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2019年5月11日土曜日

MMT(現代貨幣理論)の経済学的主張と政治的含意

 朴勝俊教授によるL. Randall Wray の Modern Money Theory の要点解説が公表されたおかげで,MMTへの理解をいくらか進められた。趣旨は読んでいただくとして,以下,私が留意点と思ったことをノートする。

*レイのMMTは信用貨幣論である。これは貨幣とは負債であるという意味である。使用者の信認で成り立つ貨幣という意味ではない。
*レイは,中央銀行による量的金融緩和によってはインフレーションは起こりえないと考えている。これは,私が理解するマルクス経済学ベースの信用貨幣論と一致し,リフレーション論と対立する。
*レイは,統合政府または政府と中央銀行の協調の下では,金融緩和よりもむしろ財政支出が通貨供給量を増やし,課税が通貨供給量を減らすと考えている。通貨供給量は財政政策によって調整されるという理論だと思われる(原典で要確認)。
*レイは,政府と中央銀行が統合されていてもいなくても,結果としてバランスシートは同じになると考えている。
 ・なぜそうなるかというと,たとえ政府が直接に政府貨幣を発行する場合でも,信用貨幣として,つまり政府が負債として発行するとしているからだ。いわば政府手形だ。ここが,政府の資産と想定される不換紙幣,政府紙幣とは異なる。というより,レイは貨幣はもともとすべて信用貨幣で負債であって,負債でない貨幣はあり得ないと言いたいように見える。金貨も銀貨もそうなのかと疑問に思ってしまうが(原典で要確認)。
*ただし,レイの信用貨幣論が一か所だけ独特な動きをするのは財政支出だ。私の学んだ限り,銀行券は金融取引においてのみ発行される。しかしレイの統合政府は,政府貨幣創出によって民間非銀行から直接に財を購入できるとされていることだ。ここがいちばんわかりにくく,朴教授の解説の文言でもすっきりと飲み込めない。
 ・そこでもう少し分かりやすように解釈すると,要は財を政府に売った企業に政府宛債権が発生する。企業は銀行に取り立てを依頼し,銀行は企業の預金口座に代金を振り込むとともに政府から無償で準備金を供与される,という論理になっているのだと思う。
 ・ここでは統合政府は自己宛債務証書で直接財を買っていることには間違いなく,政府貨幣は銀行券というより小切手のように機能していると思える(要検討)。
 ・レイの政府貨幣が流通する根拠は何か。手形一般がそうであるように債権債務相殺機能を持っている他に,法定納税手段であって,税債権と税債務を相殺する機能をもっているからのようである。これは私の解釈(要検討)。
*レイの政府貨幣は政府手形=政府債務証書なので,政府資産にはならない。政府に還流したら消滅すると解釈できる(原典で要確認)。だから政府は徴税した貨幣を使っているのではない。むしろ,財政支出によって貨幣を供給し,課税によってこれを回収している。
*レイは政府が,自ら定めた最低賃金率で,働きたいひとをすべて雇用することにより,失業をゼロにするとともに,失業ゼロによるインフレ圧力が生じないようにしようとしている。
*レイの理論では,政府が通貨発行権を持つ場合,財源問題には直面しない。ただし,通貨を発行して支出するとそれは財政赤字を増大させ,政府債務は増加する。
 ・なぜなら,政府貨幣は信用貨幣であって,バランスシートの負債側に記帳されるからだ。
 ・その場合,債権が増えるのは銀行である。というのは,政府に何かを売った非金融企業が銀行に持つ預金が増えるので,銀行が統合政府に持つ準備預金が増えるから。
*もちろん,政府が政府貨幣を発行できない場合は,政府支出を増やすことは財政赤字の増大を意味し,政府債務は増加する。
*レイの理論では,政府支出が膨張しても,統合政府であるか,中央銀行が政府と協調している限りはデフォルトには陥らない。ただし,不健全なインフレーションになる危険はある。
*レイによれば,歴史的に不健全なインフレーションになったのは,1)供給制約が厳しい場合と,2)政治的事情により課税が十分にできない場合だ。だから,その二つに陥らないようにしなければならないということになる。
*ということは,レイの政策論は,以下のようになると思われる。
A)大前提として,中央銀行は政府と協調しなければならない(とこの解説では書かれていないが,論理的にそうなると思う。原典で要確認)。
B)財政破綻の恐れがあるから財政支出を拡大できない,という考えは採るべきではない。
C)通貨供給量は主に財政政策で調整する。
D)失業問題の解決については,政府が最低賃金率を適切に定めた上で限度なく雇用する必要がある。
E)供給制約を超えて需要を刺激しようとするような財政赤字を出さないようにする必要がある。
F)(財政破綻の防止でなく)不健全なインフレ圧力をつくらないために課税が十分に行われるようにする必要がある。
*以上の理解が間違っていないとすれば,私の解釈では,レイの政策論を実現するためには,通貨価値安定と金融システム安定は中央銀行が,政府から相対的に独立して担う,というシステムを放棄し,これらの機能も政府が担わねばならない。
*レイの考えるシステムの下では,財政赤字が理由で非自発的失業をなくすのに十分な予算が組めなくなるという制約が外れる。そして,左派から見れば社会保障充実の予算が組めないという制約が外れ,経済的保守派から見れば企業支援策の予算が組めないという制約が外れ,タカ派から見れば軍事支出を拡大できないという制約が外れる。
*とすると,行政府と立法府の責任は極めて重くなる。
 ・D)E)F)について,立法府や行政府が近視眼的な政策をとると不況やインフレーションの危険がある。そのかわりデフレーションの危険はほぼなくなるが。
 ・また,時々の政治勢力のあり方によって,右であれ左であれ,優位な政治勢力が推進する財政支出の規模は,いままでよりもはるかに大規模になるだろう。
*政治的含意。朴教授が紹介するように,レイは「MMT自体は右でも左でもない」と述べている。もっとも,MMTは保守派が財政均衡派である社会では保守派ではありえず,リベラル寄りとなるだろう。しかし,財政拡張派の保守派が存在する日本のような社会では異なる。現に,リベラル派の中の反緊縮派とともに,自民党内の財政拡張派もMMTに注目している。MMTが政治的文脈の中でどのように主張されるかは,日本では単純でなくなるだろう。

朴勝俊「MMTとは何か —— L. Randall WrayのModern Money Theoryの要点」People's Economic Policy,2019年5月4日。

<関連投稿>
「MMTが『財政赤字は心配ない』という理由:政府財政を中央銀行会計とみなすこと」2019年5月7日。
「信用貨幣論と貸付先行説によって「非伝統的金融政策」とリフレーション論を批判する:MMT論議の準備を兼ねて(第1節)」2019年5月2日。
「MMT(Modern Monetary Theory)についての覚書」2019年3月21日。





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