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2020年4月16日木曜日

日本銀行がETFを買うお金はどこから来るか?:日銀のETF購入(1)

 2019年度もETF(指数連動型上場投資信託)購入は続き,2020年3月20日現在の帳簿価額は29兆3955億円に上っている。これはアベノミクス開始直前の2012年12月20日と比べると実に20倍である。バランスシート全体も,主に大量の国債購入により3.8倍に膨らんでいる。このETFが,いま株価の低落の下で含み損を発生させているのだ。しかし,日銀が含み損を出すとはどういうことなのか?それはいわゆる国民負担や税金での穴埋めの対象になるのか?これを知るには,ETFを日銀が購入する仕組みを知っておかねばならない。

 日銀は,信託銀行に金銭信託を行い,信託銀行がETFを購入している。では,日銀はどうやってETFを買う元手のお金を調達しているのか。政府から調達しているのかというと,そうではない。

 預金を創造するか,必要なら紙の日銀券を発行することによってである。預金創造はキーストロークと事務手続きで可能であり,日銀券は1枚17円の費用で発行できる。それでOKである。いわばタダみたいなものである。これは国債を購入する時も,銀行に貸し付ける時も同じである。

 タダみたいなもので国債やETFを購入することは,経済の原理に反していて国家権力の特権なのかというと,そうではない。これは中央銀行の力である。まず中央「銀行」の銀行としての力である。預金も日銀券も日本銀行の債務(証書)だ。預金創造や日銀券発行によって金融商品を購入するというのは,会社が「手形で財・サービスを買う」原理に依拠している。会社が手形を振り出せるように,銀行は銀行券や預金を創造できるのであり,中央銀行もできるのである。

 もちろん,信用のある会社しか手形を受け取ってもらえないように,中央銀行も信用がなければその債務(証書)を受け取ってもらえない。そこは「中央」銀行の「中央」の方が活きている。中央銀行の債務が受け取ってもらえる理由は二つある。ひとつは,政府と中央銀行への支払に用いることができることだ。もう一つは,当該社会の信用機構を「最後の貸し手」として支えているため,様々な債務の中で(個人の借用証書や特定企業の手形や特定銀行の預金通貨に比べて)最も通用性が高いからだ。

 しかし,債務は最終的に現金で支払われねばならないはずではないか,という疑問があるかもしれない。そうではあるが,そうでないともいえる。金属本位制を取らない管理通貨制の社会には,債務(証書)でない現金は存在しない。債務が現金なのだ。手形は銀行預金か日銀券で支払い,銀行間の債務は日銀当座預金か日銀券で支払うしかない(補助貨幣の話は,いま脇に置く)。そして,日銀の債務は日銀の債務で支払うしかない。トートロジーだが他に方法はない。逆に言うと,日銀は自分の借金を自分の債務証書で返せるという特権を持っているのである。したがって,原則的に破綻しない。

 これが,日銀が金融商品を買う原理である。だから,ETFであれ国債であれ,日銀は外部からお金を調達することなく大量に購入できるのである。

 日銀はほぼ無から有を作り出す。それでは,資産を一方的に貯めていくのかというと,そうではない。手形で買っている以上,買えば買うほど債務も積みあがる。国債やETFはバランスシートの資産側に積みあがり,日銀券発行高と金融機関が持つ日銀当座預金は負債側に積みあがるのだ。ただし,前述のように費用はタダみたいなものであり,金融資産から利子や配当の利益があがれば利潤は出る。これが,いわゆる「通貨発行益」である。

 それでは,株価下落によってETFに損失が出た場合はどうなるのだろうか。以上の話だけであれば,税金で穴埋めする必要はないことになる。それなら何の問題もないのかというと,そうではない。これはさらに説明を要する(続く)。

その2
https://riversidehope.blogspot.com/2020/04/etfetf2.html
その3
https://riversidehope.blogspot.com/2020/04/etfetf3.html

2020年4月11日土曜日

西浦教授と私たちの行く手を阻む,社会の壁と国家の壁

  西浦博教授はこの記事で「リスクを説明した上での選択」を強調し,イビデンスに基づく深刻な予測を発表して「みんなに真剣に行動を考えてほしかったんです」という。それは教授が民主主義を前提にしているからだと思う。日本が独裁国家でないならば,そして私たちが,これからもそうでないようにしたいと思うならば,対策は国家から問答無用で強要されるだけのものであってはならない。私たちが考えて,選び取らねばならない。政府は専門的見地を踏まえて権力を行使し,自らの力の使いようについて市民に明確に説明しなければならない。いずれが欠けても8割は無理なのだ。

