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2018年10月11日木曜日

就活ルール廃止後に求められる改革の基本方向

 経団連は就活ルールの廃止を10月9日に決定した。中西会長は同日の記者会見で「今後は、未来投資会議をはじめとする政府の関係会合において、2021年度以降のルールのあり方について議論していくことになる」と述べており,何らかのルールが必要なことは認めている。しかし,それはもはや経団連が定めるのではない。野上官房副長官が述べるように,「政府と関係者が議論の場を設けるなど適切に対応していく」ことになるのだろう。

 本件について経団連に問われていたのは,単に就活ルールを投げ出して,会員企業の青田買いを野放しにするだけなのか,採用方式の改革に乗り出すのかであった。結果,直接には投げ出しに終わっており,どのような改革が必要とされているのかについて,まだまともな提案をしていない。中西会長は「今後の議論において重要なことは、大学の教育の質を高めることである」と述べるが,卒論や卒業時成績など学生の能力の到達点を見ようともせずに採用活動を前倒ししていることへの反省がない大学批判はお門違いだ。しかし,他方で「すでに多くの企業が新卒一括採用のみならず、中途採用などを行っているが、学生にどのような勉強をしてほしいのか、入社後のキャリア形成をどう用意しているのか、などといった具体的な事柄について、これまで企業から社会全体に十分に伝えてこなかった」という反省を述べたこと,新たなルールについて,政府,経済界,大学で協議していくことに前向きなことは注目される。改革への意思,参加する意思はあると受け止めるべきだろうし,そのように受け止めてコミットメントを求めるべきだろう。

 さて,この新卒者に対する採用活動の根本的な問題は,活動開始の時期ではない。新卒採用の本質は,「新規学卒者だけを対象にして,やるべき職務を明示せずに,「入社」させること」であり,中途採用の本質は「やるべき職務を特定して,それにふさわしい能力を持ったものを「就職」させること」だ。職務を指定しないメンバーシップ型採用と,職務を指定するジョブ型採用の区別に注目すべきであり,新卒者が挑む採用が前者に偏りすぎていることが本質的な問題なのだ。就活ルールを廃止すると,仮に新たなルールがどのように決められるにしても,採用活動の時期は今よりは自由化されるだろう。そして,もし企業側が新卒に「入社」を求めるメンバーシップ型採用を何ら改革せず,ただ前倒しで行うだけであれば,それは直接には大学教育と学生生活に対する破壊行為だ。また間接には,企業は「大学で身に着けた能力は求めないが,大卒の肩書は求める」ことになる。そして,大学には全く何も求めないけれど,各社各様に,各社に「入社」するにふさわしい漠然とした能力を求めるという,現在行われている採用活動をもっと推し進めることになる。これは雲をつかむような話であり,日本の人的資源の涵養につながるとは到底思えない。

 だから改革の基本方向は,メンバーシップ型採用の比率を徐々に減らし,職務を指定するジョブ型採用の比率を増やすこと,後者の社員を活用することに企業が習熟していくことだ。ジョブ型採用では,これまでより明示的な職務遂行能力によって採用を判断することになる。それは,ことの性質から言って,新卒でなければならない理由は何もない。だから,採用対象は新卒者に限らないし,採用時期はいつでもよいことにするのが合理的だ。もちろん,メンバーシップ型とジョブ型の中間的な採用もあり得るだろう。政府,経済界,大学で協議して作る新たなルールは,このようにジョブ型採用を増やし,ジョブ型採用を通年の,新規・中途を問わない採用にしていくことが望ましい。残るメンバーシップ型採用については,あまりに極端な青田買いを抑止する。

 ジョブ型採用は,ある特定の職務を遂行できる人を採用するのだから,そこに年齢差別があってはいけないことになる。実は,年齢差別禁止は,すでに2007年改正の雇用対策法第10条でとっくに規定されている。ただ,,雇用対策法施行規則第1条の三において新規学卒採用は例外とされているに過ぎないのだ。ジョブ型採用については,この例外は適用すべきでないだろう。もし適用すると,結局新卒をターゲットにした青田買い採用になってしまう。青田買い採用を抑止して通年・随時採用にするには,採用対象の限定をなくすしかないのだ。

