下田直能『お金は銀行が創っているの?』同時代社,2022年。信用創造廃止=公共貨幣論の3冊目だが,言うべきことは,これまで読んだ2冊に対してとほとんど変わらない(※1)。著者は山口薫氏の主宰する公共貨幣フォーラムの理事であり,その主張はおおむね『公共貨幣入門』と同じである。
まず,私の理解するところでは,現代の管理通貨制度の下での通貨供給原理は,大要以下のようになっている。
*金融システム(中央銀行・銀行)による供給-貸し付け(信用創造)・返済による内生的供給
*財政システム(中央政府)による供給-支出・課税による外生的供給
なお,銀行以外の金融機関を通して金融仲介は流通界で資金を融通し合うものであり,通貨供給量を変動させない。
内生的供給というのは,通貨が財・サービスの流通の必要に従って供給され,必要がなくなれば流通から引き上げられるということである。つまり,通貨流通量の自動調整機能が働くことになる。
ただし,供給された通貨は,財・サービスの流通を媒介せずに遊休したり,もっぱら金融資産の流通に投じられることがある。初めから金融資産への投下を目的として借り入れが行われることもある。これは現金にたいする流動性選好と,他の支出と比較した金融資産への選好によって生じるものだ。遊休(マクロ経済学で言う貯蓄)が強力になると不況となり,金融資産への投下が激しくなるとバブルになる。
さて,公共貨幣論の主張である。公共貨幣論者は,この不況とバブルの振幅の激しさ,またいずれからも利益を上げる金融機関の利潤追求を問題視する。銀行の信用創造に通貨供給をゆだねると,肝心の市民生活の必要を満たし,これを改善することにお金が回らないというのである。そこで,100%準備預金制度によって信用創造を禁止し,通貨は政府が発行する公共貨幣に置き換えようというのである。
信用創造を禁止した場合,財・サービスの流通に必要な通貨が金融システムから供給される保証がなくなる。その代わり,財政システムを通して,政府発行の公共貨幣として供給されることになる。そして,いったん財政を通して散布された公共貨幣が,投資信託や定期預金などをとおした金融仲介によって融通される。公共貨幣の供給量は議会制民主主義の下で,ただしある程度独立した委員会システムを通してなされる。これによってバブルを排除するとともに,通貨の追加供給はすべて財政支出から始まることにすることで,市民生活の校正を高め,公共財・サービスの供給に資する通貨供給を実現しようというのである。以上が公共貨幣論の主張である。
公共貨幣論は,銀行の不労所得を排して,通貨供給量を民主的に決定するということから,リベラルの一部に支持されている。しかし,私はMMT派のランダル・レイとともに,「気持ちはわかるが,無理だ」と思う。財・サービスの流通に必要な通貨量の決定は,政治的・行政的に決定することはあまりに困難が大きい。設備投資資金,運転資金,決済資金などの多様な需要を,銀行業の貸し出し現場ではなく政府の委員会が推計することに無理があるし,予算システムによって通貨供給を決定するのでは柔軟性がない。率直に言って,計画経済と同様の困難に陥るだろう。
この困難は,財・サービスの流通に必要な通貨量の自動調節機能を破棄することから来る。公共貨幣論は,市場経済を廃絶しようとするものではないはずだ。そうであるならば,市場経済の調整機能の優れた部分を排除してしまって,経済改革の困難のハードルを高めるのは得策ではないだろう。
問題は信用創造がバブルを生むことにあり,バブルにお金が回って市民生活に回らないことにある。この問題の解決のためには,金融システムにおける通貨の内生的供給機能を維持しながら,バブルを起こさない規制を確立していくこと,金融政策では対応できない不況には財政政策で臨むことが,現実的な選択肢と思う。
たいへんラディカルでない,漸進主義的なことを書いたが,この論点に関する私の考えは以上のとおりである。
下田直能『お金は銀行が創っているの?』同時代社,2022年。
版元 http://www.doujidaisya.co.jp/book/b602792.html
Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4886839193
※1 以下二つの投稿を参照されたい。
「山口薫・山口陽恵『公共貨幣入門』集英社,2021年を読んで:信用創造禁止,シンボル貨幣,ナローバンクがもたらすもの」Ka-Bataブログ,2021年12月18日。
「松尾匡・井上智洋・高橋真矢『資本主義から脱却せよ 貨幣を人びとの手に取り戻す』の信用創造廃止論:やはり「気持ちはわかるが,無理だ」と思う」Ka-Bataブログ,2022年4月11日。
※本稿は2022年4月20日にFacebookに投稿したものの再現です。投稿は下田氏にお知らせし,氏からは以下のようなリプライをいただきました。続いて私からも再論する予定ですが,拙論と下田氏の論を読者が比較対象しやすくするために,ブログですべてご覧いただけるようにいたしました。
下田直能「流通貨幣量「自動調節」機能の弊害」2022年4月28日。