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2020年12月22日火曜日

ベトナム鉄鋼業論が英語の論集に収録されました:Hiromi Shioji, Dev Raj Adhikari, Fumio Yoshino & Takabumi Hayashi eds., Management for Sustainable and Inclusive Development in a Transforming Asia, Springer, 2020

  分担執筆した英語の本が出版されました。Google Scholarからのプロフィール自動更新情報で気づいたのですが,どうやら12/5にアップされたようです。紙版1冊をもらえるかどうかわからないので,とりあえず図書館所蔵用を注文します。


Kawabata, N. (2020). Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry Under International Economic Integration, in Hiromi Shioji, Dev Raj Adhikari, Fumio  Yoshino & Takabumi Hayashi eds., Management for Sustainable and Inclusive Development in a Transforming Asia, Springer, 255-271.(国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展)

https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-981-15-8195-3_15

 この論文の最初のバージョンは,2018年にベトナム鉄鋼業に関する評価の輪郭を思いついた時に,とにかく実務者,政策担当者,研究者に速報しようと日本語,英語両方でDPにして配信したものでした。その後,IFEAMA(東アジア経営学会国際連合)の大会で報告し,報告論文からピックアップしての出版にエントリーして採択されました。

 執筆を決めた時に念頭に置いたのは,実務家や政策担当者の状況でした。つまり,ベトナム鉄鋼業はアジアの産業の中で地位を急速に向上させているのに,この産業の発展史や各セクター(国有,民営,外資)に関する評価が提示されていなかったことです。その原因は簡単で,継続的に調査・研究している人が私以外にほとんどいないからでした。なので,まずはベースとなるものを私が書いて提示するのが社会的責任であろうと思ったわけです。これで,ベトナム鉄鋼業への評価がおかしな方向にすっとんでいく危険は回避できたし,この産業に関する仕事に携わろうとする人に,まず最初に読んでもらいたい論文になったと自負しています。

 しかし,とりあえず関係者に理解してほしい要点だけを詰め込んだものであり,実証分析は十分とは言えません。次の課題は,もっと解像度の高く詳細な研究書を一人で書き上げることです。


2020年12月12日土曜日

2050年に鉄鋼生産工程でのCO2発生ゼロを目指すという日本製鉄の方針について

 『日本経済新聞』2020年12月11日付によれば,日本製鉄橋本英二社長は「政府が掲げる50年のゼロ目標に合わせて,鉄をつくる過程で発生しているCO2ゼロを目指す」と述べたとのこと。

 待たれていた方針だ。日本の鉄鋼業界の温暖化対策は,京都議定書の削減目標を達成したところまでは見事であったが,その後はベースライン比何百万トン削減という形での,国際社会への貢献度があいまいな目標しか立ててこなかった。2018年には日本鉄鋼連盟がゼロカーボンスチールを目指す温暖化対策ビジョンを作成して一歩踏み込んだが,そこでも世界鉄鋼業がゼロカーボンを達成するのは2100年とされていた。この達成時点を2050年に前倒しすることで,「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに,1.5℃に抑える努力を追求する」というパリ協定の目標に見合った削減シナリオとなる。

 また報道が正確だとすれば,今回日鉄は,「電炉活用を進める」と公言したことになる。すでに日鉄は,瀬戸内製鉄所広畑地区への電炉導入を決めて布石を打っていたのだが,(報道が正確であれば)ついに公然と電炉の温暖化対策上の意義を認めた格好になる。これはJFEスチールや神戸製鋼所,また日本鉄鋼連盟にも影響を与えるだろう。これまで日本鉄鋼連盟は,「電炉の方がCO2排出原単位が小さい」という話題が出るたびに徹底して反発してきた。その背後に高炉メーカー会員の意向があったことは容易に推定できる。このかたくなさも変化すると期待できる。

 もっとも,これは必然だったと言える。そうしなければ目標が達成できないからだ。鉄鋼連盟が公表している,2100年ゼロカーボンスチールの方針は,ある程度の電炉法比率拡大を想定していた。もっとも主要な達成手段はそこにはおかず,現在開発中の部分的水素還元製鉄COURSE50を実用化した上に,さらにその先の超革新的製鉄技術,端的には完全な水素製鉄法,加えてCCSまたはCCU(二酸化炭素回収・貯留,再利用),さらに系統電源のゼロエミッション化をすべて達成することで目標を達成するとしていた。しかし,2050年に排出ゼロを実現しようとすれば,これらの次々世代技術開発は必要である一方で,そこにすべてをかけるわけにはいかないだろう。また,次々世代技術がすべて実用化されて2100年に達成では遅すぎる。10月公表の拙稿(※)で指摘したように,まず2050年に向かっては,現存する技術であるスクラップ・電炉法の適用比率をもっと拡大していくことが必要だろう。

 ただし,日鉄の方針にはより詳しく見るべき点もある。排出ゼロとするのはどの範囲なのかということだ。世界全体としての日鉄の連結あるいは持ち分法対象企業すべてなのか,それとも日本国の排出に計上される分,つまり日本国内の生産拠点についてなのか。前者であることを期待するが,後者だとすると,960万トンの還元鉄一貫システムを持つインドでの合弁事業AM/NSインディアなどは対象外ということになる。

