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2018年10月22日月曜日

留学生が日本の大学を卒業して就職する際の条件緩和について

 外国人労働者受け入れ問題について,論点は多々あるが,大学に身近な「留学生が日本の大学を卒業して就職する場合の条件緩和」問題にふれたい。

 さて,まず法務省がやろうとしていることを正確に把握したいのだが,公式発表はまだないようだ。「年収300万円以上で日本語を使う職場で働く場合に限り,業種や分野,職種を制限しない」ということらしい。

 ここで,まず誤解すべきでないのは,これは報道が間違っていない限り,収入要件の緩和ではないということだ。日本の大学を卒業して日本の会社で働く外国人が持つビザで一番多いのは「技術・人文知識・国際業務」だ。現行のの運用では,「技術・人文知識・国際業務」ビザを持っている外国人が,ここから「永住」に転換しようとすると,収入要件は年収300万円だ。もちろん,他にいろいろな制約があって永住をとれる人はそれほど多くないのだが,その厳しさは年収要件ではない。「永住」ですら300万円以上なので,「技術・人文知識・国際業務」ビザを取って日本で働くのが300万円以上なのは,とくに何も緩和していないと言える。

 だから緩和するのは業種・分野,職種だということになる。従来は大学で学んだ分野との関連性が問われていたのを,問わなくするということだ。では,どのように緩和するのか。

 そもそも,現在の基準にもあいまいさがある。「技術・人文知識・国際業務」ビザを取得するためには,大学の専門分野に属する技術や知識を要する業務,または外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事しなければならない。その例は法務省のページに書かれている(※1)。しかし,この基準で厳密に「専門にかなった仕事に就く就職か」を判断することは難しい。なぜなら,日本企業はそもそも学卒新規採用の際に職務を明示しない,メンバーシップ型の採用をするからだ。わかるのは「入社」することだけであって,どんな職に「就職」するかはわからない。よって法務省が判断することには困難がある。

 しかし,現在の基準もまるきり使われていないわけではない。「技能労働(ブルーカラー業務)は不可」というところだけはチェックしていると思われるからだ。技能労働につくと疑われると不許可になることがある。この技能労働の範囲にもグレーゾーンはあるが,製造や建設,販売,サービスにおける現場作業労働を含むとみなされているようだ。たとえば,工場のラインや建設現場で作業員として働く,コンビニの店員になる,飲食店のウェイター,ウェイトレス,フロア接客などがみとめられないようだ。

 このため,新規学卒留学生の就職に際しての「技術・人文知識・国際業務」ビザへの切り替えにあたっては,書類の書き方のテクニックや審査官の裁量に左右される場合が少なくない。イメージしやすい例としては,専門職であっても現場作業労働も行っているような職種,たとえば保育士,通訳も行うフロア接客,などがあげられる。これらは,不許可のことも,許可になることもあるそうだ。

 この点を考えると,業種・分野・職種制限を外し,年収要件だけでチェックすることについては,一方で歓迎すべき点と,他方で注意すべき点がある。

 歓迎すべき点とは,基準のあいまいさ,書類作成のテクニックや審査官の裁量によって許可・不許可が左右されるという不透明さがなくなり,公正さが増すことだ。私は日本の新規学卒労働市場が徐々にジョブ型になっていくことが望ましいと考えるが(※2),そうなるにせよならないにせよ,メンバーシップ型の「入社」方式がしばらく残ること,縮小するにしてもエリート社員はメンバーシップ型であろうことは避けられない。ビザ審査で教育と職務の適合性を見るのも無理であろう。とすると,ホワイトカラー業務全般について,大卒の留学生が日本人と変わらず就職できるようにすることが公平であろう。留学生には専門性をかなりの無理をかけて問い,日本人学生には問わないということは,不合理があるからだ。

 他方,注意すべき点とは,大卒の留学生が技能労働に流れ込む余地はないのかということだ。つまり,大学を卒業して工場の作業労働者,建設労働者になったり,バイトをしていたコンビニや居酒屋にそのまま就職するということである。労働力不足のおり,技能労働でも年収300万円を超えることは十分にあり得るから,年収要件はクリアーするかもしれない。しかし,これはさすがに望ましくない。日本の大学教育は特定の職種・職務に対応したものではないが,少なくともホワイトカラー業務に対応しており,ブルーカラー業務に対応しているのではないとは言える。大学教育を受けるために日本に来てもらった留学生は,そこで得た知識水準にふさわしい形で職に就くことを,日本在留の要件とすべきだ。

 もちろん,ホワイトカラー業務では採用されないから技能労働に応募するというような大卒留学生が少なければ,問題は起こらない。しかし,大学教員としては誠に残念だが,現在の留学および大学の現状ではここに不安がある。すでに少なくない日本語学校が,就労を目的として日本にやってくるためのトンネル的存在となっており,さらに,少なくない私立大学において,高校教育の内容を身につけているとは思えない低学力の受験者を入学させることが,相手が日本人であれ外国人であれまかり通っている。この両方の条件が結びついた場合,はなはだ学力の不十分な留学生が大卒となることは,繰り返すがはなはだ遺憾ながら起こりうる(※3)。

