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2023年12月8日金曜日

貨幣発行と流通のしくみ(その1) 貨幣とはどういうものか

一般向け講演原稿 

貨幣発行と流通のしくみ:お金はどこからきてどこへ消えるのか

1 はじめに

 この講義では,「貨幣発行と流通のしくみ」についてお話しします。それを通して,皆さんに考えていただきたいことは二つです。一つは,普段の生活の中で漠然とイメージしがちなことと,実際のお金の発行・流通のしくみにはかなりの違いがあることです。もう一つは,モノやサービスといった実物の世界が貨幣を動かす力と,貨幣が実物の世界を動かす力について知っていただくことです。そして,これらを通して,社会に向き合う力を少しだけ鍛えていただければと思います。

 なお,「貨幣」「通貨」「お金」という三つの言葉がしばしば出てきますが,ここでは大まかには同じ意味と考えていただいて構いません。

 さて,貨幣の話をすると言っておいて何ですが,経済の本体はモノやサービスです。モノを少し専門的に財とも言います。経済とは金儲けの話ではなく,むしろ人が働いて財やサービスを作り出し,それを享受するというしくみが経済の本体です。財やサービスを作り出す苦労と,それを享受して得られるうれしさや幸福感,専門的に言うと効用というものがバランスして,各人の生活が豊かになることが経済のテーマです。

 しかし社会は多数の人間からできていますから,そのためには社会の仕組みが必要です。それは時代によって異なり,奴隷制や封建制であったりもするわけですが,近代的な仕組みの代表は市場と交換です。そしてそれを円滑に回すためのツールが貨幣です。だから貨幣はツールに過ぎない。

 ところがツールは暴走します。「近代科学文明の暴走」というのは映画や,また現実でもよくある話ですが,貨幣も暴走します。貨幣は財やサービスを動かすツールに過ぎないのに,貨幣を獲得することやためること自体が目的になってしまうことがあります。それが資本主義社会です。こうなってしまう秘密について,ここではすべてお話しすることはできませんが,その一端として,貨幣の発行と流通の仕組みをお話ししようというわけです。

2 貨幣とはどういうものか

 さて,最初の問題は,貨幣とはそもそも何なのかという話です。一言で無理くり答えるならば,すべての商品と等価,つまりイコールなものだということです。しかし,具体的にはいろいろな機能があります。

 最も大事な機能は価値尺度機能です。これはモノやサービスが商品となっている世界で,商品の価値の大きさを図る機能です。たとえば商品1が貨幣1単位に等しく,商品2が貨幣10単位に等しいならば,商品2は商品1の10倍の価値があることになります。このように商品間の相対関係を図るのが価値尺度機能です。

 次に価格標準です。これはさらに二つに分かれます。一つは,貨幣に単位名をつけることです。「日本の通貨は円である」とか「アメリカの通貨はドルである」とかいう風に名前を付けることです。もう一つは,皆さんにはなじみがないと思いますが,貨幣と単位の数量関係をつけることです。たとえば,1933年に制定された日本の貨幣法は,もう無効になっていますが,「金750ミリグラムをもって1円とする」と決めていました。この二つは,いずれも国家が決めることです。

 三つめは流通手段機能です。これは簡単で,現金で物を買うことを想像してください。商品と交換されることで,商品を流通させる機能です。

 まだあります。四つ目は支払い手段機能です。これは,貨幣を使えば,商品を現に流通させることと分離して,支払いだけを行うこともできるという機能です。イメージしていただきたいのは,代金後払いや,借金の返済です。お金で支払うことだけを独立して行えますね。

 五つ目は蓄蔵手段です。お金で富を蓄えることができるという機能です。預金とか,タンス預金とかをイメージしてください。なお,モノやサービスでなく,金融資産,つまり株式とか社債とかポイントとかで富をためるのもこの機能の延長線上にあります。

 最後は世界貨幣です。さきほど,通貨単位は国家が定めると言いました。国家が違うと貨幣単位も違って互換性がありません。でも貿易をしますから,何とか貨幣を通用させねばなりません。その機能が世界貨幣です。これを完全に果たせるのは金などの貴金属だけでしょう。金が流通していない現在では,ドルやユーロなどがこの機能を一部代行しています。

 さて,これらの機能を全部一種類の貨幣が果たせれば,貨幣として万能だということになります。そのような貨幣であるためには,それ自体が価値を持った商品である貨幣ならばいいわけです。これを商品貨幣と言います。具体的には金や銀など,本位貨幣になれる貴金属がこれに該当します。金本位制というのが歴史的に存在したことはみなさんもご存じでしょう。

 しかし,万能な商品貨幣だからと言って,それだけを使っているわけにはいきません。貨幣流通量が貴金属の産出量に制限されるとお金が足りなくなります。また,現物のお金が常に手元にないといけないというのでは不便です。会社は黒字でも,今この瞬間に現金が手元にないから,払うべき代金を払えず倒産する,といったことになりかねません。

 本位貨幣が存在する世界では,一方で経済が順調な時に経済発展が制約され,他方で不況の時には経済の落ち込み方がひどくなります。非常に大雑把に言えば,これが歴史の一時期は実施された本位貨幣制が停止されていて,政府が通貨システムを管理する管理通貨制が実施されている根本的な理由です。

(続く)

■補足

*貨幣についての古典的な説明を踏襲しており,慣れている人には退屈だろう。しかし,漫然と踏襲しているのではなく,「いろいろ迷ったが,結局これでよい」と考えている。

*本当は深く論じなければいけない価値尺度機能をさらりと流している。もちろん,現在は代理貨幣しか使われていないので,価値尺度機能は間接的に,大きく誤差のある形でしか果たされていない。

*私は,古典的な「金などの商品貨幣=万能な典型的貨幣」説に立つ。この見解は,近年の貨幣史研究の進展により,旗色が悪くなっている。しかし,「前資本主義時代から現在に至る歴史的順序」と,「資本主義社会を説明するための論理的順序」は異なるというのが私の見解である。商品貨幣は「貨幣の歴史的起源」ではなく,資本主義社会における「論理的説明の起源」である。「昔は金貨が使われていて,いまはそうでなくなった」と貨幣史(歴史学)として説明するのでなく,「金貨ならば貨幣のすべての機能を果たせるのだが,それでは不都合が多すぎるので,実際には使われていない」というのが貨幣論(経済学)の説明である。

*なので,私はMMTやクナップのように,貨幣の生成そのものについての国定貨幣説をとらない。貨幣は商品経済から説明できると考えている。ただし,価格標準(貨幣の単位名付与,貨幣重量と単位名の関連付け)は国定であり,国家抜きに説明できない。この点を明確にしたことはクナップの功績だと認める。

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