池田直渡「自動車メーカーの下請けいじめ? 」ITmediaビジネスONLINE,2018年10月29日という記事を読んだ。
著者は,「サプライヤー(下請け)に対して常に強い価格低減要求を出すのは当然のことだ」,それはいじめとは違うと強調している。そして友人の言葉を借りる形で,「メーカー、下請けともに長期的に収益を上げているなら、一見厳しい要求でもそれはただの企業努力を求める圧力であって、いじめではない」としている。まあ,これ自体は別に間違ってはいないだろうが,あまりにも当たり前すぎる。日本のサプライヤー管理の核心に迫っていないのではないか。
日本のサプライヤー管理の要諦は価格低減ではない。価格低減だけでは,単なる値切り,買いたたきになることもあり,それこそ下請けいじめに終わる可能性もある。
日本のサプライヤー管理が長期的にうまくいくのは,サプライヤーのコストの低減を要求し,コストの低減を通して価格低減を実現する場合である。部品メーカーのコストを下げるために様々な技術・管理の指導を行い,実行させる。その過程では,完成車メーカーはサプライヤーの生産工程を把握し,コストを把握することになる(※)。もちろん,部品メーカー側からの提案も受け付ける。こうした,共同作業によって,実質的なもの造り能力が上がり,品質が上がり,部品コストと最終製品コストが下がるのだ。完成車メーカーとサプライヤーを含んだ,サプライヤー・システム全体のパフォーマンスが上がるのだ。
これは確かに共同作業であり,共存共栄への道である。ただし,両者の関係は対等ではない。完成車メーカーが部品メーカーのコストを把握すれば,部品メーカーの利益率を管理することができる。また,部品メーカーは部品開発と工程開発のために投資を行わねばならないが,カスタム品の外注が多い日本においては,その投資は特定の完成車メーカーとの取引から回収しなければならないことが多い(いわゆる関係特殊的投資)。この関係の中で,交渉力は完成車メーカーに優位に働くのだ。
だから,優れたサプライヤー管理が行われた場合,確かに部品サプライヤーの売上高と利益は向上する。ただし,完成車メーカーより利益率は低いのだ。そして複雑なのは,部品メーカーの利益率が完成車メーカーより高いときは,完成車メーカーのサプライヤ管理が失敗している時なのだ。
日本のサプライヤー管理が成功すれば,完成車メーカーとサプライヤーは共存共栄できる。ただし,完成車メーカーの優位においてである。完成車メーカーの優位の管理が失敗しているときは,サプライヤーは劣位に立たない代わりに,サプライヤーシステム全体としての繁栄を享受できない。このような非対称な長期相対取引関係は,1990年代以来,「系列解体」と「系列再強化」の綱引きの中で,全体として徐々に薄らいで来てはいるが,消滅していない。
※専門的研究者のための注。有名な故・浅沼萬里氏の『日本の企業組織 革新的適応のメカニズム』も,完成車メーカーと部品サプライヤーの取引関係を考察する際に,この重要な側面をほぼ見落としている。「ほぼ」というのは,浅沼氏は完成車メーカーがサプライヤーの利益を管理しようとしていることは指摘しているからだ。しかし,利益を管理するためには,サプライヤーの部品価格だけでなく,部品コストも知っていなければならない。完成車メーカーがサプライヤーの部品コストをどうつかみ,システム全体としての原価低減と能力向上に生かしているのかを,浅沼氏は見ていない。この点を直視し分析したのは清晌一郎氏と植田浩史氏だ。私は両氏の研究から学んだ。
池田直渡「自動車メーカーの下請けいじめ? 」ITmediaビジネスONLINE,2018年10月29日。
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/29/news041.html
参考
川端望「中国経済の『曖昧な制度』と日本経済の『曖昧な制度』 ―日本産業論・企業論からの一視点―」『中国経済経営研究』第1巻第1号,中国経済経営学会,2017年3月,26-32頁。また,この中で引用した清,植田両氏の研究を参照。
http://jacem.org/zenbun.html#em01
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
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2018年11月2日金曜日
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