毎月勤労統計調査の不正問題。前回の(3)では2004年調査で不正がなぜ行われ,誰が指示したのかという問題を取り上げた。今回は,復元に関わって,隠蔽やそれに類する行為がなかったかどうかを考えたい。
不正の二つの主要内容である1)全数調査を行うべきところ抽出調査を行って,それを隠したことと,2)復元操作を行わなかったために統計数値が正しくなくなってしまったことのうち,1)については,多くの厚労省職員が気づいていながら,これを見て見ぬふりをしたことは連載の(1)で述べた。この点について,組織的に取り上げない不作為が問題だとした監察委員会の主張は,それなりにもっともだと思う。しかし,2)については話が違っているのではないだろうか。
1.なぜ復元が行われなかったのか
まず,2004年からの東京都規模500人以上事業所についての抽出調査に伴い,なぜ,本来必要な復元が行われなかったのかについて,謎が残っている。報告書は「抽出替え等によりシステム改修の必要性が生じた場合には、企画担当係とシステム担当係が打ち合わせをしながら、必要な作業を進めていく」(17ページ)とした上で,「本件についても、例えば、企画担当係から追加でシステム担当係に東京都における規模500人以上の事業所の抽出率を復元処理するための依頼を失念した、東京都の規模500人以上の事業所における産業ごとの抽出率等の必要な資料が渡されなかった、あるいは渡されたが、システム担当が東京都の抽出調査の導入に係るシステム改修をしないまま、その後ダブルチェックがなされず、長期にわたり復元処理に係るシステム改修が行われていない状態が継続した可能性が否定できない」(17ページ)と述べているが,2004年調査に際して復元作業のための打ち合わせが行われたのかどうかを明らかにしていない。当時の企画担当係とシステム担当係からくまなくヒアリングしたのだろうか。全員が,忘れたとでも供述したのだろうか。きわめて不可解である。
2.復元が行われなかったことに誰も気づかなかったのか
次に,その後,14年にわたって復元が行われなかったことについてである。抽出調査を行っていることは,その作業に携わっている以上,関連職員は当然認識した上で,その問題に見て見ぬふりをしていたのだろう。しかし,復元についてはどうなのか。プログラムが組まれず,復元処理がなされないために毎月勤労統計の数値が正しくないものになっていたことに,関連職員は気がついていなかったのだろうか。
全数調査と称して抽出調査を行っているのももちろん不正であるが,それで統計数値自体が歪むわけではない。しかし,復元を行わなければ数値自体が誤ったものになってしまうのである。関連部署の職員は,数値のゆがみを承知で,未復元にも見て見ぬふりをしていたのだろうか。統計の専門家である職員が,そこまでするものだろうか。この点が報告書の記述では明らかではない。
3.最終的に誰が復元処理を指示し,かつそのことを隠したのか
そして,最終的に未復元を問題だと認識して復元処理を開始したのに,そのことを明らかにしなかったのは誰かという問題である。報告書によれば明確で,2017年時点で雇用・賃金福祉統計室長だったFである。報告書はF室長が2018年の調査を準備する過程でとった行動について述べる。
「Fは、これまでの調査方法の問題を前任の室長から聞いて認識していた。その上で、ローテーション・サンプリングの導入に伴い、一定の調査対象事業所を毎年入れ替える必要が生じるが、抽出率が年によって異なるため、東京都の分も適切に復元処理を行わなければローテーション・サンプリングがうまく機能しなくなると考え、東京都についても復元処理がなされるよう、システム改修を行うとの指示を部下に行っていたと述べている」(23-24ページ)。
だから,少なくとも前任の室長は,復元が行われていないことを知っていたことになる。そして,F室長は,サンプルを毎年3分の1ずつ入れ替えるローテーション・サンプリングの導入の際に,復元が行われるようにシステム改修を指示したのだ。ところがF室長は,「復元処理による影響を過小評価し、これまでの調査方法の問題、さらには当該機能追加及びそれによる影響について上司への報告をせず、必要な対応を怠った。また、Fは東京都を抽出調査としていることの影響について、後任であるIに対し、復元処理の影響は大したことはない旨の誤った認識に基づく引継ぎを」行った(24ページ)。
