時事が,中国で多くの無症状者が感染者にカウントされていないと香港紙からの孫引きで報じているが(シェア先),それは以前から分かっている話で,また中国も秘密にも何もしていない。例えば,中国が無症状者を感染者数に含めないことについて,2月にはNatureでもその適否が議論になり,3月初旬に日本でも報じられた(※1,※2)。
また,もともとのSCMP紙の記事(※3)は中国政府が感染者数を過小表示してけしからんと非難しているのではない。感染者のうち無症状者はどのくらいの割合なのかを推計することの難しさを論じた記事だ。その材料の一つとして,無症状者の扱いが国によって異なることが指摘されており,その中で中国の例も扱われているのだ。
(引用)「WHOは症状があろうとなかろうと陽性となったすべての人を確定例(感染者)と見なしている。韓国もそうだ。しかし中国政府は2月7日にガイドラインを変更し,症状のある患者だけをカウントするようになった。アメリカ,イギリス,イタリアは単純に,ウイルスに曝露されていた医療労働者を除いて,症状のない人は検査しない」(引用おわり)
ちなみに日本の場合は,無症状の人は普通は検査されず,クラスターの感染経路追跡の際には検査される。
このように,無症状者の扱いで感染者数が変わるので感染者総数を比較しにくいという問題として記事は報道している。そもそも無症状者までは検査しない傾向の国(アメリカ,イタリア,日本。イギリスはしているという意見もあり),する傾向の国(韓国),するけどカウントしない国(中国)もあるからだ(イギリスは検査するという指摘もある)。だから日本に対しても,国内外で「オリンピックをやりたいから検査を少なくして感染者数を少なく見せているのだろう」などと疑う人がいるのである(そうではないことは※4を参照)。
中国が無症状者をカウントしていないのは,別に感染者数を減らすためではない。それならば,この方針を定めた2月7日の「新型冠状病毒肺炎防控方案(第4版)」が出た後,公式発表で中国の感染者が激減するか,少なくとも増加の勢いが落ちたはずである。しかし実際は逆であり,激増したのだ。それも武漢・湖北省で。リンク先をご覧いただければ一目でわかる(※5)。ドンと増えているのが2月12日である。
この方案は,無症状者を感染者数から除く一方,湖北省でのカウント基準を変えた。それは,武漢・湖北省においてあまりの患者の多さにPCR検査がまにあわなくなり,CT画像など臨床的な診断によっても新型コロナウイルス感染者だと確定してよいという基準に変更したのだ(このことは私も2月13日の投稿で紹介した (※6)。医療現場は感染者数を少なく見せるどころの状態ではない。感染者だと確認できないと感染者用の治療ができないし,医療従事者の防護措置も十分できない。だから,重い症状の人を早く診断して欲しいという意見には理由があった。ただ,その後,このカウント方法は結局適切でないということになり,PCR検査,ウイルスDNAシークエンシング検査,抗原抗体反応の検査という3つの検査のいずれかで陽性を判断するものに改められた。これも,もうわかっている話だ。
なお,無症状者を除くと事態が深刻でないように見えるかというと,そうではない。致死率がはね上がるからだ。この点でも,無症状者をカウントしないのは事態を深刻でないように見せるためではない。
まとめると,時事の報道はもともとのSCMP紙の記事の主旨を逸脱して「中国政府は感染者数を意図的に小さく見せていた。けしからん」というニュアンスに偏っているが,それはミスリーディングだ。
ただ,私も,中国政府は無症状者の数字はきちんと地方別に出すべきだと思う。とくに困るのは,この4万3000人が武漢・湖北省に多いのかそれ以外に多いのかがわからないことだ。武漢・湖北省とそれ以外では,当然前者の方が致死率が高い。医療崩壊を起こしたからである。逆に,湖北省以外は,医療崩壊を起こさずに,感染者が大量であり,大量に検査した貴重な先例になっているのだ。つまり,湖北省以外の中国は,医療が維持できた場合に「本当はどのくらいの致死率なのか」を考える貴重なデータだ。だから,感染者数にカウントしなくても,別扱いの無症状者として数値を公表すべきだと思う。
「中国、4万3000人計上せず 無症状の感染者除外で―香港紙報道」時事ドットコムニュース,2020年3月23日。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020032300117&g=int
※1 Scientists question China’s decision not to report symptom-free coronavirus cases, Nature News, Feb. 20, 2020.
https://www.nature.com/articles/d41586-020-00434-5
※2 「コロナウイルス、中国は症状のない患者をカウントしていない。科学者でも分かれる賛否」Yahoo!ニュース(ハーバービジネスオンラインより)2020年3月1日。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200301-00213815-hbolz-soci&p=1
※3 Josephine Ma, Linda Lew and Lee Jeong-ho, A third of coronavirus cases may be ‘silent carriers’, classified Chinese data suggests, South China Morning Post, March 22, 2020.
https://www.scmp.com/news/china/society/article/3076323/third-coronavirus-cases-may-be-silent-carriers-classified
※4 「「多数のPCR検査がなされていないから,感染者が本当は何人いるかわからない」ことについて」Ka-Bataブログ,2030年3月6日。
https://riversidehope.blogspot.com/2020/03/pcr_6.html
※5 武漢および湖北省の累積感染者数(「新型冠状病毒肺炎湖北実時疫情」騰訊新聞)
https://news.qq.com/zt2020/page/feiyan.htm#/area?pool=hb
※6 川端2月13日Facebook投稿。
https://www.facebook.com/nozomu.kawabata.5/posts/1375294509303174
現在の診断基準(「新型コロナウイルス関連肺炎診療ガイドライン(試行第 7 版)」日本語訳)
https://www.tri-kobe.org/files/user/assets/docs/covid-19_chinaGLv7.pdf
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
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