 6割でいいとは言ってないし,7割から8割とも言っていない。値切っては感染は収束しない。科学に基づく自分の計算では8割しかない。そう伝えることに西浦教授は多大な困難を感じている。社会におけるコミュニケーションの困難と,政治的利害や力関係による事実の捻じ曲げ。行く手を阻む社会の壁と国家の壁を西浦教授は乗り越えようとしている。おかしいのは社会だけでなく国家だけでもなく,両方だ。改めるべきは私たちの行動と権力の振るわれようの両方だ。双方を改めなければ感染は爆発する。

岩永直子・千葉雄登「「このままでは8割減できない」 「8割おじさん」こと西浦博教授が、コロナ拡大阻止でこの数字にこだわる理由」Buzzfeed,2020年4月11日。

2020年4月8日水曜日

日本でもできる外出抑制の強い措置:危険な出勤をさせることを,労働契約法上の安全配慮義務違反として禁止せよ

日本の法制でもできる,外出抑制のための強い措置はある。
「使用者が労働者に危険な出勤をさせることは,労働契約法上の安全配慮義務違反である」
という行政解釈を,政府が出すことだ。これで出勤する人は減らせる。法解釈として,それほど無茶なことではないと思う。ぜひ政府にやって欲しいし,政府がやらないならば,野党が国会で政府を追及して実行を迫って欲しい。
 少し具体的に言う。「風邪症状のある人を出勤させる人」は,確定診断を受けていない軽症者・無症状者が多いと考えられる現状では,新型コロナウイルスを拡散させる恐れのある行為である。また現状では,緊急事態宣言の対象と重なるとみなせる「感染拡大警戒地域」では「10人以上の集会,イベント」,また「感染確認地域」では「50人以上の集会,イベント」(※)相当の行為を強制するような通勤環境,職場環境に労働者を置くことは,感染を拡大させる行為である。したがって,これらをすべて安全配慮義務違反とすべきである。
※地域と人数の対応はいずれも4/1専門家会議の分析・提言による。

2020年4月4日土曜日

クラスター対策班の西浦教授が「クラスター対策」から「社会的隔離」への移行をはっきりと主張。人と人との接触を80%減らせば感染爆発を防げる

クラスター対策専門家のTwitterが開設されて,西浦教授自ら動画に登場されている。対策がはっきりと2局面に分けられ,新たな対策を行うべき時が来たことが示されている。人と人との接触を80%減らすための社会的隔離だ。

第1段階:クラスター対策。1)接触者を追跡。2)3密を控える行動変容。これで2次感染を見つけ,感染者がいても他の感染者にうつらないようにする。全感染者数が少なく,接触者を追跡できる間有効。
https://twitter.com/ClusterJapan/status/1246260779541655553

第2段階(シェア先はこっち):感染者が増えた時。放置すると指数関数的に感染者が増える。いままでの対策(接触20%減少)では少し増加が送らされるだけ。しかし接触を80%減らす「社会的隔離(ソーシャル・ディスタンス」ができれば,感染者数は劇的に減らせる(ゼロにはならない)。そして再びクラスター対策へ。
https://twitter.com/ClusterJapan/status/1246314012389675009

 別記事では,西浦教授は東京は上記で第2段階とした局面に相当し「外出自粛のお願い」では20%減少でしかなく,「ヨーロッパに近い外出制限が必要」とはっきり述べている(「人と人との接触 8割削減で感染収束へ 専門家グループ」NHK NEWS WEB,2020年4月3日)。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200403/k10012366951000.html

 東京をはじめとする該当地域では,もはやほかに道はなかろう。

所得が減少した人に30万円給付策の矛盾:給付は緊急に必要だが,所得はもう数か月してから落ち込むおそれがある

この現金給付策が報じられている通りの内容ならば,不公平感を招くので根本的に改善した方がいい。

 現金給付の良いところは,様々な事情で困難に陥っている人々を,事情の細かなところ,つまり生活がいつ,どうして苦しくなったかを問わずに一律にすべての個人を救済できるところだ。この政策はその効果を大きくそいでいる。大きなところで一つだけ述べる。

