国債発行による中央政府の支出増は,カネのクラウディング・アウト(金利の上昇)を起こさない。このことはMMTの信用貨幣論に即して,以前に論じた(※)。他方,地方自治体は通貨発行権を持っていないので,地方債の発行による資金調達は民間資金需要と競合し,カネのクラウディング・アウト(金利の騰貴)を起こす可能性がある。ここではこの違いを考察する。
中央政府の場合,政府が国債を発行して銀行に引き受けてもらうと,銀行の日銀当座預金(超過準備)が減少し政府が日銀に持つ政府預金(国庫)が増大する。そして,政府が赤字支出をするとマネー・ストック(通貨供給量)が増える。具体的には政府がモノ・サービスを購入するので,販売した企業の銀行預金が代金分だけ増え,銀行が政府から代金を取り立てる。取り立てると銀行の日銀当座預金が増えて政府預金が減る。結果,日銀当座預金はプラスマイナスゼロとなる。インターバンクの短期金融市場にも,もちろん民間の金融市場でも需要超過はないので金利は高騰しない。
地方自治体の場合はこれと異なる。地方自治体は日銀に口座を持っておらず,市中銀行と取引をしている。自治体が地方債を発行して銀行に引き受けてもらうと,自治体が銀行に持つ預金口座にお金が振り込まれる。この時,銀行は資産側に地方債,負債側に預金を加えてバランスシートを膨らませる。預金通貨が増えるのでマネー・ストックは増える。自治体が赤字支出をすると,自治体の預金は減り,モノ・サービスを販売した企業の預金が増える(単純化のために自治体と企業は同じ銀行に口座を持つとする)。
地方自治体が地方債を発行して赤字支出をした場合,マネーストックが増えるところは政府の場合と一緒だが,理由が異なる。マネーストックが増えるのは,政府の場合は赤字支出したこと自体が理由であるが,地方自治体の場合,銀行が地方債の代金として預金通貨を創造したからである。銀行の貸し出し金額や債券購入額には,借り手のリスクの存在や銀行の流動性調達能力に制約されて上限がある。このため,地方自治体による借り入れと民間の借り入れは同一次元で競合する。つまり,地方債発行による赤字支出は,カネのクラウディング・アウトを起こし得るのである。
政府の借り入れと地方自治体の借り入れではこんなにもお金の流れが違っている。その本質的な理由は,通貨発行権を持つ政府は,自分=統合政府=中央銀行の手形を切り,政府の債務を増やすことで支出できるのに対して,地方自治体は銀行から貸し付けてもらい,預金という銀行の手形を手に入れなければ支出できないからである。政府が自分の手形を切る行為は誰とも競合しない。しかし,地方自治体が銀行の手形を手に入れる行為は銀行の手形を欲しがる他の民間の主体と競合するのである。