,資本の商品化というよりは,資本としての貨幣を一時的に利用する権利と言う商品であることを明確にした。

宇野説の問題点

3.預金として受け入れた資金を又貸しするという理論構成をとった。
4.預金が支払い手段機能を持つことが軽視され,預金という形態での銀行手形への信認が,決済機能に対する信認から生じることを看過した。
5.資金と言う言葉を多用し過ぎて,意味のあいまい化を招いた。

宇野説を生かしながら,これに対置すべき見解

5.銀行は社会の遊休貨幣を預金として受け入れてこれを管理する。
6.預金と言う形態が信任されるのは,振替を通した決済機能を持つからである。
7.銀行は,受け入れた貨幣自体を貸すのではなく,預金または銀行券と言う銀行手形を新規発行して(創造して)貸し付ける。
8.だから,受け入れた貨幣と,新たに創造して貸し付ける信用貨幣は別物である。
9.しかし両者は無関係ではない。貸し付ける際に創造した預金は払い戻しを請求されることがあり,受け入れた貨幣はその準備金として必要とされるのである。

 これらの規定は,正貨流通停止のもとでは以下のように変形する。宇野派ではこれは段階論としてしか論じられないとするかもしれないが,私はそうは思わない。あらゆる資本主義に通じる一般理論の一部であると考える。

10.正貨流通停止のもとでは,最初に遊休貨幣が預金として受け入れられるのではなくなる。流通している貨幣が預金貨幣と銀行券になるが,これらは,まず銀行が貸し付けを行う際に発行されるからである。
11.貨幣の形態としては,いったん銀行券が発券され,流通して,再預金されることが,社会的には遊休貨幣が預金として受け入れられるということである。つまり,正貨流通停止のもとでは,遊休貨幣の預け入れは本源的預金ではなく,派生的な再預金となる。
12.従い,正貨流通停止のもとでは,遊休貨幣が先に存在して銀行に預け入れられるのではなく,銀行によって創造された預金貨幣が遊休貨幣となって銀行に滞留するか,銀行券に転換された後,他行に再預金されるという形になる。

 こうして,宇野氏の提起した問題に対しても回答が可能になる。

 「産業資本として前貸しすれば利潤を得られるという条件下では,機能資本家に貸し付けて,自分は利子を得るだけで満足するという行動はあり得ないのではないか」。その通り,ありえない。

 銀行は,もともと貨幣を持っていないので,産業資本としての前貸しができない。できるのは,自己宛ての手形を発行して,これを貸し付けることである。この手形が信用されるのは,決済に用いるという便宜があり,現金に転換する準備を保持しているからである。なので,銀行は預金とその振替業務を営んでいなければならない。預金業務を行わなければ,銀行手形は信用されない。だから,銀行は,自己宛て債務証書を持って自ら産業資本となることもできない。産業資本としての前貸しができるのは,借り入れによって銀行手形を得た側だけなのである。かくて,「前貸しすれば平均利潤を生む商品」としての貨幣の一時的使用権が商品化され,その対価としての利子が成立するのである。

 しかし,このようにしてみると,「利子のみを得る貨幣資本家」という側面を持つ銀行資本と,「産業資本として前貸しを行う機能資本家」という二つは,やはり両立する。なので銀行を規定することで,マルクスの貨幣資本家・機能資本家規定を否定するのは適切ではないのである。

 宇野説の優れていたところは,銀行の社会的役割を,遊休貨幣に関連付けたことであった。宇野説の弱点は,「預金として集めた現金を又貸しする」とみなしたところであった。そしてこの弱点は,宇野派だけでなくオーソドックス派にも広く受け継がれてしまった。

 現金の又貸しと,銀行手形の創造による貸し付けは大きく異なる。現金は,貸す前に存在していなければならない。しかし,銀行は,貸すときに銀行手形と言う形で信用貨幣を創造するのであって,貸す前にはこの信用貨幣は存在していない。貸した瞬間に生まれて貨幣となり,返済された瞬間に消えるのである。だから,正貨と異なり価値を持たないにもかかわらず,その流通量は伸縮し,今日風に言えば内生的に供給される。正貨と異なり価値を持たないにもかかわらず,流通から出ることができ,しかも蓄蔵はされない。流通から出た瞬間に消えるからである。

