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2019年7月3日水曜日

MMTの評価には,規範論でなく経済分析からの批判が必要

 小黒一正氏のMMT批判。これは,昔のケインズ政策に対する「ハーヴェイロードの前提」批判であり,公共選択論による批判である。私は,規範論としてこの指摘は一理あると予感する。MMTは統合政府の財政が赤字で政府債務があることは当然とした上で(赤字にしないと日銀券=統合政府の手形も発行できない),財政は悪性インフレを防ぐように運営されるべきとする。それを民主主義の下でどうやって防ぐのだという公共選択論の問いかけは,おそらくMMTにも妥当する。
 しかし逆に言うと,これはMMTが抱える問題が,昔のケインズ政策と同様の「財政赤字のサステナビリティ」問題であることを意味する。つまり,多くの人が昔の財政赤字論争を忘れてしまったからMMTの主張が突飛に見えてくるだけであって,実は昔のケインズ政策より突飛ということはないのである。何しろMMTは一種のケインズ理解なのだから。
 そしてまた,公共選択論が,資本主義国家の財政に与える様々な利害関係の強弱を無視し,軍事国家や企業国家と呼ばれるように(宮本憲一『現代資本主義と国家』岩波書店,1981年の類型論による),政府に影響力を行使できる資本グループに奉仕する財政構造が作られていることを無視していること,ともすれば教育や社会保障支出の切りつめを正当化する理屈になりやすいことも,昔と同じである。古くからある左からの批判も,小黒氏に向けられるだろう。MMTの支持者のうち左派は,そういう財政構造が問題であって,人民のために支出しろと言っているのだ。
 ここまでのところ,話は新しいようで古いのだ。だから,実はMMTにせよそれに対する反対にせよ,さほど突飛ではない。少なくとも,MMTだけが突飛で小黒氏が常識的だとはとても思えない。どちらも,大いにあり得る話として温故知新で議論すればよい。

 もっとも,それだけではすまない,新しいこともある。1)規範論としての意味と,2)規範以前の客観的な現実分析としての意味は違っているということだ。当然,現実分析(「財政とは+++である」)を踏まえて規範(「財政は××であるべきだ」)を述べねばならない。
 MMTも(私の理解ではケインズも),規範論という側面と,経済システムの客観的分析の側面を持っている。もちろん,後者が基礎になって前者がある。そして,MMTによる後者,つまり経済分析は,おそらく主流のマクロ経済学と異なっている。MMTを評価するには,規範論に規範論をぶつけるのではなく,その経済分析を理解した上で,正しいかどうかを判断すべきだろう。
 具体的に言うと,小黒氏は,明らかに財政均衡がノーマルな状態であって,財政赤字は,出すこともできるし,出さないこともできるととらえている。それはそれで,主流派の経済分析による根拠があるからだ。だから,「憲法で財政均衡を義務付けるしかない」というブキャナンの主張まで肯定的に紹介する。これは自らの経済分析による規範論だ。
 しかし,MMTはもともと統合政府論であり,統合政府の財政は赤字なのがノーマルな状態であり,通貨はもともと,納税に使えると政府に認定されたから通用しているのだと主張している。赤字を出さないことは,やりたくてもできないのである。だから,MMT自らの経済分析による規範論は「憲法で財政均衡を義務付けるなど意味がない」となるのである。
 だから,MMTに向かって,「赤字を出してもよいなんてトンデモない主張だ」では表面的な批判にしかならず,理論的にはほとんど意味がない。規範論の背後にある経済,財政,貨幣に対する分析を把握したうえで,そこから評価しなければならないだろう。これは小黒氏に特定して言っているのではなく,多くのMMT批判についてこのように指摘したいのだ。もちろん,MMTが主流派の理論を評価する場合も同じ基準が妥当する。

 私は,時間はかかっても,MMTの経済分析を理解して評価したいと思っている。

小黒一正「MMT(現代金融理論)が見落としているもの…財政の民主的統制の難しさ」Business Journal,2019年6月4日。



3 件のコメント:

  1. お初にお目にかかります。望月慎と申すものです。
    大変遅ればせながら当Webを拝見させていただきました。MMTに関して、非常に思慮深いコメントがなされている数少ない方とお見受けします。
    つきましては、手前味噌ですが、『Modern Monetary Theory (MMT) と主流派の齟齬と一致を解剖する』https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3824025 というWPをSSRNにアップしておりまして、ご関心あればご一読、およびご指摘などいただければと存じます。
    不躾で大変恐縮ですが、何卒よろしくお願いします。

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  2. 差し支えなければ、ツイッター https://twitter.com/motidukinoyoru のDMにて、色々とやりとり出来れば幸甚の至りと存じます。

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  3. 望月様,コメントありがとうございます。私は院生時代にマルクス経済学の信用貨幣理論を教わりましたので,MMTの貨幣論自体にはなじみがよいのです。財政論は当初面喰いましたが,だんだんとわかってきました。望月さんの精力的な翻訳作業のおかげです。『MMTがよくわかる本』は拝読して勉強させていただいています。SSRNからDPもダウンロードしました。拝見します。なおTwitterはやっておりませんので,やりとりは,どうぞメールをご利用ください。 nozomu.kawabata.b1#tohoku.ac.jp (#を@に)です。今後ともよろしくお願いいたします。

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