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2024年11月3日日曜日

『少年忍者部隊月光』における戦争

  私はまもなく60歳で,特撮ドラマと言えば『ウルトラマン』『ウルトラセブン』を再放送で,『帰ってきたウルトラマン』や『仮面ライダー』をオリジナル放映で見た世代です。現代ではほぼ老人会に属しますが,それでも,『忍者部隊月光』(1964-66年放映)は伝説的存在でした。いまでこそ『月光』をYouTubeで見かけることもありますが,私の若い頃にはインターネットがないだけでなく,ビデオデッキも選ばれたエリートしか持っておらず,昔のモノクロ特撮テレビドラマを見る機会はほとんどなかったからです。

 『忍者部隊月光』を初めて見たのは,80年代にテレビ埼玉で再放送していたのを録画されたビデオを,SF研の部長が取り寄せて見せてくれた時でした。ただ,CMで「君は埼玉のどんなところが好き?」とインタビュアーが聞くと子どもが「クルマが少ないところー!」と『翔んで埼玉』みたいな応答をしていたので,本当に80年代の再放送だったのかと不思議に思っています。

 ある時,『忍者部隊月光』の原作は,かのタツノコプロダクションの創設者である吉田竜夫先生の漫画『少年忍者部隊月光』であり,そこでは設定が違うと聞いて驚きました。テレビの『忍者部隊月光』の舞台は現代で,伊賀流・甲賀流忍者の末裔によって編成された忍者部隊が,「あけぼの機関」のもと,世界の平和のために戦うという設定です。しかし,原作の『少年忍者部隊月光』の時代は太平洋戦争中であり,少年忍者部隊は山本五十六連合艦隊司令長官直属の秘密部隊だったというではありませんか。

 以後,原作を読む機会がないままに,私はずっと気になっていたことがありました。

「このマンガの結末はどうなるのか?」

ということです。太平洋戦争を日本側で戦っているという設定である以上,戦いに勝ってハッピーエンドとなりようがないからです。

 数年前に『少年忍者部隊月光』復刻版全4巻のうち,1巻と4巻を比較的安価に入手することができて,ようやく謎が解けました。これからご覧になるかもいらっしゃるかもしれないので詳細は明かしませんが,最初は威勢よく珊瑚海海戦に参戦して空母レキシントン撃沈に貢献などしていた少年忍者部隊は,やがて,たたかってもたたかっても,戦争を終わらせることも,犠牲をなくすこともできない現実に直面していくのです。空想とはいえ,山本五十六連合艦隊司令長官との会話には重いものがあります(画像2)。敵のウラン研究所を爆破しても問題は解決しないことを知り(画像3),敵の新兵器の威力を理解せず,若い命を戦場に平然と投入する軍の司令たちに絶望する(画像4)。そしてついに巨大なキノコ雲が……(この絵は,ぜひ実物でご覧ください)。

 私の偏った読みでない証拠として,画像も少しだけ貼りました(論評のために許される範囲の引用と判断します)。ここで私は特定の思想を主張したいのではなく,活劇の中に戦争の過酷さを描き,少年忍者部隊の苦闘を描き切った吉田竜夫先生に心より敬意を表したいのです。

画像1 吉田竜夫『少年忍者部隊月光〔完全版〕』第4巻,マンガショップ,2006年。

画像2 同上書,105頁。

画像3。同上書,235頁。

画像4。同上書,250頁。














2024年7月22日月曜日

麻田雅文『日ソ戦争 帝国日本最後の戦い』中公新書,2024年を読んで

 麻田雅文『日ソ戦争 帝国日本最後の戦い』中公新書,2024年を読んで。

 本書を読んで認識を新たにしたのは,何よりも「日ソ戦争」という名称でくくられる一つの戦争があったということである。この戦争は,対中国の戦争とも対米英の戦争とも異なる性格のものであり,1945年8月15日を過ぎても戦闘が終わらなかった戦争であり,戦後の日ソ関係,今日の日露関係にも重大な影響を及ぼしている,独自なものだった。本書の最大の意義は,この戦争の独自性をはっきり示したことにあるように思うし,また著者の狙いもここにあったのだろうと思う。

 一方において,日ソ戦争は第二次世界大戦の一部であり,その意味で相対化される。大日本帝国の軍事支配体制が背景となり,アメリカの戦略によっても規定されたものである。しかし,繰り返しになるが,それでもやはり日ソ戦争は日ソ戦争という独自の戦争なのであって,それ自体としても評価されねばならない。本書で,著者は日ソ戦争の特徴として3点を挙げている。第1に,民間人の虐殺や性暴力など,現代であれば戦争犯罪である行為が停戦後にも頻発したことである。第2に,住民の選別とソ連への強制連行である。第3に,領土の奪取である。もっともな指摘である。

 こうして改めて見直してみれば,戦後の日本における世論がソ連に対して否定的になったことはもっともであった。それはアメリカと同盟を結んだが故の反共イデオロギー宣伝の結果だけではなく,根拠のある話であった。また,この話を敢えて裏返すならば,日本の社会主義者たちがある時期までソ連に批判的に接することができなかったことの問題も,やはり深刻であった。戦後の日ソ関係や日露関係とは,そういうトラウマや呪縛との格闘であったのかもしれない。


出版社ページ
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/04/102798.html




2024年3月24日日曜日

『ゴジラ -1.0』米アカデミー賞視覚効果賞受賞によせて:戦前生まれの母へのメール

 『ゴジラ -1.0』米アカデミー賞視覚効果賞受賞。視覚効果で受賞したのは素晴らしいことだと思います。確かに今回の視覚効果は素晴らしく,また,アメリカの基準で見ればおそらくたいへんなローコストで高い効果を生み出した工夫の産物であるのだと思います。

 けれど,私は『ゴジラ -1.0』のストーリーには複雑な気持ちがあります。それは「日本人のことだけ考えるならば感動できるけど,いまどきそれでいいのだろうか」ということです。このことは,いつかきちんと書こうと思っていたのですが,おそらくその時間が取れません。なので,昨日,戦前生まれの母に受賞の感想を聞かれて送ったメールを掲げます。いささか単純で政治的に過ぎるかもしれませんが,こう思ったことは間違いありません。

ーーー

 今回の『ゴジラ -1.0』は視覚効果は素晴らしいのですが,ストーリーの作り方に一定のひずみがあります。簡単に言うと,戦後の日本の軍人たちを「人命軽視の戦時体制による被害者」「国民を守る使命を果たせなかった挫折者」と描いています。ゴジラとの戦いは,そのトラウマの回復行動として描かれています(今度こそ,俺たちはやるぞ,という風に)。このような描き方は,戦後しばらくならば,ある種もっともなのですが,加害者的側面の無視は,いまとなってはいささか身勝手でしょう。○○さん(注:母)なら,ご覧になるとすぐにお気づきになると思います。しかも,このような演出は自覚的になされているようで,この映画には外国人がほとんど出てきません。在日朝鮮人や中国人が出ないだけでなく,占領軍がほとんど町を歩いていないのです。日本人の日本人による日本人の心の傷の回復のための物語です。日本軍の人命軽視や特攻は批判されていますが,それは日本人の生命を軽んじたから批判されるのです。戦争とは外国人と殺し合うものであること,日本人以外の生命を奪うものであったことは忘れられたかのようです。