 ここのところでのボタンの掛け違えは,マルクス派において,通貨供給システムの叙述を困難にしてしまったのである。私が研究年報『経済学』に発表した「通貨供給システムとしての金融システム」は,このかけ違いを正そうとするものであった。

※余談。書影の周囲は,私の研究室の机で,戦前から使われていたものである。残念ながら旧使用者は不明である。このタイプの机は当研究科にほとんどなくなってしまったが,宇野弘蔵氏が戦前に使用した机もあり,これは今も別な先生が使っている。






2026年5月29日金曜日

NHKスペシャル『潤日の肖像 日本に向かう“中国”』に思う:対外直接投資と対内直接投資

  NHKスペシャル『潤日の肖像 日本に向かう”中国”』を視て,単なる足し算,引き算の話をする。

 日本からの対外直接投資とは,日系企業の経営が発展するとともに,GDPが日本で増えずに海外で増えるということである。2025年の対外直接投資は,ネット(実行マイナス回収)で32兆6236億円であった(財務省統計。以下同じ)。

 海外から日本に対する対内直接投資とは,外資企業の経営が発展するとともに,GDPが日本で増えるということである。2025年の対内直接投資は,ネット(実行マイナス回収)で6兆9171億円であった。

 したがって,差し引きで言えば,25兆7065億円が,日本企業の行為によって,日本ではなく海外での需要増となり,所得となった。この足し算,引き算は理解しておく必要がある。

 日本企業の多国籍企業化にエールを無邪気に送りまくってこれを促進し,海外企業の日本進出にまゆを顰めてこれを規制する政策を採れば,一方で海外のGDPは増え,他方で日本のGDPは,つまり日本の所得は減り,雇用も減るのである。このことが十分に分かっていた上で,所得の増減とは別の理由により,どうしてもそうしたいというのならばしかたがない。しかし,この足し算,引き算は,日本において本当に理解されているのだろうか。私にはそうは思えない。

「対外・対内直接投資の推移(国際収支マニュアル第6版準拠)」財務省。
https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/balance_of_payments/bpfdi.htm


番組ページ
https://www.web.nhk/tv/an/special/pl/series-tep-2NY2QQLPM3/ep/98KX73WL4P



2026年4月15日水曜日

戦争とエネルギー価格高騰にAIバブル崩壊が追い打ちをかけるかもしれない

  私が思うに,いま世界経済において最も懸念されるのはイランを起点とする戦争の拡大による混乱であり,次いでそれが何とか避けられた場合でも続きそうな,原油とそれに連動したエネルギー全般の価格による景気後退である。

 しかし,石油にばかり目を奪われている場合ではない。トランプ政権がイランを攻撃する以前から,AIバブルの崩壊が懸念されているからだ。AIは本質的にハードウェアでなくソフトウェアであるが,これを用いてクラウドサービスを行うためにはデータセンターを必要とする。伊豆久氏のレポートによれば,アマゾン,メタ,マイクロソフト,アルファベットはソフトウェア・情報サービス企業のはずなのに,近年設備投資を急速に増やしている(アップルはそれほどでもない)。ところがOlivia Wang氏のレポートによれば,アメリカにおけるデータセンター建設計画は,主に電力がボトルネックとなって着工が遅れており,その計画の30~50%は年末までに稼働開始に至らない可能性が高いというのである。これはイラン攻撃の前の話であることにも注意してほしい。

 これまでも工場や光ファイバーケーブルに対して起こったように,データセンターと,それに電力を供給する電力産業に過剰投資が起こっていないのか。AIはどのみち発達する。AIが人間社会に何をもたらそうと,このビジネスチャンスが見過ごされるはずはない。しかし,アメリカを中心にエクイティを用いてファイナンスされる新興産業は,ブームと破裂を繰り返しながら成長する。それが歴史の教訓だ。次回の破裂は迫っていないのかを,よく観察する必要がある。戦争,エネルギー価格高騰にAIバブル崩壊が追い打ちをかける可能性に注意しなければならない。

