韓国政府による,慰安婦被害者支援のための「和解・癒やし財団」の解散決定について,暫定的にコメントする。
*韓国政府の見地に対して
・前政権による日韓合意が慰安婦被害者本人の意向を無視したものであったことを,文在寅政権が問題視するのはありうる。そこまではわかる。
・しかし,政府当局者も言うように,「韓日間の公式合意」であることから,「慰安婦合意の破棄や再協議を要求しない」というのも常識的な線というものだろう。それもわかる。
・しかし,韓国政府が慰安婦被害者支援のための「和解・癒やし財団」を解散するという場合,どうしても問題は起こらざるを得ない。
・韓国政府当局者は「日本政府が誠意ある姿勢でこのため(被害者の方々の名誉と尊厳の回復および傷の癒やし)に努力することを期待する」というが,日本政府は,そのつもりで「和解・癒やし財団」にお金を拠出したはずだ。そう認められたから合意が成立したのだ。
・それではだめだというのであれば,1)韓国政府は日本政府が拠出したお金はどのように扱うのかという問題が起きる。また,より根本的な問題として,2)公式合意を破棄はしないけれど,合意はまちがっていることなので遂行できない,日本政府はもっと別なことをして欲しいという立場を表明しているが,「最終的かつ不可逆的な解決」という合意を破棄せずに,別なことをしてほしいと要請するのは,さすがに矛盾している。
・それでも別なことをしてほしいというのであれば,それが何であるかを表明するのは,韓国政府側の責任であろう。それは何なのか。韓国メディアの日本語記事も見ても,どこにも見つからない。『朝鮮日報』のイム・ミンヒョク論説委員も文在寅政権は「自分たちはどのようにして真の謝罪と法的責任認定を引き出すのかについて、何の答えも出していないし、答えがあるわけでもない」と指摘している。要求項目が不明なまま「誠意ある姿勢」を要求して,日本が先に提案しろというのは,いくら何でも無茶である。それで話が進むわけがない。
・文在寅政権としては不本意であろうが,「和解・癒し財団」という方式が適切でないと考えたとしても,日韓の外交合意を破壊しないのであれば,やるべきは「和解・癒し財団」の解散ではなく,韓国の国内政策としての追加措置なのではないだろうか。
*日本政府がとるべき態度について
・日本政府が「日韓合意で終わったのだ」とだけ言い放つのは,適切ではない。日韓合意には,「安倍晋三首相は日本国の首相として、改めて慰安婦としてあまたの苦痛を経験され心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に心からおわびと反省の気持ちを表明する」という趣旨がある。この「おわびと反省」の立場を堅持していることを表明し続けねばならない。そうしなければ,おわびや反省は本心ではなかったのかと,韓国のみならず国際社会から疑われるだろう。
・「何度も謝罪しなければならないのはおかしい」という人がいるかもしれないが,そうする必要はないのだ。改めて謝罪するのではなく,「謝罪した立場にいまも変わりはない」と言い続けることが大事なのである。それは,政治だけの問題ではなく,倫理的にも当然のことだろう。
・政府が「日韓合意で終わったのだ」とだけ言い放つことによって,日本国内にある,慰安婦などいなかったという極論を始め,反韓国感情を煽り立てる効果があることは明らかだ。安倍政権がそれを放置するのは不適切であり,自ら選んだ「おわびと反省」という見地に照らして不誠実だ。自ら表明した正式見解を守ることが安倍政権の責任だ。慰安婦とされた女性たちに対する,お詫びと反省の気持ちをずっと維持していること,その具体的な形として「和解・癒し財団」への拠出を行ったこと,そのようなものとして日韓合意は有効であることを,内外に発信するのが妥当だと考える。
イム・ミンヒョク「【萬物相】慰安婦財団解散、「文在寅式解決法」とは一体何なのか」『朝鮮日報 日本語版』2018年11月22日。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/11/22/2018112280008.html
「韓国政府「慰安婦合意、破棄・再協議要求せず…日本の誠意ある努力に期待」」『中央日報日本語版』2018年11月22日。
https://japanese.joins.com/article/375/247375.html
「慰安婦財団解散 日本の真摯な姿勢に期待=韓国外交当局」『聨合ニュース』2018年11月21日。
https://m-jp.yna.co.kr/view/AJP20181121004900882?section=japan-relationship/index
<関連>「従軍慰安婦問題に関する河野談話についてのノート:企業経営研究者の立場から A Note on the Statement by the Chief Cabinet Secretary Yohei Kono on the Issue of "Comfort Women" (2014/3/3)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/a-note-on-statement-by-chief-cabinet.html
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
フォロワー
2018年11月22日木曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年を読んで
大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年。構成は「Ⅰ 山川イズム 日本におけるマルクス主義創成の苦闘」「Ⅱ 向坂逸郎の理論と実践 その功罪」である。 本書は失礼ながら完成度が高い本とは言いにくい。出版社の校閲機能が弱いのであろうが,校正ミス,とくに脱...
-
山本太郎氏の2年前のアベマプライムでの発言を支持者がシェアし,それを米山隆一氏が批判し,それを山本氏の支持者が批判し,米山氏が応答するという形で,Xで議論がなされている。しかし,米山氏への批判と米山氏の応答を読む限り,噛み合っているとは言えない。 この話は,財政を通貨供給シ...
-
文部科学省が公表した2022年度学校基本調査(速報値)によれば,2022年度に大学院博士課程に在籍する学生数は7万5267人で,2年連続で減少したとのこと。減少数は28人に過ぎないのだが,学部は6722人,修士課程は3696人増えたのと対比すると,やはり博士課程の不人気は目立...
-
「その昔(昭和30年代)、当時神戸で急成長していたスーパーのダイエーが、あまりに客が来すぎて会計時の釣銭(1円玉)が用意できない事態となり、やむなく私製の「1円金券」を作って釣銭の代わりにお客に渡したところ、その金券が神戸市内で大量に流通しすぎて」云々というわけで,貨幣とは信用...
0 件のコメント:
コメントを投稿