私はこのF室長の行為は極めて不適切だと思う。F室長は未復元を知っていた。そして,復元が行われるようシステム改修を指示する際に,その影響を受けて数値が動くことをも知っていた。にもかかわらず,そのことを黙っていたというのだ。この行為を報告書は、「これまで東京都が抽出調査であったことを隠蔽しようとするまでの意図は認められなかった」(24ページ)といい,挙句の果て「平成30(2018)年1月調査以降の調査においては、従来適切な復元処理が行われていなかったものについて復元処理が開始されており、これはより統計の精度を高めるためのものであるから、意図的に「基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為」(統計法第60条第2号)をしたとまでは認められないものと考えられる」(27ページ)とかばっている。未復元だったものを復元したのだからいいじゃないか,というのである。これはおかしい。未復元を発見し,復元を開始したことについて,必要な報告をしなければ,過去においても復元を行っていたかのように装うことになってしまう。これは,主観的意図が何であれ,客観的には隠蔽行為ではないか。
このローテーション・サンプリング導入によるサンプル変更と復元処理の開始は,2018年1月調査以降の給与の数値の上振れに影響を与え,社会からの疑念を招くことになる。ところがFの後任のI室長は,報告書によれば「平成29(2017)年までの調査については東京都の規模500人以上の事業所に係る抽出調査分の復元処理を行っていないこと及び平成30(2018)年以降の調査では復元処理を行っていることを知りながら、前任者から東京都の抽出調査を復元していなかったことの影響は大きくないと聞いていたことから、これを当該上振れの要因分析において考慮せず、結果として不正確な説明を行った」(25ページ)という。I室長は,未復元を復元にした事実は知っていた。その上で,F室長の誤った引継ぎに影響されたという理由で,その重大性を軽視して事実と異なる説明をし,それが社会に公表されたのだ。これは,I室長の意図にかかわらず,客観的には隠蔽行為ではないか。
結局,厚労省がサンプル入れ替えによる上振れと説明したのに対して,総務省が,全数調査をしているはずの規模500人以上の事業所の賃金まで上振れしていることに気づき,おかしいではないかと厚労省に問い合わせる。報告書によれば,この時点でIは抽出調査と過去の未復元について,はじめて上司である政策統括官Jに報告した。そして,これらの事実は,2018年12月13日の打ち合わせで,統計委員会委員長および総務省との打ち合わせで厚労省から報告されたのだという(13ページ)。
以上のことから,私は,報告書が明らかにしている事実だけから見ても,直接にはF室長とI室長が,そして対外的には厚生労働省が隠蔽行為を行ったと見るべきだと思う。報告書がこれを指弾せず,逆にかばってさえいることは不適切と言わねばならない。
そして,さらなる問題がある。F室長とI室長は,本当に,復元の影響は大したことがないと思いこんでいたのだろうか。影響が深刻である可能性を知っていながら,何らかの理由で黙っていた可能性はないのか。そして,これはF室長とI室長というたった2人だけによる行為なのか。F室長の前任者においても,復元が行われていない事実は知られていた。誰が知っていたのか。また,F室長はシステム改修に当たって,誰にも相談しなかったのだろうか。I室長は,給与数値の上振れに復元の影響が出ている可能性について,誰とも相談しなかったのだろうか。J政策統括官は,本当に総務省から指摘を受けて初めてI室長から事実を聞かされたのだろうか。未復元と復元の開始について,知っていながら隠した者,隠すことをF室長やI室長に求めた者は,本当に誰もいないのだろうか。
これらのことが追加調査によって明らかにされねばならないと,私は考える。
「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書について」厚生労働省,2019年1月22日報道発表。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(1)不作為の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月26日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(2)中立性の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月27日。
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
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