 私は,ゴジラは,人間が身勝手なストーリーで自分を正当化することを否定する他者であろうと思います。だから決して死なずにまたやってきます。今回の映画でも,かろうじてラストシーンでそのような描写があり,ヒロインが「あなたの戦争は終わりましたか」と語る時に,そうではないことが暗示されてはいます。しかし,ここまでのトラウマ回復物語が強すぎて,人間の身勝手さを十分に相対化できていないように,私には思えます。

2023年5月20日土曜日

平和運動は,すべての核保有国に核兵器禁止条約への参加を迫るべき:G7首脳の原爆慰霊碑への献花に思う

 私は,G7首脳の原爆慰霊碑への献花を,欺瞞だと決めつける気はありません。むしろ誠意であってほしいと思っています。しかし誠意であるならば,それにふさわしい行動をとって欲しいと願います。それは,各国首脳が「ロシアや中国やインドや北朝鮮を含め,すべての核保有国や,核保有を疑われている国とともに,いっせいに核兵器禁止条約に署名しよう」と呼びかけることです。そして,平和運動には,このように各国首脳に求める方針を取ってほしいと思います。

 以下,運動論として書きます。

 国際政治の現実は厳しいものであり,個々の核保有国が,自国だけ参加(署名・批准)することは困難です。このリアリズムは踏まえる必要があります。各国の平和運動がそれぞれの政府に「自ら率先して参加せよ」と迫る運動は有効とは思えません。

 一方で,もう一つのリアリズムを考えることが大事と思います。それは,「核兵器の廃絶は,すべての核保有国が禁止条約に参加する行為を通してでないと実現できない」という当たり前の話です。「自国だけ参加」が困難な下で「すべての核保有国の参加」に至る道があるとすれば,それは「全保有国が同時参加すること」だと思います。それが,運動の目標となります。

 この二つのリアリズムを踏まえるならば,平和運動がなすべきは「全核兵器保有国は核兵器禁止条約に同時に参加せよ」「自国だけ参加しろとは言わないので,全核兵器保有国同時参加を訴えて欲しい」と各国政府に呼びかけることではないでしょうか。もちろん,ここには保有を疑われる国を含みます。これは,国際政治において自国の地位を高めたいと思う各国の動機にもかなう方法です。各国にとっては,自国が一方的に軍縮する必要なく,しかし他国に向かっても一方的軍縮を要求することなく,核兵器廃絶を訴えることができるからです。逆に呼びかけられた側の平和への倫理が問われます。「自国だけが参加することはできないが,全保有国がいっせいに参加するならよい」と応じるのか,それとも,それも嫌だと言い張るのかを突き付けられるからです。

 このように各国に求めた上で,かたくなな態度を取る国に批判を集中すればよい。もちろん,拒否する際にはそれなりの理由が列挙されるでしょう。例えば新たな保有国出現の可能性です。そうしたら,核不拡散条約の役割など,より具体的な議論を深めていけばよいのです。少なくとも「参加しろ」「抑止力は大事だからできない」という応酬を延々と続けるより創造的な展開が期待できます。

 私は,平和運動にはこのような戦術を採用してほしいと思います。また戦争被爆国の日本の政府にも,このような呼びかけを行なう立場に立つことを求めたいと思います。

※この考えは私が思いついたものではなく,1980年代の反核運動の中から得た理論的教訓に立ったものです。運動関係者には,あの時に「核兵器全面禁止」という命題をめぐってどのように議論したか,よく洗い直して欲しいと思っています。


2022年12月16日金曜日

NHKスペシャル「金正恩の北朝鮮 〜“先鋭化”の実態を追う〜」を視て:北朝鮮の核抑止力論

 NHKスペシャル「金正恩の北朝鮮 〜“先鋭化”の実態を追う〜」(2022年12月11日放映)を視た。金正恩と北朝鮮政府のメッセージは,「核兵器はおおむねできた。目標まで飛ばせるミサイルの完成もまもなくだぞ」と言うことだろう。

 北朝鮮の戦争挑発が危険なのは言うまでもないし,専守防衛の範囲である限り,これに日本政府が対応することも私は反対しない(ただし,敵基地攻撃能力保有や,根拠の説明がない防衛費急増には反対である)。

 しかし,もうひとつ,北朝鮮の論理は北朝鮮が特異な国家であることだけから来るのではなく,広く世界に普及している「核抑止力論」の論理でもあることに注意する必要がある。日本では,大国同士の衝突を抑える理論として核抑止力論が肯定的に扱われることが多い。しかし,北朝鮮がやっていることも,「核保有国と対立する非保有国が核抑止力論を採用した場合」そのものなのである。

 核抑止力論は,複数の国家が互いに核兵器を保有し,いざ核戦争となれば互いに甚大な被害が確実に出ることがわかっているという,破壊の相互確証ゆえに,各国は核戦争を回避することを前提に行動するだろう,というものである。しかし,この考えを,核保有国と対立する非保有国が採用した場合,自国の状況を,一方的に壊滅させられるリスクに直面していると捉えることになる。核保有国と外交交渉することなど不可能だと思えてくる。よって,まず核兵器を保有し,従来の核保有国と核戦争時の相互破壊を確証できるところまでもっていこうとする。それを妨げようとする一切の働きかけには耳を貸さない。これが,現在,北朝鮮が取っている行動のロジックである。

 したがい,平和裏に北朝鮮を思いとどまらせるためには,核兵器開発が実務的に不可能なほど実効ある経済制裁を行うか,核兵器など持たなくても体制転覆を強制されることはないよと言う確証を持たせて,核抑止力論を放棄させることが必要になる。前者は中国との通商ルートを遮断できないので困難である。後者は,ベトナム市場経済化の経験を見れば可能だろう(ベトナムは核兵器保有をめざしたことはないが、周囲との緊張緩和、対外開放を実現した過程は参考になる)。ただし,市場経済化によって一党独裁体制がどの程度緩和するかは保証の限りではないこと,その程度はさまざまであることも,中国やベトナムの経験が教えるところである。できることはあると思うが,容易な道はなさそうだ。


2022年11月1日火曜日

2つのブロックへの世界の分裂は,経済をどれほど落ち込ませるか:IMFの警告

 IMF, Regional Economic Outlook for Asia and Pacific, October 2022(アジア太平洋地域経済見通し,2022年10月), Chapter 3 Asia and the Growing Risk of Geoeconomic Fragmentation(アジアと,地経学的分断のリスク)を読んだ。

  IMFは国際貿易の分断に関するシナリオ分析を行っている。各国は2022年3月2日の国連総会におけるロシアのウクライナ侵略非難決議への態度をもとにロシア,反対国(ベラルーシ,北朝鮮など5か国),賛成国(141か国),棄権国(バングラデシュ,中国,カザフスタン,南アフリカ,ベトナムなど35か国)に分類される。分断ラインは2種類で,一つは「ロシア・デカップリング」,つまりロシアだけが賛成国との貿易を制限される場合,もう一つは「2つのブロックへの分裂」つまり賛成国と,ロシア・反対国・棄権国との貿易が制限される場合である。貿易制限の対象は,「ハイテク・エネルギー」の場合と,他のセクターでの非関税障壁が冷戦時代並みになったばあいに場合の2種類が想定される。

 結果は下記の図の通りであり,「ロシア・デカップリング」だけならば世界とアジアへの影響はほとんどない。しかし「2つのブロックへの分裂」では,対象が「ハイテク・エネルギー」だけであっても世界のGDPは1.2%,アジア・太平洋諸国のGDPは1.5%落ち込む。さらに他セクターの「冷戦時代並みの非関税障壁」が加わると,GDPの落ち込みは世界全体で1.5%,アジア・太平洋諸国では3.3%に達する。


出所:IMF, Regional Economic Outlook for Asia and Pacific, October 2022, p. 50.