Olivia Wang, Data center outlook: half of 2026 pipeline may not materialize, Sightline Climate, February 24, 2026. 
https://www.sightlineclimate.com/research/data-center-outlook

伊豆久「米国IT企業のデータセンター投資と各社の財務構造」『証研レポート』1753号,2025年12月。
https://www.jsri.or.jp/publication/periodical/report/1753_02/

2026年4月6日月曜日

原油価格上昇に対して何をすべきであり,何はすべきではないのか

 政府は原油の需要抑制策を検討し始めたが,私は 1)省エネ法,建物省エネ法,温暖化対策推進法により,産業界には省エネ,一般市民には自家用車から公共交通機関へのモーダルシフト,全般的に温室効果ガス排出抑制,の3点を,もともとある政策目標の強化として促してよいと思う。市場に対しては,2)エネルギーコストを価格に転嫁する。それを抑制しない。3)同時に便乗値上げや優越的地位乱用を規制する。4)エッセンシャルな需要のために政府が介入する。こうした基本線が大事であると考える。5)抽象的で精神主義的なケチケチ運動による動員と煽動をしてはならない。

 やや具体的には以下のことが考えられる。

*どうしても必要な行政措置:医療物資(透析回路、廃液容器、輸血パック、注射器、医療用手袋、エプロン)のように直接生命にかかわる物資は,法及び行政措置による優先確保もやむを得ない。

*省エネ規制強化:省エネ法,建築物省エネ法,温暖化対策推進法により,産業界の省エネを促す。公共調達はその見本となる水準を示す。

*価格転嫁奨励と不当引き上げ取り締まり:エネルギーコストとCO2コストについて,価格転嫁を奨励し,抑制しない。同時に,独占禁止法や中小受託取引適正化法(取適法=旧下請法)で便乗値上げや優越的地位の乱用を取り締まる。つまりは価格メカニズムを正常に発揮させる。

*「コスト節約」でなく「省エネ」を奨励:産業界に求めるのは「省エネルギー」であって「節約」ではない。1970年代のように賃金を「節約」させる筋違いを促してはならない。

*物価上昇による需要調整:当然物価は上がるので,それによって一般消費者の需要を調整する。

*生活補助の適正化:消費を人為的に促すガソリン補助金は廃止する。自家用車から公共交通機関への切り替えには政策的介入があっても良いので,公共交通機関運賃補助に切り替える。

*生活支援:不況の程度に応じて,生活支援一時給付金,公共交通機関運賃補助に切り替え,その間に給付付税額控除を制度設計する。財源は需給ギャップがプラスが続くなら他の支出の抑制で,不況でマイナスに落ち込んだ場合は国債で調達する。

 原油価格上昇は実質的物価上昇であり,金融・財政政策で止められるものではなく,景気をある程度冷やすことは避けられない。政府が景気を冷やしたくないと考えること自体,無理なのである。逆に政権批判者が,あらゆる値上げを攻撃するのも無理である。

 価格が適正に上昇すればおのずと需要は抑制される。まずはそれが基本である。だから価格メカニズムを歪めないことが重要である。無理な統制をかけると,市場を歪め,かえって不当利得を引き起こす。ガソリン補助金は,あろうことか石油消費を促すという歪みを引き起こしている。

 政府が政策的に誘導してよい目標とは,産業における省エネルギーによる効率向上と,自家用車から公共交通機関へのモーダルシフトである。これは法と社会的合意に沿ったものであり,協力も得やすい。

 一般消費者向けの省エネ国民運動やケチケチ精神運動はすべきではない。逆に,しなくとも物価が上がれば,誰もがおのずとないし嫌でも節約する。当たり前のことである。

 一般消費者向けのケチケチ運動は二つの弊害を引き起こす。ひとつは,必要なものまで節約するようになり消費を減らすので,不必要に不況をひどくすることである。このことに何の意味もない。もうひとつは,わが国得意の同調圧力により,ルサンチマンの発露やヒマの紛らわしとしての節約警察を跋扈させ,ぎすぎすした雰囲気を社会に蔓延させて精神的健康を損なうことである。このことに何の意味もない。

