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2019年5月2日木曜日

信用貨幣論と貸付先行説によって「非伝統的金融政策」とリフレーション論を批判する:MMT論議の準備を兼ねて(第1節)

<目次>
1.はじめに
2.二つの通貨・銀行モデル
3.管理通貨制の下での通貨供給量の伸縮の説明
4.「非伝統的金融政策」はなぜ効かないか
5.「リフレーション」派と「期待に働きかける」派の誤り
6.結論と残された課題としての財政政策論 (5と同一ページ)

書き終えての感慨

1.はじめに

(1)問題意識と課題

 21世紀に入ってからの中央銀行の金融政策を論じる場合,「非伝統的金融政策」の成否についての評価は回避できない論点である。日本では日本銀行が2001年に「量的金融緩和」を開始して以降,「包括的金融緩和」,さらに2013年以後は「異次元緩和」とも呼ばれた「量的・質的金融緩和」,「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が実施されてきた。これらは,伝統的な金融政策が政策的な金利操作を中心としていたのに対して,短期金利をゼロとすること,政策目標を中央銀行預金の量的拡大に置くこと,オペレーションの対象を拡張し,国債のみならずコマーシャル・ペーパー(CP),上場投資信託(ETF),不動産投資信託(REIT)などお金融資産を購入すること,中央銀行預金についてマイナス金利とすることなどの点で「非伝統的」とされている。「非伝統的金融政策」は,方向としては金融緩和の方向を向いており,とくに金利がほぼゼロとなってそれ以上の金利操作が困難となったもとで,どのように金融緩和をし,穏やかなインフレを起こし,需要を刺激して経済を上向かせるかという問題意識から開発されたものである[1]
 「非伝統的金融政策」は,その直接の目的として,金利が一定の下で,具体的にはゼロ金利であっても,通貨供給量を増やすことが設定されている[2]。しかし,日本の場合,とくに安倍政権・黒田総裁のもとで採られた「異次元緩和」の下では,その効果は芳しくない。日銀当座預金を積み上げてマネタリーベースを増加させても,マネーストック,すなわち民間に出回る通貨供給量が増えないという現象が顕著になっているからである[3]。このことが,政府・日銀が目標としてきた物価上昇率の達成を阻む一つの重要な要因であることは間違いない。
 本稿はここに注目して,「非伝統的金融政策」が,なぜ通貨供給量を増加させることに失敗しているのかを,通貨と銀行の原理的モデルによって理論的に明らかにしようとするものである。結論から言えば,「非伝統的金融政策」やこれを支持・唱道する「リフレーション」派,「期待に働きかける」派の政策論は,管理通貨制の下での通貨および銀行を不適当なモデルでとらえており,原理的に不可能なことを実行しようとしていること,その不適当なモデルとは中央銀行券を不換紙幣ととらえ,銀行の機能を預金された現金を貸し出すものとみなし,中央銀行による外生的貨幣供給を可能とするモデルであること,現実を適切に理解するためには中央銀行券を信用貨幣ととらえ,銀行の機能を貸し付けによって通貨を創造するものとみなし,中央銀行による貨幣供給は内生的であるとするモデルが妥当であることを示す。

(2)分析視角と研究方法

 本稿が用いるのは,日本のマルクス経済学の潮流において論じられてきた信用貨幣論の枠組みである。この理由は,著者の身に着けた理論の範囲が限られていることによるという個人的事情にもよるが,本質的にはマルクス経済学の枠組みの拡張による通貨・銀行モデルが,この課題を果たすのに適切と思われるからである。そして,研究状況とのかかわりでは,そのことが学界にも一般にもよく知られておらず,確認しておく意義があるからである。
 本稿の研究方法は,発券集中と管理通貨制の下での信用貨幣論・貸付先行説の通貨・銀行モデルを設定して通貨供給と通貨供給量伸縮のメカニズムを明らかにするとともに,これを不換紙幣論・預金先行説のモデルおよびメカニズムと対比するものである。演繹的分析と比較分析により,整合性,モデルの精度,現実に対する説明力において信用貨幣論・貸付先行説のモデルが優位にあることを示す。その上で,信用貨幣・貸付先行モデルによって「非伝統的金融政策」が有効でない理由を説明し,この政策を唱道する諸説の問題点が,不換紙幣論・預金先行モデルに依拠しているがためであることを示す。