 以下は3章の結論部の最初の部分の訳である。

「近年,貿易政策の不確実性が高まり,各国がこれまで以上に貿易制限を強化し(特にハイテクやエネルギー分野),国家安全保障上の懸念から対内直接投資に新たな制限が設けられるなど,断片化の兆しは以前から見られていた。ロシアのウクライナ戦争は地政学的緊張をさらに高め,貿易や金融の流れが経済的というよりむしろ地政学的な要因でますます左右されるようになるリスクを前面に押し出している。本章の分析は,このような分断化の傾向が続けば,特に世界がはっきりとしたブロックに分断されるという最も激しい分断化のシナリオの場合,大きな経済的損失が-世界に,そしてとりわけアジアに-生じる可能性を強調している。さらなる分断化による悪影響を回避し,貿易が成長の原動力として機能し続けることを保証するためには,共同による解決策が必要である。」

 残念ながら,現在,この解決のための共同にとっての政治的障壁は上がる一方である。事態の改善は容易ではない。しかし,まず世界経済の分裂がもたらすであろう被害を直視することが重要だ。このIMF報告書は貴重な貢献をなしたと思う。


Overviewと全文ダウンロードページ

IMF, Regional Economic Outlook for Asia and Pacific, October 2022.


IMFスタッフによる日本語ブログのページ

ディエゴ・セルデイロ,シッダート・コタリ「アジア、そして世界は、経済の分断によるリスクの高まりに直面している」IMFブログ,2022年10月27日。


2022年8月15日月曜日

安達宏昭『大東亜共栄圏 帝国日本のアジア支配構想』中央公論新社,2022年を読んで

  著者にいただいた安達宏昭『大東亜共栄圏 帝国日本のアジア支配構想』を読了した。以下,今回気づかされた点を列挙する。

*泥縄。「大東亜共栄圏」の語が初めて登場したのは,日独伊三国同盟の交渉の過程で,日本の勢力圏を認めさせるためであった。ところがこの勢力圏としての大東亜共栄圏は対米開戦のために実行不可能となった。逆に,より切実でそれなりに具体的な排他的自給圏としての大東亜共栄圏が浮上したのは,対米開戦後,実際に東南アジアを占領してからであった。そんなことで間に合うわけがない。

 大東亜共栄圏が,結果として東南アジアからの資源収奪に終わったことは,原朗「『大東亜共栄圏』の経済的実態」『土地制度史学』第71号,1976年(現在は原朗『日本戦時経済研究』東京大学出版会,2013年)などから理解はしていた。今回,本書からは,大東亜共栄圏が,そもそも経済的に可能だという見通しをもって計画的に試みられたものではなかったことを知ることができた。

*食糧不足という要因。フィリピンでの綿花増産や鉱山復旧については,治安の悪化,ゲリラの抵抗によって困難となったのに対して,北支での銑鉄,アルミナ増産などの経済開発挫折の最大要因は,食糧不足による労働力確保難であった。私は,大陸での小型高炉による銑鉄増産がなぜ挫折したのかについて知りたいと思っていたのだが,食糧不足が基本要因であることを初めて認識した。

*重光葵の外交路線が意味するもの。重光は,大東亜共栄圏から,日本を頂点とする階層秩序である排他的自給圏であるという外観を,なんとか薄めようと努力した。それは,国際経済秩序についての戦後構想を示し,日本の戦争と外交に国際的な正統性を獲得するためであった。重光は大東亜共同宣言を大西洋憲章に対置できるように努力したが,果たせなかった。

 著者からいただいたメールには,重光についての記述に力を入れたとのことなので,その点について,やや話を広げた感慨を述べる。

 本書に先立って,先日加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』朝日出版社,2016年をようやく読んだ。そこで認識を新たにしたのは,大日本帝国がリットン調査団報告以後,対米交渉に至るまで,諸外国から繰り返し「より開放的な国際秩序への復帰」を呼びかけられていながら,これを拒絶してしまったということだった。

 私も経済学者の端くれなので,自由な通商体制によって排他的行動を抑制するという経済思想を,その経済的望ましさによって評価しがちである。しかし,むしろ国際政治の面から,この思想の正統性,他者に対する包容力,説得性を含めて理解することが,デカップリングの可能性が話題となる今日,重要ではないだろうか。つまり,開かれた,多くの諸国を包括する通商体制は,国際秩序から離れて自国中心の秩序をつくろうとする国家に対する批判と説得の論理として,歴史的に重要な局面で用いられてきたということだ。

 当時,日本は開かれた通商に戻れという呼びかけをついに振り切って,国際連盟を脱退し,日独伊三国同盟を結び,対米開戦に踏み出してしまった。しかし,開戦してから泥縄で構築しようとした大東亜共栄圏について,本書が注目した重光は,何とかその閉鎖性を緩和し,国際的な正統性をもたせようとした。それは英米が,領土不拡大・民族自決・自由な貿易をうたった大西洋憲章を提示していたからである。手遅れで,到底無理な試みではあったが,重光はこれに対抗する構想を提示せざるを得なかった。開戦してから慌てて言い訳をするくらいならば,リットン調査団と国際連盟脱退の時点,あるいは三国同盟締結交渉の時点,せめて日米交渉の時点で,もっと国際的に正当性を確保する道を選ぶべきだったのに,と思わざるを得ない。

 当時も,そして遺憾ながら21世紀の今も戦争は政治の延長であり,政治はあからさまな軍事力を含む力関係に規定されている。パワーのない正統性は無力であり,戦争で敗北した国家は,基本秩序(憲法)を転換させられるかもしれない。しかし,正統性を伴わない力は支持を得ることができず,国家はその行使によって国際秩序の中で安定した地位を獲得することができない。その意味では,長い目で見てやはり弱体である。

 開かれた通商体制は,戦争によって踏みにじられるかもしれない。しかし,どの国家も,開かれた通商体制の中で生きるという建前をかなぐり捨てることは難しい。戦争とは軍事力の衝突であると同時に,戦後の開かれた秩序を提示し,それへの支持を獲得する政治的競争でもある。このダイナミズムがかつてどのように作用したかを知ることは,21世紀の目前の問題にとって重要な示唆を与える可能性があるように思われる。


2022年8月28日:9段落目に一文追加。

安達宏昭『大東亜共栄圏 帝国日本のアジア支配構想』中央公論新社,2022年。




2022年4月21日木曜日

アゾフスターリ製鉄所とは

 ウクライナのマリウポリに位置するアゾフスターリ製鉄所のスペック。いまは人命が何より大事であるが,それだけに製鉄所がもともとどのようなものであったか気にする人も少ないだろう。鉄鋼オタクの任務としてこの製鉄所を保有するMETINVEST社の英文サイトから整理しておく。スペックはすべて同社の自称による。生産能力や生産高はすべて年単位。