補記:念のため。コロナ禍での接触回避や大規模ワクチン接種は科学的に正しかった。問題は自然科学的に正しいことを,社会がどのような手続きとコミュニケーションを通して実現するかである。

2026年3月30日月曜日

「スタグフレーション」が到来した場合に経済政策はどう調整されるべきか

  原油価格の上昇により,「スタグフレーション」が到来するのではないかと話題になっている。物価上昇と不況が同時に起こった場合に,高市政権の経済政策の作用はどう変わるだろうか。また,物価上昇と不況に対して,経済政策はどう調整されるべきだろうか。

1 コスト・プッシュ不況の到来か

 日本経済はコスト・プッシュに見舞われつつある。これは正確に言うとインフレーションつまり名目的・全般的物価上昇ではない。一時的ないし実質的物価上昇である(川端,2025)。インフレーションとは,貨幣の過剰発行による名目的・全般的物価上昇であり,特定部門のコストを引き上げるものではないし,日本全体の実質所得を低下させるわけではない。また,いったん上がった物価は二度と元に戻らない(これをインフレ・デフレの非対称性という)。一方,一時的・実質的物価上昇は,特定部門のコストを実際に引き上げるものであり,輸入物価を起点とする場合は日本全体の実質所得を低下させる。そして,おおもとになった原油価格の引き上げが一時的か恒久的かどうかに応じて,物価上昇も一時的か恒久的かが決まってくる。端的に原油供給が元に戻れば収まることもあり得る。

 さて,実質的物価上昇は特定部門の価格を引き上げると言っても,起点が原油であるため,その影響は産業連関に即して原燃料から製品へ,資本財・生産財から消費財へ,産業から家計へと広がっていく。原油の販売先構成から言って(alterne, 2026年3月16日),原油→ガソリン・軽油→自動車を用いる企業と家計のルートがメインであるが,他にも原油→ナフサ→エチレン→化学製品(包装材,自動車部品,洗剤,医療機器など。『日本経済新聞』2026年3月24日)があるし,原油→重油→電力→産業と家計というルートも,かつて石油火力発言が主流だったころほどではないが,今でもある。価格転嫁に川下の産業や家計が耐えられなくなれば産業の利潤率低下による生産停滞,ないしは家計の買い控えによる最終消費停滞が生じて,不況となる。円安を利用した輸出は可能だが,現状,アメリカにはむやみと輸出できず,中国の景気がいまひとつであるため,そこには限界がある。非常に難しい状況であるが,未曽有の事態ではなく,いくつか異なる要素はあるとはいえ,1970年代に起こったことでもある。

 このように経済情勢が激変した場合,現行の経済政策の意味が変化する可能性がある。何度か述べてきたように,植田日銀の金融政策は,金融市場の正常化を図り金利の機能を回復させるために緩やかに短期金利引き上げを行うものである。それはもっともなことであった。また,高市政権の経済政策はインフレかつ過熱気味の経済を維持しながら産業の国内投資を促進して,競争力を高め供給の天井を引き上げようとするものである。そこにはインフレ昂進,インフレ税による市民から政府への所得移転,円安による輸入物価高放置,長期金利上昇リスクという問題があった(川端,2026.2.27)。しかし,政策環境の激変によって,同じ政策が良かれ悪しかれ別な意味を持ってくる可能性がある。そうすると,これに対置されるべき望ましい経済政策も異なって来る。


2 マクロ経済政策のジレンマ

(1)金融政策

 まず金融政策。これまで,過度に低い金利を是正するために,日本銀行がじわじわと利上げするのはもっともなことであった。しかし,ここから先は話が違ってくる。

 一方において,金利引き上げは不況を加速する。原油価格引き上げが起こすのはインフレではなく実質的物価上昇だ。日本のような原油輸入国にとって,原油価格の高騰は購買力の流出をもたらし,総所得を減退させる。したがい,ここで金融を引き締めれば,不況への突入を後押しすることになる。物価だけを下げることはできない。過熱した景気を覚ますどころではなくなる。

