森永卓郎さんは,「憲法改正も,原発政策も,働き方改革も,すべて反対だ。ただ一点,マクロ経済政策,すなわち財政政策と金融政策に関しては,安倍政権のやり方は,正しいと考えている」方だ。2000年代前半には「いまデフレなんだからインフレにすればいいんです」とリフレーション政策の正当性を強調しておられた。
しかし,いま森永さんは,平成時代における日本の「転落」と「格差」のとてつもなさを,危機感をもって訴えている。それならば,「転落」と「格差」が,「異次元緩和」を政治的に導入した安倍内閣時代にも止まっていないのはどうしてなのかを考えてみる必要があるのではないか。
安倍内閣は,確かに日銀と協定を結んで金融は緩和したし,財政も引き締めてはいない。私は,森永さんほど安倍政権の政策を支持できないが,これらは引き締め政策よりはましだった,とは考えている。
しかし,だから,それで十分というものではない。それどころではない。
安倍・黒田路線では,株高と円安にのみ偏った反応が現れた。その恩恵にあずかったのは,まず外国投資家(日本人が預けた資産を運用している場合もある)であり,続いて輸出企業であった。企業は賃上げをせず,正規雇用ではなく非正規雇用を拡大し,蓄積した純資本を設備ではなく現金積み上げや証券に投資した。雇用は拡大したが消費の拡大は弱弱しかった。6年続けてもこうなのだから,何かがおかしいと考えるべきだ。
このようにしか金融・財政拡張の効果が出てこないのは,日本経済の構造に問題があると考えるべきだ。ただしそれは,小泉内閣が主張したような,企業が利益を上げることを妨げる構造ではない。供給サイドにおいては,新市場拡大に挑むようなベンチャー,中堅企業が生まれにくい構造だ。需要サイドにおいては,賃上げが鈍いために多数の個人のふところが温まらず,社会保障と雇用システムが不安定なために,消費を増やす気持ちになれない構造だ。
どんな構造もそうだが,この構造も様々な既得権益を守っているが故に,変わりにくい。庶民の中にも既得権益がないとは言わない。しかし,最も深刻なのは,既存大企業の利益,富裕層の資産蓄積という既得権益だと思う。そこにメスを入れようとしないバイアスを,自公政権が持っている問題だと,私は思う。
現在もなお,金融,財政を引き締めるべきではない。まして,消費税増税で景気を冷え込ませるべきでもない。私は,そこまでは森永さんやリフレ派の人と同意見だ。しかし,引き締めなければそれでよいというものでもないし,さらに金融,財政を拡張すればよいというものでも,まったくない。そこが,リフレ派の人とは全く異なる。日本経済は,小泉内閣とは異なる意味での構造改革を必要としている。新市場向け投資がやりやすくなり,多数の個人のふところが温まりやすくなり,しかも消費しやすくなるような構造への改革だ。
森永さんも,格差を意識しているならば,いまでは,財政・金融の拡張だけでよいとは思っていないのではないか。
森永卓郎さん「とてつもない大転落」『平成 時代への道標インタビュー』NHK NEWS WEB。日付不詳。
森永卓郎「財務省にだまされてはいけない」『森永卓郎の戦争と平和講座』マガジン9,2018年5月16日。
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川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
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