 この点は注意が必要だ。現在,日本製鉄は粗鋼生産の量的拡張は国際M&Aで進める方針を取っている。旧エッサール・スチールをアルセロール・ミタルと共同で買収して再編したAM/NSインディアはその主力であるが,今後も同様の買収があるかもしれない。裏返すと,国内では粗鋼生産能力を拡張することはもはやなく,すでにコロナ禍以前から呉製鉄所閉鎖などの大規模な設備調整に入っている。生産設備が縮小すればCO2排出も縮小する。もしゼロカーボンの方針を国内拠点だけに適用すると,生産拠点の国内から新興国へのシフトを加速させる要因になるし,地球全体としてのCO2排出削減効果をそぐ作用も持つ。ゼロカーボンの方針を全世界の拠点に適用するか,あるいは国内でのスクラップ・電炉法へのシフトを円滑に進めれば,こうした副作用は起こらない。

 日本製鉄の立地戦略と環境戦略を総合して,今後も注視していく必要がある。

「日鉄、50年に排出ゼロ 水素利用や電炉導入」『日本経済新聞』2020年12月11日。

※川端望「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」『粉体技術』第12巻第10号,日本粉体技術工業協会,2020年10月,15-19頁。


2020年12月1日火曜日

青木清「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国ーー『徴用工判決』の法的分析を通して」を読み,韓国大法院判決の論理の深刻さを知る

 昨年度のアジア政経学会秋季大会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」を基礎とした論文が『アジア研究』66巻4号に掲載された。昨年12月1日に投稿した通り,私はこの大会での青木清報告に強い衝撃を受けていたので,この度,整った論文を読むことができて,たいへんありがたかった。門外漢ゆえに見落としはあるかもしれないが,私はこの青木論文「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国ーー『徴用工判決』の法的分析を通して」こそ,元徴用工に関する韓国大法院判決の論理を理解するために待ち望まれたものだと思う。実に丁寧かつはっきりと説明してくださっている。この判決が正しいと思う人であれ,間違っていると思う人であれ,この論文は読む価値があると思う。J-Stageで無料公開されている。以下,私なりに要旨紹介するが,関心ある方は実物に当たられたい。

 青木論文は,まず「徴用工判決」の裁判としての性質は,国境を隔てて発生する私法上の問題を扱う渉外私法事件であることを明示する。外国裁判も外国法も,内国でその効力を認める国際法上の義務はない。しかしそれでは片付かないことから,外国裁判といえども一定の条件を満たせば国内でその効力を認め,事件を解決するにふさわしい外国法であればその方を適用するというシステムを国際社会は採用している。この裁判はそういう性格の事件において,韓国大法院が日本の判決,日本法の適用を認めなかったものなのである。

 認めない理由は「公序」に反するからである。漠然としているようであるが,これは韓国の法律にも日本の法律にもあることで,おかしなことではない。その上で,この大法院判決の特徴は,公序に反することの根拠を,韓国憲法の理念に反するところに求めていることだ。韓国憲法の前文は日本の植民地統治の合法性を認めない。それが根拠になり,日本の裁判所での判決を否認している。具体的には,戦時中の日本製鉄と新日鉄(日本での裁判の判決当時)の法人格の同一性を否認し債務の継承を否認した日本法の適用を,否認しているのだ(ややこしくて申し訳ない)。さらに積極的に,強制動員慰謝料請求権が成立するとしているのだ。そして,この権利が請求権協定の対象とならない根拠を,日本が植民地支配の不当性を認めず,強制動員被害の法的賠償も否認しているからだとしている。

 この青木報告を聞いたときに唖然としたことをよく覚えている。素人判断は危険ではあるが,私が思うには,この判決の論理は極めて深刻である。深刻というのは,正しいとか間違っているとかいうのではなく,判決の命じるままに行動すれば深刻な政治的問題を引き起こす一方で,覆すのも政治的に困難なように出来ているという意味だ。

 まず,この判決は韓国憲法の理念に根拠を置いている。ということは,憲法が比較的国民に支持されている韓国の政治においては,容易には否定されないであろう,と見通すことができる。逆に言えば,憲法の理念からいきなり日本の判決の適用の否認,日本法の適用の否認を根拠づけ,個人の存在賠償請求権まで根拠づけているわけで,それは,事の正否とは別に法解釈として飛躍があるように思う。

 次に,仮にこの判決の論理が通るならば,日本製鉄の行為にとどまらず,戦前戦中に朝鮮半島で行われた広範な行為を,それが直接間接に日本の植民地統治に肯定的にかかわっていた際には,事後に制定された韓国憲法の理念により,日本法を否定してで裁くことが可能になってしまう。それは韓国政治における日本帝国主義への批判を後押しするものなだけに,やはり韓国政治において容易には否定されないだろう。しかし,この,あまりにも事後法と言うべき論理が通るならば,政治・外交が過去の清算に注がねばならないエネルギーは止めどもないものになる可能性がある。そのようなことが大混乱や取り返しのつかない対立を起こさずに可能とは思えない。

 青木論文は,一方において,1965年の日韓基本条約や4協定では,植民地統治をもたらした条約を「もはや無効」と玉虫色の決着をしたため,棚上げ,先送り,犠牲にされた問題があることに注意を促す。日本は,これらの事柄に対応すべきだというのである。「1965年しか見ない日本」とされるゆえんである。他方,青木論文は,だからといって国際合意を覆し,条約の中身を否定するのは「法解釈としてはやはり行き過ぎ」だとする。「『日帝』にこだわる韓国」の法的行き過ぎである。結論として青木論文は,建設的な政策の再開を訴えている。