 他方において,金利を据え置くことの弊害もなくなってはいない。円安がいっそう進行し,いよいよもって輸入物価が上昇するからである。それでも輸出産業は利益を上げるだろうが,おそらくそのGDP押し上げ効果より輸入価格高騰による押し下げ効果の方が大きいだろう。いまや主要企業を日本を輸出拠点としておらず,海外拠点で投資収益を稼ぐようになっているからである。

 つまり,物価上昇と不況が同時発生すると,日銀は,2022年頃のような,しかし帰結がやや異なるジレンマに逆戻りしてしまう(川端,2022.6.20,2022.6.26,2023.7.8)。金利を引き上げればコストプッシュ下で需要を減退させることにより,不況への突入を後押しする。金利を据え置いても円安による輸入物価高騰を招き,コストプッシュをさらに加速する。なぜこのようなジレンマに見舞われるかと言うと,アベノミクス期の「過剰に金融緩和していたが景気はたいして良くならなかった」という状態から出発したためである。このジレンマは,金融政策だけでどうにかできるものではない。


(2)財政政策

 次に財政政策。これまで高市政権は,景気が過熱気味で労働力と設備の供給制約に突き当たりつつあるのもかまわずに,積極財政に進もうとしていた。これはリスクの高いナローパスへの賭けであった(川端,2026.2.27)。しかし,輸入価格高騰というコストプッシュによる不況が発生し,遊休設備と失業・不安定就業の増加が生じた時には,話が違ってくる。積極財政は一面では合理的となる。物価高対策の給付や減税も,インフレを加速せずに行える余地が広がるからである。だから赤字財政自体への批判は当たらなくなる。もちろん,支出を何に使うか,つまり子育て支援やグリーン投資支援に回すか,軍事費拡張に回すかは,また別の問題である。

 しかし,この場合の財政赤字拡大は,国債消化,またその反面であるが利払い急増の問題を引き起こす。アベノミクス期と異なり,長期金利が財政赤字に反応して上昇する動きを見せているからである。これを防ぐもっとも単純な手立ては国債発行の規模を抑制することである。限られた規模で何を優先するかが問われるだろう。それでは不況を緩和できないというのであれば,財政出動を拡大しながら金利上昇を緩和するために,いまは減額中である日銀による国債の買い上げを,再び増額することが必要になるだろう。日銀による国債買い上げは,同時にマネタリーベースの拡大であり金利の引き下げである。これは,国際的に日本が突出して行うことになる可能性が高く,そうすると円安はますます進む恐れがある。

 アベノミクス期と異なり,物価の上昇傾向が明らかなので,賃金をまったく抑え込むわけにはいかない。企業は,エネルギーと賃金の双方のコストプッシュの価格転嫁,債務者利得を利用した借入増,生産水準の維持を図ると予想される。すると,物価はさらに上昇する。

 積極財政は,不況に転じた場合には本来妥当である。ところが,これからコストプッシュ不況が起こった場合に適用すると,物価を引き上げてしまう公算が高い。なぜかというと,すでに円安,輸入物価高騰,ホームメイドインフレ,賃上げ復活が起こっているため,アベノミクス期と企業行動がかわってしまっているからである。

 物価上昇が小幅にとどまる道があるとしたら,財政を引き締めるか,企業が「不況になったので賃上げどころではない」という姿勢に転じて賃金を再び徹底的に抑え込む場合であるが,その結果は消費が停滞し,さらなる不況となるだろう。


3 産業政策の方向性

 日本経済がこのような苦しい状態になるとすれば,その直接の主要因は原油価格急上昇による実質所得の減退である。だから,これを解決するには,原油価格上昇に影響されない経済,あるいはエネルギー価格高騰化に強い日本産業という経済のけん引力を作り出すしかない。これは1970年代のことを思えば,わかりやすい課題である。

 そこで産業政策である。これまでの高市政権のように,17分野を総花的に手掛けて,成長のスイッチを押している場合ではなくなるだろう。肝心なのは脱石油・脱化石燃料,省エネルギーであり,これを促進できる産業の競争力向上,またエネルギー消費に左右されない産業の競争力向上を最優先させることである。すると,やはり再生可能エネルギー,EV,スマートシティ,断熱建築,それらと関連した材料,半導体,機器,二次動力,サービス,AIを含むシステムである。AIとデータセンターの省エネルギーも必要である。いまさら何をと言うだろうが,結局,そこなのである。

