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2021年2月21日日曜日

「中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する日本銀行の取り組み方針」を読んで:預金減少が起こす問題は信用創造の制限でなく銀行間競争の激化

 日銀は,2021年春に中央銀行デジタル通貨(CBDC)の実証実験を行うとのこと。中国やスウェーデンはすでに実証実験に入っており,カンボジアとバハマではすでに運用が始まっている。今後の動向が注目されるので,日銀が2020年10月に発表した「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を読んでみた。以下,コメントする。

・ホールセール型CBDCと一般利用型CBDCの区分について。ホールセール型CBDCというのは,単に中央銀行当座預金をデジタル技術革新したものである。これは「利用者を一部の先に限定した電子的な中央銀行マネーという点で、民間銀行が中央銀行に保有する当座預金と共通している」(引用。以下,カギカッコ内は同じ)。実際,図表2のベン図でも同じところに入っている。いまでも中央銀行当座預金はデジタル化されているのだら,これを何か別の存在に置換える必要はない。中央銀行当座預金が,何か別の存在に置き換わるかのように言うのは混乱の下であり,やめた方がいいと思う。

・一般利用型CBDCについて。これを間接型で供給し,「現金と同様の中央銀行マネーとして,決済のファイナリティ(支払完了性)および即時決済性」を持たせ「誰でも使える」ようにするという点は注目される。これは要するに,一般利用型CBDCとは中央銀行債務であり,現金=中央銀行券のデジタルトークン化だということである。私の意見では,CBDCを間接供給の,現金のデジタル化として設計することは,そうでない方式に比べて合理的であり,支持できる(※1)。

・「CBDCの発行により、銀行預金からCBDCへの大幅な資金シフトが生じれば、民間銀行の金融仲介機能に影響を及ぼすことになる。例えば、銀行預金よりもCBDCの利便性が高くなると、銀行預金は大きく減少してしまい、そのことを通じて銀行の信用創造が抑制されるとの指摘がある」。これは,非常に不安にさせられる文章である。預金が現金やCBDCで引き出されるとどうなるのかを考えてみよう。

 銀行は,借り手の預金を設定することによって貸し付ける。このとき,中銀に持っておく準備は必要であっても,事前に預金は必要ない。銀行は信用仲介機関ではなく信用創造機関であり,貸し付けることによって預金通貨を創造する(内生的貨幣供給論)。そして,現金やCBDCは貸し付けによって生まれた預金を,借り手aや,その支払先の企業bや個人cが引き出すことによって必要となるのである。この時,aまたはbまたはcの取引銀行は中央銀行券やCBDCを預金者に渡さねならず,それは中銀当座預金をおろして調達するしかない。貸し付けによって預金が生まれ,その預金が引き出されることによって現金やCBDCが流通する。つまり他の条件(過去からの履歴や政府の財政や対外取引)を抜きにすれば,現在の制度では「銀行貸出総額=預金総額+現金総額」である。CBDCが実用化されれば,「銀行貸出総額=預金総額+現金総額+CBDC総額」である。

 先ず信用創造で貸出=預金が生まれ,後からその預金がどこかで引き出される。だから,預金の引き出し額が大きくなっても,それは事前になされた信用創造額を所与として,預金・現金・CBDCの比率が変わるだけである。

 ただし,銀行が預金を失うということは,その分だけ準備=中銀当座預金(と手持ち現金・CBDC)を失うということでもある。預金はいつ現金やCBDCで引き出されるかわからないのであるから,銀行は準備を持っておかねばならない。だから,準備を失うということは,その後の貸し付け能力に制約が加わるということである。この点では,預金がCBDCで引き出されると金融引き締め効果があり,信用創造が制約されると言える。

 もっとも,国債が大量に発行され,かつ低成長のこの時代,銀行は全体として大量の国債を保有してる。そのため,準備は買いオペレーションによって中銀から容易に供給される。現に21世紀になってから日銀当座預金は積み上がるが,マネーストックはなかなか増えないというのが日本の現実である。現代の中央銀行は,現金比率の上昇による引き締め効果には,十分対応できるとみてよい。銀行全体については,預金縮小による信用創造への制約を心配する必要はないだろう。

 しかし,個々の銀行にとっては異なる。預金の降ろされ具合は銀行によって異なり,また全体として預金が減少した場合の影響も銀行によって異なってくる。規模の小さな銀行は苦しくなるだろう。つまり,CBDCで預金が大量に降ろされると資金調達競争が激化し,そこで敗れる銀行が出てくるだろう。これが,本当の問題なのである。

 日銀が,このような問題の構造をつかんでいるのかどうか,上記の引用文の表現ではよくわからない。むしろ,日銀が銀行=信用仲介機関説(外生的貨幣供給論)という,学会で多数ではあるが誤っており,銀行実務にも反する見解に立っているのではないかという疑いを抱く。つまり,信用創造とは本源的預金に基づく現金の貸付,その一部の預金還流,そのまた貸付というたらいまわしであり,預金が流出すれば信用創造の原資が縮小すると考えているのではないかと疑われるのである。

 日銀はかつて「日銀理論」と呼ばれる,銀行=信用創造機関説に近い見地を取っていたのだが,黒田総裁になってから,量的金融緩和を正当化する銀行=信用仲介機関説に完全に転向したと見られる。この転向がCBDCへの見方にも影響を与えているのではないかと懸念する(※2)。

・「CBDCが決済手段として広く用いられるためには、プライバシー保護の面で利用者が安心できる設計・運営が求められる」。もっともである。現金は取引履歴の情報をほとんど記録しない(指紋がついたりすることはあるとしても)。しかし,CBDCについては設計次第である。中央銀行が個人の取引情報を握ってよいという理由はない。この点では,中央銀行や政府の方針に今後とも十分注意する必要がある。


※1「中央銀行デジタル通貨:口座型はまったく不合理であり,トークン型に絞って検討すべき」Ka-Bataブログ,2019年12月4日。


※2 黒田総裁のリブラについての発言からは,日銀,銀行を信用仲介機関とみなしていることがうかがえるという。建部正義「中央銀行デジタル通貨(CBDC)と民間デジタル通貨(libra)をめぐって」『ジャーナル・オブ・クレジット・セオリー』創刊号,信用理論研究会,2020年11月。



「『中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針』の公表について」日本銀行,2020年10月9日。


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