私は,本書の財政思想については,考えるだけの理論的素養が不足しており保留する。しかし,再分配を重視する立場から見てもっとも衝撃的だったのは,本書の税制改革シミュレーションだ。つまり,リベラルの側から再分配革命を行い,誰もが人としてのニーズを満たせるような社会を作ろうとすると,どうしても消費税増税という手段「も」使わざるを得ないということだ。
まず,著者は再分配革命に必要な経費を消費税増税だけで賄うとどれくらいの税率引き上げが必要になるかを提示する。
■消費税1%増税で見込まれる税収:2.8兆円
■教育無償化と医療費無償化に必要な税収
*自己負担解消12兆円プラス関連経費(未記載だが7-8兆円と言いたいらしい)
*消費税で賄う際の引き上げ率:7%強
■基礎的財政収支の赤字解消のために必要な税収(実質成長率1%と仮定)
*8.2兆円
*消費税で賄う際の引き上げ率:3%強
つまり,消費税率を11%引き上げねばならない。仮に消費税を排して,すべて所得税で賄おうとすると富裕層(給与収入にして1237万円以上なのでかなり広い)への税率を220%上げるか,全階層の税率をそれぞれ約30%ずつ引き上げねばならず,とても無理だ。
「現実的には,富裕層課税と同時に,税収調達力に富む消費税もセットで引きあげ,垂直,水平,双方の公平性を強化していく戦略が現実的だということになる」(130ページ)。岩波書店の校閲をくぐり抜けて「現実的」が重複しているあたりが,著者のリアリズムであろう。
そこで著者は以下のような方策を提示する。
■税制パッケージ
*富裕層の所得税率を5%上げる→7000億円税収増。
*法人税率を現在の23.2%から第2次安倍政権以前の30%に戻す→3.4兆円税収増。
(課税ベース拡大や金融資産課税で補完することも可)
*相続税の平均税率を5%上げる→5000-6000億円税収増。
これで総額4-5兆円になる。ということは,
*消費税の引き上げ率:約9.2-9.5%
とやや抑制できるが,やはり消費税は相当程度引き上げねばならない。
もちろん,他の方策を組み合わせて富裕層課税をより強めることもできるが,大きくは「中途半端な貧困対策ではなく,大胆な社会改革を求める頼りあえる社会においては,富裕層課税のみでは到底実現不可能であること」が著者の強調する点だ。
井手教授のモデルに対して私がコメントできることがあるとすれば,基礎的財政収支の赤字をゼロに持っていくことは必要がないと考えることだ。私は,財政赤字は,円と国債が信任を維持できる限りであれば,ゼロにする必要はないという立場だ。しかし,財政改善に使うお金をなくして,消費税引き上げ必要率を4%引き下げたとしても,なお,5%強は引き上げねばならないことになる。
再分配の強化という目的を前提にしても,また富裕層課税は強化するにしても,それでも消費税増税は避けがたい。このことは重大だ。本書の描いた税制イメージを念頭に置きながら,財政の部分の講義を考えていこう。
井手英策(2018)『幸福の増税論 -財政は誰のために』岩波新書。
(2019/5/6一部修正)
2020/2/12付記
私はこの投稿を書いたころ,同時に井手教授と対立する赤字財政容認論の勉強も始めた。そして約半年検討した結果,私は原則的に後者が正しいと認め,「支出増の分だけ財源も必要」という考えを放棄するに至った。したがって,現在はこの投稿の見地に立っていない。井手教授の見解に対しては,以下のように考えるようになった。
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