フォロワー

2024年1月30日火曜日

預金のMMFへのシフトとFRBによるMMF相手のリバースレポはどのように行われ,どのような効果を持つか

 1.はじめに

 アメリカでは2022年から銀行預金が縮小し,またそれ以前の2020年から公社債投資信託の一種であるMMFが急増している。MMFは高利回りで安全度の高い運用先を求めるが,それは現在では政府やFRBの発行する債務へと向かう。一方,コロナ後になってFRBはインフレを食い止めようと金融引き締めにとりかかった。ここで両者の利害が一致する形で,2021年から2023前半までのFRBのリバースレポ(実質的には短期借り入れ)にMMFが応じるという取引が拡大した。本稿では,このリバースレポの金融政策上の意義について,貨幣流通の視角から論じる。なお,2023年半ばからは,MMFが運用先を短期国債にシフトさせたためリバースレポ取引は縮小し始めるが,その局面については,別の機会に委ねる。

 本稿はバランスシートを使った説明が長くなるので,結論を先取りしておくと,以下のようになる。

 家計が預金を引き出してMMFを購入すると,市中では預金貨幣が減り,現金流通高が増える。FRBの準備預金は減る。企業金融が銀行融資から証券発行にシフトしただけではこのようなことは起こらないが,MMFが投資信託であるために預金減と現金増が起こる。なお,個人にとっての流動性だけに注目して「フィナンシャルイノベーションによりMMFは通貨のようなものになった」「何が貨幣なのか曖昧になった」などという議論があるが,社会全体を見ればそうではない。単に現金流通が増えて,MMFという金融商品に買い向かったのである。

 次に,FRBがMMF相手のリバースレポを行なうと,市中では預金貨幣量は変化せず,現金流通高が減少する。FRBの準備預金は変化しない。FRBのリバースレポとは,現金通貨の吸収を通した金融引き締めなのである。このような取引が拡大していることは,FRBが中央銀行ー銀行ー企業・家計という本来のルートで信用創造を調節するだけでは金融調節が十分にできなくなり,遊休貨幣のほぼ直接的な回収に乗り出したことを意味する。しかもその回収方法は,金利というコストを支払って短期借り入れを行うというものである。本来信用を供与する側である中央銀行が,金利を支払って借り入れないと政策目的を達成できないのは,リバースレポも超過準備預金への付利も同様である。このことの意義は別途検討したことがあるが(※1),さらに考察を深める必要がある。

 預金のMMFへのシフトとFRBのMMF相手のレバースレポ取引がともに行われると,市中では預金貨幣が減り,発行済み現金は変化しない。FRBの準備預金は減る。したがい全体としては通貨供給量は減って金融引き締めとなる。預金縮小はFRBのオペレーションによるものではなく,家計の金融資産シフトによる効果である。一方,発行済み現金がいったん増加したのは,やはり家計の金融資産シフトの効果であるが,これを縮小させたのはFRBによるオペレーションの効果である。FRBは,市場の動きによっていったんは増加した現金を,MMFにリバースレポの金利を払うというコストをかけて政策的に回収したのである。FRBが回収しているのは現金だが,結果として減少しているのは預金と準備預金であることに注意が必要である。

 銀行預金と準備預金が減少することの引き締め効果は,超過準備預金が豊富にある状況ではごく小さなものである。しかし準備預金残高の縮小が進むと,効果が強まる可能性がある。FRBのリバースレポ金利支払が大きくなると,FRBの業績は悪化する。FRBの業績悪化は財務省への納付金の減少をもたらし,それによって連邦政府財政収支を赤字の方向に動かす効果を持つ。

 以下,これらのことを関連する経済主体のバランスシートの動きによって示す。なお,(+)は増額,(-)は減額で,金額はすべて同じである。

※1 「超過準備とは財政赤字累積と量的金融緩和の帰結であり,中銀当座預金への付利は,そのコストである:準備預金への付利に関する考察(3)」Ka-Bataブログ,2023年7月6日。https://riversidehope.blogspot.com/2023/07/blog-post_6.html


2.家計の資産が銀行預金からMMFにシフトすると,預金が減り,発行済現金が増え,準備預金が減る

ステップ1.家計が銀行から預金を引き出す

銀行
資産:準備預金(-)
負債:預金(-)

FRB
資産:
負債:準備預金(-),発行済現金(+)

家計
資産:預金(-),現金(+)
負債:

 家計が預金を引き出すとき,銀行は自ら準備預金を引き出して現金を確保して,これを家計に渡すのである。ここで発行済現金が増える。

ステップ2.家計がMMFを購入

家計
資産:現金(-),MMF残高(+)
負債:

