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2019年12月4日水曜日

中央銀行デジタル通貨:口座型はまったく不合理であり,トークン型に絞って検討すべき

 中央銀行デジタル通貨試論。デジタル人民元の発行計画が話題になっているので勉強を始めた。日本銀行の報告書とニッセイ基礎研究所のレポートを読んだのだが,どうもおかしい。自分でも,かなり強い意見だと思うのだが,私が知る貨幣・信用論に基づく限り,以下のように思えて仕方がない。専門家のご意見を聞きたい。

「中央銀行発行デジタル通貨(CBDC)として検討されている二つのタイプのうち,口座型(預金のデジタル化)はまったく不合理である。以後,トークン型(現金のデジタル化)に絞って検討すべきだ。預金のデジタル化は,民間預金を使ったデビットカード支払の電子化,推進,改善として行うべきだ」

 以下,説明する。

1.中央銀行発行デジタル通貨とは何か

*中央銀行発行のデジタル通貨(CBDC)は中央銀行の債務である。

*口座型とトークン型の二つがある。口座型はデジタル通貨建ての預金口座を作り,預金者が電子機器によって指示を行うと口座振替で支払を行うものだ。トークン型は価値をもち流通性のある通貨をデジタルデータで仮想的に設定し,これを電子機器とウォレットソフトにより仮想的に貯蔵するものだ。支払を行うと,デジタル通貨は支払者の電子機器・ウォレットソフトから受け取り者の電子機器・ウォレットソフトに仮想的に移動する。

*個人が中央銀行と直接取引する直接型と,中央銀行は銀行と,銀行が個人と取引する方式の間接型がある。

*したがって,直接・口座型,直接・トークン型,間接・口座型,間接・トークン型の四つの方式がある。

*よって,口座型は預金のデジタル化であり,トークン型は現金のデジタル化と理解できる。

*口座型では,中央銀行は個々人と取引する。直接・口座型では個々人が中央銀行に口座を持つ。間接・口座型であっても,市中の銀行は仲介業務をするだけで口座は中央銀行のものだから,本質的には同じことだ。なお,直接・トークン型でも個々人が中央銀行に現金か預金通貨を持ち込んで,トークンを受け取る。間接・トークン型では中央銀行が銀行にデジタル通貨を交付し,個々人は銀行において現金か預金通貨と交換にデジタル通貨を受け取る。

2.口座型の特徴

*口座型では,個人がデジタル通貨を使うと中央銀行口座にあるデジタル通貨建て預金が引き落とされ,支払い先の口座に振り込まれる。つまりは,中央銀行に口座を開いて,デビットカード支払を使うようなものだ。

*口座型を用いれば,すべての小口リテール取引を中央銀行の決済システムに記帳することになる。超巨大な単一中央集権システムが必要になる。実現可能とは思えない。また実現可能だとしても,そうした公的機関の単一中央集権システムへの取引情報集中は望ましいこととも思えない。

*口座型を用いれば,中央銀行のデジタル通貨建て預金は,マネタリーベースでなくマネーストックとなる。つまり直接に流通する貨幣となる。この点で,銀行が中央銀行に持つ準備預金とは異なり,むしろ民間銀行の預金と似ている。

*ただし,口座型のみならずトークン型においても,デジタル通貨を現金や預金通貨と引き換えにのみ,1:1の比率で交付するとされている。なので,デジタル通貨発行は貨幣流通量に対して中立である。いくら発行しようとも貨幣流通量は変化しない。

*口座型においてデジタル通貨発行が貨幣流通量に対して中立であるというのは,預金創造を通した貸し付け,通貨供給はしない,ということを意味する。これは預金の持つ本来の機能を相当制限して現金のように使っていると言える。

*口座型においては,市民は銀行預金を中央銀行のデジタル通貨建て預金口座に移したり,その逆を行ったりすることがありうる。つまり,両者の間で大規模な資金移動が起こる可能性がある。これは,国有の中央銀行がリテール預金業務を行うことにより,民間銀行の同種業務と競合して大きな影響を与えることを意味する。

