VIET JOの2023年3月1日付報道によれば,ベトナムのVASグループ傘下ギソン・アイアン・アンド・スチールの新工場建設計画がタインホア省政府に承認されたとのことです。VIET JOの元記事は,おそらくVietNam FINANCE2月28日付でしょう。これらによると,新工場は,先月私が見学したギソン経済区にほど近いタンチュオン区第4工業団地に建設される予定です。投資額は5.5兆ドン(約319億円,2.31億ドル)。
注目されるのが,生産能力,原料,工程,製品です。本記事は,ここからVASグループの戦略を読み解こうというものです。
報道によれば,第1フェーズでは,スクラップを用いて厚さ150ミリ,幅550-750ミリ,長さ7000ミリの半製品を製造し,そこから厚さ2.3-3.6ミリ,幅550-750ミリ,グレードQ345,Q235,Q195またはそれらに相当する98万トンの熱延コイルを製造します。
また第2フェーズでは,3万トンの構造用鋼,30万トンの鋼管,角型鋼管,亜鉛メッキ鋼板を製造すると報じられています。
これを工程の流れがわかるように言い換えますと,第1フェーズはスクラップを原料とし,アーク電炉法か誘導炉法によって溶解するものです。VASグループの履歴から見て,おそらく誘導炉でしょう。連続鋳造してスラブを製造し,これをナロー・ストリップ・ミルで狭幅の熱延コイルに圧延するのです(ちなみに中国規格で狭幅帯鋼の上限は600ミリ。大型一貫製鉄所で製造される広幅帯鋼は幅750-1600ミリが多い)。
第2フェーズは造管機・冷間圧延機・亜鉛メッキラインを増設するもので,狭幅熱延コイルを用いて溶接鋼管,溶接角鋼管,亜鉛めっき鋼板を製造するものと思われます。構造用鋼の3万トンというのは数字が半端なこともありよくわからないのですが,狭幅帯鋼から鉄骨を加工するのかもしれません。
ここで専門的な話ですが,VIET JOの日本語記事だけだと熱延コイルが狭幅であることがわからないために,アメリカの大型電炉メーカーが用いる薄スラブ連続鋳造とコンパクト・ストリップ・ミルを用いるかのように読めてしまいます。しかし,数字が少し詳しく出ているVietNam FINANCEを読むと,そうではないことがわかります。スラブが厚く,コイルの幅が狭いからです。これは,中国で民営企業が,中国製設備を用いて多数建設している,狭幅熱延帯鋼工場と同じようなスペックです。VASグループは,誘導炉はこれまでも中国から調達していましたが,今回は連続鋳造機と圧延機も中国製のものを用いるのではないでしょうか。
このような工場であれば,投資額が5億ドル以下で実現できることは理解できます。とはいえ2.31億ドルはさすがに過小ではないかとも思います。ベトナムでは投資ライセンスを獲得しやすくするために,企業は投資額を過少に見積もる傾向があるので,これもそうした傾向の表れかもしれません。
さて,ここから読めるVASグループの事業戦略は,従来の事業,つまり単圧工場へのビレット売り,建築用棒鋼・線材の製造・販売から多様化をはかり,鋼板類・鋼管類にも進出するというものです。ベトナムでは,高炉メーカー2社が出現したいまもなお,熱延コイルの輸入依存度は高く,国産化の余地があるからでしょう。
ただし,VASは,独自の立ち位置をとろうともしています。自らの資金動員力の限界を踏まえつつ,技術的には自ら持つスクラップ選別能力と誘導炉の活用で対処できる範囲として,また事業ドメインとしては高炉メーカーと正面から競合しない狭幅の鋼板としているのでしょう。
ベトナムの不動産・建設業がインフレ・金利の高騰によるバブル崩壊から立ち直っていない現在,VASグループの次なる野望が実現するかどうかは何とも断定できません。しかし,言えることはあります。
ベトナムの建設用鋼材市場では,高炉,アーク電炉,誘導炉,単純圧延の各メーカーが入り乱れ,品質・価格の様々なセグメントを作り出しながら激しく競争しています。棒鋼や線材という一見等質的なコモディティの世界であるにもかかわらず,マイクロな異質化競争が起こっているのです。これは,建設用コモディディ鋼材はアーク電炉メーカーによって占拠され,したがって諸企業が同質的行動をとりやすい多くの諸国とは異なる状況です。この独特の状況を生み出した有力なプレーヤーの一つがVASグループなのです。VASグループが誘導炉を用いながら品質管理と環境管理においてほぼフォーマルな存在になったことによって,異質性を帯びた競争がとりわけ激しくなり,セグメントごとの顧客に異なる価格と品質で棒鋼・線材が供給されることにつながっています。そして,セーフガードの力を借りているとはいえ,ベトナム鉄鋼業はビレットや棒鋼において中国からの輸入品の浸透を許さずに,生産を拡大し続けているのです。
VASグループのフォーマル化とマイクロな異質化競争行動は,ベトナム鉄鋼業条鋼部門の発展に寄与していると私は考えます。それ故に,今度は鋼板市場でも,同じようなマイクロな異質化競争を挑もうとしているVASグループの行動は注目に値するのです。
「タインホア省:DSTギーソン鉄鋼工場案件を原則承認、投資総額314億円相当」VIET JO,2023年3月1日。