Ⅰ はじめに
Ⅱ 外形的分類
(以上,その1)
Ⅲ 本質分類
Ⅳ 形態分類と物的定在分類
(以上,その2)
V 通用根拠分類
(以上,その3)
VI 機能分類
(以上,その4)
VII 支払方法分類
VIII 流通領域
IX 兌換代用貨幣と不換代用貨幣
X 中央銀行デジタル通貨(CBDC)の場合
XI おわりに
(以上,今回)
VII 支払方法分類
支払い方法による分類は,特に現物受け渡しか振替か,二者間取引か三者間取引かが重要である。
この違いを規定するのは,経済的形態と物的素材である。総じて現金は二者間の現物受け渡しによって支払われる。支払い記録は原則として当事者にしか知り得ないものであり,いわゆる匿名性を保つ可能性を持っている。
対して預金貨幣=デジタル貨幣の支払いは,第三者介在のもとでの債権債務の振替によってなされる。すなわち,銀行による振り替え操作があって,初めて支払いが完了する。預金は銀行にとって債務であるから,振替は自分にとっての債権者とその金額の変化を表すものであり,記録せざるを得ない。このことにより,取引は第三者が記録するという意味で匿名性のないものとなる。
中央銀行デジタル通貨(CBDC)を設計するに際して匿名性が課題となっているが,ここでの分類を踏まえる必要がある。CBDCを中央銀行預金として設計するならば,そこでの取引に匿名性を持たせることは原理的に困難である。中央銀行が取引を記録せざるを得ないからである。これに対して,現金を電子的にトークン化したものとして設計するならば,取引に匿名性を持たせることも原理的には可能であり,ブロックチェーン技術と法規制がこれを現実化できるかどうかが注目されている。
VIII 流通領域
最後に,流通領域による分類がある。ほんらい,貨幣とは商品の価値を測定し,商品流通の購買を即時払いや,さもなくば後払いによって媒介したりするものである。実際に,金属貨幣,政府発行不換紙幣,補助硬貨,一般銀行当座性預金,一般銀行券,中央銀行券は,広義の商品流通(交換手段を用いた流通と支払い手段を用いた流通)を直接に媒介する。この分類を比較的正確に表現する日常用語が日本ではマネーストック,つまり「金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量」(日本銀行ウェブサイト)である。
ところが,銀行・中央銀行の二層システムが成立すると,直接には商品流通を媒介しない貨幣が出現する。もっぱら銀行間決済を担う中央銀行当座預金がこれにあたる。この意味で,中央銀行当座預金は特殊な存在である。中央銀行当座預金は,もっぱら銀行間決済を担うことによって,銀行を超えた預金貨幣の流通を支え,さらに中央銀行券という現金の基礎を形成している。
また中央銀行券も,発行された時点で商品流通界に投入されているわけではない。中央銀行当座預金が引き出されると中央銀行券が発券されて一般銀行の手元にわたるが,この時点ではまた商品劉を媒介していない。さらに一般銀行預金が引き出されることによって,初めて商品流通界に入るのである。
中央銀行当座預金と中央銀行券の独自性を表現する日常用語は,日本ではマネタリーベースである。これは「日本銀行が世の中に直接的に供給するお金」(日本銀行ウェブサイト)である。ただし,この定義のうち「直接的に供給する」という部分は「日本銀行自ら供給する」という意味にとるべきであって,「世の中に直接供給される」と理解してはならない。中央銀行券は,日本銀行が発券するだけでは「世の中」すなわち商品流通界には供給されず,一般銀行預金が引き出される時に供給されるからである。
むしろ肝心なことは,中央銀行は商品流通に対して直接に貨幣を供給せず,間接的にのみ供給するということである。商品流通界に貨幣を直接供給するのは,貨幣商品(貴金属)生産者,退蔵貴金属の保有者,一般銀行,政府であり,現代では後の二者だけである。預金貨幣という代用貨幣を直接に発行しているのは一般銀行であって中央銀行ではない。中央銀行券をイメージして「管理通貨制のもとではお金は政府や中央銀行が供給する」と述べることは,一般銀行の預金貨幣供給を見落とした不正確なものである。
IX 兌換代用貨幣と不換代用貨幣
なお,ここまで兌換と不換と言う項目を立てずに,これらの用語を用いて説明を行ってきた。これは,代用貨幣が兌換であるか不換であるかが,本質的な区分ではないからである。