 私も青木教授に共感する。法の上では,韓国大法院の論理は行き過ぎであると思う。韓国の政府や司法が,徴用工問題を契機に,司法の論理で過去の清算を進めようとすることには無理がある。しかしそれは,日本政府が過去の清算問題などないという態度を取ってよいことを意味しない。法や条約の論理にはかからなくても,徴用工や強制労働(強制労働の実態があったことは日本の大阪地裁判決も認めている)という過去の出来事にどう向かい合うのかという問題は,本来,政治と外交において存在しているはずだ。韓国大法院の判決を押し立てるだけでも,それを国際法違反として頭から退けるだけでも,問題は解決しないのだと思う。本来は,過去の出来事にどう向かい合うのかという,基本的なところから出直さねばならない。しかし,ここまで話がこじれた状態で,どうすればそうした出直しができるのか,正直私にもわからない。青木論文は,問題の深刻さ,抜き差しならなさを教えてくれたのだ。


青木清「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国ーー『徴用工判決』の法的分析を通して」『アジア研究』66(4),2020年10月。 https://doi.org/10.11479/asianstudies.66.4_22



2020年10月10日土曜日

「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」を『粉体技術』誌に寄稿しました

 「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」を寄稿した『粉体技術』10月号が発行されました。「日本経済」の授業で話していることを文章化しました。2段組み5ページの短いものですが,久しぶりに日本鉄鋼業の現状について正面から論じることができて,楽しい仕事でした。

PDFファイル(公開許可を得ました)

販売のページこちら



経済産業研究所(RIET)DP「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策」を公表しました

  銀迪さんとの共著による,中国鉄鋼業の過剰能力策削減政策研究。ようやく経済産業研究所のディスカッション・ペーパーになりました。2017年度の科研費から研究を初めて3年半,学会報告から2年,原稿を書き始めてから1年半。とにかく,人様の目に触れて政策論議に乗っけられるところまでは来ました。でもまだ終わりではありません。さらに改稿し,字数制限の範囲に納めて雑誌に投稿します。とにかく,書くには書いています。

川端望・銀迪(2020)「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての評価」RIETI Discussion Paper Series, 20-J-038, 1-30,9月。




2020年2月14日金曜日

日本製鉄の設備集約について

日本製鉄は厳しい設備集約に乗り出した(※1)。高炉を一度に4基も休止するのは1980年代の円高不況期以来のことではないか。対象となる製鉄所の製銑・製鋼設備を見ておくと以下の通り。*が休止する設備。確かに稼働率が悪いことがわかる。
 日鉄和歌山製鉄所について追加コメントすると,この製鉄所は製鋼工程以降は大きくはビレット連鋳→継目無鋼管造管と,スラブ連鋳→他の製鉄所へ供給,中鴻鋼鉄(台湾)に外販,というルートに分かれる。今回,第1高炉を休止すると生産量は半分になるわけだが,どちらの生産量を減らすかという問題がある。スラブ連続鋳造機を1ストランド休止するということなので,おそらくスラブを中国鋼鉄に外販する部分を減らすのではないか。
 2000年代前半にホット・ストリップ・ミルを閉鎖し,スラブは中国鋼鉄(台湾)グループの中鴻鋼鉄に外販する契約を結んでいた。あわせて,高炉を持株会社東アジア連合鋼鉄の下に移し,そこに中国鋼鉄が出資する形としていた(※2)。ところが2018年に高炉は新日鉄住金に統合され,中国鋼鉄は東アジア連合鋼鉄の持ち株比率を30%から20%に縮小するという報道がある(※3)。和歌山からスラブを台湾に送るスキームを縮小するのではないだろうか。
 呉製鉄所については,関連会社を含めて3300人の雇用が影響を受ける(※4)。日本の高炉メーカーは,ある時期までは各社単独での「終身雇用」維持を図ったが,1980年代は出向先,1994年代は転籍先を含む「継続雇用」は守るという姿勢に変わり,労働組合もそれに合意して来た(※5)。しかし,一貫製鉄所を丸ごと閉鎖するというのは,地域当たりで見ればこれまでにない大掛かりな設備縮小である。はたしてこれまでの雇用政策で臨むことができるのだろうか。そして,会社との協調姿勢を保ってきた労働組合はどうするのだろうか。

日鉄日新製鋼呉製鉄所
*第1高炉2650m3(1995年4月改修稼働)
*第2高炉2080m3(2003年11月改修稼働)

*転炉90t(1965年4月稼働)
*転炉90t(1966年11月稼働)
*転炉185t(1979年12月稼働)

生産能力推計:銑鉄345万トン(出銑比2,365日操業)。粗鋼383万トン(銑鉄比90%)

粗鋼生産実績()内は推定稼働率
2018年度279万トン(73%)
2017年度248万トン(65%)
2016年度360万トン(94%)

日本製鉄和歌山製鉄所
*第1高炉3700m3(2009年7月稼働)
第2高炉3700m3(2019年2月稼働)

転炉260t
転炉260t
転炉260t
電炉80t

生産能力推計:銑鉄540万トン,粗鋼652万トン(転炉の銑鉄比90%,電炉はスクラップ100%,1日25チャージ,261日操業とした)。

粗鋼生産実績
2018年度432万トン(66%)
2017年度456万トン(70%)
2016年度446万トン(68%)

日本製鉄八幡製鉄所(小倉地区)
*第2高炉2150m3(2002年4月改修稼働)

*転炉70t
*転炉70t
*転炉70t
*転炉70t

生産能力推計:銑鉄157万トン,粗鋼174万トン

粗鋼生産実績
2018年度118万トン(68%)
2017年度120万トン(69%)
2016年度121万トン(70%)