MMF信託勘定
資産:現金(+) 
負債:MMF残高(+)

 この後MMFが何らかの金融商品で運用される。そうすると,MMF信託勘定の資産側で現金(-),金融商品(+)となり,金融商品の売り手の資産側で現金(+),金融商品(-)となる。本稿ではリバースレポで運用される話をするため,ここでいったん止める。

+取引前と後の変化

銀行
資産:準備預金(-)
負債:預金(-)

FRB
資産:
負債:準備預金(-),発行済現金(+)

家計
資産:預金(-),MMF残高(+)
負債:

MMF信託勘定
資産:現金(+) 
負債:MMF残高(+)

 結果として預金貨幣が減り,発行済現金(連邦準備銀行券)は増え,FRBの準備預金も減っている。


3.FRBがリバースレポ取引によってMMFから現金を回収する

 FRBはポストコロナ下で,公社債投資信託の一種であるMMFを相手にリバースレポ取引を行っている。リバースレポ取引とは,保有国債を翌日買い戻すという条件付きで売ることであり,事実上は短期の借入である。この節の目的は,これがFRBによる現金回収を通した金融引き締めであることを,バランスシートによって示すことである。

 リバースレポ取引のプロセスを見る場合にややこしいのは,MMFはFRBに口座を持っていないことである。したがって直接取引することができず,中間にクリアリングバンクを介在させていると思われる。よって取引プロセスの段階が大きくなるが,煩を厭わずにおっていきたい。取引手数料は無視する。実務の詳細が不明であるために,取引のありようを完全に再現することは難しいが,基本的にはこのような理解でよいと思われる。

ステップ3.MMFは信託された現金をリバースレポで運用することとし,まず現金をクリアリングバンクに預金する。

MMF信託勘定
資産:現金(-),預金(+)
負債:

クリアリングバンク
資産:現金(+)
負債:預金(+)

ステップ4.クリアリングバンクがFRBの準備預金を増やす

クリアリングバンク
資産:現金(-),準備預金(+)
負債:

FRB
資産:
負債:準備預金(+),発行済現金(-)

 連邦準備券はFRBの負債であるため,FRBに還流すれば負債としては消滅する。紙券として再利用が可能であるかどうかは別問題である。

ステップ5.FRBがリバースレポを実行しクリアリングバンクが応じる

クリアリングバンク
資産:準備預金(-),リバースレポ(+)
負債:

FRB
資産:
負債:準備預金(-),リバースレポ(+)

ステップ6.クリアリングバンクとMMFの間での清算が行われ,リバースレポの債権がMMFに移される

MMF信託勘定
資産:預金(-),リバースレポ(+)
負債:

クリアリングバンク
資産:リバースレポ(-)
負債:預金(-)

+取引前と取引後の変化

MMF信託勘定
資産:現金(-),リバースレポ(+)
負債:(変化なし)

クリアリングバンク
資産:(変化なし)
負債:(変化なし)

FRB
資産:(変化なし)
負債:発行済現金(-),リバースレポ(+)

 リバースレポ取引前後で起こる通貨流通量の変化とは,預金貨幣残高や準備預金残高が変化せずに発行済現金(連邦準備銀行券)残高が減少することであるとわかる。


4.二つの局面を経ての変化の確認と結論

 銀行預金のMMFへのシフトと,FRBのMMF相手のリバースレポ取引の二つの局面による変化は以下のとおりである

銀行
資産:準備預金(-)
負債:預金(-)

FRB
資産:
負債:準備預金(-),リバースレポ(+)

家計
資産:預金(-),MMF残高(+)
負債:

MMF信託勘定
資産:リバースレポ(+) 
負債:MMF残高(+)

 これによって,冒頭で先取した通りの結論が得られる。

 なお,2023年後半からリバースレポ取引残高は急速に縮小した。MMFが財務省証券(短期国債)に買い向かっているからだという。財務省証券の発行は,昨秋の政府の債務上限引き上げ合意に基づくものであり,永続的なものとは考えにくいが,この動きをめぐって金融政策についての論評が行われているので無視はできない。また,FRBが金融引き締めをいつ,どのように終了するかも問題になってきており,その際にリバースレポと準備預金はどう変化するのかも考えねばならない。別途考察したい。


0 件のコメント:

コメントを投稿

大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年を読んで

 大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年。構成は「Ⅰ 山川イズム 日本におけるマルクス主義創成の苦闘」「Ⅱ 向坂逸郎の理論と実践 その功罪」である。  本書は失礼ながら完成度が高い本とは言いにくい。出版社の校閲機能が弱いのであろうが,校正ミス,とくに脱...