 これによって,大学生からみると,就職活動が全体としていまよりもひどく青田買いになること,つまり前倒しされることは避けられる。ジョブ型採用の部分は,一年を通して行われているし,新卒者であっても就職浪人を含む既卒者であっても等しく応募できるからだ。つまり,就職活動をしたいとき,しなければならないと思った時ににすればいいのである。メンバーシップ型については,これまでより青田買いがひどくなるおそれがあるが,全体に占める割合が小さくなれば弊害も小さくできるだろうし,ルールによる規制も可能であろう。

 ただ,ジョブ型採用は日本の労働市場全体に構造変動を起こすし,大学生にとって,就活開始が早まりはしないものの,全体として有利かというとそうでもない。年齢差別禁止が適用されると,当然,ジョブ型採用には新卒だけでなく,就職浪人も中高年も応募するだろう。そうすると競争率が上がるから,大学生には不利になってしまう。日本全体としては,中高年の再就職の可能性が広がり,その分だけ新卒が不利になる。これは学生にとっては問題だ。

 しかし,それは超高齢社会への対応としては合理的だ。超高齢社会とは高齢者と女性が元気に働けないと成り立たない社会であり,現在はその高齢者と女性に冷たい労働市場と雇用システムなので,その改革の一環としてやる価値はあるし,いずれはやらざるを得ないことだろう。

 若者にとっても,不利なことばかりではない。前述の通り,早い学年から就活をするという混乱は避けられるし,卒業してから自らの専門性を武器に就職することも可能になる。新卒と就職浪人の間にあったすさまじい差別が緩和され,やり直しのきく就職活動になるだろう。一発勝負ではなくなるのだ。

 大学や高校にも教育改革の課題が突き付けられる。メンバーシップ型採用が残る部分については,求められる教育の質はそれほど変わらない。幅の広い教養,課題探求能力,リーダーシップ,読解力,分析力,考察力,論文を書く力などを身につけさせればよいからだ。ただ,少数精鋭になるだけに,これまでよりも高い能力は求められるだろう。他方,ジョブ型雇用に変わる部分については,就職する時点で,新卒者に職務遂行能力が求められる。それは学生の間に身につけねばならない。つまり,大学や高校での職業教育を強化しなければならなくなるだろう。来年4月から開設される専門職大学や,各大学での一層系統的なキャリア教育,企業・業界団体・経済界と連携しての質の高いインターンシップとその単位としての認定,高専や工業高校・商業高校,専門学校の地位を上げる工夫,ダブルスクールをやりやすくする仕組みなどは,どうしても必要になるだろう。これはつらいことではあるが,実のあることでもある。文部科学省から言われ,評価と予算を得るために行う改革ではない。学生が,自らの力で就職できるようにするための改革なのだ。

 日本の労働市場を全体としてよりよく機能させ,企業には人材獲得の便宜を拡大し,大学と学生には教育機会を保証していくためには,以上の方向で新たなルール作りと,労働市場改革,教育改革を進めることが必要だと,私は考える。

定例記者会見における中西会長発言要旨,2018年10月9日,日本経済団体連合会。
http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2018/1009.html

2 件のコメント:

  1. 就活ルール廃止後、先生がおっしゃる通りにジョブ型採用が増え、新卒・中途問わずに開かれることを望みます。
    企業側がジョブ型採用を行うことで、就職前に身につけるべき技能やその水準が明らかになると思われるからです。
    それにより、いわゆる就職活動で行われるような自己分析を元にする自己PRにより評価されることが減り、自身の何が悪いのかわからないのに選考に落ち続けるという事態が発生しにくくなると思われます。
    またジョブ型採用により自身の適性を考えやすくなること、キャリア形成をコントロールしやすくなることなどの効果もあるように思いました。

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  2. 就活ルールを始め 世の中の「ルール」に不変のものは無く、改善される時もあれば 改悪される時もある。学生の方に分かって欲しいのは 1)変化に対する粘り強い柔軟対応性。2)自分の中の根底にある「思い・こだわり」の発見・育み。3)「ルールを変更する側」での反省・発想。それを時間に余裕のある 大学時代に身につけて欲しい。否応でも「仕事と自分」の問題はリタイアするまで抱えるから。

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