 アゾフスターリ製鉄所は,ウクライナのMETINVEST社の傘下にある銑鋼一貫製鉄所。ソ連時代の1933年に建設された製鉄所を起源とする。高炉,転炉,連続鋳造機,ブルーム・ミル,厚板ミル,レール・形鋼ミル,大型形鋼ミル,レール留め具工場を持つ。銑鉄生産能力570万トン,粗鋼生産能力620万トン,最終製品圧延能力470万トン。

設備能力
*原料処理工場
・182万トンの設計能力を持つ3基のコークス炉および副生品工場。

*製銑コンプレックス
・合計8753立方メートルの内容積を持つ5基の高炉。設計能力は555万トン。

*製鋼コンプレックス
・350トン/タップの容量を持つ2基の純酸素上吹き転炉を備えた製鋼工場。製鋼能力529万3060トン。
・2基のツイン式取鍋製錬炉,2基の真空脱ガス炉を備えた二次精錬工場。
・4期の2ストランド湾曲式連続鋳造機。
・2011年の平炉閉鎖後に設置された造塊機

*圧延コンプレックス
・ブルーム圧延機。レール,ビーム,大型形鋼向け。
・厚板圧延機。能力195万トン。板厚6-200ミリ,板幅1500-3300ミリ。
・レール・構造鋼圧延機。能力142万2000トン。棒鋼,形鋼,様々なタイプと用途のレールを製造。
・大型形鋼ミル。能力95万トン。多様な棒鋼を製造。
・レール留め具工場。設計能力28万5000トン。
・レール留め具工場内の棒鋼圧延部門。鉱石や様々な非金属性原料処理のために工業やその他の産業で用いられる,直径40-120ミリの研磨用鋼球を製造。設計能力17万トン。

製品
・スラブ。板厚220-330ミリ,板幅1250-2100ミリ,長さ5000-12000ミリ。アゾフスターリ製鉄所は外販用スラブの世界最大級の生産者の一つ。
・厚中板。板厚6-200ミリ,板幅1500-3200ミリ,長さ6000-24400ミリ。造船,発電,特殊機械,橋梁,北極圏の石油・天然ガスパイプラインに使用される大径鋼管の製造に供している。
・棒鋼・形鋼。国内外に出荷。様々なサイズの建設,輸送,一般機器,鉱山向けアングル,ビーム,チャネルなど,大型・中型形鋼を製造。
・レール。ウクライナのすべての鉄道および一部のロシアの鉄道はアゾフ製鉄所のレールを装備。ウクライナの需要に応じる分以外は輸出している。広軌,標準軌,狭軌のレール,クレーンレール,フックフランジガードレール,転轍ポイントレールを製造。
・レール留め具。
・研磨用鋼球(前述)。
・角ビレット。鋼塊から製造され,棒鋼・形鋼加工用となる。ビレットは6000-11800ミリの長さに切断されて供給される。
・冶金スラグ製品。セメント,ロックウール,路盤材,油圧構造材,研磨剤,瀝青製品向けとして用いられる。
・化成品。液体アルゴン,液体窒素はエンジニアリング,アルミニウム・非腐食性金属の溶接,医療,建設,農業で用いられる。。クリプトン―キセノン,ネオン―ヘリウム混合物はさらに加工され,電子産業,化粧品産業,軍産複合体で用いられる。
・粒状コークス,粉状コークス,コールタールピッチ,原炭ベンゼン,硫酸アンモニウム,工業用ガス状硫黄を販売する。

<コメント>
 アゾフスターリ製鉄所は,大型製鉄所と言える生産規模を持っている。服部倫卓氏の詳細な研究が明らかにしたように(「ロシア・ウクライナの鉄鋼業の比較」『比較経済研究』52(2),2015年),ソ連時代の後遺症で平炉や分塊圧延機が残るなど旧式技術が用いられていたが,一定の現代化が進んだ模様。
 ただし,製品は旧来の構成のままである。その最たるものは,スラブを筆頭に半製品を販売していること。粗鋼能力と圧延能力の差から見て,フル操業時に150万トン以上を半製品のまま出荷するのだと考えられる。おそらくヨーロッパ向けに輸出しているとみられる(Nozomu Kawabata, Where is the Excess Capacity in the World Iron and Steel Industry? –A focus on East Asia and China–, RIETI Discussion Paper Series, 17-E-026, 2017) 。他の製品も,棒鋼,形鋼,厚中板と,建設・重機械向けが多い。薄板類の生産は全く行われていない。これは耐久消費財産業がウクライナ国内において弱く,またヨーロッパにおけるそれらの産業に輸出するほどの競争力がないからだろう。ただし,厚中板は造船向けやパイプライン用大径鋼管に用いられるとしており,従来の製品構成の範囲内で高度化を図ってきたのだと考えられる。
 今は何より人命が問題だが,戦災の規模によっては,アゾフスターリ製鉄所の操業停止はウクライナの経済復興を制約するだろう。鉄鋼の国際市場への影響はこの製鉄所ひとつでは大きくはないだろうが,ウクライナの他の製鉄所が同様に操業停止に追い込まれ,各国がロシアからの鉄鋼輸入を禁止するとなると,話は異なる。ヨーロッパでもっとも起こりそうなことは,スラブ(鋼板用半製品)の不足である。その分だけ,他の新興国鉄鋼業には参入機会となる。例えば,電炉による鉄鋼業が急速に成長しているトルコからの輸入が増加するだろう。

METINVEST英文サイト

2022年3月18日金曜日

ソ連の対日参戦や千島列島占拠は悪くないが原爆投下は罪だというロシア政府の見地について

 BBCの報道によれば,ロシアのペスコフ報道官は,バイデン米大統領がプーチン大統領を「戦争犯罪人」と呼んだことについて,「すでに敗北した国-広島と長崎のことだが-に原爆を落とした国の元首には,そのようなことを言う権利はない」と非難した。いわゆる「どの口が言うのか」論である。

 この発言は二つの,まったく逆の方向から注意が必要だと思う。

 一つ目,ロシア政府は,ソ連が日ソ中立条約を破って対日参戦したことを悪いと思ってはいないし,日本が戦争で分捕ったわけでもない千島列島を放棄させるようなヤルタ密約を結び,実際に千島列島を占拠して実効支配していることも(※),まったく悪いと思っていないことが示されている。この背後にあるのは,ロシア政府の,ソ連の対日参戦によって日本の敗北が決定づけられたという見地である。

 ロシア政府は,第二次大戦後の戦後処理においても,現在においても,他国領土を侵害することについて実に身勝手だと言わざるを得ない。ロシア政府に対してこそ「どの口が言うのか」と問いただすことが必要である。

 二つ目。ロシア政府は,原爆投下が戦争終結に寄与したというアメリカで支配的な見解と対立しており,原爆投下は人類に対する犯罪だと考えていることである。これはこの数年間,折に触れて,たとえばオバマ元大統領の広島訪問の際などに表明されて来た見解である。

 実はこの見解もまた,日本をポツダム宣言受諾に追い込んだのはアメリカによる原爆投下ではなくソ連の対日参戦だったというように,対日参戦の正当化と一体でなのである。

 しかし,アメリカに対抗することが主観的目的であろうとも,ソ連の対日参戦正当化という歪んだ動機があろうとも,ロシア政府が,原爆投下を人類に対する罪だと主張していることは重要である。その言質を捉え,その見地に従って行動するようにロシア政府に迫ることができるからである。

 以上の二点を,異なる角度からきちんととらえておくことが重要である。日本政府関係者は,一点目について,ただプーチン憎しで頭から拒否するだけで,まちがってもソ連の歴史的無法行為を糾弾し忘れてはならない。また二点目について,プーチン憎しの余り「ロシア政府は間違っており,アメリカの原爆投下こそが終戦に貢献した」などとトンチンカンなことを口走ってはならない。歴史と国際法と道義を踏まえ,何を「日本の立場」とすべきかよく考えて,言うべきことを言わねばならない。


※国後島,択捉島だけでなく,北千島を含めて千島列島は大日本帝国が戦争で分捕ったわけではない。したがってサンフランシスコ講和条約で放棄させられた/したことは,領土不拡大原則に反している。


Biden calling Putin a war criminal is "unacceptable" and "inexcusable," Kremlin says, CNN, March 17, 2022.