 それは,給付が緊急に求められるのに,所得の減少を早期に確認しなければならないために,大きな不公平が生じることだ。給付を緊急に実現するためには,所得減少をある時点からある時点まで,例えば3月までとか4月までという時点で測らねばならない。しかし,このコロナ危機は長く続くものと予想されるので,所得減少がいつやってくるかは人によりさまざまである。例えば5月給付のために,4月までに所得が減少した人を対象としたとする。しかし,5月に人々が手続きをしているまさにその頃,急激な所得減がやってきて苦しむ人々がたくさん出ると思う。その時に生じる不公平感は半端ないものになる。

 雇用と所得の減退はまだまったくピークではなく,これからやってくるものだ。なぜなら,遅かれ早かれ緊急事態宣言が出される可能性は高いし,仮に出されなくても,外出自粛要請,したがって営業の停止は,もっともっと広がり,強まらざるを得ないからだ。その経済的影響は大きい。井上寛康・戸堂康之両教授の試算によれば,東京23区の生活必需産業以外の経済活動が1か月すべてストップすると,所得の減少は東京で9.3兆円,東京以外で18.5兆円,合計27.8兆円でGDP比5.25%に及ぶ。所得減が様々なタイミングで様々な人々に襲い掛かるだろう。

 だから,3月とか4月までの所得減少で給付対象を決めると,その直後からはもう実態とずれがひどくなり,人々の不公平感と不満がかえって高まる。さりとて,基準点を遅くして2020年度前半期に所得が減少した世帯などと考えていたら,まったく緊急策ではなくなってしまう。

 この点を急速に是正する必要があると,私は考える。全個人(単位は個人の方がよい)に一律給付するか,一律給付の上で事後に累進課税の所得税率を調整して高所得者から返してもらう方式か,どうしてもそれが政治的に通らないならば所得水準による制限だけつけて一律給付した方がよいと思う。

「新型コロナ 現金給付1世帯30万円 一定水準まで所得減少の世帯」NHK NEWS WEB,2020年4月3日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200403/k10012366431000.html

安達裕哉「スパコンが示した「東京封鎖(ロックダウン)」の結果に、愕然とした。」Books&Apps,2020年4月2日(井上・戸堂教授の試算結果が紹介されている)。
https://blog.tinect.jp/?p=64402

2020年4月2日木曜日

足りないのは本当にPCR検査能力なのか。クラスター追跡能力ではないのか

 4月2日付『日本経済新聞』紙の1面。「コロナ検査、世界に後れ 1日2000件弱で独の17分の1」と題して,日本のPCR検査数が少ないことを問題にしている。

 だが,本当に足りないのはPCR検査とその能力なのか。

 日本のPCR検査数が少ないことについて,これまでは専門家会議により「クラスター追跡と重症者同定のために行っていて,その方が効率よく感染拡大を食い止められるから」と説明されてきた。それでよかったと私も思う。だが,その方針はよいとしても,ここまで感染者数が増えてくると,検査が間に合っていないのではないかという疑問は,確かにわく。

 ただ,ここで注意しなければならないのは,検査数が多くならない理由だ。それによって問題の所在は異なるように思う。

 1)医師がPCR検査を要請しているのに能力が追い付かなくなっているとすれば,問題は検査能力であり引き上げねばならない。

 2)東京や大阪のような感染拡大警戒地域でPCR検査に関する保健所等の方針に何らかの問題があって検査数を抑制しているのであれば,問題は組織運営であり,改めねばならない。

 3)『日経』に書かれていないが,もし医師からの要請自体が追い付かないこと,つまりクラスターの感染者から濃厚接触者を追跡するのがまにあっておらず,必要な診察が間に合っておらず,したがって検査も少ない可能性もある。ネックが検査能力ではなくクラスター追跡能力の方にある場合だ。この場合は,まずクラスター追跡の人員を拡充して追いかけられるようにしなければならない。

 専門家会議会見で尾身副座長は1)にも触れていた。2)疑う意見もあり得る。だが,専門家会議がいちばん強調していたのは,クラスター追跡が人員不足で遅れてしまっていることだった。もしかすると3)なのかもしれない。

 もし3)だとすれば,現在不足しており,拡充すべきはPCR検査能力だけではなく,クラスター追跡の人的能力なのかもしれない。もっとそこに目を向けないと,事態を見誤るのではないか。政府には「PCR検査能力を増やせ!」というだけではなく「クラスター追跡の人員を増やせ」と言わねばならないのではないか。