 これらの技術の大規模導入は,日本においては,住民合意を無視した環境破壊を伴う発電所建設や,EVのコスト低減の遅れにより,障壁に突き当たっている。2100年の気温上昇幅より今の生活だという感覚からの反発もある。しかし,問題はいまや2100年だけではない。目の前のエネルギーコストの急上昇であり,まさに今の生活なのである。極論すれば,地球温暖化に関する価値判断は人により,政治勢力により分かれていても,省エネルギーの課題を共有すべきだろう。1970年代の環境投資も,一方では公害防止運動の成果であったが,他方ではコスト低減を求める企業の省エネ運動の成果であったことを思い出すべきだ。例えば自動車の燃費改善や製鉄所の熱回収は両方の成果であった。正直,やや手遅れの感はあるものの,開発規制を強めた上で再エネは推進すべきだし,EVのコストを下げて効率を引き上げることを支援すべきだし,都市のエネルギーマネジメントシステム,データセンターの省エネに投資すべきなのだ。

 ここで技術選択についての議論が必要になる。日本の政府と産業界が現にとっている方向は,原子力発電や石炭火力発電のアンモニア吹込,ハイブリッド技術の改良でまだ対処できるというものだ。これらの技術を全面否定するつもりはない。それらも同時に推進しても良い。だが,これらは現存技術の改良であり,原発と石炭火力発電については,現存老朽施設を長期間使用するとコスト安になるという次元のものである。これらの技術の発展経路が将来に至って長く続くとは思えない。原発もハイブリッド車もアンモニア発電も,あくまで将来へのつなぎ技術であって,これが本流だ,日本式だと自慢気に依存するものではないのである。

 なお,産業政策においては政策の方式も重要である。公的資金を特定企業に集中させて育成する方式はリスクも高ければ,モラル・ハザードによる停滞も生みやすいので回避すべきである。複数企業が競争できて,また新規参入が可能な方式をとらねばならない。周辺インフラに公費で支援するとか,スタートアップが公共調達に参加しやすくするといった形が望ましい。中国の政策を参考にするなら,特定企業に補助金を与えるのではなく,四輪EVの充電施設や,オートバイのカセット式バッテリー交換施設といったあたりに公的支援を行うのである。つまり,複数企業が競争のフィールドに乗りやすくし,フィールド上での競争を促すのである。円安を利用して日本企業の国内回帰と外資企業の対日直接投資を促進することも重要だ。関連機器やシステムがすべて輸入品になっては半ば失敗であるが,外資企業が日本で開発・製造することは,国内に雇用と所得を生むものであって有益である。何しろ日本企業も対外投資し,投資収益を海外で再投資しているためにお金が日本に還流しない現状である(唐鎌,2024)。それならば,むしろ外資企業に日本に投資し,収益も再投資してもらうことの価値に注目すべきだろう。


5 補足

(1)AIバブル崩壊との同時発生のリスク

 以上は,経済危機のきっかけとして原油価格高騰のことだけを考えた場合の話である。AIバブルの崩壊が同時に来た場合には,より苦しい状態になることは言うまでもない。AIの開発とそのアプリケーションは,傾向としては確実に成長する。しかし,大規模エクイティファイナンスを通して投資を行っているために,アメリカを中心地としたバブルと崩壊というサイクルは避けられない。昨年以来AI投資はすでに過熱気味であったので,エネルギーコストが下降局面の引き金を引くことになってもおかしくはないのだ。


(2)スタグフレーションというべきか

 今後到来する事態は,しばしば「スタグフレーション」と呼ばれている。スタグフレーションとはインフレーションと不況が同時発生する事態をさす用語とされている。私は,すでに述べたように,輸入品価格の上昇から生じる物価上昇は,厳密な意味でのインフレーション,つまり全般的・名目的物価上昇とは考えていない。特定産業での(ただしかなり広範な)実質的物価上昇である。したがい,輸入物価高騰から不況が生じることはコスト・プッシュ不況であり,これをただちにスタグフレーションと呼ぶのは正確ではない。そもそも持続的な物価上昇をすべてインフレと呼ぶ日常用語が定着してしまっている以上,これもまた日常用語としてはやむを得ないかもしれない。しかし,議論の正確性を損なう形で使用されるべきではなかろう。