「ロシア、バイデン氏発言に反発 『許しがたい発言』」ロイター,2022年3月18日。


2022年3月16日水曜日

再論:コルレス契約が制限されない限り,SWIFT排除だけでは国際決済からの排除にはならないことに注意すべき

 ロイターの記事「情報BOX:ロシア、SWIFT代替手段に限界 決済コスト上昇不可避」(2022年3月8日)は,SWIFTから排除されたロシアの銀行が使う代替手段には限りがあると指摘している。確かにその通りだろうが,逆に言うと代替手段がないわけではないことには注意を要する。今後も,ロシアの政府・銀行は様々な抜け道を探るだろう。だから代替手段について研究しておくことは制裁の効果を見極めるうえで有意義である。

 記者が気づいているのかどうかわからないが,この記事が最後に紹介している手段が,実は最もオーソドックスである。

「ロシアの銀行にとってより適切な代替手段は、ロシア製品を輸入した業者から代金を受け取り、ロシアの輸出業者に支払いを行う海外の取引銀行との間で、電話やファックス、メッセージングアプリを使った特別の送受信システムを構築することだ。」

 これは特別なことではない。「メッセージングアプリ」を「テレックス」にでも置き換えれば,単に「昔に戻る」だけのことである。

 以前にも書いたように,SWIFTは国際決済システムそのものではない。通貨が国ごとに異なっており,金や貴金属の現送での支払いがもはや行われていない世界では,世界通貨が存在しないからである。なので,国際決済は,必ず特定の通貨で,特定国の中央銀行の預金システムを介して行わねばならない。だから,各国の銀行は決済を行う国の銀行とコルレス契約を結び,共通の中央銀行に預金を持つコルレス銀行同士で決済してもらうのである。SWIFTは,ICTとメッセージ標準化により,これを効率化するシステムであって,それ以上でもそれ以下でもない。これはICTが未熟だからではなく,世界が諸国に分かれて別の通貨を用いているという制度の問題である。

 この記事が紹介している方法は,コルレス契約を使った決済を,SWIFTをつかわずにやるだけのことである。恐ろしく面倒で,コストがかかるから小口取引が排除され,時間がかかり,不正確になるだろう。しかし,原理的に不可能ではない。

 もちろん,現実にはSWIFTからの排除だけでなくロシアの銀行との対外送金業務自体が制限されているので,決済ははなはだしく制約される。しかし,SWIFTからの排除自体が国際決済をただちに不可能にするものではないことは,この記事からも読み取っておく必要がある。

「情報BOX:ロシア、SWIFT代替手段に限界 決済コスト上昇不可避」REUTERS,2022年3月8日。


2022年3月9日水曜日

The End of Post-Cold War Globalization: Shaking by U.S.-China Conflict, Blow by Russian Invasion and Western Economic Sanctions

As Ian Bremmer says on March 4  (Ian Bremmer, Putin may win the battle for Ukraine, but he has already lost the war, GZERO World with Ian Bremmer, March 4, 2022), Putin's invasion of Ukraine is riddled with miscalculations. The Russian army is weak, Ukrainian resistance is stubborn, the West is tightly united, and Russian civil life suffers. "Putin's likely 'victory' on the battlefield guarantees that he will never achieve his core political objective and the one reason he chose to invade Ukraine in the first place: to make Russia great again." I would like to see Russia withdraw militarily, but even if that does not happen, I think that Russia's power will be weakened politically through this war.

 But if Putin's regime and Russia's political power are weakened politically, what will be the economic consequences? The changes brought about by sanctions against Russia will be irreversible, and the effects will be felt throughout the global economy. As Bremer puts it, "The rapid and forced decoupling of the Russian economy from the global trading and financial system will head toward severe economic stagnation (i.e., double-digit recession and inflation), impoverishing both ordinary Russians and oligarchs alike." The problem is that it is unlikely to be just during this war. Unless Putin's regime falls and a Western-friendly government is immediately installed in Russia, this decoupling will continue to some extent even after the war comes to some conclusion. Russia may try to return to the global economic system. Still, it will consider the global economic system dominated by the U.S. and the EU. Moreover, it will try to build another economic bloc with countries with the same awareness of the problem, i.e., China and its friendly countries.

 Of course, this is not a reversion to the Cold War economy. The Russian economy does not carry the same weight in the world as the Soviet economy did in the past. Nor is Russia or China a planned economy, nor do they intend to build an economy that is closed to the outside world. Nevertheless, the war of aggression against Ukraine and the sanctions to Russia will result in a more fragmented world economy than we have seen so far. I don't want that to happen, but as an economist, I predict it.

 The world economy may well be at the end of post-Cold War globalization. While some may argue that globalization is economically inevitable, a distinction must be made between globalization in general and "Post-Cold War globalization" in particular. We must not close our eyes to the difference between the two. However, since the term "globalization" itself is ambiguous, I will limit my discussion here to economic globalization, i.e., the actual progress of trade and investment liberalization based on policy guarantees.

 Economic globalization in the post-Cold War era means the following. After the end of the Cold War and the collapse of the Soviet Union and Eastern European planned economies, the economic development strategies of most countries in the world had to be based on trade and investment liberalization with certain political reservations. This period, which lasted for about 30 years, does not mean that the universal truths of market fundamentalism and economics of freedom of trade and investment have finally been realized. Even after the collapse of the Soviet and Eastern European regimes, various regimes continued to exist in world politics. China and Vietnam continued to advocate socialism politically, although their economic reality is capitalism with strong state intervention. Some countries had broken away from socialism but still favored authoritarian rule, such as Russia. So while Branko Milanovic said that "Capitalism Alone" remained in the world, there was not single free, democratic market economy like a textbook, but rather a competition between "liberal meritocratic capitalism" and "political capitalism." There are two kinds of capitalism, no matter how small the estimate. And it is possible to think of much more varied capitalism, and they are being discussed.

 Economic globalization in the post-Cold War period was not automatically realized because economics was right. Nor was it because a single regime covered the world with agreement on the details of the political regime and the market economy. Globalization, in general, is a kind of abstraction. In reality, post-Cold War globalization has promoted trade and investment liberalization for the past 30 years while maintaining a political consensus that dares to put aside political and diplomatic differences. There was a widespread political agreement to pursue the economic interests of both sides, with "market economy" and "trade and investment liberalization" as somehow common terms. Of course, there were various interpretations of the terms "market economy" and "trade and investment liberalization." But an agreement to remain committed to those terms was crucial. Some might say there was no agreement, only compromise, but either is acceptable here.

