近年の金需要のうち,まず需要に継続性がある中央銀行の金購入から見ていこう。
World Gold Councilの統計では,中央銀行の金購入は2010年からプラスになったが,そのボリュームは2022年に1000トンを突破し,3年間1000トン超えを維持した。2025年は多少減退したが,863トンである(※1)。Brooking Institutionの最新レポートによる中央銀行金保有残高も同様の傾向である(※2)。
この金購入は,その時々の価格上昇とは連動していない。金価格が上記的な上昇に転じたのは2000年前後,急騰したのは2008年の世界金融危機から2012年まで,2019年から2020年まで,そして2024年初からである。とはいえ,長期的に見て中央銀行がネットで連続購入する時代になったことは,需要の底支えになっているとみるべきだ。
中央銀行の金保有額の重みを世界GDP比で見ると,2000年以後上昇し,2024年末には2.5%に達している(※3)。金保有の多くは先進諸国中央銀行によるものであるが,重量で見たその保有量は横ばいで,過去15年ほどの増加はもっぱら新興国中央銀行によるものである。外貨準備に占める金の割合は金額で見るよりないが,ユーロ地域では62%,アメリカでは75%,ロシアでは32%,中国では6%,日本では6%である。暫定的な推計では世界全体では約4分の1と見られている。
近年の金購入の動機と傾向については,シンクタンクOfficial Monetary and Financial Institutions Forum(OMFIF)のレポートが参考になる(※4)。OMFIFによると,中央銀行の80%は,いまなお安全性と流動性のためにドルに投資している。また調査回答者の92%は,米国債市場はなお十分な流動性を保っていると回答している。しかし,中央銀行の58%は,来る1-2年の間に多様化を計画している。ドルへの投資をくじく要因は,アメリカの政治環境,地政学,アメリカの財政政策である。一方,ほぼ全ての中央銀行が、準備資産の中核あるいは増加傾向にある構成要素として金を挙げている。このレポートを作成したワーキンググループの議論の中では,外貨準備運用担当者は,配分決定が主に地政学的考慮によって駆動されており,財務的リターンは補助的な役割しか果たしていないと報告している。なお,ETFを保有しようとする中央銀行は少数派である。
つまり,新興国中央銀行が,地政学的な理由から準備資産としての金の保有を増やそうと地金の形態で毎年購入していることが,金価格の底支えになっているわけだ。
これを裏返すと,相対的にドルの信認が下がっているということである。ドル建て準備資産は当座預金や紙幣のまま持たれることは少ないので,より具体的には,価値保蔵資産としてのアメリカ国債の信認が下がっているわけである。
一部のアナリストは,ドル国債信認低下=金価格高騰=インフレーションと見ている。繰り返し述べてきたように,これは部分的に正しいが,部分的にしか正しくない。インフレは金価格を高騰させる。しかし,インフレ以外の要因も金価格を高騰させる。そして金価格高騰はインフレを起こさない。インフレとは別に,地政学上の理由によってドル国債信認低下=金価格高騰が起こっていると見なければならない。金が今では流通手段や支払い手段ではなく,しかし価値保蔵手段ではあるために,このようなことが起きるのである。
では,2024年以後に先鋭化した地政学的要因とは何か。それは,大国が互いに武力の行使を辞さないものに変転しつつあることである。中国一国が台湾への武力侵攻を放棄しないだけではない。ロシア一国がウクライナを攻撃するだけでもない。アメリカ一国がベネズエラを攻撃し,デンマークを脅迫するだけでもない。複数の大国が武力行使をためらわないために,相互作用が破滅的な結果をもたらしかねないことである。これは新興国にとって,国際通商システムや決済システムへのアクセスに障壁が生じることを意味する。これら諸国の通貨当局は,平和裏にドル国債をドル建預金に転換できないリスクや,ドル建預金で国際決済ができなくなるリスクを考慮せざるを得ないのだ。インフレーションのリスクだけではなく,国際政治による通商・決済の途絶リスクが高まりつつある。中央銀行の購入による金価格底支えの意味はそこにある。
※1 World Gold Council, Gold Demand Trends: Q4 and Full Year 2025, January 29, 2026.
https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-full-year-2025
※2 Gian Maria Milesi-Ferretti, How important are central bank holdings of gold?, Brookings Institution.
https://www.brookings.edu/articles/how-important-are-central-bank-holdings-of-gold/
※3 この段落の終わりまで同上レポートによる。なお,アメリカの場合,金の現物は財務省が保有しており,FRBはそれに対するGold Stockを保有している。この経過は,重見吉徳「【マーケットを語らず Vol.211】米国政府の保有ゴールド含み益とBITCOIN法:その①」フィデリティ証券,2025年8月21日を参照。
https://www.fidelity.co.jp/page/strategist/vol211-the-fed-gold-revaluation-and-bitcoin-act
※4 この段落の記述は,OMFIF Global Public Investor Working Group, Redefining resilience in reserve management How global public investors are navigating uncertain time, 2025による
https://www.omfif.org/redefining-resilience-in-reserve-management/
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