若林直樹「企業のパーパスを再考する」日本経済新聞8月10日,経済教室欄を拝見した。経済的目的と社会的目的の「二重目的」の調整という課題が正面から指摘されているところが面白かったので,この点について思っていることを書く。
「パーパス経営」というのは現代的な表現形であり,若林先生が紹介されているように,おそらく経営者が実践しやすいように問題が設定され,ツールも整備されているのだと思われる。ただ,問題の根源はバーリ&ミーンズ『現代株式会社と私有財産』(原書1932年,森杲訳,北海道大学図書刊行会,2014年)から変わっていないのではないか。
私の解釈では,バーリとミーンズが世界大恐慌下で考えたのは以下のことであった。
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現代社会では,経済活動を統治する基本原理は所有権である。しかし,株式会社を所有権だけで統御することはできない。株主の比例的な持分に厳密に従っていては効率的な経営ができない。現にもう持分比例は無視せざるを得なくなっている。では,大株主や専門的経営者といった「支配者」の利害に従えばよいだろうか。現実にはそうなっている。しかし,それでは多数の株主の利害を無視するので所有権による統治ではなくなる。つまり「所有」権に厳密に沿った統治は現実的でないし,「支配」の利害に沿った統治はもはや所有権の無視である。だから,株式会社制度が生き残るためには,「所有」と「支配の利害」に沿うこと自体をやめて,会社が公共利益を追求するテクノクラシーになるしかない。
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株式会社は矛盾した存在である。一方において,株式会社は資本として利潤を追求せずにいられない。商品と貨幣と資本のシステムが一度出来上がってしまうと,そうせずには生産ができず,社会が成り立たないからである。他方において,株式会社が巨大化すると個人では出資し切れなくなり,また経営が複雑化すると出資者なら経営できるとは限らなくなり,さらに長期存続すると経営は個人の寿命や健康に依拠できなくなった。私的所有権で統御できなくなったのである。バーリ&ミーンズの思考には,この矛盾が率直に表現されていたのだ。
この時期のバーリとミーンズは,「支配者」が自己利益を追求する株式会社の在り方に,深刻な危機感を抱いていたのであり,株式会社の発展を喜んでいたのではない。バーリ&ミーンズは「支配者」が自己利益を追求していることを知っていた。だから,株式会社が中立的になるべきだというのは,規範的帰結ではあっても現実的展望ではなかった。しかし,株式会社が中立的になったと決めつけているわけではなかった。後続研究が『現代株式会社と私有財産』をそのように読んだのは誤読であり,そうした誤読の上に賞賛したり非難したりしたのは単なるひとりよがりである。
パーパス経営は,「まずもって利潤がなければ会社は存続できないだろう」という立場と「利益自体が組織の目的じゃないだろう。何のために経営してるんだ」という立場の間を振動する。決して,どちらかに収束することはできないだろう。株式会社が資本である限り前者を捨てられず,社会的存在になった限り後者を問われざるを得ないだろう。バーリ&ミーンズが「所有」と「支配」のジレンマと格闘したように,矛盾する「二重目的」という課題を正面から取り上げることが,経営学に求められる。