MMTを主張するS.ケルトン氏と,小林慶一郎氏,早川英男氏,小黒一正氏の懐疑的コメント。ちょうど先日,小黒氏と早川氏の見解にコメントしたばかりだが,この記事を読んでも修正の必要はない。小黒氏について今回注目されるのは,MMTがケインズ派だとすなおに解釈していることだ。私もそう思う。その上で,彼の公共選択論的警告はもっともだ。早川氏はMMTの信用貨幣論には共感を示している。私も賛成だ。その上で,国債の大量発行が金利高騰を招くと警告してしているが,MMTは中央銀行が国債を買い支えればいいと答えるだろうから,これではすれちがってしまう。より本質的な警告を加えるとすれば,「中央銀行はどこまでも政府と協調しうるのか。政府の財政ファイナンス要求が限りなく拡大することに歯止めはかけられるか」というべきだったし,金利にこだわるなら「大規模財政ファイナンスを前にして市場が国債への信認を維持できるか」という方が良かったろう。
つまり,小黒氏の意見と早川氏の意見は,一方で1)MMTはトンデモ理論でなくケインズ派だ,2)MMTの信用貨幣論はトンデモ理論でなく金融実務と一致していると認めている点が面白い。他方で,早川氏の見解をより徹底させれば,1)民主主義の下での財政赤字抑制の困難と,2)中央銀行が政府とどこまでも協調すべきか否か,というところにMMTの問題があることを示している。
もっとも,MMTの理論的な正否とは別にして,私の意見では日本の経済政策上の争点は金融・財政をより拡張させるかどうかではない。アベノミクスで金融を限度いっぱいに緩和し,財政をさほど引き締めていないのに投資もさほど伸びず,まして消費が全然伸びないことが問題なのだ。この状態では,財政引き締めは確かに適当でなく,消費税は上げるべきではない。しかし,金融を緩め,財政の総額を拡大するだけではこの問題は解決しない。新規市場を拡大する産業戦略,安心感を与えつつ持続性のある社会保障,安定した雇用に向けての労働改革など,投資意欲を喚起し,消費性向を上げるような政策・制度改革が必要だろう。そのためには,現時点では再分配は強化されるべきだろう。(それ自体が目的でなく)結果として,財政への負荷は一時的に高まる。最終的な理論的正否はともかく,MMTを誰もが信じるような状況ではない以上,国債への信認を低下させないようにすることは必要だ。だから,再分配政策は富裕層増税などの財源調達とセットにすべきだろう。
私は,この間,マクロ経済理論の勉強のためにずっとMMTへのコメントを書いてきた。長い目で見てそれが必要だと思うからだ。しかし,日本の現状への政策的判断としては,金融緩和と財政総額の膨張だけでは投資と消費が増えず,制度・慣行,政策枠組みを変えることであり方によって投資と消費の意欲を刺激する制度・政策が必要というのが本意だ。
小黒氏へのコメント(2019/7/3)
早川氏へのコメント(2019/7/9)
「MMTは現実的か 財政万能論の危うさ(複眼) S・ケルトン氏/早川英男氏/小林慶一郎氏/小黒一正氏」『日本経済新聞』2019年7月18日。
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
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