 This agreement or compromise was already crumbling due to the U.S.-China confrontation. It became impossible to put aside differences in political and foreign policy for free trade of semiconductors for 5G base stations and smartphones. It became difficult to choose the location of semiconductor factories based solely on economic calculations. And now, a rapid collapse is coming. The U.S., EU countries and Japan can no longer tolerate the Russian central bank managing foreign currency reservations, Russian banks conducting international payments through SWIFT, and Russian aircraft flying over Europe.

 Even in this phase, it is possible to defend the benefits of globalization in general from the standpoint of economics, or rather economics alone. For example, the "second unbundling" promoted by ICTs, which Richard Baldwin describes in "The Great Convergence: Information Technology and the New Globalization" or the benefits of the international division of labor between processes, continues to exist. So it is possible to ask public opinion and policymakers to respect economic rationality. However, it is no longer possible to persuade them to put aside political and diplomatic differences solely based on mutual benefits from economic rationality, as has been the case for the past 30 years. It became gradually more difficult at the time of the U.S.-China decoupling and is unthinkable now in the face of the Russian invasion of Ukraine. Just as considering economic interests objectively, it has become challenging to promote globalization if one looks at current international politics objectively.

  Post-Cold War globalization is coming to an end. The era in which liberalization of trade and investment can be promoted with the involvement of almost all countries of the world, leaving political and diplomatic conflicts aside, is coming to an end. I do not want it to happen, but I think it will be a high probability.


2022年3月6日日曜日

ポスト冷戦期グローバリゼーションの終焉:米中対立による揺さぶり,ロシアの侵略と西側諸国の経済制裁による一撃

 イアン・ブレマー氏が3月4日に発表した文章で言う通り(Ian Bremmer, Putin may win the battle for Ukraine, but he has already lost the war, GZERO World with Ian Bremmer, March 4, 2022),プーチンによるウクライナ侵攻は誤算だらけだ。ロシア軍は弱く,ウクライナの抵抗は頑強で,欧米諸国はおおむね結束しており,ロシアの国民生活が被害を受けている。「戦場におけるプーチンのあり得べき勝利は,彼が,自らの核心的な政治目標であり,ウクライナを侵略することを選択した一つの動機であること,すなわち『ロシアを再び偉大にする(make Russia great again)』ということを,決して達成できなくする」。私も,願望としては軍事的にもロシアに撤退して欲しいが,それがかなわないとしても,この戦争を通して政治的にロシアの力は弱まるだろうと予想する。

 だが,政治的にプーチンの体制とロシアの政治力が弱体化するとして,その経済的結果はどのようなものだろうか。ロシアへの制裁がもたらす変化は不可逆的であり,またその影響は世界経済全体に及ぶ気配が濃厚だ。ブレマー氏の言う通り「グローバルな貿易・金融システムからのロシア経済の急速で強制的なデカップリングは,深刻な経済停滞(すなわち2桁の景気後退とインフレーション)に向かい,ロシアの普通の人々とオリガルヒ(新興財閥)をともに困窮させることになるだろう」。問題は,それがこの戦争中のことだけとは思えないことだ。プーチン政権が倒れてロシアに欧米と融和的な政権が直ちに成立でもすれば別であるが,そうでない限り,このデカップリングは,戦争が何らかの終結を見た後も,ある程度継続するだろう。そして,ロシアはグローバルな経済システムに復帰しようとするだけでなく,むしろグローバルな経済システムはアメリカやEUが牛耳るものとして一層警戒し,おなじ問題意識を持つ諸国,つまり中国などとともに別の経済圏を構築しようとするかもしれない。

 もちろん,それは冷戦期の経済への逆戻りではない。ロシア経済には,かつてのソ連経済ほどの世界における重みはない。またロシアも中国も計画経済ではないし,対外的に全く閉じた経済を構築するつもりもないだろう。しかし,それでも,このウクライナ侵略戦争と,それに対する制裁がもたらすものは,これまでよりも分断された世界経済になるだろう。私はそうなることを希望しないが,経済学者としてそう予測する。

 世界経済は,ポスト冷戦期グローバリゼーションの終わりを迎えるのかもしれない。グローバリゼーションは経済的に不可避だと主張する人がいるかもしれないが,グローバリゼーション一般と「ポスト冷戦期グローバリゼーション」は区別されねばならない。両者の違いに目をつむってはならない。ただし,どう形容してもグローバリゼーションという言葉自体が多義的であるため,ここでは話を経済的グローバリゼーション,すなわち貿易・投資の自由化を政策的に保証したうえで,実際にそれらが進展することに限る。

 ポスト冷戦期の経済的グローバリゼーションとは,冷戦終結とソ連・東欧の体制崩壊の後,世界のほとんどの諸国の経済開発戦略が,一定の政治的留保の下で貿易・投資の自由化を基調とするものにならざるを得なかったことを意味する。約30年間継続してきたこの時代は,普遍的な真理である市場経済と貿易・投資の自由がついに実現したことを意味しない。ソ連・東欧の体制崩壊後も,世界政治には種々の体制が存在し続けた。中国やベトナムは経済的実態は国家介入の強力な資本主義なのだが,政治的には社会主義を標榜し続けた。社会主義とは縁を切っても,ロシアのように権威主義的統治を良しとする諸国も存在し続けた。だからブランコ・ミラノヴィッチは世界に『資本主義だけ残った』(Capitalism Alone)としながらも,そこでは教科書のような単一の自由と民主主義と市場経済があるのではなく,「リベラル能力資本主義」と「政治的資本主義」が競っているとしたのである。資本主義はどんなに少なく見積もっても2種類ある。そしてもっと様々な資本主義を考えることも可能だし,現に議論されている。

 ポスト冷戦期の経済的グローバリゼーションがグローバリゼーションでありえたのは,経済学が正しいから自動的にそうなったのでもないし,政治体制と市場経済のあり方について細部まで合意ができて,世界が単一の体制におおわれたからでもない。グローバリゼーション一般は一つの抽象である。現実に過去30年間推進されたのは,政治・外交上の相違を敢えて脇に置くという,それ自体政治的な合意を維持しながら,貿易・投資の自由化を推進したポスト冷戦期グローバリゼーションである。「市場経済」と「貿易・投資の自由化」を何とか共通の言葉として,双方の経済的利益を図ることでの政治的合意が広く存在したのである。もちろん「市場経済」や「貿易・投資の自由化」という言葉の解釈もさまざまであった。しかし,その言葉にコミットし続けようとする合意が肝心であった。合意などなく妥協だけがあったという人がいるかもしれないが,ここではどちらでも構わない。

 この合意・妥協は,米中対立ですでに崩れつつあった。政治・外交方針の違いを脇に置いて,5Gの基地局やスマホ用の半導体を自由に取引し,経済計算のみによって半導体工場の立地を選ぶことはすでにできなくなりつつあった。そしていま,急速な崩壊が訪れつつある。ロシアの軍事行動の是非を脇に置いて,ロシア中央銀行が外貨を運用し,ロシアの銀行がSWIFTで国際決済を行うこと,ロシアの航空機がヨーロッパを飛ぶことを,アメリカやEU諸国や日本は容認できなくなった。

