アメリカで,銀行間送金を即時実現するFedNowがスタートという報道があった。人生のほとんどを日本で過ごしているドメスティック人間には,最初,何を言っているのかわからなかったが,どうもアメリカでは異なる銀行同士の支払い決済が非常に遅いらしい。よく引かれる例では,労働者の給与が支払われてから実際に使えるようになるまで何日もかかり,所得の高くない人は当座貸し越しに頼らざるを得なくなり,それでさらに手数料を取られて踏んだり蹴ったりなのだそうだ。およそ金融超大国の話とは思えないが,単一中央銀行でない連邦準備制度の弱点だろう。
FedNowはこの立ち遅れを一気に逆転させる。つまり,銀行口座間の振替による支払いを24時間365日保障する上に,スマホやPCのアプリから操作可能にするというものだ。確かにこれが多くの銀行で実現すれば,今度は日本より便利になるだろう。
さて,FRBはFedNowはデジタル通貨とは関係ないとしている。確かに記事を読む限り,FedNowは,日本で我々が他行への口座振り込みとしてやっていることを実現しているに過ぎない。とはいえ,「自分のお金をスマホの操作で支払い」となると,その使い勝手は,中央銀行デジタル通貨(CBDC)で想定されているものと似て来ることは確かである。
では,FedNowはデジタル通貨と関係あるのか,ないのか。答えは,「中央銀行デジタル通貨ではないが,別の方向でのデジタル通貨へのルート上にある」というものだ。「スマホ一つで支払い」(別の機器でもいいが)を実現する道は,口座振り込みから出発する道と現金から出発する道の二つがあるのだ。説明しよう。
まずまちがってはいけないのは,預金通貨は,各銀行が発行するデジタル通貨だということだ。コンピュータが出現する前からデジタル通貨だったのだ。若者がよく「電子機器を使わないのにデジタルというのがわからない」と言うので補足するが,つまり「数字上の存在」だ。
他方,中央銀行は預金と銀行券を発行するが,中央銀行預金は市中を流通しない(マネーストックではない)のでここでは関係ない。中央銀行券は,中央銀行券が発行するアナログ通貨であり,これは誰もがすんなり理解できることだろう。不換銀行券と言えど,現金は物理量を持ち,空間を占拠している物体だ。
だから,今後デジタル通貨を発達させるためには,以下の二つのルートがある。
1.デジタルな民間銀行預金通貨をアップグレード
一つは,もともとデジタル通貨である預金をアップグレードすることだ。要は,デビットカード払いやデジタルバンキングをもっと簡単・迅速にすればよい。スマホの操作一つで振り込み,即時決済出来ればそれでよい。この場合,銀行預金で支払うので,異なる銀行間で規格を統一する必要があるし,銀行間決済の実現は中央銀行預金を使うから,中央銀行のシステムも開発する必要がある。FedNowが苦労したのはこの点だろう。日本でもはDCJPYという企業決済の実証実験が行われているが,銀行間では決済できないそうで,規格統一と中央銀行との一体開発に大きな壁があるのだと思われる。
2.アナログな中央銀行券をデジタル化
もう一つは,アナログな中央銀行券をデジタル化することだ。これがしばしば話題になる中央銀行デジタル通貨(CBDC)である。預金の存在はそのままにして,預金をおろした時に中央銀行券をもらうのではなく,スマアプリの電子的な財布に記帳し,買い物や仕入れをしたらその残高が減り,売った相手の電子財布の残高が増える,というしくみである。この時預金は動かない。現金がデジタル化するのである。当然,現金支払いを電子的なシステムとして構築することが課題となる。
FedNowはCBDCではないが,デジタル通貨と関係ないものではない。デジタル通貨を1の方向で進めるベクトルをもっているものだ。今後,各国で1と2のどちらが進展するか,あるいはホールセールは1,リテールは2となるか,など注視していく必要がある。
「アメリカで異なる銀行間での送金タイムラグをなくす決済システム「FedNow」がスタート」Gigazine,2023/7/21。
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