出所)設備規模は『日鉄ファクトブック』,『日鉄日新製鋼ガイドブック』。生産量は呉は『鉄鋼年鑑』の日新製鋼生産高を呉のものとみなした。日鉄は『日鉄ファクトブック』各年版より。能力と稼働率は川端推計。

※1「生産設備構造対策と経営ソフト刷新施策の実施について」日本製鐵プレスリリース,2020年2月7日。
https://www.nipponsteel.com/common/secure/news/20200207_700.pdf


※2 川端望(2005)『東アジア鉄鋼業の構造とダイナミズム』ミネルヴァ書房,pp. 126-127。

※3 中鋼出售日本東亞聯合鋼鐵公司股權,總交易金額為新台幣9.33億元,中時電子報,2019年11月11日
https://www.chinatimes.com/realtimenews/20191111002712-260410?chdtv

※4「呉製鉄所 全面閉鎖の衝撃~冬の時代に入った鉄鋼業界~」NHK NEWS WEB,2020年2月10日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200210/k10012279851000.html

※5 川端望(2017)「日本鉄鋼業の過剰能力削減における政府の役割」TERG Discussion Paper, No. 371, pp.12-14。
http://hdl.handle.net/10097/00121018

2020年1月24日金曜日

2019年の中国鉄鋼業の状況と,能力置換プロジェクト公告・登録の停止通知について

 1月22日,国家発展改革委員会は「鋼鉄行業2019年運行情況」を公表した。それによると,2019年の中国銑鉄生産は8億937万トン(前年比5.3%増),粗鋼生産は9億9634万トン(同8.3%増),鋼材生産は12億477万トン(同9.8%増)であった。鋼材は重複計算を含むので,実際は10億トン程度であろう。鋼材輸出は6429万3000トン(前年比7.3%減),輸入は1230万4000トン(同6.5%減)であった。
 粗鋼の方が銑鉄より前年比の増加率が高い。これは,製鋼工程での原料における銑鉄比率が低まり,鉄スクラップ比率が高まったことを意味する。鋼材生産の伸び,輸出の減少,輸入の減少から内需の増減を計算すると,単純計算で1億390万6000トンの内需拡大があったことになる。米中貿易摩擦やそれと関連した景気の減速にもかかわらず,鉄鋼生産は好調であり,貿易摩擦激化につながる輸出増は起こらなかったのだ。
 ただし,企業間競争が激しいことも読み取れる。鋼鉄工業協会会員企業の売り上げは10.1%伸びたが,利潤は30.9%も減少し,売上高利潤率は4.43%と,前年比で2.63パーセントポイント下降した。
 翌23日,国家発展改革委員会弁公庁と工業和信息化部弁公庁は,「関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知」(発改電〔2020〕19号)を公表した。この通知は,1)鉄鋼生産能力置換方策の公告とプロジェクト登録の暫定的停止,2)現在の鉄鋼生産能力置換プロジェクトの自主検査を指示している。産業発展司によるその解説では,a)粗鋼生産が記録的な水準に達し,需給不均衡を引き起こす可能性があること,b)一部の能力が集中的に投資されるために需給バランスが崩れるリスクが高くなること,c)能力移転の科学的論証が不十分であり,地域の産業構造や環境の許容量や省エネ・汚染物質排出削減の観点から見て,構造調整の所定の結果を達成するのが難しいことを指摘している。
 この通知は重要な意味を持つ。中国政府は鉄鋼業の過剰能力を抑制するために,2016-2018年の3年間に,旧式・小型設備を中心に粗鋼生産能力を閉鎖させた。そしてそれと同時に「能力置換」政策を実施した。これは,閉鎖する設備と新設する設備を共に明示し,後者の製銑・製鋼能力が前者と同等か下回る場合にのみ設備投資を認めるというものであった。政策が文字通りに運用されれば,製銑・製鋼能力は中国全体として増えることなく,現代化されるはずであった。しかし,これまでも政策運用上のエラーや例外的措置によって,減量置換の原則を潜り抜けてしまった能力が存在すると推定されていた。私は,2016-2018年の能力削減実績が,政府によれば1.55億トンであるのに,同じ政府の公式統計を時系列で見ると1億トンにしかならないことの原因の一部は,ここにあったと推定してきた。そして今,能力置換が想定通りの効果を上げないおそれがあることを,政府自身が認めるに至ったのである。

国家発展和改革委員会「鋼鉄行業2019年運行情況」2020年1月22日。
https://www.ndrc.gov.cn/fggz/cyfz/zcyfz/202001/t20200122_1219726.html
国家発展改革委員会弁公庁・工業和信息化部弁公庁「関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知」発改電〔2020〕19号,2020年1月23日。
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202001/t20200123_1219768.html
国家発展改革委員会産業発展司「深化供给側結構性改革 促進鋼鉄行業高質量発展——《関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知》解読」2020年1月23日。
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/jd/jd/202001/t20200123_1219770.html


※川端望(2019)「中国鉄鋼業の生産能力と能力削減実績の推計―公式発表の解釈と補正―」TERG Discussion Paper, 414, pp.1-8, November。
http://hdl.handle.net/10097/00126428