 この局面にあっても,経済学的に,むしろ経済学だけの見地から,グローバリゼーション一般の利益を擁護することは可能である。例えば,リチャード・ボールドウィンが『世界経済 大いなる収斂』で述べる,ICTが促進した「第二のアンバンドリング」,つまり工程間国際分業の利益は,いまなお存在し続けている。だから,世論や政策担当者に対して,経済合理性を尊重しろということは可能である。しかし,過去30年間のように,経済的合理性による相互利益のみを理由に,政治・外交上の相違を脇に置けと説得することは,もはや困難である。米中デカップリングの時点で徐々に困難になりつつあったし,ロシアによるウクライナ侵略については考えられない。経済的利益が客観的に考えられるように,現在の国際政治を客観的に見れば,グローバリゼーションの推進を図ることが困難になったのである。

 ポスト冷戦期グローバリゼーションは終焉を迎えようとしている。政治や外交を脇に置いて,貿易・投資の自由化を,世界のほとんどの諸国を巻き込んで推進できる時代が終わろうとしているのである。私はそうなることを望まないが,そうなる確率が高いだろうと考えている。

2022年3月2日水曜日

ロシアとの関係は大事だが,グローバリゼーションの利益は手放せない中国政府:迷いのある綱渡りをする理由

 Reuters BreakingviewsのコラムニストYawen Chen氏は,「中国はロシアへの対応で綱渡りを強いられており、しかも足を踏み外す危険がどんどん高まっている」「中国がロシアを手助けし過ぎると、自らも火の粉を浴びかねない」と評価している。これは主に,貿易取引を人民元建てで決済することに即した話だが,経済制裁全般に言えることだ。

 ロシアのウクライナ侵略に対する経済制裁の結果は,経済的な意味でのグローバリゼーションの中断か終焉かもしれない。とすれば,中国が対応に迷うのも当然だ。中国は,過去30年間,WTO加盟をはじめとする貿易・投資の自由化へのコミットメントを通して経済発展を遂げた。国家権力の利益の観点からあちこちに留保をつけることはあっても,全体としてはグローバリゼーションの受益者であった。そのためのルールづくりがアメリカや西欧諸国に握られていることを不満に思い,これを自らの手に奪いたいという要求は強めているが,経済的グローバリゼーションを否定する立場には立っていない。だからCPTPPにも加盟申請をしているのだ。

 したがって,中国政府は,政治的にはアメリカやEUよりロシアに親近感を覚えるとしても,経済的グローバリゼーションの中断や終焉につながる行為には加担しづらい。この危機にあって中国とロシアの経済関係は深まらざるを得ないが,まだ中国とロシアとそれに協調する諸国だけで,グローバリゼーションの新ルールを確立できる局面でもない。中国の経済発展の見地からすれば,ロシアの行為はどんなによく見ても早まったものであり,普通に見れば近視眼的で余計なことであろう。しかし,だからといってアメリカとEUに同調することも政治的に難しい。これが中国政府が,今回,迷いのある綱渡り的対応になる経済政策上の理由であると思う。


Yawen Chen「コラム:ロシア対応「綱渡り」の中国、制裁の火の粉浴びる危険も」ロイター,2022年3月2日。



2022年2月27日日曜日

ロシア中央銀行に対する金融制裁:どのように行うのか,どこまで有効か,金と中国元は抵抗要因になるか

  欧州委員会,フランス,ドイツ,イタリア,イギリス,カナダ,アメリカの共同声明(※1)によれば,ロシアへの金融制裁として,いくつかの銀行に対するSWIFTからの排除と,中央銀行の国際準備資産運用の制限が実施される。

 SWIFTからの排除とはどのようなものであるかについては前稿で述べた。ここでは,国際準備資産(金+外貨準備)の運用制限とは何に対して,どのように行われるのかを考えよう。

 日本では外貨準備高は外国為替資金特別会計がほとんどを持ち,日本銀行が一部だけを持っている。私はロシアの制度に疎いのだが,どうもロシアでは連邦中央銀行が管理しているようである。というのは,ロシア連邦中央銀行のバランスシートを見ると,外貨建て資産がやたらと大きな割合を占めているからである。総資産は54兆2888億8600万ルーブルだが,そのうち32兆5364億8700万ルーブル,59.9%が「非居住者に預けられた資金と非居住者によって発行された証券」,つまり外貨建て資産である(※2)。ロシア国内への貸し付けよりも,ロシア国債保有高よりもはるかに大きいのだ。よって,今回の制裁はロシア中央銀行の行動を縛るものとなる。

 国際準備資産の運用とは,金の国際取引か外貨準備をもちいた為替介入であり,主要には後者だと考えられる。為替介入資金の決済は,介入に用いられる通貨を発行している中央銀行預け金勘定間の振り替えによって行われる。その作業にもSWIFTは用いられるようだ(※3)。

 今回の制裁では,欧米各国の中央銀行が,この振替をできなくするということだろう。例えば,ロシア連邦中央銀行がドル売り・ルーブル買いやユーロ売り・ルーブル買いを行おうとしても制限される,ということなのかと思う。

 この場合,ルーブルの対ドルレートや対ユーロレートが下落することが予想できる。ただ,これによりロシア中央銀行の国際準備資産価値がどれほど毀損されるかは,よく考えておく必要がある。国際準備はドルとユーロだけで構成されているわけではないからだ。

 公式データによるとロシア連邦中央銀行の国際準備資産は以下の通りである(※4 2022年1月31日。単位は100万ドル)。

国際準備 630,207
 金 132,256(21.0%)
 外貨準備 497,951(79.0%)

そして外貨準備の構成は以下の通り
 外貨 468,631
    SDRs   24,085
    IMF準備 5,235

 まず金が21.0%とかなり多いことが目を引く。ロシアについては国際準備(International reserves)と外貨準備(Foreign exchange reserves 金含まず)はわけておかないと混乱しそうだ(ちなみに日本では金を含めて外貨準備と呼んでおり,金の割合は3.5%。※5)。

 外貨準備はドル,ユーロ,中国元などからなる。近年はドルの比率を急落させ,ユーロ比率も低下させており,かわって中国元比率を上げている。上記の表より少し古い2021年の6月30日現在の公式データによると(※6),金と外貨準備合計を100%とした際の比率は以下の通り。

金 21.7%
ユーロ:32.3%
ドル:16.4%
中国元:13.1%
ポンド:6.5%
日本円:5.7%
カナダドル:3.0%
オーストラリアドル:1.0%
スイスフラン:0.3%

 金は本当に金の現物で保有されるが,外貨は現金で保有されるわけではない。その形態は同じく2021年6月30日に以下の構成を取る。

海外の政府証券または政府保証証券 38.0%
外貨預金 24.1%
金 21.7%
海外非政府証券 10.3%
国際機関証券 4.1%
対外リバースレポ(債券担保貸付) 0.7%
IMFポジション 0.7%
ロシアの取引相手に対する外貨請求権 0.1%
海外の取引相手に対する外貨供給請求権 0.0%

 もちろん,対ドル・対ユーロレートが暴落すれば資産価値は毀損される。しかし,ロシア中央銀行は中国元や金もかなり抱えているので,この危機に際しても,中国元とのレートは相対的に安定させやすいかもしれないし,国際準備の枯渇,対外債務支払いの困難という事態に直ちに直面するとは限らない。そして,対中国元レートが相対的に安定すれば,民間経済主体も中国との取引を選ぶように動機づけられるだろう。

 この制裁がロシアの対外金融取引をどこまで困難に追い込むかは,よく観察する必要がある。

※1 Joint Statement on Further Restrictive Economic Measures, Statements and Releases, The White House, February 26, 2022.

