6 手形が貨幣になると言ったが,預金や中央銀行券も手形の一種だということか
私はまず,預金や中央銀行券が貨幣だと言いました。それから,手形が貨幣になるけれども,商業手形だと完全な貨幣とは行かないと言いました。この二つを合わせて次に言いたいのは,預金や中央銀行券は信用度の高い手形であって,だから貨幣として認められているということです。それでは,どうしてそれほど信用されるのでしょうか。
まず一般銀行を登場させましょう。正確に言うと,民間銀行は存在するが,中央銀行は存在しない状態を考えてください。現代ではなじみのない状態ですが,かつては実在した状態です。なので,銀行券は民間銀行が発行します。
さて,企業Aがビジネスのために銀行からお金を借りるとします。図 4をご覧ください。設備投資資金でも運転資金でもいいです。仮に1億円としましょう。この時,X銀行は,1億円の預金を企業Aの口座に設定してあげて貸し付けます。これは,日々,銀行が行っていることで,何の不思議もありません。そうでなければ,X銀行の銀行券を発行して窓口で企業Aの担当者に渡して貸すことも可能です。
問題は,ここで銀行が無から預金や銀行券を作り出したということです。金貨や銀貨ならば,無から有にすることはできません。また銀行には国家権力はありませんから,強制的に預金や銀行券を使わせているのでもありません。では何をやっているのかというと,預金や銀行券は,いずれも銀行の手形,債務証書なのです。債務証書ならば,自分が発行することができますね。銀行は,預金または銀行券という名の,自分宛ての手形を発行しています。そして,商業手形の時のように,それで商品を買うのではなく,それを企業に渡して貸し付けているのです。企業と比べると銀行の取引範囲は広く,資金量も大きいです。預金は要求払いで銀行券に換えることもできます。なので,商業手形と比べると銀行手形,つまり預金や銀行券は,全社会に流通しやすいのです。銀行は,「私の手形はすごく信用があって,これでものは買えるよ。これで貸してあげる」ということをしているのです。
図 4 銀行の信用創造
さて,A社はこれで設備投資なり原料の仕入れなりが可能になって企業活動を行います。うまくいけば利潤が獲得できて,銀行に利子を支払うことができます。そして返済期日になったら,A社は借りた1億円を銀行の預金口座に入金するか,そうでなければX銀行券を窓口にもっていって返済します。入金された1億円や手渡されたA銀行券は,銀行の資産にはなりません。破棄されます。正確に言うと,銀行券ならば価値のない紙切れに戻ります。なぜかというと,預金や銀行券は,A銀行の債務証書だからです。
くりかえしますが,預金と銀行券は,いずれも銀行の債務証書であり,銀行はこれをゼロから発行できます。そして,銀行の手元に戻ってくれば消滅するのです。少し不思議かもしれませんが,手形発行の続きだと思えば理解できるでしょう。また,預金や銀行券での返済という行為は,実は手形を使った債権債務の相殺でもあります。企業AはX銀行から借り入れて1億円の債務を負っています。企業Aはこれを返済する際に,自らが預金または銀行券というX銀行に対する1億円の債権を持ち,両者を相殺しているのです。
このように,預金と銀行券の運動は,手形の発行・流通,債権債務の相殺という手形原理を基礎にして,これに貸付・返済の原理を加えることで成り立っているのです。