2019年12月26日木曜日

ベトナム国有鉄鋼企業TISCOの第2期工事停滞問題:本質は国有企業改革の失敗だ

 ベトナムの国有鉄鋼企業TISCO(タイグェン・アイアン・アンド・スチール・コーポレーション)の第2期工事停滞問題は,ついに商工省元幹部や親会社VNスチールの元・現役員の党規律違反や逮捕を問う事態に発展した。私がインタビューしたことのある人も責任を問われている。
 英語記事を読んでも,何にどう違反(violation)したのか,党規律なのか法律なのかがはっきりしない。いずれにせよ私には,個々人が悪意や私欲のために動いて規律や法を犯したことが本質だとは思えない。
 根本にあるのは,国有企業であるVNスチールを支援もせず,しかしガバナンス改革もせずにいたというベトナム政府の企業改革上の無策である。財政支援を受けられず,だからといって民営化や経営効率化を迫られるわけでもなかったVNスチールは,漫然と量的拡大投資を続け,それらの多くが中途半端で競争力のない設備になった。その最悪の例がTISCO-IIであったということだと思う。

参考
川端望「ベトナム国有鉄鋼企業の衰退とリストラクチャリング」

「ハノイ党委書記のハイ氏、副首相在任中の違反で処分へ」VIET JO,2019年12月11日。

2019年12月1日日曜日

アジア政経学会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」

2019年度アジア政経学会秋季学術大会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」(2019年11月30日,南山大学にて)。
司会:平岩俊司(南山大学)
報告1:青木清(南山大学)
「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国 -「徴用工判決」の法的分析を通して-」 
報告2:奧薗秀樹(静岡県立大学)
「危機の日韓関係と文在寅政権による『正統性』の追求」
討論:川島真(東京大学),大庭三枝(東京理科大学),山田哲也(南山大学)

 ようやく,徴用工問題の法的構造について学ぶことができた。実に貴重なセッションで,2時間にわたり,メモを8000字以上とりながら聞いた(お前の専門は何だという話は脇に置く)。

 とくに国際私法を専門とする青木教授の報告は,まず私人と私人の争いが国境を越えて行われる場合には司法の場でどのように処理されるのかの説明から始めてくださったので,法の門外漢にはありがたかった。

 日本での報道は,慰謝料請求が請求権協定の対象内かどうかという議論に集中している。だが,そもそもこの判決が出る前提は,もともと日本での裁判があって元徴用工の原告が敗訴したこと,韓国大法院が,通常であれば日本の判決を尊重するところ,これを否認したことにある。その際に,何をもってどのように否認したかを,青木教授は懇切丁寧に解説された。その上で,その否認の論理に判決の特徴と問題点を見出された。私は,大法院判決が韓国の憲法を個々の論点に直結させていることに驚いた。そして,そのよく言えばラディカル,悪く言えばちゃぶ台返しな論理を,これまでよりははるかによく理解することができたと思う。やはり物事は結論だけでなく,それを導くプロセスから理解しないといけないようだ(以上は青木教授の報告に対する私の理解であり,報告を誤解していればその責任は私にある。また素人がこれ以上詳述すると報告趣旨を歪める恐れがあるので,ここで止める。報告が論文化されることを期待したい)。

2019年度アジア政経学会秋季学術大会プログラム


2019年11月26日火曜日

中国の鉄鋼生産能力は本当はどれくらいあるのか?過剰能力削減政策で本当はどのくらい削減されたのか?

「中国鉄鋼業の生産能力と能力削減実績の推計―公式発表の解釈と補正―」をTERG Discussion Paper, No.414として発表しました。中国の鉄鋼生産能力は本当はどれくらいあるのか?2016-2018年の過剰能力削減政策では,本当はどのくらい削減されたのか?これらは公式統計の数字だけではわからず,また公式統計と政府発表が矛盾しているというおかしなことになっています。統計の解釈と補正によって,事実に迫ろうとしたものです。研究者,実務家の方々のお役に立てば幸いです。

こちら(東北大学機関リポジトリTOUR)よりダウンロードできます

2019年11月23日土曜日

誘導炉で鉄鋼をつくるベトナムのVASグループ

 ベトナム南部ビンズオン省に立地するVASグループのTue Minh Steel。資本金6062億5000万ドン(約28億5000万円),50万トンの製鋼・圧延能力を持ち,ビレットと建設用鋼材(おそらく棒鋼・線材)を製造する。圧延ラインの最初の方の試運転の動画がFacebookにアップされていた。キャプションによるとイタリアに本拠を持つダニエリ社製の圧延機とのこと。圧延された材料を切断機がシャカシャカと細切れにしているのがコミカル。これは,本来両先端部だけを切るところだと思う。粗圧延スタンドだけの試運転なので,ここで細切れにして,その先に材料が行かないようにしているのだろう。
 注目すべきは,ここに写っていない製鋼設備だ。これまで得た情報によれば,多くの国で一般的なアーク電気炉ではなく,誘導炉である。誘導炉はアーク電炉より小規模で,1-2トン/タップ程度のものもあれば12トン/タップ程度のものもある。アーク電炉の容量は100トン前後のものが一般的で,大型のものは300トンを超える。誘導炉は,小ロットで生産量を柔軟に調整しながら操業することができる。また,炉のつくりが単純で,かつ中国製のものが輸入されているので設備コストが安い。結果としてビレットの生産コストも低い。ただし,誘導炉は溶解するだけ成分調整はできないから,品質はスクラップの選別に依存する。小規模企業が機会主義的に多数参入すると,平均的な品質はアーク電炉炉メーカーより低くなる。VASグループの企業は複数あるが,それぞれ誘導炉企業としては最大級であり,グループとしての生産規模は正確に把握できないものの,おそらく100万トンを超えている。Tue Minhについては確認できないが,別の子会社An Hung Tuongでは取鍋精錬(LF)も導入しており,相対的に高品質のビレットも作っていた。
 中国では誘導炉による普通鋼の製鋼は違法として禁止され,2017年以後,政府による強制閉鎖が大規模に進められた。しかし,ベトナムでは誘導炉企業は合法的に操業しており,政府も規制する動きには出ていない。設備の選択それ自体は規制せず,安全・環境・品質規制に抵触すれば規制するという姿勢だ。そのため,棒鋼・線材市場ではアーク電炉,誘導炉,さらに小型高炉・転炉/電炉,線材に限っては大型高炉・転炉による製造も行われており,激しい競争が繰り広げられている。