※2 Bank of Russia, Statistical Bulletin, No.1(344), 2022p. 75

※3 日本銀行金融市場局為替課「日本銀行における外国為替市場介入事務の概要」2018年3月。

※4 International Reserves of the Russian Federation (End of period), Bank of Russia.

※5 財務省「外貨準備等の状況(令和4年1月末現在)」2022年2月7日。

※6 Bank of Russia Foreign Exchange and Gold Asset Management Report, No.1, 2022, pp. 6-7.


2022年2月26日土曜日

ロシアのSWIFTからの排除で何ができて,何はできないか

 ロシアに対する経済制裁の選択肢としてSWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除が話題になっている。しかし,上垣彰先生の示唆で気づいたのだが,どうも一般にはその作用が過大に理解されているように思える。

 どこが過大か。それは「SWIFTから排除されるとロシアは国際決済ができなくなる」かのように報道されたり語られたりしていることである。私は『報道ステーション』だけでも少なくともこの種の説明を2回聞いた。しかし,そうではない。「国際決済が非効率で不便になる」のであり,それ以上でもそれ以下でもない。

 公式サイトの日本語ページにあるように,SWIFTとは,「金融メッセージングフォーマットの標準と、メッセージングのためのプラットフォームを業界に提供し、そのネットワークへのアクセスと業務との統合、認証確認、データ分析、法令遵守を容易にする製品とサービスを提供」するものである。「SWIFTはお客様の代理として資金の保持あるいは口座の管理をいたしません。」とも書いてある。SWIFTは国際決済を担う金融機関ではないのであって,金融機関同士が決済する際の効率をあげるプラットフォームと技術を提供しているものである。だから「SWIFTのメッセージサービスは,それまでのテレックスに取って代わった」などと言われるのだ。

 なぜ,SWIFTはこのようなものであり,このようなものでしかないのか。それは,諸国に分かれた世界経済には,国際決済を直接行える国際通貨も超国際的金融機関も存在しないからである(※)。いくらITが発達してもないものはない。国際送金はドルなりユーロなりの特定通貨で行うしかない。もちろん,ドル札を飛行機や船で運ぶわけではないので,預金口座で決済する。しかし,預金口座というのは基本的に各銀行のものであり,直接には互換性がない。たとえ同じ国で同じ通貨を使っていてさえも,A銀行とB銀行が存在するだけでは送金はできない。もちろんA銀行からB銀行に現金を輸送すればできるが,まったく現実的でない。銀行どうして銀行振替をする必要があり,それには両銀行が共通に口座を持っている中央銀行が必要なのである。例えばA銀行からB銀行に1億円送るのであれば,A銀行の中央銀行当座預金を1億円減らし,B銀行の中央銀行当座預金を1億円増やす預金振替によって行うのだ。

 では,A銀行とB銀行が異なる国であったらどうか。共通の中央銀行はない。そもそも通貨も異なっている。では,いったいどうやって国際決済するのか。SWIFTが決済するのではない。間接的な取引を積み重ねて,最後に,共通の中央銀行口座を持つ特定国の銀行同士で決済してもらうしかない。これを可能にしているのがコルレスバンキングというしくみである。

 例えば,日本のa社から,アメリカでないB国のb社にドルで送金しようとする。a社の取引銀行である日本のJ1銀行からb社の取引銀行であるB国のB1銀行に送金しなければならないが,直接送金はできない。なので,J1銀行もB1銀行も,アメリカ国内で中継地点となってくれる銀行を必要とする。こういう中継地点となる契約を結んでいる相手をコルレス銀行,コルレス先という。 

 送金のためには,J1銀行のコルレス先アメリカのUS1銀行から,B1のコルレス先アメリカのUS2銀行に送金してもらえばよい。US1銀行とUS2銀行の間の決済ならば,両銀行が連邦準備銀行にもつ当座預金を使って行うことができる。そして,US1銀行-J1銀行-a社の間で預金残高を調整し,US2銀行-B1銀行-b社の間で預金残高を調整する。もちろん,この時為替レートの影響を受ける。そして,複雑な国際手続きになるので,時間がかかったりエラーが起こったりしやすい。

 SWIFTは,標準フォーマットや情報技術により,この取引を効率化するものである。それ以上ではない。具体的な取引の実務には私も通じていないが,ロシアの銀行をSWIFTから排除すれば,ロシアと各国の間での国際送金は不効率になりコスト高になり,遅くなり,不正確にさえなることはまちがいないだろう。しかし,コルレス契約を拒否されなければ(各国や銀行はその措置もとるだろうが),国際決済が不可能になったり禁止されたりするわけではない。不正確を承知でたとえるならば,業界共通の情報システムへの入出力ですむしくみが,取引先ごとに異なる端末とフォーマット,最悪の場合各社各様の伝票の山に戻るとか,そういう類の不便さと考えていいと思う。それはそれで重大なことであり,企業・金融機関がロシアとの取引をためらう理由になるかもしれない。しかし,SWIFT排除だけで国際決済が不可能になるわけではない。あくまでもそういうものとして,SWIFTからの排除は論じられるべきではないか。

※日常用語ではドルは国際通貨と言われる。しかし,この記事を最後までお読みいただくとわかる通り,直接に国際的支払手段となるものとそうでないものを区別する立場に立つならば,前者の意味ではドルもドル建て預金も国際通貨ではない。

2022年2月25日金曜日

いくつもの戦争への扉を開くプーチンの屁理屈

 私はロシア史やウクライナ史に通じていないために,歴史的背景をきちんと踏まえたことは言えない。しかし,書生論になるのを覚悟で言えば,プーチンの論理は世界各地において戦争への扉を開くものだと思う。なお、プーチンが言う「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」(本当にこう言ってる)を、軍隊を無力化し、体制を転覆させるものと理解した。

・相手国が独裁的であり人々を抑圧しているという理由を掲げれば,国境深く侵攻して軍隊を無力化し,体制を転覆させてもよい。

・自衛権を理由とすれば,国境深く侵攻して軍隊を無力化し,体制を転覆させてもよい。

・相手国は自国から分かれたのは過去の政権の誤った政策によるものであるという理由を掲げれば,国境深く侵攻して軍隊を無力化し,体制を転覆させてもよい。

 このような屁理屈を,ロシアにもどの国にも許してはならない。今、この屁理屈でひとつの戦争が起きているが,遠くない将来,いったいいくつの戦争が起きるのか。

<参考>

今井佐緒里「プーチン大統領は国民にいかに「ウクライナ侵攻」の理由を説明したのか【1】1時間スピーチ全文訳,Yahoo!Japanニュース,2022年2月24日。

ジェームズ・バーナム『経営者革命』は,なぜトランピズムの思想的背景として復権したのか

 2024年アメリカ大統領選挙におけるトランプの当選が確実となった。アメリカの目前の政治情勢についてあれこれと短いスパンで考えることは,私の力を超えている。政治経済学の見地から考えるべきは,「トランピズムの背後にジェームズ・バーナムの経営者革命論がある」ということだろう。  会田...