 なお,コスト・プッシュ不況対策で財政を拡張し,それが生産拡大・雇用確保に十分な作用を持たなかった場合や,逆に設備と労働力の余裕がなくなっても財政拡張が続けられた場合は,厳密な意味でのインフレが生じる。この時,不況から回復していなければ,不況と厳密な意味でのインフレが併存することになり,スタグフレーションと呼ぶこともおかしくない事態になる。

 用語の正確さにこだわって何の意味があるのかと言われるかもしれないが,政策論議を誤らせないために必要なのである。安倍政権や黒田日銀は持続的物価下落をすべてデフレと呼んでいた。ところが岸田・石破政権以後は,物価が既に上昇に転じたのに,需要の弱さによる不況があればデフレだとして,「日本はまだデフレから脱却していない」と言い張るようになった。これではわけがわからない。このようなちぐはぐさをなくすためにも,物価変動分類論は必要なのである。詳細は川端(2025)を参照して欲しい。


唐鎌大輔(2024)『弱い円の正体:仮面の黒字国・日本』日経BP。
川端望(2025)「物価変動分類論:インフレ,デフレ,遊休,バブルと金融・財政政策」TERG Discussion Paper, 492, 1-20。https://doi.org/10.50974/0002002920
川端望(2026.2.27)「高市首相の施政方針演説について:ナローパスに賭けるべきだろうか」Ka-Bataブログ。https://riversidehope.blogspot.com/2026/02/blog-post_27.html
川端望(2023.7.8)「賃上げ定着か,三択ばくち打ちか:2023年後半の経済」Ka-Bataブログ。https://riversidehope.blogspot.com/2023/07/2023.html
川端望(2022.6.28)「安倍晋三氏には「悪夢のような」現実を作り出した責任がある」Ka-Bataブログ。https://riversidehope.blogspot.com/2022/06/blog-post_28.html
川端望(2022.6.20)「日銀のジレンマもしくはバクチ打ち」Ka-Bataブログ。https://riversidehope.blogspot.com/2022/06/blog-post_20.html



2026年3月21日土曜日

『帝国主議論』という憂鬱:ゼミ誌『研究調査シリーズ』No. 44によせて

  本号に収録するのは,2026年3月に前期課程を修了する伊部有稀さん,2025年9月に前期課程を修了した苟小龍さんの修士論文,2027年3月に学部ゼミを終えた若杉俊文さん,伊藤公平さん,片倉太朗さん,佐々木結人さん,谷田伸輔さん,花尾僚馬さん,平形夏星さん,広津初芽さんの卒業論文です。若杉さんの論文は,2025年度みらい創造基金演習論文優秀賞を受賞しました。

  私は2022年3月発行の第40号で,「ポスト冷戦期グローバリゼーション」とその終わりについて書きました。残念ながら,その後の世界は,良くない形での「終わり」の過程を進んでいるように見えます。それは,列強が力の行使をためらわない国際関係への移行であり,かつて「帝国主義」と呼ばれたものです。この概念について,遺憾ながらリアルなものとして考えるべき時代が再びやってきました。

 昔話になりますが,このゼミは2004年度以前は工業経済学ゼミ(工経ゼミ)と言いました。金田重喜教授が担当されていて,私は1985年度から1991年度まで学部生・院生として所属していました。当時はゼミが始まる直前の春休み末期にゼミ合宿が行われていたのですが,そこで使われていたテキストがウラジーミル・イリイチ・レーニンの『資本主義の最高の段階としての帝国主義(帝国主議論)』(原書1917年,副島種典訳,大月書店,1972年)でした。その頃までのマルクス経済学の学界では,『帝国主議論』はカール・マルクスの『資本論』以降のもっとも重要な古典的著作とされていました。レーニンの目的は,執筆中にすでに起こっていた第一次世界大戦が帝国主義諸国間の戦争であること,そこには資本主義の構造変化という経済的根拠があることを明らかにすることでした。その証明は,1)生産と資本の集積が独占を作り出していること,2)銀行資本と産業資本と融合して金融資本を形成し,その基礎の上に金融寡頭制が強まっていること,3)商品の輸出よりも資本輸出の役割が大きくなっていること,4)資本家の国際的カルテル,トラスト,シンジケートによる世界の経済的分割が始まっていること,5)列強による世界の政治的分割は完了したことを示すことによって行われました。