Tue Minh Steel圧延工場の試運転(Facebook)。
https://www.facebook.com/theptueminh/videos/539260826621405/

2019年11月19日火曜日

日本製鉄広畑製鉄所の製鋼工程が電炉法に切り替わることについて

 製鉄所の再編・統合に隠れてあまり注目されていないが,日本製鉄は11月1日に,広畑製鉄所の製鋼工程を冷鉄源溶解法から電炉法に置き換えることを,第2四半期決算説明の一部として発表した。
 鉄鋼業界は,1980年代の円高不況期に過剰設備の削減に乗り出したが,この時,新日鉄(当時)の計画には広畑製鉄所の高炉休止が含まれていた。バブルを経て多少の延期はあったものの高炉は1993年に休止し,同年に製鋼工程は転炉法から冷鉄源溶解法に転換した。
 1996年に見学した際の記録によってまとめると,冷鉄源溶解法とは,型銑(固体・常温の銑鉄)とスクラップを加熱し,溶解炉で溶解して溶銑(融けた高温の銑鉄)と類似の鉄源を確保する方法であった。最初に前回のため湯100トンを残しておき,そこにスクラップや,大分製鉄所から運んできた型銑などの冷鉄源を投入する。その比率は当時は半々であった。これに上下から酸素・冷却LPG・窒素・粉炭を吹き込んで溶解し,出銑して取鍋にあける。以後は,高炉・転炉法と同じで,取鍋内で脱硫処理を行った後,脱炭炉(転炉)で脱炭・精錬し,さらに二次精錬を行ってから連続鋳造機に送り,鋳造してスラブにする。スラブが圧延やメッキを施されて各種の鋼板類になる。
 このプロセスならば高炉・転炉法と類似の品質の鉄源を確保できる。こうして,広畑製鉄所では圧延工程で電磁鋼板やブリキ,電気亜鉛めっき鋼板を含む高級鋼板を製造してきたのである。もっとも,半分以上は他の製鉄所から来るスラブを圧延していた。
 しかし,通常の高炉・転炉法よりコストも時間もかかる。高炉・転炉法では高炉から出銑された溶銑(融けた高温の鉄)が転炉に装入されるのに対して,冷鉄源溶解法では,大分製鉄所でいったん冷えて固まった銑鉄を広畑まで運び,もう一度加熱・溶解しているからである。
 広畑の製鋼工程は新日鉄時代から日本製鉄の長年の悩みの種であったため,今回,これを電炉法に切り替えるのは画期的な変革となり得る。ただ,公表資料には「高炉由来の高品位原料を活かし」とも書いてあるので,電炉法への切り替え後も,鉄源として型銑に依存する比率は高いのかもしれない。そうすると,いくらか画期性はそがれることになる。
 この上は,できる限りスクラップ比率を高めて欲しい。それが今回の措置の意義を高めるからだ。スクラップを主要鉄源にできればCO2排出原単位が画期的に低下するし,製銑工程を必要としないために製鉄所をコンパクトにできる。そして,冷鉄源溶解法が品質のために犠牲にしてきたコスト競争力を回復させられる。スクラップ・電炉法によって,差別化競争力の源泉である高級鋼板を製造できるのであれば,広畑製鉄所はコスト的にお荷物状態だった中型製鉄所から,未来型のコンパクト製鉄所に転換する。そして日本製鉄の未来には,地球温暖化の危機の時代に生き残るための一筋の光が差し込むことになるだろう。

「2019年度第2四半期決算説明会」日本製鉄株式会社,2019年11月1日。

2020年12月12日追記。その後の日本製鉄の温暖化対策。

2019年11月1日金曜日

鉄鋼の過剰生産能力に関するグローバル・フォーラムの終結について

 鉄鋼の過剰生産能力に関するグローバル・フォーラムの延長に参加国・地域の合意が得られなかった件。グローバルフォーラムの意義は,「過剰生産能力の規模が大きく,かつ慢性化することは問題だ」という認識の共有,生産能力に関する情報の共有,能力調整の実施状況をモニタリングし,あまりに不正常な行動が起きないように抑止しあうこと,であったと私は思う。逆に言えば,能力削減を直接に推進したり,監督したりする機能は持っていなかった。つまり,能力削減に直接の実効性を持つものではなかった。

 なので,このフォーラムがなくなっても,各国・地域における能力調整の取り組み自体はそれほど影響を受けないだろう。その点では,さほど深刻に考える必要はない。

 ただし,能力に関する情報を共有し,意見を交換する場が縮小することは問題がある。極端な独自行動に出る国・地域があった場合,これを抑止しにくくなるからだ。また,鉄鋼統計を共有する場が縮小することにも問題がある。産業統計は通商政策の基礎となり,逆に政策を評価する基本情報ともなるものだが,その国際的な比較可能性に問題があるからだ。鉄鋼統計は国・地域によって基準のズレがあり,精度もまちまちであって,そこから認識のずれや極論も生まれやすい。

