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2019年2月24日日曜日

古い本と現在の私

 仙台駅前のE BeanS(=エンドーチェーン)で古本市があり,栃木県から「かぴぱら書房」という古書店が出店していた。ついうっかり,もうやるまいと思っていた「大学図書館にあるのだが手元に置きたいから買う」を3冊もやってしまった。

 1冊目はひとつは私の師匠村岡俊三教授のそのまた師匠である岡橋保教授が1972年に出された本で,序文にはスミソニアン合意のことが書かれている。師匠の言うことも半分くらいしか理解できていない私には,岡橋教授の論文もかなり難しい。しかし,この方の「不換銀行券は信用貨幣であり,政府が中央銀行に国債を引き受けさせる時以外は貨幣流通の法則に従う」という理論を,師匠を通して知らなければ,私はリフレーション論・インフレターゲティング論を批判できなかった。

 2冊目は,ついにお手紙を交わすだけでお会いすることのなかった技術論の心の師匠,中村静治教授の第1作。横浜高商を出て東京瓦斯電気工業に入社し,働きながら書いたものだそうだ。一方で,日本工業の立ち遅れを実証的に書きながら,1943年という戦時中のことで,時局迎合的な表現もある。大日本出版会から賞をもらえることになったと思ったら難波田春夫氏が「これはどうもアカの残党ではないか」と言ったとのことで取り消しになり,逆に特高に踏み込まれるかもしれないと蔵書を隠す騒ぎになったと,中村氏は述べられたことがある(「中村静治氏に聞くー工場・技術・経済学ー」『経済科学通信』第11号,1975年2月。なお,インタビュアーは森岡孝二氏である)。中村教授が後に著した『技術論論争史 上・下』(青木書店,1975年)に出会わなければ,私は産業論研究者として立ち上がれなかった。

 3冊目は,これまでタイ鉄鋼業の史実の確認と,雁行形態論と鉄鋼業の関係に関わる論点の確認のために2回引用した,戸田弘元氏の1970年の著作。氏は日本鉄鋼連盟調査部のエコノミストで,後に常務理事にもなられた。アジア経済研究所のアジア鉄鋼業プロジェクトにもアドバイスをくださった。実は,氏はかなり気難しい方でもあるのだが,私は,氏が小学生の頃,仙台で父と間接的な知り合いだったこともあってか,おおむね勘弁してもらい,励ましてもらうことが多かった。一度だけ,ホテルニューオータニかどこかのバーで,2人でお話しさせていただいたことが,記憶に残っている。鉄鋼業に特化しつつ世界各国を見るという,私の無茶な研究スタイルの大先輩である。

 どの本も,いまから見れば過去の存在なのだろうが,私にとっては現在の力だ。こうした先達のおかげで,私はかろうじて経済学者という商売をしていられる。

岡橋保(1972)『増訂 金投機の経済学』時潮社。
中村静治(1943)『日本工業論』ダイヤモンド社。
戸田弘元(1970)『アジアの鉄鋼業』アジア経済研究所。


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