 経済学の一般理論として書かれている『資本論』と異なり,『帝国主議論』は情勢に即した著作でした。そのため,どこまでが1917年当時の情勢分析や,19世紀から20世紀にかけての経済的局面とみるべきか,どこまでは理論的含意を持つものとみるかという,難しい問題がありました。金田教授は,『帝国主議論』を現代資本主義の基礎理論としてみるべきだという考えに立って,新ゼミ生に読ませていたのだと思います。しかし,内容の是非は別として,バブル期前後の学生は『帝国主議論』になかなかついていけず,近代史の本を脇に置いたりサブテキストにしながら読んだりしたものです。ついには私から提案して,春合宿テキストを変えてもらいました。レオ・ヒューバーマン『資本主義経済の歩み 上・下』(岩波新書,1953年)と宮本憲一『経済大国 増補版』(小学館,1989年)を使ったと思います。

 さて,『帝国主議論』を読む際の一つの大きな論点は,第二次大戦後の世界の変化でした。植民地体制が崩壊し,大国間の対立は資本主義体制と計画経済体制という形を取りました。資本主義世界ではGATT(現在ではWTO)の自由・無差別・多角の通商体制が構築されました。こうした国際関係の下では,世界経済における不均衡と衝突は,必ずしも世界戦争に帰結しなくなったのではないか,帰結させないこともできるのではないか,という議論が起こりました。1990年代初頭にソ連・東欧の計画経済体制が崩壊して冷戦が終結し,貿易・資本の自由化が世界を覆うグローバリゼーションが進むと,世界戦争の懸念はいっそう後退しました。こうして,レーニン『帝国主議論』の世界戦争論は,現代には当てはまらないものと思われるようになったのです。私個人にとっても,『帝国主議論』のリアリティは,最初に読んだ1985年から30年ほどは薄まる一方でした。

 しかし,今日の世界では,自由な貿易・投資を保証する体制が崩れ,ポスト冷戦期グローバリゼーションは終焉を迎えつつあります。それどころか,大国が,自らの利害と主張を押し通すために武力の行使をいとわないものに変貌しつつあります。複数の大国がそのような態度に出ているため,行き着く先は第三次世界大戦ではないかという懸念すら強まっています。

 戦争の発生は,もちろん,直接には政治的・外交的要因によるものです。しかし,その背後には,『帝国主議論』が大づかみにとらえていた不均等発展の法則が透けて見えます。図式化すると,政治的分割→経済の不均等発展→政治的再分割,となります。経済開発と格差と貧困の各国における違いが,また国の間の経済発展の程度と速度の違いが,国際政治を揺るがす紛争の背景をなしている,と考えざるを得ません。私にとっては,二度と感じたくはなかった『帝国主議論』のリアリティの復活です。

 これからしばらくは,経済問題が政治,そして政治の延長としての戦争と平和の問題に直結せざるを得なくなるでしょう。逆に戦争と平和の問題が経済生活を左右するでしょう。そのような時代に,私たちはどうすればよいのか。それについての個人的見解を述べることは差し控えます。ここで言いたいことは,選択を問われる時代に突入したということであり,選択のために経済学の知識とスキルを最大限に活用するべきだということだけです。皆さんの前途に平和と繁栄があることを願っています。

2026年3月
産業発展論ゼミナール担当教員
川端望




クリーブランド・クリフス社の一部の製鉄所は,「邪悪な日本」の投資がなければ存在または存続できなかった

 クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOの発言が報じられている。 「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし、日本はもっと悪い。日本は中国に対してダンピング(不当廉売)や過剰生産の方法を教えた」 「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年...