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2024年8月3日土曜日

貨幣分類論(その4。機能分類)

  Ⅰ はじめに

Ⅱ 外形的分類
(以上,その1) 

Ⅲ 本質分類
Ⅳ 形態分類と物的定在分類
(以上,その2

V 通用根拠分類
(以上,その3


VI 機能分類

 貨幣が持つべき様々な機能のうち,主にどれを担うことから貨幣として成立しているかという角度からの分類である。

a.商品貨幣

 本来の貨幣である商品貨幣には,貨幣のすべての機能が含まれている。

 第一に価値尺度機能である。商品貨幣は,自らの重量によって,他の商品の価値の絶対的大きさと相対関係を測定する機能がある。価値尺度機能の現実の表現が公定価格標準である。商品貨幣,たとえば金の重量が,国家単位で,円やドルと言った通貨の額面単位に対応させられる。価値尺度機能は価格標準を通して発現する。

 しかし,現在では,諸国家は通貨単位は設定しているものの,公定価格標準の水準は設定していない。したがい,特定の金属から成る商品貨幣が,公定価格標準を通して価値尺度機能を発揮することがない。ただ,過去の公定価格標準からの乖離としてのみ事実上の価格標準が存在し,諸商品が価値関係で結びつけられているだけとなっている。しかし,だからといって価値尺度機能という概念そのものをなくすることが正しいわけではない。公定価格標準が消滅したために,貨幣の価値と交換価値の乖離は修正されにくくなっているが,貨幣の購買力の過大評価や過小評価という問題がなくなったわけではない。また,価格標準の切り下がりによる物価上昇と,商品需給変動による物価上昇の区別がつきにくくなっているが,前者ではいったん上昇すれば物価は元に戻らず,後者では元に戻ろうとする反作用が生じるという違いもなくなったわけではない。これらの現象は,価値尺度機能は必要であるが尺度となる商品貨幣が流通していないという,まさにそのことによって理解されるのであり,価値尺度という概念を追放してしまうのは適切ではないのである。

 第二に交換手段(流通手段)機能である。商品経済が機能するためには,商品が,一定の不均衡や攪乱を伴いながらも,等価で交換されることによって流通しなければならない。商品貨幣が商品と引き換えに買い手から売り手に受け渡されることで,商品は売り手から買い手に引き渡され,商品流通が成立する。売りと買いによって,商品は等価値の貨幣に姿を変え,また貨幣から等価値の商品に姿を変える。売りと買いは自発的な行為である以上,この過程が中断する可能性がここに秘められている。また需給不均衡をはじめとする種々の要因によって,不等価交換が行われる可能性もある。

 第三に支払い手段機能である。いったん貨幣流通が社会に定着すると,購買と支払いは時間的に分離することが可能となり,後払いが可能となる。後払いにおいては,商品は既に流通してしまっており,貨幣が果たすのは純粋に支払い手段としての機能だけになる。

 一社会で流通する商品総量によって貨幣が実現すべき価値総額が決まる。この価値総額は貨幣量と貨幣流通速度の積である。つまり,商品総量と貨幣流通速度によって,商品流通に必要な商品貨幣量が決まる。このとき,貨幣は購買と同時に支払らわれて交換手段機能を果たすこともあれば,後払いされて支払い手段機能を果たすこともある。商品流通はどちらによってもなされるので,交換手段機能は狭義の商品流通を媒介し,交換手段機能と支払い手段機能を併せて広義の商品流通を媒介するともいえる。裏返していえば,広義の商品流通に必要な貨幣量は,交換手段として必要な量と支払い手段として必要な量から成る。これは,マルクス派において「貨幣流通法則」として知られている事柄である(岡橋,1968)。

 第四に蓄蔵機能である。商品貨幣として選択されるのは価値変動が比較的緩やかで,かさばらず,摩耗しづらく,運搬や保管に便利な金属商品である。この金属商品は商品流通の外部に出て,価値を保蔵することに用いることができる。

 最後に世界貨幣である。商品貨幣は国家による価格標準を得て流通しているが,それ自体が価値を持っているために,地金として国家を超えて貨幣諸機能を果たすことも可能である。

 これらすべての機能を果たすことができるのは商品貨幣のみである。とくに価値尺度機能,蓄蔵貨幣機能,世界貨幣機能は,それ自体価値を持つ商品貨幣以外には果たすことができない。商品貨幣の流通を排除することによって資本主義は発展した。その代償として,価値と価格の乖離は激しくなり,蓄蔵されえないが一時的に遊休する貨幣がバブルを生みだし,最終決済されることのない対外債権や対外債務が,リスクを伴って膨張するのである。