「コロナ検査、世界に後れ 1日2000件弱で独の17分の1」『日本経済新聞』2020年4が愚2日。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57517460R00C20A4MM8000/

国内における新型コロナウイルスに係るPCR検査の実施状況(2月18日以降、結果判明日ベース)(3/30まで。民間検査会社等によるものを含む)。厚生労働省。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000618022.pdf

2020年4月1日水曜日

七大学・一研究所がオンライン授業を支える授業目的公衆送信補償金制度の早期施行を要請

東北大学を含む七国立大学と国立情報学研究所は,3月30日,文化庁および授業目的公衆送信補償金等管理協会に対して,「授業目的公衆送信補償金制度」を4月から正規に利用できるようにすることを訴える要請を行った。

 遠隔授業には,実は著作権の壁がある。授業の教材として他人の作品をコピーしたり配布したりすることは,通常の授業ではある範囲で認められているが,遠隔授業だと制約は非常に厳しくなる。例えば以下のようになる。ここで「資料」に他人の論文とか他人の作成した図表が使われていると考えて欲しい。

1)オンラインリアルタイムの配信授業で教員が資料を配信しながら講義するのはOK。
2)資料を使ったリアル講義の様子を録画し,事後に学生が視聴するのは不可(!)。
3)資料を使った講義を録画し,事後に学生が視聴するのは不可(!)。

 2)3)は,たとえ視聴できるのが受講生に限られていても不可なのだそうだ。不可を可にするには一つ一つの資料について許諾を得なければならない。これでは身動きはならず,遠隔授業など普及するはずがない。
 そこで2018年に著作権法が改正され,上記のような著作物利用ではいちいち許諾を得る必要をなくし,かわりに学校が補償金を管理団体にまとめて支払い,管理団体が著作権者に分配するしくみをつくることにした。しかし,この法改正は公布日である2018年5月25日から3年以内に施行されるとなっているものの,まだ施行されていない。新型コロナウイルス感染症流行の下で,否応なく遠隔授業に移行せざるを得ない状況では,これは大きな障壁となる。急いでこの「授業目的公衆送信補償金制度」を動かしてもらう必要があるのだ。

「新型コロナウイルス感染症の拡大を受けた「授業目的公衆送信補償金制度」の早期施行について」東北大学,2020年4月1日。
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/04/news20200401-02-7univ.html

「学校における教育活動と著作権」文化庁長官官房著作権課。これが従来の制度。
https://www.bunka.go.jp/chosakuken/hakase/pdf/gakkou_chosakuken.pdf

2020年3月29日日曜日

ロックダウンも「要請」ベース。有効に機能させたいなら,政府・都道府県は経済的損失に補償する約束を

今後,政府が緊急事態宣言を出すことは大いにありうるが,その時,多くの人が「えっ!何でそうなるの!」と思うことになるだろう。その時のための思考整理メモ。抽象的過ぎるが、いまのうちにやっておかないと、次から次へと事件が起きて個別的にしか考えられなくなる恐れがある。シェア先は参考になる記事。。

 ロックダウン=都市を封鎖したり、強制的な外出禁止や生活必需品以外の店舗閉鎖などを行ったりする措置について,日本では,例え緊急事態宣言が出されてもさほど強力に,強制力や罰則を伴って実行されるわけではなく、「要請」ベースになる。法律のつくりから、そうなる。

 緊急事態宣言のもとで都道府県知事が比較的強力にできることは,1)外出の自粛や施設の利用制限や停止を要請し,必要なら指示すること,2)緊急物資の配送を要請すること,3)食品・医薬品などについて売渡を要請したり収用したりすること,4)臨時の医療施設のために土地・建物を収容すること,5)感染症の患者がいる場所その他当該感染症の病原体に汚染され、または汚染された疑いがある場所の交通を制限し、または遮断すること,6)物資の補完や収容のために立ち入り検査を行うことなどがある(正確には法律家の解説を読まれたい。1,2,3,4,6は新型インフルエンザ特措法による。5は感染症法に基づく措置なので,緊急事態宣言がなくてもできる)。

