この連載の核心というか,私のブログにしか書いていないオリジナルなところは前回の(4),つまり復元を開始した際に行われた隠蔽の疑いにあった(ので(4)をお読みいただけるとありがたいです)。よって,この話で連載は打ち止めにしようと考えていた。しかし,田中重人氏と池田信夫氏のブログを読み,重要なことを一つ書き落していることに気がついたので,両氏に倣う形で捕捉する。それは,2004年調査よりも前から不正が始まっていたのであり,2004年の不正はそれ以前からの不正を隠すためではなかったかということだ。
2004年調査で東京都の規模500人以上事業所を全数調査から抽出調査に変えた理由は,(3)でも紹介したように,「継続調査(「平成16(2004)年以降の東京都における規模500人以上の事業所に係る調査が抽出調査となった理由は、規模500人以上の事業所から苦情の状況や都道府県担当者からの要望等を踏まえ、規模500人以上事業所が集中し、全数調査にしなくても精度が確保できると考え、東京都について平成16(2004)年1月調査以降抽出調査を導入したものと考えられる」(監察委員会報告書15ページ)とされている。
だが,実は同じページにこうある。「平成16(2004)年からこれまでの集計方法をやめることとしたが、それだけだと都道府県の負担が増えてしまうので、その調整という意味でも(東京都の規模500人以上の事業所に限り)抽出調査とすることとしたように思う」(15ページ)。そして,「これまでの集計方法とは、規模30人以上499人以下の事業所のうち、抽出されるべきサンプル数の多い地域・産業について、一定の抽出率で指定した調査対象事業所の中から、半分の事業所を調査対象から外すことで、実質的に抽出率を半分にし、その代わりに調査対象となった事業所を集計するときには、抽出すべきサンプル数の多い地域・産業についてその事業所が2つあったものとみなして集計する方式であり、全体のサンプル数が限られている中、全体の統計の精度を向上させようとしたものである。
この手法により得られる推計結果は、抽出率に基づき復元を行っているのと同程度の確からしいものと考えられ、標準誤差にゆがみが発生する可能性はあるが、平均値に関しては大きな偏りはなく、給付等に影響を及ぼすこともない。しかしながら、こうした手法は当時公表されることなく行われており、統計調査方法の開示という観点からは不適切と言わざるを得ない」(15ページ)。
つまり,2004年調査よりも前から,規模30人以上499人以下の事業所について,本来調査すべき事業所の半分しか調査対象とせず,同じ事業所が2つあったとみなして集計をしていたというのだ。これは不適切どころか,勝手に抽出調査に変更したのと同レベルの不正行為と言える。
田中氏は,2002-2003年の調査の精度が大幅に下がったことを示し,同程度の「確からしさ」など確保できてないと指摘するとともに,この不正が2002年と2003年に行われたのではないかと推定している。また池田氏は,「厚労省は2003年まで「半分の事業所を調査対象から外す」という操作を行っていた。これは調査計画に反するので、総務省に報告するわけには行かない。それを改善したことをいわないで、東京都の大企業のサンプルを減らすことだけを統計委員会で審議すると、「手抜きだ」と批判されると思って隠したのではないか」と推測している。
抽出対象を勝手に削減するこの調査方法を,なぜ2004年にやめることにしたのかはわからない。しかし,とにかくやめることになったのだろう。そうするとサンプル数が増えて,ただでさえたいへんな調査の作業量がますます増え,都道府県から苦情が来る。これを相殺するために一部を抽出調査にしたとすれば,確かに動機の説明がつく。抽出調査を総務省に申請しなかったのは,池田氏が言うように手抜きを批判されるか,あるいはそれにとどまらず抽出対象を勝手に削減していたことも露見しかねなかったからだろう。
抽出対象を半分にしていた不正に関する報告書の記述は,なぜ2004年の抽出調査への変更が,総務省に報告することなく行われたかについての,現時点までの最有力な手がかりだと思う。2004年の不正は,それ以前から行っていた不正が露見しないようにするためだったかもしれないのだ。監察委員会の調査は中立性がないということでやりなおしになったようだが,この点をぜひ追求してほしい。
(1月31日追記)総務省統計委員会が,この件について報告を受けたとの報道がありました。
「統計不正問題のきっかけ 別の不正を是正しようとしたためか」NHK WEB NEWS,2019年1月31日。
田中重人「2003年以前の毎月勤労統計調査抽出率偽装問題」remcat:研究資料集,2019年1月23日。
池田信夫「厚労省はなぜ勤労統計のサンプルが増えたことを隠したのか」アゴラ,2019年1月26日。
「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書について」厚生労働省,2019年1月22日報道発表。
<連載>
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(1)不作為の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月26日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(2)中立性の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月27日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(3)誰が不正を指示したのか」Ka-Bataブログ,2019年1月28日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(4)未復元の事実,復元を開始した事実を隠蔽したのではないか」Ka-Bataブログ,2019年1月29日。
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
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