2026年2月20日,高市首相が施政方針演説を行った。以下,「圧倒的に足りないのは、資本投入量、すなわち国内投資です。その促進に徹底的なてこ入れをします」という言葉は,よく考えて分析的に(複数の側面や可能性を考慮して)見る必要があること,しかしそうしてみても,「とにかく成長のスイッチを押して,押して,押して,押して,押しまくってまいります」というのは根拠のない煽りであることを書く。
内閣府データで潜在成長率と,これに対する各項目(資本投入,労働時間,就業者数,全要素生産性)の寄与度をみると,以下のとおりである(内閣府資料,2025年12月23日更新)。
潜在成長率:0.5
全要素生産性:0.4
資本投入量:0.2
労働時間:-0.2
就業者数:0.2
いまのままの生産関数(経済構造)では,カネとヒトを投入しても,これまで程度の生産性上昇があったとして,0.5パーセント/年の実質成長が限度である。資本投入量を増やそうと無理をすれば,単に超過需要で生産が増えず,インフレになるだけだ。インフレになれば過度な円安も続き,輸入物価も高止まりする。これではだめなのだが,高市政権は,内閣府のデータが示す,そうした基本的な因果関係をごまかしている。
いや,経済構造そのものを変え,全要素生産性をさらに引き上げて,潜在成長率を引き上げる(供給の天井を引き上げる)のだというならば,それ自体はもっともだ。「量子、航空・宇宙、コンテンツ、創薬などの17の戦略分野」の育成というのはそういうことだろう。しかし,全要素生産性をどうやって引き上げるかに注意が必要だ。
すでにフル稼働しているモノを,カネの力で投資に誘導するならば,消費を減らさねばならない(※1)。どうしてもそうするというのであれば,消費税減税などでなくむしろ増税するか,あるいは消費税減税を上回る富裕層増税や法人税増税をして財源を作り出すべきだろう。高市政権には,そのようにする気はなさそうに見える。
そうではなく,モノの配分をさほど変えず,消費を抑圧せずに生産性を引き上げるというのであれば,それ自体ももっともだ。しかしそれならば,設備投資を必要としない方策,つまり規制改革,税制によるインセンティブ構造の改善,研究者・技術者のキャリアパス確保,起業や,女性と高齢者の正規雇用拡大といった方法をとるべきだろう。高市政権には,そうした工夫をする気配がなく,投資促進を煽っているように見える。
結局,政権が事実上狙っているのは,以下のような狭い道筋(ナローパス)だろう。まず,0.5%の成長余地を活用してAI導入の全面化に投資し,潜在成長率の向上を図る。また,現に進んでいる非労働力(高齢者と主婦)の雇用を促進するとともに,労働時間規制を緩和して労働投入を増加させる。同時に,名目賃金の引き上げは支持して,収入増が消費増に結び付くように誘導する。これらを行えばインフレは継続するが,これを緩やかな,国民の不満が爆発しない程度に保つ。そうすると,実質賃金は上がらないために,企業利潤の増と消費増で景気は維持される。その上,政府債務残高は目減りし,財政赤字拡大を相殺できる。こんなところだろう(※2)。
だが,これはナローパスである上に,転落すれば危ない橋である。インフレが加速し,円安が是正されずに輸入物価が高止まりして,実質賃金が停滞すれば,国民の不満が爆発する可能性は高まる。また,単純な雇用促進では非正規雇用が拡大して正規との格差は是正されない。また裁量労働制拡大は,専門職はとにかく一般ホワイトカラーでは,単にただ働きに終わる危険が高い。そして,AI導入は結局は進展するとしても,この先バブル化してクラッシュするリスクも高い。新興産業とは,エクイティ・ファイナンス,バブル,クラッシュを通して生産力を発展させるものだ。すでにマーケットでは,株式の比重を減らし,ドル国債に慎重な態度をとり,エネルギーと貴金属に投資しようという動きが出ているのである。稼働できないデータセンター,利益を生まないAI開発投資という時期も,すくなくとも一度は来ると見た方が現実的だ。
長い目で見て,生産性向上に投資すべきなことはまちがいない。成長の天井を上げないと,所得の生まれようがないからだ。しかし,インフレ・円安の現状でこの「投資の危ない橋のナローパス」に賭けるべきだろうか。それよりも,インフレを加速しない方法で,国民生活を救う道を求めるべきではないか。それは,再分配の強化である。選挙で選択された以上,減税はもっともである。しかし減税だけすればインフレを加速して元も子もなくなる。中間層・低所得層に減税すると同時に,富裕層や大企業には増税することが必要だろう。国民生活が安定すれば,企業も国内に投資する動機を強めるだろう。
インフレと円安・輸入物価高という現下での制約条件を無視し,「とにかく成長のスイッチを押して,押して,押して,押して,押しまくって」も効果は期待できない。日本人の底力などといって因果関係をごまかしてはならない。タイヤが滑って空回りしつつあるときに,エンジンの底力を信じて吹かすべきだろうか。タイヤが地面をとらえて,着実に進めるようにすることが肝心だと,私は考える。
※1 カネは海外からも調達できるし,金融的流通から実物経済に引き戻すこともできるし,信用創造で生み出すこともできる。だからカネの投資を名目的に増やすことはできる。しかしモノがなければ工場・設備・施設は作れず生産能力は拡大できない。
※2 古い学説をご存じの方は,大内力の国家独占資本主義論を思い出されたい。