しかし,預金や銀行券で企業間の決済を行おうとすると,銀行だけではできる場合とできない場合とが出てきます。もう一度,中央銀行がなくて一般銀行だけある世界を考えてみましょう。図 5をご覧ください。今度は二つの銀行,三つの企業に登場してもらいます。A社とB社はX銀行に口座を持っていて,C社はY銀行に口座を持っています。A社がB社から商品を買って代金を払う場合は,X銀行の預金で払えるから簡単です。X銀行はA社からの指示を受けて,A社の預金を減らし,同額だけB社の預金を増やしてやればよいからです。しかしA社がC社から物を買ったときは厄介です。X銀行の預金はX銀行の債務,Y銀行の預金はY銀行の債務で,互換性がありません。C社にX銀行の口座を開いてもらえばいいのですが,C社がX銀行のサービスや経営の安定性に不安を抱いて拒否するかもしれません。かわりにY銀行にX銀行の口座を開いてもらい,X銀行がA社の預金を減らして同額だけY銀行がもつ預金を増やし,Y銀行にまた同額だけC社が持つ預金を増やしてもらえば何とかなりますが,やはりY銀行がX銀行に預金など持ちたくないと言い出したら終わりです。もうひとつ,A社が預金を下ろしてX銀行券を受け取り,これをC社に持参して支払うという手もありますが,C社がX銀行券など受け取れないと言ったら,やはりだめです。
図 5 銀行間決済の困難
このように,銀行預金と銀行券のシステムは,異なる銀行間の決済に問題を抱えています。民間企業としての銀行の信用に限界がある限り,預金や銀行券は通貨になり切れません。
これを解決するのが中央銀行の役割です。図 6をご覧ください。中央銀行とは,国内すべての銀行が当座預金の口座を持つような銀行です。これが中央銀行のいわゆる「銀行の銀行」という役割です。こうすれば,A社が商品の代金をC社に支払うのも簡単です。また,金額を1億円と定めましょう。まずA社の指示により,X銀行はA社の持つ預金を1億円減額します。そしてX銀行の依頼により中央銀行はX銀行が持つ預金を1億円減額し,Y銀行が持つ預金を1億円増額させます。そして,Y銀行はC社がもつ預金を1億円増額させます。これで,A社はX銀行の預金1億円を失い,C社はY銀行の預金1億円を受け取りました。そして,X銀行の預金とY銀行の預金は,中央銀行当座預金との交換性によって互換性が保たれているのです。また,X銀行,Y銀行,中央銀行は決済を仲介しただけで,資産債務は変動していません。
このしくみがあれば,企業間の債権債務の決済は,銀行間の債権債務の決済として置き換えられ,それは中央銀行当座預金内での相殺と差額の振り替えで可能となるのです。
さらに,各銀行が銀行券を発行する代わりに,中央銀行だけが銀行券を発行するようにします。これを発券集中と言います。A社がX銀行から預金を引き出すと,X銀行券でなく中央銀行券を受け取るようにするのです。中央銀行に一定の信用があれば,一般の銀行の間に信用度の差があっても,この中央銀行券は流通します。これで,多数の銀行券の間に互換性がない問題も解決します。
図 6 中央銀行による支払い決済システム
このように,一定の信用がある中央銀行が成立してすべての銀行に貸し付け,すべての銀行が中央銀行当座預金を持ち,また発券集中が行われると,銀行預金と中央銀行券が通貨として通用することができるのです。これが,紙切れとデジタル信号に過ぎないものが通貨となり,また民間の銀行が創造したに過ぎないデジタル信号が通貨となることができる根拠です 。
■補足
*銀行の貸付・返済・決済を,手形原理を基礎に,貸付け原理を加えて説明するのが最大の特徴である。手形による貸し付け説は,岡橋保に由来する。
*ただし,貨幣論の伝統では貨幣史の経過に引きずられて,預金・銀行券は商業手形割引によって発行されるという議論が強力であった。私はこれを採用せず,手形割引より貸し付けの方が本質的だとしている。ここは岡橋説を採用しておらず,村岡俊三説に近い。手形割引という取引形態は重視しないが,手形原理は重視するところがポイントである。ただし,貸し付けと蓄蔵貨幣の関連のさせ方が村岡説と異なる。
*また理論的説明に当たって,担保は本質的契機でないと考えてもいる。本質的なことは,通常,企業活動の拡大の維持・拡大のために貸し付けが行われるのであって,それと無関係に預金通貨や銀行券が発行されるのではないということである。
*中央銀行のもっとも本質的な役割を中央銀行当座預金による預金の通貨化,発券集中による中央銀行券の通貨化においている。この点は岡橋節,村岡説いずれとも異なる。