 ただ,従わない場合の罰則はあるものと,ないものがある。例えば,外出の自粛については罰則がない。

 例えば、外出の自粛について,いま東京都で行っていることと緊急事態宣言の下で行われるいわゆる「ロックダウン」の違いとは,何の法的根拠もない行政の長からの「お願い」レベルから法的根拠はあるが罰則のない「要請」に変わるだけである。これは、人をわけのわからないもやもやした気持ちにさせる。

 このいろいろなことが「要請」ベースで行われる方式がどのような事態を生み出しうるかについて、考えておくべきことがいくつかあるように思う。

1.「要請」だから効果がないかというと,やり方次第ではおそらくあるだろう。例えば,1)施設の利用制限に公共交通機関の駅やバスステーションを加えれば,交通各社はおそらく従うので,外出・移動は事実上大きく制限されるだろう。また、2)自粛を破ったものに対するごうごうたる非難がネットやマスメディアで沸き上がると予想される。それに,外出を控えさせる効果があるかと言えば、それなりにあるだろう。ただし,おそれく晒し,いじめ,濡れ衣,不公平を伴いながら。

2.「要請」に自主的に従ったという形であることにより,それ以上の国家的強権を発動させないという効果はある。警察・自衛隊の強制力をバックに行政が進められる事態が恒常化することまでは進まない可能性はある。

3.しかし、「要請」に従わない人々に対する非難が高まり、より強権的な措置を待望する世論が盛り上がることも予想される。そこで,何らかのアクシデントの際に超法規的措置が行政機関・警察・自衛隊によって取られる事件が起こったりすると、世論がこれを支持し、より強権的な立法が行われることもありうる。

4.「要請」に従ったために営業や雇用に深刻な損害が生まれるが,自主的に従ったのだからということで補償を求めることが権利として認められず,行政の恩恵的措置としての救済しか与えられないおそれがある。その経済的損害は深刻で、経済危機を悪化させる。

5.「要請」への協力による経済的損失には補償を求めにくいことからも、強制と補償のセットの方がより望ましいのではないかという議論が浮上する可能性もある。

 当面の話として、内容が妥当な「要請」を効果的に実現し、かつ法と民主主義を守るという見地で考えるならば、この記事が述べるように、「要請」に従った場合の経済的補償を政府・都道府県が明確にすることが効果的だろう。これによって住民の側には「要請」に応じる動機が生まれて感染拡大防止の効果が上がり、かつ生活・営業が守られる。

 長い目で見れば、「お願い」「要請」と称して責任ある決定を行わず、さりとて強権的に「決定」した場合にはその在り方が民主的に検証されないという、日本の政治・行政の在り方が試練にさらされているのだろう。

「東京「ロックダウン」も封鎖できません? 「要請」で乗り切るためにも「補償と現金」を」弁護士ドットコムニュース,2020年3月28日。
https://www.bengo4.com/c_18/n_10982/

2020年3月28日土曜日

帰国者の空港からの移動を自己責任に任せるのは、感染を拡大する最低最悪の政策。政府は統一指揮のもとに帰宅と健康観察の支援を

 ここ数日間の新型コロナウイルス感染の動きでは、明らかに外国から帰国した人々の感染が増えている。したがって、帰国者に各自十分な健康観察行動をとっていただくこと、その足取りを確認できるようにしておくことは非常に重要だ。
 ところが政府は「水際対策の抜本的強化」をいいながら、帰国者の検疫はするものの、健康観察は本人任せであり、昨日まで何も支援して来なかった。とくに危険なのは、空港から自宅等への移動についてタクシーを含む公共交通機関の使用を禁止しておきながら、移動手段を見つけられずに困っている人を放置していたことだ。これでは、せっぱつまった人がこっそりタクシーや電車に乗るのは当たり前である。政府のいい加減な方針がそうした逸脱を促し、事実上は感染拡大を促進し、見えないクラスターを発生させる危険を高めている。帰宅手段確保を自己責任に任せ無支援でいることは、今この瞬間、最低最悪の政策である。
 したがって、政府は緊急に資金、人員、車両を動員し、海外から日本に帰国した人々の自宅等への移動を支援し、1人1人の待機・健康観察場所を確認し、その実施状況をモニタリングすべきだ。それは、過保護でも何でもない。感染拡大を防止する最も有効な方策だ。
 本日、ようやく動きがあり、河野防衛相は自衛隊に災害派遣命令を出し、待機施設への輸送業務や生活支援のため、成田空港に派遣したとのこと。都道府県知事の要請をまたない防衛相決定による派遣だそうだ。これは緊急措置としてはよい。しかし、政府として水際対策に組み込んだ帰国者支援の決定を行い、統一した指揮の下、持続的に行えるよう規模を拡大すべきだ。厚生労働省のQ&Aはまだ何も修正せず自力帰宅を促すだけのものだ。
 また、このような移送業務に自衛隊を用いるのが有効かどうかも至急検証すべきだろう。物量や防護体制の問題で自衛隊にしかできないのであればそうすればよい。他の空港について都道府県知事から要請すればよいだろう。しかし、通常の行政組織と民間企業にむいた仕事であれば、自衛隊は検疫に集中してもらい、バス会社等への緊急発注を行い、運転と案内、モニタリングの人員を稼働させるべきだろう。とくにモニタリングは自衛隊に適した業務ではないことには注意が必要で、むしろ政府と自治体とが連携しなければならない。厚労省、自衛隊、自治体の連携が必要かもしれず、政府が統一した方針を出す必要がある。
 これらのためにバス会社に緊急発注を行ったり、誘導やモニタリングのための人を追加雇用することは、それにかかわる人々に感染リスクを負っていただくという問題はありつつも、経済的には有効な景気対策ともなりうる。直ちに大盤振る舞いで予算をつけるべきだ。

