12 おわりに
まとめに入ります。この講演は,「お金はどこから来て,どこへ消えるのか」についてお話ししました。それを通して知って欲しかったことは二つです。
一つは,普段の生活では気がつきにくい,お金の本当の姿です。お話ししたことの中から列挙してみましょう。まず,現代社会では,ほとんどのお金は信用貨幣です。信用貨幣というのは,債務証書が貨幣として通用しているものです。ここですでにショックを受けた方もいるかもしれません。また,中央銀行券だけでなく預金もお金です。しかも,コンピュータが出現する以前からあるデジタル通貨です。また中央銀行券と預金とでは,実は預金の方が基礎になる存在で,預金の一部が引き出されるとその分だけが中央銀行券になります。紙切れやデジタル信号に過ぎないお金がお金と認められて流通するのは,国家権力が強制しているからでも,何となくみんなが信じているからでもなく,銀行または中央銀行の信用ある債務証書だからです。ただ債務証書と言っても,現代では,「債務を本当のお金で返す」ことはできません。それ自体が価値をもっている商品貨幣,つまりは本当の貨幣が流通していないからです。なので,債務はより高度な債務証書で支払うか,債権・債務を相殺するしかありません。でも,裏返して言えば,その二つは可能だから現代の貨幣は信用貨幣として通用するのです。
意外なことはまだ続いたかもしれません。銀行は,預金を集めて又貸しするのではありません。自分の債務証書である預金を発行して貸し付けているのです。預金は貸し出しのときに生まれるのです。私たちの持つ預金や現金は,もともと,どこかの銀行がどこかの企業に貸し付けたお金が流通した結果であり,いわば貸し付けから派生した存在です。企業活動が拡大すると銀行の貸し出しが増えて返済を上回り,お金の流通量が増えます。企業活動が縮小すると銀行への返済が増えて貸し出しを上回り,お金の流通量が減ります。
そうして,以上の金融システムのほかに,もう一つ財政システムによるお金の供給があるが,またの機会にということになります。皆さんにとって,どのくらいが意外で,どのくらいはご存知のことだったでしょうか。
もう一つは,もっと根源的なことで,私たちは,発達した資本主義社会という,豊かさのために貸し借りが必要となる世界に生きているということです。私たち個人は,「お金をためてから活動すべきで,借金すべきではない」という規範を持っていることが多いです。社会によって事情は異なるでしょうが,日本では特にこの考えが強いかもしれません。これは個人としてはもっともなのです。しかし,この講演が示しているのは,社会の全員が「お金をためてから活動して使う」ことはできないということです。また,社会の活動とはまず富を生産する活動であって企業が担うものであることにも注意が必要です。
企業や起業家がお金をためようとします。しかし,「ためる」べきお金は,もともとどこかの企業が銀行から借りたから存在しているのです。全員が最初に「ためる」ことはできません。先ず誰かが銀行から借りて事業をしなければならないのです。もしこの事態を避けるとしたら,銀行をなくして信用創造を止めるか,そうでなければ社会全体を金貨や銀貨だけで動かし,信用貨幣を失くすしかありません。あとの場合,銀行は金貨や銀貨を預かって又貸しするものになるでしょう。しかし,そんなことをすれば,たちまち社会が必要とする貨幣量を満たせなくなって,お金が足りなくなります。経済が拡大するとすぐ金利が引き上がってしまうでしょう。不況の時に資金を得るのがたいへんむずかしくなり,激しい恐慌になるでしょう。
このことを裏返して言うならば,資本主義のしくみの下では,経済の拡大と安定のために,「財・サービスを生産するために,企業が銀行からお金を借りる」ことと「債務証書をお金にすること」がどうしても必要だということです。企業がお金を前借りし,不確実な未来に向かって生産を拡大し続けなければ,豊かさは生まれません。当然,成功することも失敗することもあります。
また,この金融システムは,信用貨幣という,本来価値のない代用品を大量に発生させるのですが,ふだんは実物の商品経済の動きに従っています。ですから,金融システムを通しては,貨幣が商品に対して過剰に発行されることはありません。ただし例外がバブルです。商品の生産と離れて金融取引だけが拡大し,金融取引のためだけにお金が駆り出されて通貨供給量が拡大するのです。これは本質的に騰貴ですから,資産価格が高騰して,いつかは崩壊します。リーマン・ショックなどの金融危機はこうして起こるのです。
資本主義の金融システムは,このように大量の商品を生み出して豊かさを作り出しますが,そこにはリスクがあり,またバブルの可能性もあるということが,最後に考えておいてほしいことです。
最後に参考書ですが,この講演とまったく同じ考えをわかりやすく書いた本はありません。しかし,以下の2冊が参考になると思います。ひとつは,お金の経済と商品の経済の関係についてです。これは,田内学さんの『お金のむこうに人がいる――元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門』が的確な解説をしています。トレーダーが書いた金儲けの本かというと,そうではありません。むしろ田内さんは私よりも根本的に,お金と人の関係を論じています。経済に対する見方が,予備知識がなくてもわかる本です。もうひとつは,大学の教科書で私の考えと最も近いものです。松本朗さんの『改訂版 入門金融経済』です。
以上で私の講演を終わります。長時間お付き合いいただき,ありがとうございました 。
■補足
*講演の最後には,信用貨幣が流通する発達した資本主義経済とは,つまり何なのかということを言わねばならない。しかし,これではまだまだ表面的である。
*ただ,一つ言いたいことは,「現代は価値のない信用貨幣が肥大化している。これが膨張してバブルになるから悪い」といった雑な金融化批判はとらないということである。
*管理通貨制の下で信用貨幣が流通し,またここでは言ってないが金融・財政政策が発動することで,資本主義経済の物質的に豊かな側面も成り立っているからである。しかも,金融システムに関する限り,商品経済の運動が独立変数であって貨幣供給は従属変数なのである。
*ただし,信用貨幣供給の主要ルートは手形割引ではなく貸し付けであるから,商品経済の運動というもの自体に元々リスクがあるととらえている。そして,金融資産購入のために借り入れるという行為によるバブルもまた起こり得るのである。正常な経済拡張とバブルの分岐について論じる道具立てを持っていないところは私の限界である。