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2025年1月5日日曜日

バイデン米大統領による,日本製鉄のUSスチール買収計画中止命令に接して

  1月3日,バイデン米大統領は,日本製鉄によるUSスチール買収計画に対して中止命令を発した。その全文日本語訳は『日本経済新聞』サイトで無料で読める。日本製鉄は対米外国投資委員会(CFIUS)の手続きに瑕疵ありとして提訴する意向であるが,中止命令そのものを覆すことは難しい。ここでは,実際に日鉄がUSスチール買収を中止せざるを得ないというシナリオに沿って,その影響を考える。

*アメリカ鉄鋼業への影響

 バイデン大統領やトランプ次期大統領の思惑に反し,この中止はアメリカ鉄鋼業へのリノベーション投資の機会を阻止し,鉄鋼生産とそれに伴い雇用の一層の縮小をもたらすだろう。USスチールは,何らかの経営再編を余儀なくされるだろう。日鉄の救済を得られなかったモン・バレー製鉄所は,遅かれ早かれ高炉一貫製鉄所と言う姿を保てなくなるだろう。

 しかし,その後に待つものは,さらなる意図せざる結果であるかもしれない。USスチール傘下の製鉄所のうち,最新鋭の電炉製鉄所であるビッグ・リバー・スチールだけは,誰が保有するにしても拡張されるだろう。政治介入などなくともコストが安いからである。すでに65%を超える電炉製鋼比率を持つアメリカ鉄鋼業は,総生産量を縮小するとともにますます電炉比率を高めるだろう。トランプはパリ協定から脱退する方針であるが,それでも鉄鋼業からのCO2排出量は減るだろう。雇用を失う人々の怨嗟がどこに向かうかは政治次第であるが,投資は市場の力により電炉と他の産業に向かうであろう。


*日本製鉄への影響

 日本製鉄は,USスチール買収の頓挫により,二つの方面でグローバル戦略に重大な支障をきたすことになる。一つは,経営資源と市場の獲得という点からである。ゲイリー製鉄所が供給を支える自動車用鋼材市場,ビッグ・リバー・スチールの持続可能性の高い生産力,鉄鉱石鉱山の権益を獲得できなくなることは痛い。

 しかし,もう一つの側面がある。あまり評論されることがないが,アルセロール・ミタル(AM)に依存しないグローバル戦略の挫折である。日本製鉄がめざすのは連結生産能力を現在の5000万トン前後から1億トンに倍増させ,うち海外の比率を40%にすることである。しかし,これを独力で行うことは難しいため,これまではAMとの合弁事業によって海外生産を拡張してきた。最大の海外事業であるインドの高炉・還元鉄一貫メーカーAM/NSインディアも,これまでアメリカで最大の拠点であった電炉メーカーAM/NSカルバートもAMとの合弁である。今のところ良好なAMとの関係に,いつ緊張が発生しないとも限らない。だからこそ,日鉄は独力でUSスチールを買収し,フリーハンドでアメリカ市場に臨みたかったのである。この点での挫折は,経営戦略として深刻である。


*政治介入・余談

 確かに今回のUSスチール買収計画中止命令は,政治介入の産物である。それゆえ,政治介入に関する余談で締めよう。

 日本製鉄のグローバル戦略の行方に立ちふさがる様々な障壁の一つは,AMが2000年代のようにM&A戦略を活発化させ,日本メーカーに買収を提案する可能性である。今回,日本製鉄のUSスチール買収計画に声援を送った日本政府関係者や日本の経済評論家が,日本メーカーが買収されようとしたときに激高して「安全保障上の懸念がある」「日本の鉄鋼メーカーは日本人によって所有され経営されるべきだ」「日本も黙っているわけにはいかない」などと叫んだりしないことを,希望する。

<過去ポスト>

日本製鉄のUSスチール買収によってアメリカの安全保障が脅かされるのか?:ミッタル・スチールという前例から(2024/9/6)

日本製鉄がUSスチール買収完了後のガバナンス方針を発表:買収が成立しても種々の問題は続く(2024/9/5)

日本製鉄はUSスチール買収への反対にどう対処するのか(2024/2/10)

日本製鉄によるUSスチール買収の狙いと課題:過去からの声,未来への声(2023/12/19)

製鉄所に刻まれたアメリカ鉄鋼業衰退の歩み(2018/10/6)




バイデン米大統領による,日本製鉄のUSスチール買収計画中止命令に接して

  1月3日,バイデン米大統領は,日本製鉄によるUSスチール買収計画に対して中止命令を発した。その全文日本語訳は 『日本経済新聞』サイト で無料で読める。日本製鉄は対米外国投資委員会(CFIUS)の手続きに瑕疵ありとして提訴する意向であるが,中止命令そのものを覆すことは難しい。こ...