「水際対策の抜本的強化に関するQ&A」2020年3月26日版。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/covid19_qa_kanrenkigyou_00001.html#Q4-1
Q:対象となった者は、空港等から待機場所の自宅(又は宿泊施設等)までどのように移動すればいいですか。
A:出国前に、家族や会社を通じて空港から自宅までの交通手段を御自身で確保していただくようお願いします。電車、バス、タクシー、航空機(国内線)などの公共交通機関を使用しないようお願いいたします。
Q:移動手段が自分で確保できない場合、どうすれば良いですか。
A:出国前に移動手段を確保していただきますようお願いします。(万が一用意できていない場合、用意できるまでご自身で空港周辺の宿泊施設等を確保していただきそこで待機いただくことになります。)

<参考>台湾も当初同じ問題を抱えていましたが,3月4日から「防疫タクシー」の制度が導入されています。 別のページによれば「防疫バス」もあるとこと。

こちらのキャンペーンに賛同しました。よろしければご覧ください。
【海外一時帰国者、帰国を考えている人からの切実な思いよ届け!】
〜緊急帰国者の経済面・衛生面の不安解消をお願いします!〜
http://chng.it/bPB8XZHg4H

2020年3月27日金曜日

コロナ経済危機に対する実物経済面での経済対策メモ

コロナ経済危機に対する実物経済面での経済対策メモ。金融危機回避策はまた別。随時改訂。講義でも話すこと。

 この危機に立ち向かう上では,1)緊急に必要な,数日から数か月程度で実行されるべき政策と,2)景気を浮揚させるもう少し長いスパンの政策を区別する必要がある。

 1)の緊急対策の目的は,生活と営業を守り,雇用を守ることに尽きる。「需要」の規模は重要だが,必ず生活,営業,雇用に沿って行わねばならない。無関係なところでは,むやみに需要を刺激すべきでない。また,緊急対策はコロナウイルス感染症の流行下で行われる。感染症対策を妨げず促進すること,感染症への国民の不安を和らげることも需要な条件となる。

 2)では総需要と総供給の関係が問題になる。需要不足を防ぐと同時に,供給制約が現れてくることに注意しなければならない。

 ここでは1)についてコメントする。

 1)緊急に必要なのは,a)「企業の資金ショートの防止」,b)「家計の所得低下の防止」とc)「失業の防止」,d)「失業の救済」とe)「低所得者の生活維持」である。「企業の売上支援」は,1)の段階では目的にすべきではなく,b)c)d)e)の結果として実現するようにすべきだ。

 規模的に大盤振る舞いすべきであるが,抽象的に「需要増のための総額」を大盤振る舞いするだけでは不十分だ。b)c)d)e)によって,国民・住民の不安を緩和することができる。

