日本製鉄傘下となったUSスチールが、40億ドルを投じて年産300万トン規模の電炉法による新製鉄所を建設すると報道された。この計画について、今の段階で注目すべきいくつかの点がある。
まずは技術選択の評価である。日本製鉄はカーボン・ニュートラルに向けた電炉法の適用拡大に一歩踏み込んだ。パリ協定から脱退したトランプ政権のアンチ気候変動対策に甘えて、高炉一貫製鉄所を建設しないかという懸念があったのだが、一安心といえる。日本製鉄は、日本の広畑地区や八幡地区で適用するために自ら進めている技術開発と、すでにUSスチール傘下にあるビッグ・リバー・スチールからの技術吸収をともにすすめることができる。同社における電炉技術の発展が期待できる。
もっとも日本製鉄は、電炉法適用拡大と、高炉・転炉法での生産維持という二つのテクノロジーパスを併用している。カーボンニュートラル達成期限が2070年であるインドでは、アルセロール・ミタルとの合弁事業AM/NSインディアで高炉一貫製鉄所の建設を進めており、また日本国内でもアメリカでも主力生産基地として高炉一貫製鉄所は維持しようとしているからだ。しかし、高炉の脱炭素技術(水素吹込みとCO2回収・貯留)はなお未確立である。社としてのカーボンニュートラルに向かうためには、電炉比率を上げ、できる限り量産高級鋼まで適用できるようにし、高炉一貫製鉄所の扱いという問題を軽減させることが得策なのは確かだ。
次に、この製鉄所計画の課題についてである。一つは市場の獲得だろう。40億ドルというのは、発展途上国では中規模高炉一貫製鉄所を建設できる規模の金額であり、採算をとるためには高い稼働率が必要だ。アメリカは人口増のおかげで鉄鋼需要が減ってはいないが増えてもいない。日本製鉄は、USスチールの他の製鉄所を閉鎖しないとトランプ政権に約束したので、新製鉄所はトランプ関税を利用して輸入品を代替するか、あるいはクリーブランド・クリフスのような他社から顧客を奪ってくる必要がある。関税利用もクリフス社との対抗も、政治問題化しやすい話題であるから、一筋縄ではいかないだろう。
もう一つの課題は、労使関係であり人事労務管理だろう。これは込み入った話なので少し詳しい説明を要する。USスチールの買収経過から言って、日本製鉄はUSW(全米鉄鋼労働組合)に対して敵対的態度をとることはできない。その上、ノン・レイオフ経営を求められる。買収に際してレイオフを行わないと約束したが、その後もアメリカ政府の監視下にあってレイオフは難しいだろう。となると、組合に組織化されたノン・レイオフ経営を実行しなければならないが、そのためには日本的雇用慣行を導入することが必要になる。具体的には、職務ベースではなく人ベースで雇用し、人の配置を柔軟にすることで合理化を進め、さらに、少なくとも正社員には目標管理に参加して経営計画に組み込まれた働きをしてもらわねばならない。しかし、これをアメリカで、労働組合の協力を得て実施することは極めて難しい。というか、そのように、会社の人事管理を補完してくれる労働組合を、日本以外で見つけることは難しい。
実は、アメリカでも人ベースの雇用、そこまでいかなくても大ぐくりに設定された職務グレードに基づく雇用を行い、正社員に目標管理に参加してもらう可能性はある。ただし、そのためには通常はノン・レイオフ経営が必要になる。経営者の側から一方的に、柔軟な配置、経営成果に基づく給与、ヒューマン・リレーションズを導入し、組合組織化よりこの方が得だと多数の労働者に納得してもらうのである。実はこれこそ、アメリカでミニミル(アメリカでの電炉メーカーはこう呼ばれる)が行ってきた人的資源管理である。USスチール内部でも、もともとスタートアップだったビッグ・リバー・スチールはUSWに組織されていない。ここでの人的資源管理を新しい製鉄所に適用できれば、日本製鉄とUSスチールは、ヌーコアに始まる電炉メーカーの軌跡を再現できるかもしれない。しかし、USWやトランプ政権がそこに介入せずにすむとは思われない。日本製鉄とUSスチールが、新製鉄所にUSW組織化の下での日本的雇用管理を導入するか、ノン・ユニオンの人的資源管理を導入するかは、重要な注目点である。
このように、USスチールを買収した日本製鉄は、早くもそのグローバル戦略を実行しつつあり、しかしその行く手には、様々な壁が立ちはだかっているのである。
「日本製鉄、米国に大型電炉新設 USスチールが6000億円規模投資」、日本経済新聞電子版、2025年8月29日。