3.トークン型の特徴

*トークン型の場合,個人は中央銀行(直接型)または銀行(間接型)で現金や銀行預金をデジタル通貨に替えてスマホなどに入れ,それを使うということになる。個人がデジタル通貨を使っても銀行預金には変化はない。預金口座を持っていない人でも使うことができる(スマホなどの端末とウォレットソフトウェアは必要だ)。

*トークン型の場合,個人がデジタル通貨を使うと,デジタル通貨は支払者の電子機器・ウォレットソフトから受け取り者の電子機器・ウォレットソフトに仮想的に移動する。このことは中央銀行には直接把握されない。現金で支払った場合と同じだ。

*トークン型の場合,集権的支払決済システムでの追跡は困難である可能性が高い。他方,ブロックチェーンの技術を用いれば,集権的システムなしで記録が可能になる可能性がある。

*トークン型を用いれば,中央銀行の発行するデジタル通貨は発行された時点でマネーストックとなる。つまり直接に流通する貨幣となる。この点で,中央銀行が発行する中央銀行券と同じだ。

*トークン型においてもデジタル通貨発行は貨幣流通量に対して中立であるが,これは中央銀行が発行する中央銀行券が流通に出ていくとき,つまり銀行が中央銀行準備預金を降ろしたり,個人が銀行預金を降ろすときと同じだ。

*トークン型においては,個人は銀行預金や現金をデジタル通貨に変えることや,その逆の行動をとることがありうる。端的に預金流出が起きて民間銀行の預金業務に大きな影響を与える可能性がある。しかしこれは,銀行預金を現金かデジタル通貨でおろすという行為であるから,本来あっても不思議ではない行為であって,不正常なことではない。

4.口座型の重大な問題点

*口座型はそもそも大規模な中央集権型支払決済システムを必要とし,技術的に実現不可能ではないか。

*口座型は,仮に実現可能だとしても中央銀行に個人の取引情報を集中させるものであり,望ましくないのではないか。

*口座型で実現する預金のデジタル化とその便宜は,現在民間銀行が発行しているデビットカードによる支払いを,電子化を含めて推進すれば実現できることだ。民間銀行債務である預金通貨はすでにある程度デジタル化している。電子機器とウォレットを使った全銀行統一の支払いシステムがないだけだ。このシステムの実現を目指す方が合理的ではないか。それが銀行間の利害調整の困難により実現できないのであれば,そのことが克服すべき大きな問題ではないか。

*口座型の中央銀行デジタル通貨をわざわざ構築するのはデビットカード支払の推進=民間銀行預金通貨のデジタル化の徹底という課題を回避して,わざわざこれと競合する通貨システムを構築することだ。口座型の中央銀行デジタル通貨は,民間銀行デジタル通貨である預金通貨と大規模な競合を起こすのではないか。それは中央銀行の行為として不適切であり,社会的に無駄であり,混乱を招くのではないか。

*他方,トークン型のデジタル通貨には,少なくとも口座型のような不合理はない。これはトークン型が現金のデジタル化だからだ。もともと中央銀行債務である現金を,別の中央銀行債務であるデジタル通貨で代替しようとしているからだ。

5.結論

*結論1.口座型の中央銀行発行デジタル通貨,すなわちデジタル化された中央銀行預金の創出については,構想を破棄すべきだ。

*結論2.預金のデジタル化については,口座型の中央銀行デジタル通貨ではなく,民間銀行債務である預金通貨のデジタル化の徹底,つまりはデビットカード支払の改善,拡大,ユニバーサル化を真剣に追求すべきではないか。

*結論3.中央銀行発行デジタル通貨については,トークン型,すなわち現金のデジタル化にしぼって検討すべきだ。

矢島康次・鈴木智也「中央銀行デジタル通貨の動向-デジタル人民元vsリブラ、米国」ニッセイ基礎研究所,2019年11月15日。


『中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」報告書』日本銀行金融研究所,2019年9月。


雨宮正佳「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」日本銀行,2019年7月5日。

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