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2022年4月4日月曜日

日本の賃金が上がらず消費が低迷する原因は,企業がもうかっていないからではない:加谷珪一氏の記事について

 加谷珪一氏は,Newsweek4月1日付に寄稿された「日本だけ給料が上がらない謎...『内部留保』でも『デフレ』でもない本当の元凶」において,「日本企業は何らかの原因で十分に利益を上げられない状況が続いており、これが低賃金と消費低迷の原因になっていると推察される」と指摘されている。私は,これは的を射ていないように思う。以下,その理由を述べる。

 まず,日本企業の営業利益率や経常利益率は,歴史的にはむしろ高成長(高度成長期+安定成長期)の方が長期低落傾向にあったという事実がある。言うまでもなく,当時賃金は今よりずっと上がっていた。

 バブル崩壊以後の低成長期では,1993年を底にして,むしろ上昇傾向にある。とくに営業利益率はそうでもないのだが,経常利益率は上下の振幅も大きいものの上昇幅も大きく,高度成長期の水準に達している(※1)。

 問題は企業が儲からなかったことではない。加谷氏は日本企業の付加価値生産性の低さを指摘しており,それは事実である。日本のいくつかの産業において国際競争力が低迷しているのも,視点によって詳細は変わるが,おおむね事実といってよい。しかし,それでも日本企業は全体として利益率を引き上げて来たのである。むしろその理由を問うべきだが,今は脇に置く。もうかりはしたのだが,その利益がどこに行ったかが問題である。

 A)一つ目は,配当性向と配当の絶対額の上昇である(※2)。この配当が,おそらくは高所得者に向けられた。高所得者の限界消費性向は低いので消費に回らない(※3)。

 ただし,企業は配当を増やしてなお内部留保を狭義(利益剰余金)でも広義(利益剰余金+資本剰余金+各種引当金・準備金)でも積み上げた(※4)。

 B)二つ目が,この内部留保が資産としては何に投下されたかである。有形固定資産に投下されず,M&Aを含む子会社支配,自社株買い戻し,海外直接投資に向けられた部分が大きかった。にわかには信じがたいことだが,大企業の有形固定資産保有額は,21世紀最初の15年の間に低下したのである(※5)。

 日本の企業は利益を上げていた。しかし,その利益は,国内において,消費や実物資産への投資を拡大するように再投下されてこなかった。これが景気の長期低迷の最大の要因だと私は考える(※6)。賃金が上がらないことは,別の要因で説明すべきだ。

※1 以下のグラフをご覧いただきたい。法人企業統計調査から本川裕氏が作成したもの。
「企業の利益率の長期推移」社会実情データ図録。

※2 以下のグラフをご覧いただきたい。出所は※1と同じ。
「企業の当期純利益の推移」社会実情データ図録。

※3 以下のデータをご覧いただきたい。
「BOX3 所得階層別にみた限界消費性向」『経済・物価情勢の展望(2016年10月)』日本銀行,2016年11月。

※4 ※2と同じ以下のグラフをご覧いただきたい。
「企業の当期純利益の推移(製造業)」社会実情データ図録。

※5 以下をご覧いただきたい。
小栗崇資(2017)「大企業における内部留保の構造とその活用」『名城論叢』17(4),名城大学経済・経営学会,3月,1-14。

※6 このことは私を含む産業論や経営学研究者も注意すべきである。日本企業のイノベーションの低迷や国際競争力低下を問題にするのは意味がある。日本社会の生産力や物的生産性に直結する問題であり,日本の生活のありかたに関わるものだからだ。しかし,「日本経済を活性化させるためには,日本企業の国際競争力をあげねばならない」とは限らない。企業がもうかっても低迷したままになることもあるからだ。まして「日本経済を活性化させるためには,日本企業がもうかるようにしなければならない」というのは誤りである。すでにもうかっているのに日本経済は活性化していないからだ。

加谷珪一「日本だけ給料が上がらない謎...「内部留保」でも「デフレ」でもない本当の元凶」Newsweek,2022年4月1日。


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