 こうした意味ではグローバルフォーラムが継続されなかったことは残念だ。とくに生産能力情報については,国際的に共通の情報に基づいて意見を交換し合える場はOECD鉄鋼委員会だけになってしまった(World Steel Associationは能力情報は公表してない)。こちらを拠点にして,新たな取り組みを再構築するしかないだろう。


「鉄鋼の過剰生産能力に関するグローバル・フォーラム閣僚会合を開催しました」経済産業省,2019年10月26日。

2019年6月16日日曜日

フォルモサ・ハティン・スチール:単年度赤字が続くも,国内での同社材への需要は強い。トランプ政権の通商政策は思わぬ後押しに

 ベトナムに立地する台湾系高炉メーカー,フォルモサ・ハティン・スチール(FHS)は,2017年に5.2兆ドン(2億ドル),2018年に2.7兆ドン(1.1億ドル)の赤字を計上した。これは,おおむね予想通りだ。海洋汚染事件で第1高炉稼働が1年遅れて2017年になり,第2高炉も2018年に稼働したばかりだから,年あたりの償却負担や金融費用がかさんで当然だ。
 第2高炉稼働後,半年で200万トン以上の粗鋼を生産したとあるから,年間400万トンペースの稼働状況とみられる。フル稼働で年産700万トンのはずだから,まだ慣らし運転から脱却しきってはいないが,生産増大のペースはそう遅くない。
 国内市場への売れ行きは好調なはずだ。ベトナムはすでに建設用表面処理鋼板の輸出国になっているが,対米輸出に際しては,母材のホットコイルによってアンチダンピング税がかかってしまう。どういうことかというと,中国製,韓国製,台湾製のホットコイルはアメリカからダンピング輸出を認定されている。それらをベトナムの冷延・表面処理鋼板メーカーが母材に用いると,最終製品はベトナムから輸出するのであっても迂回輸出とみなされて課税されてしまう。そのため,ホア・セン・グループなどベトナムの鋼板メーカーは,フォルモサ製ホットコイルを使いたがっている。トランプ政権は,事実上,フォルモサの営業をしてあげているようなものなのだ。

FHSに対するまとまった評価は以下の拙論で行っています。
「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展」TERG Discussion Paper, No. 395, 2018年11月。

Steel maker Formosa incurs huge losses despite incentives, Hanoitimes, June 15, 2019.

Vietnam's steelmaker Hoa Sen to purchase hot-rolled coil from Formosa Ha Tinh, Hanoitimes, October 12, 2018.

2019年4月10日水曜日

ベトナムは業績不良の国有企業に対処できるか?:TISCOの経営危機

 ベトナムの国有鉄鋼企業TISCO(タイグェン・アイアン・アンド・スチール)が株主に送った手紙によれば,同社は「もし政府,銀行その他の機関によって救済されなければ倒産に至り得る財務危機に直面している」。VnExpress Internationalの記事によると自己資本比率は18%,債務1.94兆ドン(8360万ドル)のうち不良債務が8520億ドン(3670万ドル)。同社はうち46%は正常化可能というが,たとえ本当でも自己資本不足と54%は残る。記事にもある通り,TISCOの財務危機の原因は2007年に開始された2期工事の延滞・未完成と費用膨張である。建設中だった高炉などの設備は雨ざらしになっている。

 これは,私が1年半前にRIETIのペーパーで論じたTISCOの問題が,まったく解決に向かっていないことを意味する。

 TISCOは,もともと国有の公社であったVNスチールが65%を保有していた連結子会社であった。その経営危機は2014年には表面化しており,いったんは国家資本投資会社が1兆ドン(4310満ドル)の資本を注入して救済したものの,その後,財務省の指示によってこの株式をVNスチールに買い戻させてしまった。2017年第2四半期にはすでに自己資本比率が19%に落ちていた。

 ペーパーを書いた後にわかったことは,VNスチールはTISCOの債務保証者であるということ,商工省が国有企業の不良債務について公的資金を投じないという方針をとっていたことだ。VNスチールにも債務を肩代わりする力はない。しかし,政府も公的資金は注入しない。買収する気のあった民間企業にしても,そのような負担はご免であろう。そして,銀行が債権棒引きに応じる気配もない。それでは,誰がどのようにTISCOを破たん処理and/or再建し,その過程で誰がどのように損失を被るのか。誰も火中の栗を拾わないままにずるずると状態が悪化している。

 ことはTISCOだけにとどまらないのではないか。記事はTISCOをベトナム最大の鉄鋼企業の一つと書いているが,その生産規模はせいぜい鋼材100万トンであり,すでに外資企業のフォルモサ・ハティン・スチール(FHS)や民営企業のホア・ファット・グループ(HPG)に追い抜かれている。もしベトナム政府が,100万トンクラスの国有鉄鋼企業の破たん処理をうまくできないのであれば,他にも数ある国有企業の改革・再編・民営化・破たん処理・再建・清算の成否についても,大きな疑問符が付くだろう。

Anh Minh, Vietnam state steel company faces bankruptcy, VnExpress International, April 8, 2019.

川端望(2017)「ベトナム国有鉄鋼企業の衰退とリストラクチャリング」RIETI Discussion Paper Series, 17-J-066, pp.1-41.