兌換とは,一般に正貨・本位貨幣と交換できることであり,不換とはそれができないことである。兌換は歴史的に紙幣についてのみ認められてきたが,理論上はどの代用貨幣についても問題となる事柄である。
正貨流通・金属本位制であるか管理通貨制であるかは貨幣制度上の重要な違いであるが,兌換であるか不換であるかは,種々の代用貨幣の性質を変えるものではない。変化するのは,商品流通界への出入りの仕方である。兌換代用貨幣は,どのような投入経路であれ,商品交換の手段として必要な量を上回って投入された場合に,兌換請求によって流通外に出ることができる。一方,不換代用貨幣は,投入が商品を流通させる必要に基づかない外在的な投入である場合には,商品流通界から出ることができず,厳密な意味でのインフレ圧力を発生させる。しかしこれは,貨幣自体の性質と言うより,貨幣の流通法則と物価とのかかわりに置いて論じるべきことである。
兌換か不換かによって代用貨幣の性質が変わるとする主な主張として,「兌換銀行券は信用貨幣であるが,不換銀行券は中央銀行券を含めて国家貨幣である」という主張がある(※6) 。しかし,ⅣとⅤで述べたように,兌換であろうが不換であろうが,銀行券は債務として発行され,流通し,債権債務相殺や上位の債務との交換によって決済されるのであり,したがって信用貨幣として理解すべきなのである。
X 中央銀行デジタル通貨(CBDC)の場合
最後に,今日,構想と社会実証が進められているCBDCが,貨幣分類上どのような位置にあるかを補足しておきたい。
CBDCは,中央銀行に個人・企業が直接口座を持つホールセール型と,現金に仮想されたトークンを電子機器内に保持し,相互にやり取りするリテール型に大別される。
ホールセール型CBDCの本質は中央銀行当座預金と同じであり,違いはそこに駆使される技術がブロックチェーン技術になること,金融機関に限らず個人・企業によって保有されることである。したがいその分類規定は中央銀行当座預金とほぼ同じであり,唯一異なるのが,銀行間決済を担うことも,商品流通を直接媒介することもできるようになることである。ホールセール型CBDCの導入とは,誰もが中央銀行に直接当座性預金を持つという,中央銀行の一大変革を意味するのである。この場合,中央銀行当座預金と同じ匿名性の確保は原理的に難しい。
リテール型CBDCの本質は中央銀行券と同じであり,違いはデジタル貨幣だということだけである。したがいその分類規定は中央銀行券とほぼ同じである(川端,2022)。ただし,ここでは紙幣からデジタル貨幣へという物的定在の大転換がある。物的定在は現金(紙幣)からデジタル貨幣となり,支払い方法は物的な二者間受け渡しからバーチャルな二者間受け渡しに変わるのである。リテール型CBDCとは,中央銀行券と並び立ち,またそれに取って代わるものなのである。したがい,匿名性の確保は原理的には可能である。
XI おわりに
以上の考察をまとめると以下の総括表のようになる。貨幣をめぐる議論は多元的であり,切り口が多くあるだけに混乱しやすい。本稿の分類が,交通整理に寄与すれば幸いである。
(完)
※6 「現代の中央銀行券は法的強制によって流通可能になっている」というのは広くみられる社会通念である。学術的見解としては,麓(1967),飯田(1983),最近では建部(2022)がある。麓説や飯田説と同時代に対立し,不換銀行券を信用貨幣論と主張したのは岡橋(1968,1969,1987)である。
<参考文献>
飯田繁(1983)『不換銀行券・物価の論争問題』千倉書房。
岡橋保(1968)『貨幣流通法則の研究』日本評論社。
岡橋保(1969)『信用貨幣の研究』春秋社。
岡橋保(1987)『新版 現代信用理論批判』九州大学出版会。
川端望(2022)「中央銀行デジタル通貨は何をもたらすか:野口悠紀雄『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』新潮社,2021年を読む」TERG Discussion Paper, 469,1-12。
建部正義(2022)「世界的な物価高とマルクス貨幣・信用理論」『前衛』1009,70-86。
麓健一(1967)『不換銀行券論』青木書店。