I はじめに
貨幣には様々な種類があり,またさまざまな性質がある。またある種の貨幣の全部または一部の性質を引き継いで別の貨幣が派生するといった系統も存在する。事物を性質や系統によって分けることが分類である。だから性質や系統についての考え方によって,様々な分類がありうることになる。しかし,それだけに分類は混乱のもととなりやすい。この小論は,著者が川端(2024)で示した貨幣観によりつつ,貨幣の分類とその根拠を明快に示すことを課題とし,それを通して現在の貨幣・信用システムの理解を深めることを目的とする。
この考察にあたっては,資本主義社会のもとでの貨幣のみを対象にする。資本主義経済における貨幣や信用と,プレ資本主義社会におけるそれらとは異なる。経済システムにおける位置が異なるからである。したがい,前近代にのみ支配的な貨幣はここでは取り扱わないし,前近代で支配的な特徴によって今日の貨幣を特徴づけることもしない。
本稿では,ひとつひとつ基準ごとに種々の貨幣を分類していく叙述方法をとる。貨幣の配列順は,より本質的なものを先に,より派生的なものを後にしている。ただし,何が本質的で何が派生的であるかは,著者の貨幣観を反映している。その貨幣観自体が,この小論全体が完結した時点で明らかになるものである。そのため,個々の箇所,とくに叙述の前半では,根拠を必ずしも十分に明らかにせずに配列することになることをご了解いただきたい。
II 外形的分類
まず,われわれが用いる日常的経済用語を尊重した外形的分類を行おう。外形的分類はしばしば発行元をも指している。
a. 金属貨幣
金属貨幣とは,商品としての金属の価値にもとづく貨幣のことである。金属本位制のもとで正貨,本位貨幣,補助貨幣として流通する。金本位制下のもとでの金貨や,銀本位制のもとでの銀貨である。前近代においては金属貨幣は金属重量に基づく秤量貨幣としても用いられたが,近代社会では国家によって価格標準が設定されることが普通である。価格標準には二つの側面がある。ひとつは重量と異なる通貨の額面価格の単位が設定されることである。すなわち,円やドルやウォン,元,ペソ,ルーブル,ユーロなどと言った単位名そのもののことである。もうひとつは,金属重量と通貨単位の量的関係が公定されることである。金属本位制が実施されている場合には,この量的関係の公定が必須である。この量的関係が公定されるものを正貨または本位貨幣という。日本の場合,現在有効な「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」では,通貨の額面価格の単位のみが設定されている。これに対して1871年の新貨条例では金1.5グラムが1円とされていたし,1897年の貨幣法では,金0.75グラムが1円とされていた。
金属貨幣の地金は金属採掘業者を出発点として流通し,鋳造されることで貨幣となる。この鋳造は,政府や中央銀行が独占することも可能であり,民間で鋳造が行われたり,政府機関に手数料を払って鋳造をしてもらったりすることも可能である。金属貨幣はもともと商品流通内で価値を持つため,発行元は政府にも中央銀行にも民間経済主体にもなりうるのである。
正貨または本位貨幣となるのは金属貨幣のみである。「ドル本位制」などといった表現は,比喩以上のものではない。現代経済を商品経済であって資本主義経済であると把握する限り,本質的には,金属本位制か,本位貨幣不在の管理通貨制しかありえないのである(※1)。
b. 政府発行不換紙幣
政府が発行する紙幣である。それ自体は価値を持たず,また金属地金や金属貨幣との交換を当然に要求することはできない。政府支出を賄うために大量に発行される場合がある。国や時代により制度は異なるが,理論的な純粋モデルとしては,政府が購買や貸し付けや給付を行うことで流通に入る。
c. 補助硬貨
政府が発行する,商品価値はほとんどない硬貨である。金属地金や金属貨幣との交換を当然に要求することはできない。少額硬貨であるため,政府支出を賄うためではなく,小口の貨幣流通を円滑にするために発行される。国や時代により制度は異なるが,理論的な純粋モデルとしては,政府が購買や貸し付けを行うことで流通に入る。現代日本の場合は,日本銀行を経由して流通に入る。
d. 一般銀行当座性預金
一般銀行が貸付,割引,信用代位に際して設定する当座性の預金が,支払い手段として貨幣の役割を持ったものである。設定した銀行にとっての一覧払債務,預金者にとっての債権である。預金振替によって持ち手を変えることで流通する。
当座性預金には主に当座預金と普通預金がある。日本の場合,手形の振出や小切手が使用できるのは当座預金だけであるが,口座振替での支払い決済への利用自体は,当座預金でも普通預金でも可能である。
e. 中央銀行当座預金
中央銀行が貸付,割引,信用代位に際して設定する当座性の預金が,支払い手段として貨幣の役割を持ったものである。設定した銀行にとっての一覧払債務,預金者にとっての債権である。預金振替によって持ち手を変えることで流通する。
f. 一般銀行券
一般銀行の当座性預金が引き出されることによって発券されて流通に入る銀行の一覧払債務紙幣である。無記名であって,保有者が銀行に対する債権者となる。
g. 中央銀行券
発券集中制のもとで,中央銀行当座預金が引き出されることで発行される,中央銀行の一覧払債務紙幣である。一般銀行の預金者が当座性預金を引き出すことによって流通に入る。無記名であって,保有者が中央銀行に対する債権者となる。
※1 もちろん,これは「本位貨幣」の定義に依存する。たとえばクナップのように,「国庫からの支払のために実際に準備される最終的貨幣」(Knapp, 1905, 小林・中山訳, 2022, p. 105)と,国家の行為を必要条件として本位貨幣を定義することも可能である。本稿は,本位貨幣の定義は貨幣そのものの性質による考えるために,前述のような定義をとり,それを尺度に本位貨幣制の成立を判断しているのである。
(その2に続く)
Ⅲ 本質分類
Ⅳ 形態分類と物的定在分類
Ⅴ 通用根拠分類
Ⅵ 機能分類
Ⅶ 支払い方法分類
Ⅷ 流通領域分類
Ⅸ 兌換代用貨幣と不換代用貨幣
Ⅹ 中央銀行デジタル通貨(CBDC)の場合
Ⅺ おわりに
<参考文献>
川端望(2024)「通貨供給システムとしての金融システム ―信用貨幣論の徹底による考察―」TERG Discussion Paper, 489, 1-39(研究年報『経済学』掲載予定)。
Knapp, Georg Friedrich (1905). Staatliche Theorie des Geldes, Leipzig: Duncker & Humblot. ゲオルク・フリードリヒ・クナップ著,小林純・中山智香子訳(2022)『貨幣の国家理論』日本経済新聞出版。
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