2019年2月14日木曜日

合理的で厳しいCO2規制がグリーン製鉄法の開発を促進する

スウェーデンで開発中のグリーン製鉄法HYBRITに関する世界鉄鋼協会の記事。HYBRITは鉄鋼メーカーSSAB,鉄鉱石採掘企業LKAB,電力会社Vattenfallの合弁企業だ。この製鉄法の目的はCO2排出削減であり,その手段は鉄鉱石をコークスや石炭ではなく水素で還元すること。

 日本で開発中のCOURSE50も水素還元を用いるところは同じだが,この記事から読み取れる限り,HYBRITにはCOURSE50と異なる点が二つある。1)直接還元法であること,2)水力で生まれた電気による電解法での水素生産を含んでいることだ。どちらも2030年代の実用化が期待されている。

 ここで経済学者として注目したいのは,次の一節だ。
「当初の研究では,HYBRITの生産コストは伝統的鉄鋼生産プロセスより20-30%高いと見ているが,このギャップは,EUの排出量取引制度によるCO2排出コストの上昇の余地や,期待される再生可能エネルギーのコスト低減によって,時とともに小さくなると期待される」。

 伝統的製鉄法は,現在十分に考慮されていないCO2排出コストをコストに参入せざるを得なくなれば,決して安くない。CO2排出上限規制をクリアーできなければ排出権を購入せざるを得なくなり,コストが上昇するだろうと見ているわけだ(購入できなければ操業を続けられない)。

 合理的に計算され,かつ厳格な上限規制を伴うCO2排出規制があってこそ,グリーン製鉄法は有利になる。そういうCO2排出規制がなければ確かに伝統的製鉄法が有利だろうが,地球はさらなる気候変動に見舞われる。

 なすべきことは,CO2排出規制を回避することか,それとも合理的なCO2排出規制を設計して実行することか。コストが高いと言って新製鉄法の開発を後回しにすることか,それともCO2排出コストを含めれば低コストとなる製鉄法を開発し,選択することか。パリ協定が突き当たっている困難にかかわらず,これは,現代世界鉄鋼業の基本問題の一つであり続けている。

Rachel Mostyn, Revolution at the heart of green steelmaking, World Steel Association, January 2019.

2019年1月31日木曜日

24年前の論文を引用いただいた:Nishio, S. & Fujimura, S. (2017) Influence of Traditional Business Practice on Firm Boundaries – Evidence from the Japanese Automotive and Steel Industries

 日本の長期相対取引における「パフォーマンス・ギャランティ」という品質保証方式について考察した論文。この論文の筆頭著者西尾精一氏は,藤村修三教授の研究室に所属する大学院生で,鉄鋼メーカーに長く勤めてリタイヤされた方のようだ。清晌一郎教授の名作「曖昧な発注,無限の要求による品質・技術水準の向上」とともに私の24年前の論文「日本高炉メーカーにおける製品開発」が引用されている。うれしいことだ。本論文の引用回数は,掌握している限りで20回になった。

Nishio, S., & Fujimura, S. (2017). Influence of Traditional Business Practice on Firm Boundaries–Evidence from the Japanese Automotive and Steel Industries. International Journal of Marketing and Social Policy, 1(1), 55-66.


2018年12月27日木曜日

Revised version of "Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry under International Economic Integration"

I found a typing error in an English version of my paper that I sent you two weeks ago. If you got it until Dec 12, please download the new edition. Revision record is at the end of the new version. Sorry to trouble you.

先日公表した拙稿「国際経済統合下のベトナム鉄鋼業」の英語版において数値の誤記がありました。12月12日に修正済みの版と差し替えさせていただきました。たいへんおそれいりますが,12日以前に東北大学機関リポジトリ(TOUR)より英語版を入手された方は,再度ダウンロードくださるよう,お願い申し上げます。修正版には末尾にRevision recordがあることで,元の版と区別できます。日本語版にはこの誤記はありません。余分なお手間をかけて申し訳ありません。

Nozomu Kawabata[2018]. Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry under International Economic Integration, TERG Discussion Paper, No.396.

2018年12月15日土曜日

ベトナム天然資源環境省の鉄スクラップ輸入禁止検討は暴挙。背景にある問題には日本の業界も取り組むべき

 ベトナム天然資源環境省(MONRE)が鉄スクラップ輸入禁止を検討中との報道があった。無茶苦茶である。鉄スクラップは廃棄物ではなく,原材料である。確かに,オイルが入ったままの機械のような,雑品と呼ばれる質の悪いスクラップもあり,それが環境汚染の元になることはありうる。しかし,それは分類をきちんとし,条件を定めて規制すればよいことであって,鉄スクラップの主要銘柄(ヘビーなど)を一律輸入禁止にするなど,常識を完全に逸脱している。

 ベトナムの2017年鉄スクラップ供給高は902万2712トン,うち内需で使用するのが882万2000トンだが,国内供給は462万1000トンしかなく,440万1712トンを輸入している。鉄スクラップの輸入を禁止したら,電炉メーカーの操業と経営は成り立たない。これは鉄鋼業に対する虐殺行為と言わねばならない。紙面の記事によればベトナム鉄鋼業協会(VSA)は抗議しているが当然である。

 なお,この問題の背景として,質の低いスクラップが現実に汚染を引き起こしている事情は否定できない。しかも,困ったことに日本からの輸入品にも,品質の低いものが紛れているのである。業界紙の記述からも,私自身が聞き取った関係者の証言からも,そのように言って間違いない。スクラップ回収,輸出業務については,日本産業の品質は自慢できるものではないのだ。改めねばならない。

「ベトナム政府、鉄スクラップ輸入禁止検討 鉄鋼業、輸出国に打撃も」『産業新聞』2018年12月13日。



ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年を読んで

 ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年。原題もGerald A. Epstein, What's wrong with modern money theory?なので邦題は間違っていないのだが,内容はタイ...