(3)先行研究との関係

 本稿にとっての先行研究は,日本のマルクス経済学において行われた,不換銀行券の性質をめぐる研究,および発券集中をめぐる研究である。しかし,残念ながら,本研究についての著者の知識は限られており,日本のマルクス経済学における研究史に限っても,一定の理解を持っているのは岡橋保氏と村岡俊三氏の見解に限られる。著者は,学生・院生時代に村岡俊三教授のゼミナールで両氏の見解を学んだが,貨幣・信用論を専門としておらず,現時点では関連文献をすべてサーベイすることができない。そのため,本稿は著者の見解の説明を行うことを中心とせざるを得ず,個々の論点についての先達の見解を一つ一つ確認する文献注記を行うことはできない。本稿の叙述が,岡橋,村岡の両氏を含めて先達の著作に似通っている場合,プライオリティは当然にそれらの方々にある。
 本稿にとって最も直接的な先行研究である岡橋氏と村岡氏の見解についてのみ述べておくと,本稿に関わる論点についての見解,共通点と相違点は,さしあたり,岡橋保『信用貨幣の研究』春秋社,1969年,同『貨幣数量説の新系譜』九州大学出版会,1993年,村岡俊三『マルクス世界市場論』新評論,1976年,同『世界経済論』有斐閣,1988年で確認できる。両氏は,1)管理通貨制の下での中央銀行券が信用貨幣であるとする点は一致している。また,2)中央銀行券の流通根拠を手形であることに見る点も一致している。ただし,3)手形であることの内容として,岡橋氏は銀行手形の債権債務相殺機能を重視し,村岡氏は銀行手形による貸し付けが預金を先取りし,蓄蔵貨幣の活用を促進する機能を重視している。また,4)銀行券の本来的な発行ルートを,岡橋氏が手形割引に置くことに対して,村岡氏は企業に対する預金先取的な貸し付けに置いている。5)預金によって民間銀行に預けられた中央銀行券は,岡橋教授によれば一時休息しているだけで流通内にあるが,村岡教授によれば流通から引き揚げられた蓄蔵貨幣である。各論点についての本稿の見地をあらかじめ述べておくと,1)2)については両氏と同一であり,3)については岡橋氏,4)5)については村岡氏と同一である。
 岡橋氏と村岡氏は発券集中や管理通貨制度についても考察を行ったが,両者の下で,民間銀行が発券を行えず,したがって預金通貨は創造できるが銀行券は創造できないという現代的制度の下で,民間銀行による信用,中央銀行と民間銀行の関係がどのようなものになるか,預金通貨と中央銀行券がどのように発行され,その供給量がどのように伸縮するかをモデル化して考察することは行わなかった。この問題についての分析,その結果としての貸し付けによる預金通貨の創造の重視,中央銀行預金の理解の重視は,両氏に対する本稿の独自性である。
 なお,マルクス経済の外に出た場合,残念ながら著者の知識はさらに限られる。おそらくこの問題に関連しているであろう,ケインズ理論のミンスキー的解釈や,近年(20195月上旬現在),金融・財政政策論に関して話題となっているMMT(Modern Monetary Theory)について通じていない。MMTについては,ビル・ミッチェルのブログと関連研究者の解説記事に基づく覚書は記したものの[4],まだまだ理解がおぼつかない。研究論文をこれから確認しなければならない。しかし,私は,日本のマルクス経済学の成果を用いても,この課題には十分に迫れると考えている。かつ,学派が異なっても共有できるような用語とロジックで論じることも可能だと考えているのである。本稿はそのような試みである。
 日本でのMMTの紹介の仕方は,財政政策をめぐる論点に集中している。しかし,私の限られた知識から見てもまちがいないのは,MMTとはその名の通り,根本において貨幣論であり,信用貨幣論だということである。そこからの具体化として金融政策論があり,また信用貨幣論と統合政府論が合わさって財政政策論ができているのだと思われる。したがって,MMTについての論議は,まず信用貨幣理論から始めるのが妥当な手順だと思われる。より伝統的な理論による信用貨幣論の構造と,それによる政策論を論じておくことは,今後盛んになるであろうMMTと,その政策論をめぐる論議にも役立つはずである。

(4)以下の構成

 以下,2において信用貨幣論を定義的に説明し,不換紙幣論と対比し,さらに通貨と銀行の基本モデルについての,信用貨幣・貸付先行モデルと不換紙幣・預金先行モデルを祖述して対比する。次に3において,管理通貨制と発券集中の下での通貨供給量の伸縮を,信用貨幣・貸付先行モデルでは十分に理解できるが,不換紙幣・預金先行モデルでは理論的空白が残ることを示す。以上から,信用貨幣・貸付先行モデルの優位性が主張される。4においては「非伝統的金融政策」が通貨供給量を増やすことに失敗する理由を論じ,5においては「非伝統的金融政策」を支えるリフレーション派と期待派の理論が,不換紙幣・預金先行モデルを前提としたものであり,そのモデルとともに誤っていることを示す。6では結論を述べる。




[1] 伝統的には需要を刺激し,その結果として穏やかなインフレを起こすという因果関係が想定されていると見るべきだが,「非伝統的金融政策」の支持者たちの場合は,必ずしもそうではない。むしろ,デフレであることから不況がひどくなるのであって,予想インフレ率を高めることによってその弊害を除去し,需要も拡大させるという因果関係が想定されている。この想定の立脚するモデルと問題点については,後段で述べる。
[2] それ以外の目的がないわけではない。例えば,ETFREITCPの購入の目的は,通貨供給量を増大させるとともに,リスク・プレミアムを引き下げることとされている。
[3] 日本において,マネタリーベースとは日本銀行券発行高,貨幣流通高,日銀当座預金残高の合計である。マネーストックにはM1, M2, M3,広義の流動性があるが,M1について言うと,日本銀行券発行高,貨幣流通高の合計から金融機関保有現金を差し引いたものに,預金通貨を加えたものである。
[4] MMT(Modern Monetary Theory)についての覚書」Ka-Bataブログ,2019321日(https://riversidehope.blogspot.com/2019/03/mmtmodern-monetary-theory.html)。


(続く)
第2節はこちら

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