雇用調整助成金の特例措置期限が,9月末から12月末に延長される見通し。失業を防止する効果があるのでとりあえずは望ましいのだが,問題はいつまで雇用対策をこの制度に頼れるかだ。
雇用調整助成金は,従業員に休業手当を支払った企業に支給されるものだ。つまりは,不況で操業度を落とさざるを得ない企業に対して,従業員を解雇せずに休業させるならば賃金(休業手当)の一部を助成しようというものだ。この制度は,当該企業にとっての活動水準低下が一時的であってやがて回復するならば,労働者にも企業にも社会全体にもプラスの効果が期待できる。労働者にとっては失業しなくてすむし,企業にとっては技能のある労働者を失わなくてすむからだ。社会全体としても,一時的な不況の際に失業率を上昇させずに済む。
問題は,活動水準低下が一時的でない場合である。これには2種類あって,一つはマクロ的な需要低下が長引き,経済全体が不況からなかなか脱出できない場合,もう一つは産業構造が転換し,他の企業は成長しているが当該企業の活動水準が回復しない場合だ。このような状況が見通されてくると,雇用調整助成金は,企業にとっての効果が薄れる。つまり,不況から脱出した際に労働者を呼び戻して働いてもらう動機がなくなるからだ。また,社会的にも不合理になってくる。前者の不況自体が長引く場合,失業対策の基本は需要拡大策に置かねばならず,いつまでも企業に労働者の抱え込みを促すわけにはいかない。また後者の産業構造転換の場合,需要が拡大している分野への労働移動を促さないと,成長分野では人手不足,衰退分野では雇用抱え込みということになり,労働市場が機能しなくなる。
コロナ危機の問題は,この不況長期化と産業構造転換が両方とも生じそうだという事であることである。そうすると,やがて雇用調整助成金では対処できなくなる。その時にどうするのか。
単純に考えれば方策は三つである。一つは,需要拡大による雇用創出だ。これを感染拡大防止と両立する形で行わねばならない。二番目は,やがて失業が増えることを踏まえて,失業給付と職業訓練への助成を手厚くすることだ。つまり,失業する人が出ることを前提とした上で,生活を支え再就職を支援するのだ。三番目は,「失業なき労働移動」を促すことだ。
実は,安倍政権は当初は三番目の路線を狙っていた。そのために,労働移動支援助成金を拡充しようとして2014年度から予算も大幅に増額していた。この制度は,事業規模の縮小等に伴い離職を余儀なくされる労働者がいることを前提に,その再就職を援助する措置等を講じた企業に助成金を支給するものだ。雇用調整助成金より支給額を多くするという目標まで立てられた。
しかし,労働移動支援助成金は,ほとんど意図通りに機能していない。まず単純に考えて企業の側にインセンティブがない。整理解雇や早期退職だけをするのでなく訓練してあげようという善意がある場合,あるいは整理解雇すると紛争になるのを恐れてこの制度を用いざるを得ない場合と言う,規範的動機にたよって利用してもらうものである。そこが雇用調整助成金と異なる。インセンティブがあったのはモラル・ハザード的な利用であった。つまり,人員削減を余儀なくされたからこの制度を用いるのではなく,この制度を梃子にし,職業紹介会社と組んで人員削減を進めようという企業が出てきた。その危険を受けて,2016年度から抜け穴を防ぐ措置が取られたが,その結果,もともとの使い甲斐のなさにより利用されなくなっている。
安倍政権は成立当初,「失業防止」から「失業なき労働移動」に舵を切ろうとしていた。ところが労働移動支援助成金が機能せずに暗礁に乗り上げていた。そこにコロナ危機に襲われ,雇用調整助成金による「失業防止」に頼らざるを得なくなった。これが現在の局面なのである。そして,安倍政権は終焉を迎えることが本日確定的になった。
今後,一定数の企業で一定の労働者が離職を余儀なくされることは避けられない。しかし,おそらく労働移動支援助成金は機能しない。政府は現在,次の手を持っていないのだ。
不況自体が長引けば,感染防止策と両立するような雇用創出策が必要になる。産業構造転換が強く作用するのであれば,「失業なき労働移動」のための新たな政策開発が早急に求められる。それが無理ならば,最低限,常識的な措置として失業給付と職業訓練への公的助成を手あつくすることが必要だろう。いずれにせよ,雇用調整助成金の「次の一手」の研究は急務である。