 こうなることは望ましくない。外国人を差別したり,技能労働を職業差別したりする意味で,望ましくないと言っているのではない。多大なコストを払って実施している大学教育は,修了者が技能労働することを想定した内容ではないからだ。日本語学校と大学への留学という複雑な制度を活用しながら,その機能は,技能労働者への就労のトンネルというのでは,あまりの機能不全であり,教育制度と,そこにかけたお金・人材の目的外使用だからだ。そのような可能性を広げてしまう制度改革はすべきではない(これは,大学を卒業し,自らに技能労働が向いていると確証をもって働く個人の生き方,自由な選択を何ら否定するものではない)。

 技能労働者の不足に対しては,現在すでに議論になっているように,適切な要件を定めた技能労働のビザを発給することによって対応しなければならない。私は基本的に技能労働ビザ発給に賛成している(※4)(ただし,詳細についてはかなり検討しないと問題が起こるので,別途議論する)。しかし,大学教育にさんざん手間暇をかけて,それが技能労働者集めのトンネルルートになるという,制度の目的外使用には反対せざるを得ない(※※11/5注。続編もご覧いただけると幸いです)。

 結論として,私は本件について,以下のように提案したい。

*日本で大学を卒業した留学生への「技術・人文知識・国際業務」ビザ発給に際して,業種,分野,職種の制限を緩和して実態に合わせ,ホワイトカラー業務への就職について,留学生と日本人を同等の競争条件に置くことに賛成する。

*ただし,技能労働(ブルーカラー業務)への就労は,従来と同様,認めるべきではない。この技能労働には販売,サービス分野の作業労働を含む。

 関連して,すでに多くの人が述べていることだが,次のことも必要になる。

*日本語学校が就労の手段として使われる状態を解消する必要がある。そのために,技能労働ビザの適切な制度設計が求められる(別途議論したい)し,虚偽情報で学生を集める,授業の実態がない,資格外活動制限違反を促進または放置しているなどの日本語学校は取り締まるべきだ。

 そして,実は問題のおおもとには以下のことがあることを指摘したい。実は,大学入試さえしっかりしていれば,このような心配は不要なのだ。日本語学校と大学を経て技能労働というトンネルが懸念されるのは,「高校教育の内容を身にうけたものだけを大学に入学させる」という当然のことができていない現状が,日本の大学に存在するからだ。その理由については以前に書いた(※5)。あれこれの大学改革よりも,この基本的なところを何とかすべきではないか。

*大学入試において,高校教育の内容を身につけたもの以外を合格させないようにすることが,留学生の就職の適切な促進,弊害の最小化にもつながる。

 なお,以上は限られた知識をもとに書いたので,ご批判を遠慮なくコメント欄にいただきたい。


※1「「技術・人文知識・国際業務」の在留資格の明確化等について」法務省入国管理,2008年3月(2015年3月改訂)。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_nyukan69.html

※2 川端望「就活ルール廃止後に求められる改革の基本方向」Ka-Bataブログ,2018年10月11日。
https://riversidehope.blogspot.com/2018/10/blog-post_66.html


※3 出井康博「外国人留学生「就職条件緩和」に潜む「優秀な人材」という欺瞞」フォーサイト-新潮社ニュースマガジンより転載,時事ドットコムニュース。
https://www.jiji.com/jc/v4?id=foresight_00242_201810150001

※4 川端望「外国人労働者について:もはや「受け入れるか,受け入れないか」の問題ではなく,「どう受け入れるか」の問題である (2018/6/6)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/201866.html

※5 川端望「大学の学力問題と労働市場」2017年7月4日。Ka-Bataアーカイブ
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/201774.html

※※11月3日追記。以下に続編を書きました。
続・留学生が日本の大学を卒業して就職する際の条件緩和について。
https://riversidehope.blogspot.com/2018/11/blog-post_3.html

※※※12月9日追記。入管法改正案成立を受けて以下を書きました。

拙速な入管法改正は遺憾だが,実践的な準備をしながら意見をたたかわせるしかない



4 件のコメント:

  1. “日本に特有なのは、現実と異なることを前提にしていること”

    中学レベルがクリアできていない者の多くも高校に進学する訳(ほぼ全員進学)だけど、にもかかわらず、日本では、彼らのうち「普通科に進学する者も多い」というのと同じ構造的な要因でしょうよ。学校で技術を学んでも、(本人にとってあまり)有効に機能しない、という構造だね。

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  2. hamachan名および「池●信夫をう●こ処♀認定だ!」名でコメントを書き込まれた方へ。

     濱口桂一郎さんから,"hamachan"さんは自分の名を騙ってコメントを書き込んでいるのではないかとの批判がありました。確かに,"hamachan"さんは,濱口さんのブログをご自分のコメント内に表示することで,あたかも自分が濱口桂一郎であるかのように誤解させる効果を持った投稿をされています。これは適切ではなく,濱口さんに不当な迷惑がかかる行為です。そのような方と対話することはできません。よって,hamachan名および「池●信夫をう●こ処♀認定だ!」名のコメントは削除させていただきました。

    この措置が事実無根でない証拠に,スクリーンショットは保存させていただきました。

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  3. “そのような方と対話することはできません。”

    う~ん。改めて、別名で書き込めば良いだけの話なので
    あまり意味はないというか。誤解の恐れが問題ならば、
    そこを回避するように改善すれば良いだけでしょうね。

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  4. どうやら、「ふま」というのは、人物ですらなく、死神、悪魔、悪霊といった類のもののようです

    まあ、「事故物件」には関わらないのが、賢明かと

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