元朝鮮女子勤労挺身隊員訴訟。判決が日韓請求権協定と矛盾しているかどうかは,政府レベルで交渉するしかないが,私は政府と独立に,また賠償金を支払うかどうかは別にして,三菱重工が,女子勤労挺身隊を働かせた事実をどう受け止めているのかを表明すべきだと思う。三菱重工は当事者だからだ。また,日本のマスコミは,これらの挺身隊員を三菱重工がどのように動員し,どのように働かせたのかを報じるべきだと思う。まず,それが基礎的事実だからだ。新日鐵住金についても同様であることは,以前に述べた。
徴用工や挺身隊員の訴訟と慰安婦問題はしばしば重ねられるが,一つ大きな違いがある。慰安婦問題では,日本政府が謝罪していることだ。謝罪のあり方についていろいろ議論があるにせよ,1992年の加藤官房長官談話から2015年の日韓合意時の安倍首相メッセージに至るまで,お詫びと反省を表明していることは間違いない。謝罪すべきでないなどという声が日本からあがるのも間違いだし,日本は謝罪していないなどという声が韓国からあがるのも間違いだ。
しかし,新日鐵住金や三菱重工の場合は,自分たちが当事者であるのに,徴用工や挺身隊員を働かせたことをどのように考えているのかを,そもそも表明しようとしない。これは適切ではない。法的に賠償すべきかどうかと別に,そもそも前身企業や自社の行為はどうであったのかを,歴史として評価しなければならないはずだ。
「謝罪や反省をすれば支払わざるを得なくなる」などというためらいが生じるかもしれないが,そんな態度を表明した方に道義がなくなることは明白だ。また,そうした懸念は過去の経験に照らしても正しくない。河野談話やアジア女性基金の時も,日本政府は首相や要人がお詫びと反省の意を表明したうえで,日韓請求権協定の上から国家賠償というスキームがとれないから別の方法を考えるという姿勢をとった。その措置が今に至るまで韓国側の理解を得られていないのは確かであるが,謝罪することと口をつぐむことではまったく異なる。
具体的にどう異なってくるか。今後,記事にある欧州での差し押さえの問題を始め,国際的にこの問題が評価されるようになる可能性はある。韓国側の同意を得られていないとはいえ,日本政府は場合によっては国際司法裁判所への持ち込みも考えているのだからなおさらだ。その際に,基本的事実関係は何かということは,必ず問題になる。日韓請求権協定の交渉経過と解釈だけが問題になるのではない。新日鐵住金や三菱重工が,かつて徴用工や挺身隊員をどのように働かせたかが,英語やそのほかの言語でいまよりも論じられ,報道されるだろう。その時に,当事者が自社の歴史について口をつぐみ,ただ「条約で払わなくてよいことになっているから」という姿勢で,国際世論の評価に耐えられるだろうか。私は,無理だと思う。
新日鐵住金と三菱重工は,日韓請求権協定の解釈は政府に同調するとしても,まず自社の過去に当事者として向かい合ってほしい。それはグローバル企業としての社会的責務の一つだと思う。
「三菱重工の資産差し押さえ、申請 徴用工訴訟の原告側」朝日新聞DIGITAL,2019年3月7日。
<関連投稿>
「徴用工裁判において新日鐵住金が問われること :政府の協定解釈とは別に,当事者としての事実に関する見解を」Ka-Bataブログ,2018年11月13日。
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
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