・a)c)のため,流動性は無制限供給しなければならない。無担保・無保証・無利子融資を拡大する。後でゾンビ企業化するという懸念は,1)の段階で考えることではない。

・b)とe)のためには,現金給付も効果はある。やるなら10万円以上の規模で行うべきである。ただし,一時金をもらったところで,失業したり,今後数年間所得が低下するかもないという時には,不安は払しょくできない。何より失業しないことが肝心だ。b)にはもっと強力な対策が必要であり,さらにc)d)も必要だ。失業防止というマクロ経済政策の基本視点を忘れ,現金を配れば万能であるかのように語ることは適切でない。なお,貯蓄に回ることを防止するために商品券にすべきだという議論があるが,意味がない。貯蓄できる家計は,商品券を用いた分だけ現金を貯蓄に回すだろうからだ。また,国民の不安緩和という目的に対しては,現金と商品券では効果は段違いである。

・b)e)のために公共料金の緊急減免も効果がある。

・b)のためには,学校休校の影響で休業する人だけでなく,風邪程度の症状で休むすべての人と,そうした家族・同居人を看護するすべての人のための実質有給休暇の保障が必要だ。ただ,中小企業の経済的苦境にも配慮しなければならない。政府機関や独法には風邪症状で休める有給休暇を直ちに導入する(すでにかなり実施されているのはよい)。企業には,一時措置として同様の有給休暇を義務づけた上で,その負担は政府が全面的に企業を補填するそちをとる。あるいは無給休暇を義務づけた上で,事後的に労働者に減収分を全額給付する。いずれも技術的には企業の休暇記録と賃金台帳で簡単にできる。上記の実効性を確保するとともに,感染症対策に寄与するため,風邪症状のある労働者を出勤させることは労働契約法上の安全配慮義務違反であることを明示する。

・b) では個人事業主・フリーランスの所得補償も必要になる。水準の算定は要検討だが,課税証明から前年並みとするか,業種ごとに相場を決めるか,より一律の金額にするなどがありうる。

・b)e)のため,生活保護要件の緊急緩和と審査の迅速化を行う。中長期のモラル・ハザードを気にしている場合ではない。

・c)のため,雇用調整給付金の支給要件緩和をしているのは,緊急措置としては適切だ。長い目で見ると日本的雇用慣行の歪みを維持してしまう効果を持つが,この際,やむを得ない。

・d)失業給付の拡充が必要。モラル・ハザードを気にしている状況ではない。失業給付を拡充すると雇用主が安易に解雇しないかという疑問がありうるが,危機の時は問題にならない。失業給付の水準など考慮する余裕もなく解雇したり,倒産したりするからだ。

・b)e)を補強するため,法技術的に緊急に可能ならば消費税の一時減税が望ましい。緊急に軽減税率を全財・サービスに適用して5%とする。また,所得税についても,中低所得層を減税するか,マイナスの税額控除を導入して低所得層を支援することが考えられる。ただし,時間が不可避的にかかる措置は2)にまわす。

・a)について,イベント自粛や飲食需要停滞による損失に対しては一時金で支援する。1)の段階では,まちがっても,外食や旅行を促す商品券など配布してはならないし,高速道路を無料になどしてはならない(生活必需品を輸送する業者にはしてもよい)。それは密閉,密集,密接会話を避けよという感染症対策に正面から反する破滅的政策だ。2)の段階で検討すればよい。

・a)d)について,企業の売り上げと雇用をつくりだす需要刺激は,感染症対策と整合するように選別的に行うべきであり,感染症対策,医療体制の強化,病院以外の療養施設の緊急整備,国民の自宅療養支援(生活支援物資調達と宅配手配),テレワーク・遠隔授業の財政支援,宅配業者での雇用促進などがある。公共事業全般を拡大することは,1)の段階では適切でなく,内容によっては感染症対策に逆行する。

・中長期的に2)の段階では,サプライ・チェーンも傷んでいる現状ゆえに,景気対策の方法を誤るとボトルネックが発生してインフレが生じる恐れがある。しかし,これは2)の課題であるし,1)の国民生活防衛のところでは短期的には問題にならない。現時点では,国民の生活必需品の需要が延びてもすぐに物価が上昇する恐れは小さいし,多少上昇しても国民生活防衛のための給付をためらうべきでない。

大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年を読んで

 大藪龍介『検証 日本の社会主義思想・運動1』社会評論社,2024年。構成は「Ⅰ 山川イズム 日本におけるマルクス主義創成の苦闘」「Ⅱ 向坂逸郎の理論と実践 その功罪」である。  本書は失礼ながら完成度が高い本とは言いにくい。出版社の校閲機能が弱いのであろうが,校正ミス,とくに脱...