 対して,代用貨幣は,これらの貨幣の諸機能のうちのいずれかを代行して果たすことによって成立する。以下,一つずつ見よう。

b. 政府発行不換紙幣と補助硬貨

 政府発行不換紙幣と補助硬貨は,交換手段機能を担うことから発生する。一社会において,交換手段として必要な貨幣量には,それ未満には決してならないような一定量の範囲が存在する。この範囲では,価値を持たない章標(シンボル)でも交換手段として社会の成員から信認されうる。政府発行不換紙幣と補助硬貨は,本来そのような機能を持つ。ただし,政府が財政資金調達を目的に不換紙幣や補助硬貨を流通必要貨幣量を超えて発行すれば,厳密な意味でのインフレーションが生じる(※4)。その危険が社会に周知されると,政府発行不換紙幣や補助硬貨は当然の信認を得られなくなり,その流通を法定貨幣としての強制通用力に依拠するようになる。

c. 一般銀行と中央銀行の当座性預金,一般銀行と中央銀行の銀行券

 一般銀行と中央銀行の当座性預金,一般銀行と中央銀行の銀行券は,支払い手段機能から発生する。貨幣が流通する社会では後払いが可能であることから,支払い手段が一つの独特な機能になる。商品の代金の後払いに際しては商業手形が発行される。商業手形は期日指定の債務証書であるが,貨幣の借り入れ証書ではなく,後払い約束の証書である。債務というものの基本規定は,既存の貨幣の借り入れではなく,むしろ後払い約束であることに注意しなければならない。信用のある手形は貨幣に代わって期日まで流通することができ,また複数の手形によって債権と債務を相殺することが可能になる。手形は貨幣そのものに代わって支払い手段となり,相殺可能な分については最終的支払い手段となって商品貨幣を代行する。

 債務の流通と債権債務の相殺が手形の原理であり,銀行預金はこの原理にのっとって発展する。その本質は,銀行の自己あて一覧払手形の残高振替により,債権者と債務者に対し第三者として支払い決済サービスを提供することである。また資本主義経済が確立すると,銀行は利子生み資本の担い手となって信用を供与する。その本質は資本の貸し付けである。というのは,マルクスが強調したように,資本主義においては資本自体が,利潤を生むという使用価値を持った商品になるからである(Marx, 1894, 資本論翻訳委員会訳,1987, p. 572)。銀行の信用供与は,主として手形割引と貸付によってなされる。その際,銀行は,自己宛ての手形である預金を新規に創造し,借り手に引き渡すことで貸し付けるのである。このように預金は支払い手段機能を起点として生まれた手形原理に立脚している。

 銀行券は,やはり銀行の手形であり紙券であって,預金を引き出した際に流通に入るものである(※5)。銀行券も,支払い手段機能を体現し,銀行が支払いを約束した手形として流通する。しかし,それは信用がある限り商業的流通のみならず一般的流通にも入り込み可能性を持つ。つまり,銀行券は,支払い手段機能に由来して成立するが,いったん成立すると派生的に交換手段機能を持つようになる。

 とはいえ,一般銀行預金の振替による決済は,同一銀行内にしか及ばない。また一般銀行の銀行券の流通範囲も限られたものである。それは銀行が異なれば,その銀行手形にも互換性がないからである。中央銀行当座預金は,預金振替による銀行間決済を可能にすることで,一般銀行の発行する預金貨幣を,一社会全体に事実上通用する通貨とする役割を果たす。また中央銀行当座預金は,中央銀行券発券の基礎となる。一般銀行の銀行券に取って代わることにより,中央銀行券は,社会の全域で一般的流通に入り込むようになり,現金として交換手段機能を存分に発揮するようになる。

その5に続く)

Ⅶ 支払い方法分類
Ⅷ 流通領域分類
Ⅸ 兌換代用貨幣と不換代用貨幣
Ⅹ 中央銀行デジタル通貨(CBDC)の場合
Ⅺ おわりに

※4 厳密な意味でのインフレーションとは,価格標準の切り下げによる物価の全般的・名目的変動であり,持続的な物価上昇すべてを指す日常用語としてのインフレーションよりも狭義である。

※5 銀行券の手渡しによって割引や貸し付けを行うことも,もちろんある。しかし,これは本質的には1)企業・個人の銀行における取引口座開設,2)預金設定での割引や貸し付け,3)口座からの引き出しであり,それが中間の2)を省略して行われたとみるべきである。取引口座と預金があってこそ銀行券が手渡されるのである。

<参考文献>

岡橋保(1968)『貨幣流通法則の研究』日本評論社。
Marx, K (1894). Das Kapital. Kritik der Politischen Oekonomie, Bd. 3. カール・マルクス著,社会科学研究所監修・資本論翻訳委員会訳(1987)『資本論 第10分冊』新日本出版社。


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