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2018年11月3日土曜日

3つの権利から考える徴用工補償問題の解決方向とその困難

 徴用工補償問題。だんだんと理解できてきたが,法的には権利が3種類あるらしい。

1)被害者の実体的請求権。
2)1)を保護する政府の外交保護権
3)民事裁判で訴えて補償を求める権利

 まず大事なことは,韓国の政府,裁判所,日本の政府,裁判所とも1)は認めているということだ。つまり,徴用工には被害が発生しており,補償を求めるのはもっともなことだ,というのは認めている。ここは,政治家の個人的本音はとにかくとしても,公式見解として共通の立場なのであり,共通の出発点にして解決を図ることが政治・外交として妥当だろう。昨日,共産党の志位委員長がこの観点での解決を提案したが,私も方向性において賛成だ。日本政府が述べている,請求権協定で問題が解決しているというのは,2)と3)を否定しているということであり,徴用工などいなかったとか,徴用は何も悪くなかったなどと言っているわけではないはずだ。

 実体的請求権が認められていることは,新日鐵住金にとっても重要だ。被害者に何らかの補償や見舞金を払っても,会社に不当な損害を与えることとはみなされず,株主代表訴訟を起こされる心配はないということだからだ。
 実際,西松建設中国人強制連行事件などについては,日本の裁判では2)3)は認められないが1)はあるということになり,企業と被害者が和解し,企業が補償や記念碑の建立を行っている。本件も,解決の道として一番合意できそうなのは,本来はこの方法だ。

 しかし深刻な障壁が二つある。一つは,日本政府が2)3)が消滅していると主張しているのみならず,今回の判決を全否定し,新日鐵住金にも補償に応じるなと要求していることだ。2)も3)も消滅していないとする韓国の裁判での判決に従って補償するという行為は,確かにとりがたいかもしれない。しかし,1)が存在することは認めているのだから,徴用工の受けた被害に心を配り,何らかの形で償おうとするのが政治というものであり,また後継企業の社会的責任ではないか。判決の論理は従い難いが,他の解決の道を探るという政治的・道義的姿勢は必要だろう。ただひたすら韓国を非難するというキャンペーンは,適切でない。

 もう一つは,韓国の運動や司法が2)3)を断固として主張するところから変化するかどうかだ。何しろ今回出たのは最高裁(韓国大法院)の判決であり,韓国内において守らないわけにはいかない。実質的に判決と異なる行為をするとなれば,相当な理由づけと正当性が必要になる。また,別件の従軍慰安婦問題において,1990年代のアジア女性基金による償い事業が挫折し,いままた2015年の慰安婦問題日韓合意も揺らいでいるという事情がマイナスに作用する。これらは,事実上,1)は認めて償いをするが,2)3)は認められないので日本政府からの賠償という形はとれないという立場によるものだった。しかし,アジア女性基金は挫折し,慰安婦問題日韓合意も,韓国国内における反発から揺らいでいる。加害者が被害者に法的補償をするのが正しく,他の方法はごまかしだという見解は韓国内に根強い。

 さらに深刻なのは,今回の判決は,徴用工の問題は植民地支配下の不法行為であり,それがそもそも請求権協定の対象外だとしていることだ。通常,この種の戦後補償の議論は,戦争被害の後処理をする外交合意が被害者の被害を発生させた行為をカバーしていることを当然とし,その上で,1)2)3)が消滅したかどうかを争っていた。が,今回の判決は,性質が異なるのではないか。要するに日韓条約や請求権協定では大日本帝国による植民地支配下で不法行為が行われたことを認めていないので,徴用工への補償に対する外交的保護が外れていないと言っているのではないか。

 これは,日韓条約当時の自民党政権が,大日本帝国による植民地支配の不当性を認めない立場をとっていたことのつけと言うこともできる。しかし,問題はそこにとどまらない。

 この論理が認められると,影響は計り知れないと思えるからだ。過去,植民地支配下で行われたあらゆる不法行為について,その後の外交的取り決めでそれらが不法であったと明示的に認められていないことは,大日本帝国に限らず欧米の植民地支配を含めて,残念ながら少なくない。この判決の論理が通用するならば,それらすべての不法行為について,個人は補償を求める権利が一般論としてあるだけでなく,実際に,外国の加害者を裁判で訴えて補償を求める行為が法的に可能になる。これは被害者救済の正義だけを考慮すれば,ありうることだろう。しかし,そうなると大量の訴訟行為によって過去を裁くことになり,その反動で,自己の利益を守ろうとする被告側から,過去の不法行為を否定する主張をも誘発することになる。それによって紛争の多発,外交の混乱が生じるのではないか。政治と外交において,過去の清算が一定の比重で一定の位置を占めることは当然だ。だが,この清算方法は妥当なのか。ここには,検討を要すべき深刻な問題があるように思える。

田上嘉一「韓国「徴用工勝訴」が日本に与える巨大衝撃 戦後体制そのものを揺るがすパンドラの箱だ」東洋経済ONLINE,2018年11月1日。
https://toyokeizai.net/articles/-/246841

山本晴太「日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷」法律事務所の書類棚。
http://justice.skr.jp/seikyuken.pdf
上記サイトには今回の判決文の日本語訳もある。
http://justice.skr.jp/

志位和夫「徴用工問題の公正な解決を求めるーー韓国の最高裁判決について」2018年11月1日。
https://www.jcp.or.jp/web_policy/2018/11/post-793.html

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